王都と誘拐~中編・前~
カイウスの父が言った通り、屋敷の中は一級品で溢れていた。
「おかえりなさいませ、旦那様」
「お疲れ様、キール。いつもすまないね、クリストの世話を頼んでしまって」
「いえ、旦那様。旦那様方ほどクリスト様は非常識ではありませんので、とても楽にさせてもらっています」
「‥‥‥いや、僕も結構常識人だよ? アリーみたいにやりすぎで山一つ焼いたこともないし、お義父さんみたいに嬉々として戦場に向かったこともない。いたって常識的な人物だよ? ね?」
「はい、普段の旦那様はそれはとても常識的でお優しいお方ですが、一度戦場に出れば『死神』の名に恥じぬ非常識な人物になりますね」
「おッはぁッ」
「「「‥‥‥」」」
所々に飾られている絵画や、美術品、そして巨大な剥製、
そのすべてに気品があり、そういった物に疎い者でも理解できるほど素晴らしい品々。
父が言ったことは紛れもない事実であった。
そしてそれは品だけでは収まらない、この家にいる使用人達もまた一級品なのだから。
「こちらの御仁は‥‥‥。失礼いたしました。私、この家の管理を任されているキールと申します。カイウス様、どうぞよろしくお願い致します」
「は、はぁ。ノムストル家三男、カイウス=ノムストルです。こちらこそどうぞよろしくお願いします、キールさん」
カイウスが戸惑いつつも、笑顔で挨拶を返すと、全ての使用人達、全員の時間が止まった。
「‥‥‥ハッ、いけない。ノムストル家のご子息・ご息女で初めて通常通りのあいさつをされて、一瞬夢かと‥‥‥失礼ですがカイウス様は本当にノムストル家のご子息であらせられますか?」
一級品な使用人達、その筆頭が目の前にいる少し失礼な老執事だ。
高級そうな執事服とモノクル眼鏡をかけ、髪形をオールバックにしたまさに、できる執事の格好。
その後ろに控える、メイドや執事たちもこの老執事に勝るとも劣らぬ風格と佇まいをしていた。
しかしそんな彼らも、カイウスの第一声を聞いた時の反応は老執事と何一つ変わらぬ反応だった。
全員が全員、おろおろとしだし、少しの驚愕に包まれる。
カイウスのいい感じだったはずの口角も引き攣るというものだ。
「あなたの言いたいことは分かるけど、少し言い過ぎよ、キール。この子はちゃんと私が生んだノムストル家の人間です」
「これはこれは、大変失礼致しました。齢五つにしてここまでとは、いや、ご立派な子に恵まれましたな。このキールも大変嬉しゅうございます。なんと言いましても、初対面のご子息達の中で初めて執事としての対応を求められまして、あまりに嬉しく‥‥‥うぅ…」
「あ~あ、うん、ごめんよ、キール。確かに初めてだよね、こんなに穏やかな対応は。なんだか息子たちが‥‥‥本当に申し訳ない」
「長女のクリミア様には水魔法をぶっかけられ、即応戦。長男のクリスト様は握手と同時に雷魔法を使われ、即応戦。次男のレイ様は風魔法で吹き飛ばしてくれましたね、これも、即応戦。次女のレイヤ様は、一歩間違えれば人間一人の丸焼きができる火魔法をぶちかましてきやがりましたよ‥‥‥私、何か悪い事でもしたのでしょうか?」
「い、いや~、あの頃の子供たちはヤンチャというか、世間知らずというか。まぁ良いじゃないか、その後の勝負で子供たちをコテンパンにして今では君に逆らうことはしないだろ?」
聞く限り、まぁ良いじゃないかとかヤンチャで済む範囲ではないと思う。
初対面だよね?
いったい何があったんだよ。
カイウスの兄姉たちは初対面の人にそこまでの事をしていたのだと初めて知った。
カイウスにとっては優しく過保護な姉たち、優しく何やかんや自由にさせていてくれる兄たち。
そんな人たちが一歩外に出ればまるで狂犬のような扱いである。
正直少し信じがたい、信じがたいが老執事の言に目を逸らす家族を見て、
『ああ、事実なんだ』
と察せざるを得ない。
「兄様、姉様達が大変失礼致しました。私には何もできませんが、もし何か困ったことがあれば、お声を掛けてください。必ず力になりますから」
そんなことを聞いてしまっては何かしてあげたくなるのが元日本人だろう。
いや、日本人でなくても少しは同情してあげたほうが良い。
この世界での魔法とは元の世界の銃と何ら変わらない意味を持つ。
要するに仕えているはずの家の子供に初めて会うたび、『死ね』と言われながら引き金を引かれているわけで、ある意味いまだに仕えているのが不思議なくらい苦労しているわけだ。
「あああッ、本当に今、この家に仕えてるんだと実感できた気がします」
おい、おいおい。
そんな、ほんとに感極まったような表情をするなんて‥‥‥なんと不憫な。
ノムストルという家には慈悲という言葉はないのか。
‥‥‥うん。ないね。
きっと、この人も家の人たちの仕出かすことで、東に西にと奔走したのだろう。
そう言った人たちだけの苦労オーラがひしひしと伝わって来る。
「キールや、そろそろ部屋に案内せい。今日はすぐにでも教会に行かねばならんのじゃ、お主の苦労話はそれが終わってからでも遅くはあるまい。何て言ったってうちのカイウスは聞き上手だからのう」
自然と話相手の対象を一人に絞って来る祖父。
やはりこの人は鬼ではなかろうか。
「そうですね、わかりました。すぐにでも案内させていただきます」
パンッ。
老執事が手を一叩きすると後ろに控えていたメイドや執事が散って行き、必要最低限の三人が残って部屋へと案内される。
と言っても部屋には荷物を置くだけで、その後はすぐにリビングへと案内される。
部屋もそれはもう豪華の一言で済むような造り。
一枚一枚の布もベットも装飾品も全てが高級品ならではの気品が感じられる。
ついでに物凄く柔らかく、手触りも良い。
「来たか、では行くとするかのう。何、緊張することはない、すぐに終わる」
「そうですね、緊張というより少し楽しみなんですよ」
「ふふふ、ホントに楽しみみたいね、こっちにまで気持ちが伝わってきそうだわ」
そんなこんなで、カイウス達は屋敷から出て、王都に来た目的の一つである教会へと向かうのだった。
『教会』
それは本拠地を聖国に置くこの世界唯一の宗教組織である。
創造神
運命神
豊穣神
戦神
遊戯神
技能神
魔法神 etc。
神と呼ばれる存在は他にも複数あれども、教会は一つ。
教会の中で、何なんの派閥だの、何なん神こそ唯一にして至高、と言ったことを争っている。
その応酬は未だに分裂していないのが不思議なほど苛烈で、陰湿で、厭らしい。
そんな教会の腐敗の進行は待ったなし、ドロドロも良い所で一度入ったら抜け出せないほどである。
「おお、良く来ました神の子よ。汝は何を求める?」
教会の貴族としてのイメージはこんなものだろうか。
世間一般には奥深く、清廉潔白なイメージが強くある教会も、蓋を開ければこんなもの。
上の事は上の人たちにしか知られない”秘密”なのである。
「今日は教会の祝福を授かりに参上しました。どうかこの身に神父様による祝福を授けてください」
「分かりました。では、祈るのです、あなたが信じる神に。私も一緒に祈りましょう」
そんな教会がいまだに崩壊も分裂もしてないのは主にこの祝福のお陰である。
どんな身分の者も祝福は避けては通れない、避ければその先にあるのは破滅。
この世界で強さとは必要不可欠なものであり、その強さを得るためには祝福を受けなければならない。
それほどこの世界で魔法とスキルという強さは強大で欠かせないものだからだ。
「どうでしょう、神の声は聞こえましたかな? 聞こえたのならこの紙に触れてみなさい、あなたの祝福が現れることでしょう」
「分かりました、神父様」
カイウスがこの場で言っている言葉や一つ一つの仕草は全て決められたものであり、教会への移動中に軽く習ったものである。
祝福を受ける際は、神父と受ける者の二人きりでなければならないと決まっており、この場では簡単な言葉と簡単な仕草しか交わされない。
これが祝福時の慣習という奴だ。
「さて、その紙はあなたに差し上げますから早く親御さんの所に行って御上げなさい」
「はい、神父様。本日は丁寧に接していただき、ありがとうございました」
「あなたにいずれかの神の御加護があらんことを」
そう目の前の神父は穏やかに言うが、決して侮ってはいけない。
あの人の好さそうな顔の奥底には黒い何かが必ず詰まっている。
詰まっていなければ大きな教会の神父など決してなれるものではない。
まぁ、どこまで行っても彼、カイウスには関係のない話であるが。
なんせカイウスの目的は平穏に平和に緩やかに過ごすスローライフなのだから。
「お、出てきおったな。どれ、スキルと適性を見せて見なさい」
「お父さん。みんなで見ましょう。私も少し楽しみなの、うふふふ」
「はい、こちらが件の紙になります」
魔の巣窟、教会から出てきたカイウスを取り囲む影が二つ。
もちろん、その影の正体は母と祖父であった。
父は苦笑いを浮かべ、少し遠巻きに見ている。
「契約スキル? はて、このスキルは初めて聞いたのう。武術関連でもなし、生産でもなし‥‥‥うむ」
「お父さん!! 魔法適性に空間があるわよ!! ちょっと、見て見て」
「ほっほっほ、空間とは、これはまた鍛えがいがあるのう」
「よかった、これでカイウスは食うには困らないね、正直ホッとしたよ」
彼の家族の反応は一喜一憂それぞれであった。
そんな家族を見てカイウス自身は、正直あまりテンションを上げられないでいた。
まさに置いてけぼり状態である。
カイウスからしてみたら、その結果は最初から知っていたも同然なのだから。
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カイウス=ノムストル
適性
土 空間
スキル
契約
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簡素な紙に簡素な結果。
カイウスは変わらなかった祝福に少し安堵した。
ここまで空間魔法の希少さという予定外は有ったものの、どうやらカイウスの目標は変えられることはなさそうだ。
そう認識したカイウスはこの時、心の底から安堵した‥‥‥自らがこの後どんな目に合うかも知らずに。
『くッ、まとめることができなかった』
申し訳ないデスがもう少し続きます