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王都と誘拐~後編・完~


 ガタゴトッ、と馬車の上で揺られながら今まであったことを思い出していたカイウスは、その揺れが治まったことで意識を浮上させる。

 

「隊長、着きました」

 

「そうか、では総員持ち場に着け。明後日にはこの隠れ家を放棄して本国へ帰投する」


「ようやくか‥‥‥。ここまで長かったなぁ、やっと家に戻れるぜ」


「油断禁物。王宮から化け物が出てきてる、いつここが突き止められるかわからない…」


「いやいや、旧態依然としたこの国じゃあわかんねぇだろ? それに工作は完璧だ。俺達でも見つけられるかどうか‥‥‥ほんとこれを思いついた隊長は頭がいい」


「そう褒めるな‥‥‥よし、運ぶぞ、手伝え」

  

「「「了解」」」


 カイウスが犯行グループの会話を聞いて少しすると、浮遊感に襲われる。

 

 運ばれている、そう思うことにした。


「よっこらせっと‥‥‥‥。はぁ、さすがに王女様を攫う時は骨が折れたな、護衛は強いし、王女様自身相当のお転婆ときやがる」


「否定。王宮の脱出時の方が危険だった。あの爆発音は戦術級の魔術と認識していい、なぜなら結界はそれ以下の魔術では傷がつく程度、破壊は不可能。魔術媒体なしであそこまでことができるのは今回の要注意人物たちの誰か、そしてあの高度から落下できるのはその中でも賢者のみ。以上から、あの時王宮から出てきていたのは‥‥‥」


「止めろ、それ以上は士気にかかわる。”逃げ切れた”、その結果だけで十分だ。余計なことは考えるな」


「了解」


 馬車を降り運ばれる中、何かドアの開く音がしてその中に入ったのが分かる。

 室内、そこは少しカビ臭く湿った空気の味がした。

 

「せいのッで下すぞ‥‥‥せいのッ」


__ドスッ___


 固い木の上に叩きつけられたかのように腰から鈍い痛みがカイウスを襲う。


「フムゥ!! ムゥ!!!」


「王女さんよ、少し大人しくしていてくれよ? 少しでも騒げば……分かっているな?」


「‥‥ッ!? ‥‥‥‥‥」


 カイウスには見えないが、聞こえてくる情報は拾えるし、そこから少し予想を立てることもできる。


 まず”王女”という単語。


 これは眠らされる前に見た、あの少女の事だろう。

 

 カイウスが王族に挨拶をしたときは居なかったが、この国には五歳になる王女がいるらしい。


 貴族界ではそのお転婆で有名な王女。


 この国の第二王女だ。


 その王女だが、三歳の頃から現在に至るまで、自ら騎士になる、と言って聞かない相当なお転婆らしい。



 それはもう、王様の胃薬服用回数増加の原因の一つになるほど。


 常に子供用の剣を帯剣し、貴族の習い事そっちのけで騎士団の訓練を影から見て、仕舞には参加するそうだ。

 

 王女様は貞淑という言葉を母親のおなかの中に置いてきたみたいだ。

 



 それはさて置き、この状況。


 カイウスの予想通りでは、結構厳しい状況だ。


 戦力なしの子供が二人、そして相手は聞いてる限り素人ではなさそうな雰囲気の大人七人。

 

 さて、どうするか。


 見えない視界に頼れるものがない今の状態でも、カイウスは冷静に、そして少しでも考えをまとめて行く。

 通常の子供ではできないその行為も、彼らは気づくことがない。

 

 その布を取れば、一番警戒しなければならない相手というのが分かっただろうが、彼らには一人の子供ということしか認識することができなかった。


「うっぅぅぅぅ、ぅぅぅぅ」 

 

「おいおい。王女様が泣き出したぞ、どうする?」


「殴って黙らせる」

   

「止めろ、貴族様の人質というものはどんな状況だろうと傷ものにしてはいかんらしい。それも王女様ならなおさらだ」


「了解、でも少し黙ってもらわないとな。俺たちも少しイラつくんだわ」


「あまり手荒な真似はよせよ?」

  

「大丈夫ッス、隊長の言うことは絶対っすから」


 そんなカイウスの冷静な思考も、この話を聞けば変わって来る。

 

 さすがに近くで酷い目にあわされそうな少女がいると分かれば、元大人として黙ってるわけにはいかない。


 カイウスは、かすかに聞こえる嗚咽の元へと這って行った。


「ふむ、さすがノムストル家の者と言ったところか、その齢にしてはよく頑張る。‥‥‥しかし、まだ子供か」


 這っているカイウスにその場の全員の視線が突き刺さる。


 布越しからでもわかる、その侮蔑と呆れの視線に居心地が悪くなろうとも、嫌でもカイウスは這っていく。


「坊ちゃんよ? お前が今庇ってる王女様は、泣くだけで何もしてないやつだぜ? そんな奴庇うのか?」


「ゲハゲハゲハ」


「おいおい、目隠ししてるからわからねぇって。こうやってとってやらないとな!!」


 一人に首根っこを持たれ、一人に何が面白いのか指を指されて笑われ、一人に乱雑に覆っていた布をはぎ取られる。


 カイウスは少しぶりの光に目を慣らすと同時に、目が合った首根っこを持つ男を睨みつける。


 その眼光は不屈の火を灯していた。

   

「はぁ、ほら見ろよこれがお前の忠誠をささげる、泣き虫王女様だ。どうだ? 幻滅だろ? こんなのが王だなんだと言って理不尽な命令してんだぜ?」

  

「俺の仲間たちもどれだけ殺されたか‥‥‥特にお前の家の者達には多く殺されたが、な」


「本当はお前ら二人をぐちゃぐちゃにしたいくらいだぜ、けど俺らも軍人だ、上の命令には逆らえん」


 そう言って彼らはカイウスを持ちあげると、今にも号泣しだしそうな少し強気な少女の前にカイウスを突き出した。


 必然、カイウスと彼女の距離は近くなり、今にも絶望しそうなスカイブルーの瞳にカイウスの姿が映る。


 カイウスはそれを確認すると、出来るだけ安心するように、優しく温かな笑顔を浮かべる。


 茫然。 

 目の前の王女様はカイウスのその笑顔に何を見たのか、泣くのを止め、驚くように目を見開いた。

 

「チッ、こいつはおどれぇた。なかなか肝玉の座ったガキじゃねぇか」

 

「おいおい、もちろんやるよな?」


「ノムストル家のやつらにはさんざんやられてきたんだ、少しは清算してもらわねぇとな…‥‥‥オラッ、王女さんの代わりに貰っとけッ!!」


「ぅッ!?」


 一人がカイウスの腹部に軽く拳をぶつける。

 カイウスはその衝撃で、腹部から言いしれない嘔吐感に襲われる。


 大人の軽くは子供にとっての脅威だ、ちょっとした拳が、蹴りが、致命傷になりえる。

  

 カイウスは今まで感じなかった痛みにこれでもかと瞳を見開いた。


「なんでぇ、こんな軽くでここまでのたうち回れたんじゃあなぁ、これまでの同僚たちが浮かばれねぇんだよ!!」


「糞がッ、お前らさえいなければッ、くっそッ」


「‥‥‥殺したいくらいだ」

 

 王女様の方に顔を向けていなかったのは偶然か、それともカイウスの意地だったのか。


 それは分からないが、カイウスは小さな体にこの世界初めての悪意をめいいっぱいに受けた。

 

 後ろには心が真っ白な少女がいる。

 

 カイウスはそのことを、そのことだけを考えて降りかかるあくいあくいりに耐えた。


 耐えることこそがカイウスの真価であったかのように。



「止めろ、男だから少しは見逃したが、これ以上は命に関わる」


「「「了解」」」


 数十分だっただろう、彼らは少しでも楽しむために弱く、それでいてカイウスの限界を見極めて悪意をぶつけていた。


 それはカイウスにとっては長く、まるで数時間は殴られたかのような疲労を残す。


 そんな中、初めにカイウスの首根っこを掴んでいた人物が仕上げとばかりに王女様の猿轡と彼の猿轡を外し、カイウスを王女様の近くに放り投げる。


「おうおう、お前はこんな痛い思いしてるのに、王女様は元気いっぱいだ。同い年だぜ? しかも心もお前より弱いと来てる。そんな奴がお前の上に立ってるんだぜ、憎くねぇか?」


 その男は倒れ、傷だらけのカイウスの髪を持ち上げ王女様と同じ目線に無理やり持って行く。

 

 その言葉を聞いた時のカイウスの気持ちは『こいつ何言ってんだ』だった。

 

 なんせ、自分はこのくらいおやじ狩りにでもあったと思えばいい事、しかし少女は違う。 


 こんな物心ついて間もない子がここまで大声上げずにいるだけ称賛ものだ。 



 きっとこの男は、幼い二人の心を折りたいのだろう。

 

 折って折って、粉々にしたところを見たいのだ。


 しかもその対象が五歳の少年少女だというのだから手の施しようがない。


 しかし王女様はもう限界だ、目の前で繰り広げられた悪意の矛先が自らに向かないか、そしてそんな様子を何をするわけでもなく見守ることしかできない無力な自分に自己嫌悪を感じ始めている。


 そんな純粋で気高き瞳だ。


 カイウスはそんな少女の瞳を見て、称賛を送りたい気持ちになった。


 前世の木村竜太の知っている少年少女なら、ここまで悔しそうで、強気な目をすることができていただろうか。

 

「よく、がんばりましたね‥‥‥‥私が守りますから、安心して…ください、もう少し‥‥‥の辛抱ですから」

  

「ぁ、ぁぅ」


 そんなことを思っていると、勝手に言葉が出てきた。


 カイウスは笑顔を浮かべようと口角を上げるが、ほんの少し上がるくらいで、それでも少しでも安心感をこの少女に与えなければ、その一心で必死に笑顔を作る。


「遊びは終わりだ。猿轡は外すな、と言っていただろう。お前にはあとで罰則があると思え」


「チッ、了解しました」

  

 今までの光景を傍観していた隊長も部下の少し行き過ぎた行為に、少し鋭い視線で答える。




 しかし、事態はここから急展開を見せる。

    

「‥‥‥その必要はないね」

 

 室内に一人の男性の声が不思議と響いた。 

 

 それはきっと、今まで発していた男達の声の、その誰でもなかったからであろう。


 そんな声を聞いた、その場にいた賊の全員がすぐに戦闘態勢に入る。


「やってくれたね‥‥‥ホントにやってくれたよ、灯台下暗しとは、このことか。まさか王都に堂々と居るんだからね。正直やられたよ」


「誰だ。‥‥‥おい、外の状況を確認しろ」


 隊長がそう言って、部下が扉に向かおうとした時、緩やかに扉が開いた。


 さぁ、彼らにとっての死神の登場だ。



「どうも、帝国の皆さん。君たちの不運は僕たち”ノムストル”を完全に敵に回したこと。ただそれだけさ」


 扉から出てきたのはカイウスの良く知る男性の一人だった。


「カ‥‥‥カイウス。よく頑張ったね。そんなボロボロになってまで、女の子を守り切る何て、ほんとに良くやったぁ」


 超絶美形な顔と、少し頼りない雰囲気のカイウスの兄 クリスト=ノムストルがそこにいた。 




_______________________




「さて、一応勧告だけ。降伏しないかな? あ、でも絶対断ってね。弟をそこまでやられてちゃあ兄として、何より他の家族達に面目が立たなくなるから。一応は殺さないでおくけどね」


「最重要危険人物に一人と遭遇確認。総員、現段階で任務の遂行不可と断定する。‥‥‥生き残って自国に帰ることだけを考えよッ!!」


「「「「「「了解」」」」」」


「返すわけないだろう、帝国の犬共が」


 カイウスの兄の表情は常に優しい笑顔だ。

 それは今でも変わらない。


 片手に真っ白で鋭い槍を持ち、顔に似つかわしくない毒を吐く。


 カイウスが兄のここまで汚い言葉を聞いたのは初めてのことだった。

 

「悪いけど、僕も結構怒ってるんだ‥‥‥これでも僕は忙しくてね、今日も父の代わりに代官をやっていたらいきなり連れてこられて、『探せ』この一言だよ。少し理不尽だよね? あ~あ、少しは誰かに労ってほしい‥‥‥あ、君強いね? ん、こっちの隊長さんもなかなか」

 

 実はこの場で一番カイウスの兄の事を甘く見ていたのは彼自身かもしれない。


 なんせあの兄だ、優しく頼りなさげで、超絶美形。

 

 正直少し弱そうだ、とカイウスは思っていた。 


 しかしそんなカイウスの予想はいい形で裏切られる。


 兄は持っている槍を地面に向かって、トッン、と静かにつけるだけで帝国兵と呼ばれた者達のほとんどは膝をつき、膝をついた者から吹き飛ばしていく。


 しかもその間、兄自身は何のことはないかのように世間話に興じているのである。 

 


「化け物めッ! お前らほど理不尽な一家はそうは存在しまいよッ!!」   


「肯定。全力で隊長の意見を肯定する。勝てない、逃げれない。残ったのは私達のみ、戦力低下状態。‥‥‥投降しかない」


「あきらめるな、こいつの弱点は‥‥‥」


 無事だったのは二人。最初の攻撃に膝をつかず、兄から距離をとった隊長と独特のしゃべり方をする女性士官。


 その二人の内、ほんの少し、兄から目を離した隊長が急に吹き飛び、その場所にカイウスの兄が現れる。


「ああ、隊長さんは分かってくれるのか…‥‥うんうん、部隊を預かる人としては分かるよね。上からと下からの板挟み…‥‥‥辛いんだよ、あれが」


 兄はまだまだ余裕があるのだろう、まるで散歩でもしているかのように生き残った女性士官へとゆっくり近づく。

 その身には、光り輝く雷光を纏っていた。


「投降。最重要危険人物、”雷神”に挑んだのが判断ミス。あなたに敵うはずない」


「その独特の話し方は…‥‥‥帝国の影の一員かな?」

  

「肯定。この部隊の影は私」


「了解、と。 良くやった、カイウス。もう安心していいぞ、兄は最強だからな。あ、爺ちゃんには負けるな、あと家の女性たち‥‥‥あははは」


 一瞬の制圧劇。

 周りには倒れ伏した大の大人が7人。

 そして目の前にはその光景を作り出した人が、少し恥ずかしそうに頭を掻いていた。



 カイウスはこれを見てこう思ったそうな、『事実は小説より奇なり』なのだと。


 

 後世に語り継がれる『王女誘拐事件』はこれにて解決。

 王国の歴史に『ノムストルあり』は、ここでも使われることとなった。

  


『あ、どうもカイウスの兄です。

 …‥‥‥‥帝国兵は食べられませんからね?』BYクリスト=ノムストル


 

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