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不運と幸運とその先

運って本当に怖い。


 ふと腕時計の時刻は、午前4時を指していた。 

 吐く息は白く消えて行き、辺りはまだまだ薄暗い。

 そんな時間帯に一人のくたびれたスーツを着た男が、憂鬱そうに歩いていた。


「おぉふっ、さっぶっ。早く帰って寝てぇぇ……」

 

 体を震わせながら歩く彼の名前は木村 竜太。28歳独身。彼女いない歴=年齢の冴えない見た目のサラリーマンだ。 


 あえて普通のサラリーマンと差別化したいのなら、それは黒縁眼鏡の下に色濃いクマがあることと顔色があまりにも青白い事ぐらいだろう。


 まぁ、普通……健康を犠牲に会社に貢献する素晴らしい社畜戦士なはずである。 

 

 そう素晴らしい社畜戦士なのだ。

 何も非上場会社でアットホームな雰囲気の中、家族経営の会社の下っ端社員的なブラックで真っ黒な企業に勤めているだとか。正論で上司(会長親族)を諫めた結果……企業内でいじめにあっているとかではない。

 ましてや、昨今の労働環境を重要視する社会情勢の中、あ・え・て、『24時間仕事仕事仕事ッ!!』と連絡され、ここ一週間ろくに仮眠すら取れていないとか…………そんなことは断じてないのである。


「ああ、まずいなぁ、まずいよなぁ……全くプライベートな時間がないどころか、目が、霞む……」

  

 重い瞼を擦りながら、帰宅の道を急ぐ。

 赤い信号機を渡ったような渡らなかったような……そもそも、タクシーを使えばサクッと帰宅できるのに頭が回らずそんな思考にすら気づけない。


___こんなはずじゃあなかった


 そんな言葉が竜太の脳裏を過る。

 大学を卒業し、会社に入社して約5年。

 昇進の昇の文字は限りなく遠い。それどころかゴマすりの上手い同期や後輩たちはどんどん役職を上げていく。置いて行かれる。

 ああ、やめよう。

 そうと思ったことも一度や二度ではない。

 実際、いつ何時でもやめれるようにと会社の机の引き出しと自宅の2か所には退職届まで用意してある。しかし、それを表に出したことは一度もない。出す勇気が湧かなかった。

 

「明日……明日、退職届を出そう」


 だが、人間には誰しも限界、というものが存在する。

 竜太にとっての限界(それ)が来たのがこの日だっただけだ。


 それだけのことだ。


 いくら無職への恐怖があろうが、親に合わせる顔が無くなろうが……すべては命あってのこと。このままでは禿げる心配どころか、ストレスで死んでしまう。労働に殺されてしまう。

 気づけた今だからこそ言える。

 そうなってしまってからでは遅い、余りに遅いのだ。 

 

「いざ決めると、気が楽になるなぁ……はははッ、あと一息頑張りますか……ふぅー」


 ド〇クエで言う作戦変更。

 ガンガン行こうから命を大事にへ。

 その後のことはその後の自分が考える。

 一つ羽でも生えたかのように軽くなった体を携え、彼、木村竜太は乾いた笑い声を上げた後、器用に深いため息を吐くのだった。







 突然だがこんなことを聞いたことがないだろうか。


 溜息は吐いたら吐いただけ『幸せが逃げる』『幸運が無くなる』と。


 これはただ単に親が教育として都合が良いように吐いた嘘かもしれないし、どこからか流れてきた噂でしかないのかもしれない。もしくは昔から受け継がれる都市伝説かも。


 溜息と言ったって多くの種類があるのだから一概には『幸せが無くなる』なんてことは言えないのかもしれない。それに、その一つの溜息で逃げる幸運もそれほどでもないのかもしれない。


 そう。

 これはただの偶然の一致で片づけられてしまう一幕の出来事である。


「え……マジ??」


 ふと眩しさに気付いた時には全てが手遅れだった。


 迫りくる大型車。 

 フロントガラス越しに見える倒れ込んだであろう運転手。

 青色信号機。

 全く動こうとしない自分の体。


 全てが酷く遅く見え、『これが走馬灯???』と言う思考まで認識できる。


 竜太に起こったのは、事故。


 日本全国で毎年何十件、何百件、何千件起こっているそのうちの一件でしかない。


 毎年誰かに訪れるささやかな幸運があるように、いつ、どこで、誰が、どんな不幸に訪れられているかなんてこと、人という存在に理解できる日が果たして来るのだろうか? 


 正解はきっとない。

 ないが、一つだけ言えることがあるとするならば、ここにいる彼___竜太には突如襲い掛かられた不幸への対処方法はなかった。

 それが事実だ。


 極ありふれた交差点。

 止まることのない目の前の大型車。

 死という変えようのない目の前の現実。


「……クソすぎるだろ、人生」


 そうして竜太の人生は締めくくられることになった。


 天寿を全うする人もいれば、最後に呪詛を吐きながら亡くなる方もいる。

 それを運と呼ぶなら、人生はまさに運ゲーに他ならない。

 さらに言えば、運は時に『神のいたずら』と言われることがある。

 この世にあるどんなに良い幸運もどんなに悪い不運も神様の行いであると言う考え方だ。

 確かに、大自然に逆らえないように『運』=『神のいたずら』にも逆らうことはできない。

 そう、それが運である限り受け入れるしかないのだ。

  

 ただし、少しでも何かが違っていれば……このような結末にはならなかっただろう。

 馬鹿と天才が紙一重と言われるように、幸運と不運もまた紙一重なのだ。

 例えば、もう少し早く帰宅できていれば。

 例えば、会社に早く見切りをつけていれば。

 例えば、ゴマすりを上手くするコミュニケーション能力を培っていれば。

 例えば……。

 

 『もし』はいくらでも存在して、その先には竜太が受けるだったであろう『神のいたずら』すら含まれる。


 要するに行動さえしていれば何かが変わった可能性があるのだ。

 それが幸運か不幸かはさて置き。

 竜太が満身創痍の状態で大型車の異常に気付かず、無抵抗で跳ねられる……と言う状況は変えられたかもしれない。 

  

 ただし全てが遅すぎた。

 竜太に訪れた『神のいたずら』は為ってしまい、彼の身には『死』と言う結果だけが残されてしまったのだから。

 


__________________________________________________________


『めざ…よ、…ざめ‥‥‥る‥‥‥だ。…お~い」  


 ここはどこだろう。

 なんか滅茶苦茶心地がいい。

 このままずっと寝て居たい。

 家にある安物のベットか?

 いやいや。

 こんな心から休まる感触なんて感じたことがない。

 じゃぁ、自宅の冷たい床の上?

 はたまたそこら辺の道端か……ああ、いや、どこでもいいか。

 ここがどこだろうと、今はとにかく起きたくない。 


「起きんか。これからそなたの審判なのだが……まぁいい。儂も暇じゃしのう。仕方のない男だ……ほれっ」


 聞き覚えのない誰かの声によって、彼、木村竜太の意識はだんだんと覚醒していく。どこか頼りなかった視覚、聴覚、触覚、嗅覚と言った五感がしっかりと感じられるようになった。


「え?」


「ホッホッホッ、ようやっと起きたか。おはよう、迷える魂よ」


「お、おはようございます‥‥‥」


「うむ、しっかり存在を固定させたからかのう。やっと意思疎通ができるわい」

 

 混乱する竜太が目を開けた先には何もない空間に一人の老人が居た。

 色もない、音も聞こえない、空気も、地面もない、なのにただそこに存在しているのだけは分かる、魔訶不思議な場所。 


 何もないのに……老人を認識できている。

 不思議に思うと同時に酷い頭痛と吐き気を催したが、ただ吐くことはできなかった。さらに息もできない。だが、声が出せる。

 呼吸もしているようで、空気は据えていない。

 まさに、あべこべ状態。

 このような環境で混乱するなと言われる方が無理がある。


「お?これじゃあまだまだ無理をさせとるか、ふむふむ、これならどうじゃろう?」


___パンッ


 と鳴り響く柏手一つ。

 音が波動のように広がり、たったそれだけのことで何もなかった空間に純和室の部屋ができた。空気が流れ、呼吸ができた。畳特有の香りを嗅ぐことがでた。手を握る感触が得られた。

 全てが一瞬の出来事。

 そして規格外な出来事だった。


「さてさて、如何せん暇じゃったからのう。死神に呼ばれて来てみたのだが、ちょうどよい。おんしの話しでも聞いてみようか」


「えっと……」


 この時点で竜太は、自身の理解が及ばない出来事を体験していることに気付いた。

 まぁ、気づいたからと言って何かができるわけではない。


___この場所は?

___この老人は?

___さっきのは波動やこの部屋は何?


 疑問が滝のように流れては消えて行く。

 竜太は混乱のし過ぎで、何も言語化できないポンコツと化していた。


「うむ、見事な混乱っぷりじゃ」


「え、あ、はぃ……」


「よいよい、落ち着くまではゆるりといこうかの。それもまた、暇つぶしの一環よ。どうじゃ、茶でも啜りながらミカンでも食べんか?」


 老人がそう言うだけで、部屋の中央にちゃぶ台が現れ、二つの座布団が対面に敷かれる。さらに茶柱の立った香り立つ緑茶が置かれ、中央には五つのミカンが積み重なって現れた。

 唐突に現れたそれらを見て、竜太は驚愕しつつも少しだけ混乱が収まった。

 ある種色々なことが重なり、一周回って冷静になれたのだ。

 ニコニコしながら老人が対面へと座したのを見て、竜太も促されるまま座布団へと腰掛ける。


「さぁ、飲んで食って落ち着いたら話をしようかのう」


 老人が茶とお茶を楽しみ始めたのを見て、竜太も少しだけ茶を啜って見る。


「美味い……それになんだか落ち着く味だ」


「そうじゃろうそうじゃろう、そなたの事を考えて創ったからのう、まぁ、この程度造作もない」


 驚く竜太に、老人は朗らかに笑いながら答えてくれた。

 それからもミカンを勧められ、茶菓子が唐突に現れ、これも勧められ、お茶が無くなるといつの間にかお代わりが注がれている。これも又、美味い。

 

 ゆっくりと竜太の緊張感を溶かしつつ、無理のない様に開かれたお茶会に段々落ち着きを取り戻した竜太。

 彼は、対面に座る不思議な老人に安心感と親しみを覚え始め、意を決して話しかけることとした。  


「お茶菓子等を頂き、ありがとうございます。大変美味しかったです……自己紹介が遅くなってしまい申し訳ありません。私、木村 竜太という者ですが…あなたは一体どちら様でしょうか?」


 何となく。

 竜太は目の前の老人の正体に感づき始めていた。

 それはそうだ。

 目の前で空間を創り、物を創ってみせた。

 さらに『死神だの』『審判』だのと言う言葉も聞こえていた。

 だが、それらは竜太の勝手な想像でしかない。 

 目の前の老人からちゃんと聞くまでは事実ではないのだ。

 

「うむ、ワシか? ワシはアジという。そなたの世界で言うところの神? いや、創造神と言ったところかのう」

   

「はい」


「ホッホッホッ、信じておらんか。そりゃぁ、いきなり神と対面って言われても困るじゃろうがあ……って、だいぶ澄んだ目で信じられとる!?」   


「まぁ、これだけの事をしていただければ、誰でもそう思えるのでは?」


「え、いや、最近の奴らは『お前が神だなんて信じないッ!』『実はお前がラスボスか!』『どうせマジックなんでしょう!種を明かしなさい!』とか言ってくる奴等ばかりだったからのう」


「はぁ……だいぶ特殊なお人達と話されたようで」


「え、分かってくれるか!そうかそうか!やっぱり奴らが特殊だったようじゃなぁ、いやぁ良かった。めんどくさくなって適当に対処した儂悪くないじゃろ!それを死神が……っといかんいかん。この愚痴を語り出したら500年は掛かる。それだとお主に申し訳ない。この続きはまた今度、慈愛の女神のとこで聞いてもらうとするかのう」


「はぁ」


 アジ、神、創造神。

 目の前のそう名乗った存在は、見た目は好々爺とした髭の長い御仁だ。

 神と名乗った彼の威厳の籠った姿は不思議とそれを信じるだけの説得力と竜太の心を落ち着けるだけの安心感がある。

 ちょっと砕けた様な接し方をしてくるのは、恐らく自分を安心させるためだろう、竜太はそう思えた。


「ふむ、混乱はどうやら治まって居そうじゃのう。さてでは、さっそく本題から話すとしよう。___竜太、そなたは死んだ。それはもう盛大に吹き飛ばされてな」    


「ええ、そう、でしたね」


「ふむ、どうやら現実をしっかり受け止められてるようだのう……それも冷静に受け止めてるようで何よりじゃ。死んだときは大抵は二つに分かれるからのう。騒ぐ者もおるし、そなたのように冷静に受け止められる者もいる。あまりにも冷静だと少し心配じゃな……なんだその、そなた、未練はないのか?」

 

「え?未練ですか?たくさんありますよ?今思いつくので両手の数くらいにはありますね」


「ならば、もう少し慌ててくれてもいいだろうに。何か冷静になれた理由でもあるのか?」


「ハハハ……そうですね、人間はいつか必ず死にますから。いつでも準備して……ああ。違いますね。……俺は死にたかっただけ、なのかもしれません。きつくて、辛くて、逃げられなくて……ほんとしんどくて……誰かに終わらせて欲しかったのかも」


「ふむ、生を受けながら死を望んだと?なんじゃ、詳しく聞きたいのう。どれ、覚えている処からで良いからお主の人生を話してみてはくれんか?一応神じゃからおんしの記憶からは勝手に読み取れるが、ほっほっほ、それじゃ味気なくてのう。ほれ、茶菓子じゃ」


「‥‥‥は、はぁ。では五歳くらいからですかね?記憶に残っているのは。幼稚園に通ってたんですが‥‥‥」


「いや五歳からかのう!?だいぶ昔じゃッ!?」


「続き、良いですか?」


「あ、ごっほん。よいよい。ゆるりと行こうか」


 ちゃぶ台を囲んだ男が二人。

 一人は興味津々に、時折相槌を挟みながらも、慈愛の籠った瞳でもう一人の男を見つめる。

 一人は何かを懐かしがりつつも、楽し気に、しかし器用にも悲しい表情を見せる。

 言葉が一時的に止まることはあっても、話は終わらない。

 アジが促し、待ち、聞こうとしてくれているからだ。

 そうして竜太の話が終わった後も二人の会話が終わることなく、アジと竜太は時間というものを忘れたかのように楽し気に話続けるのだった。



______________


  


「ホッホッホッ、楽しいのう、実に楽しい。久方ぶりの気持ちじゃて…そして、本当に残念でならぬな。そんな時間ほど早く過ぎ去ってしまうもの。どうやらそなたの時間が迫ってきたようじゃ」

 

「時間、ですか? この空間ではそういった概念から解放されていると、先ほどおっしゃってましたけれど。何の時間が来たのでしょうか?」


「魂の時間じゃな。お主が輪廻の輪にいる限り、魂の縛りは無くならないんじゃ。もうすでに、体が薄くなって来ておるよ。名残惜しいことにな……」


「そうですか」


 目の前の神という存在がそう言う以上、竜太できることはなかった。

 彼にできることはただ時間まで、この寂しがり屋で偉大な存在が、少しでも長く余韻に浸れるようにするしかない。


 「……せっかくじゃ、ここまで付き合ってくれた我が友の旅立ちを少し祝福しようかのう……お主は来世でどのような人生を送りたい?ちぃとばかし希望を言うてみぃ。これでも結構力を持つ神じゃからのう大抵の望みは叶えられるぞ」


 まぁ、死神とか転生の女神とかに後で絞られるのじゃが……と言う小さな声を竜太は聞かなかったことにした。

 せっかく創造神による御厚意を無下にする必要もなければ、アジと言う友と言うより祖父の様な存在からの親切を跳ねのける程子供でもない。


「希望、ですか……なら、ゆっくりしたいですね。 今世が慌ただしかったので、田舎でゆっくりと、できるだけ不自由なく過ごしたいです」


「はぁ~~~、田舎でスローライフかのぅ。またまた枯れたようなこと言いおって……どれどれ、おんしの次の行き先はグランド?か。ムムム、これは少し厄介そうだのう‥‥‥」


「え? 何かあるんでしょうか、その、グランドという世界には?」


「発展途上。一言で言えばこんな感じかのう。科学の代わりに魔法が発達しておる。空気と共に特殊な魔素が星全体で流れておるから動物の代わりに魔物と呼ばれる生物がおる。正直、地球とは比べ物にならんくらい危険なところじゃ。それに発展途上じゃから地球と比べれば不便だしのう」


「」


 その時の竜太の心情を言い表すなら、まさに絶句と言う言葉がぴったりだろう。


(所謂、剣と魔法の世界? さらに日本で言うところの戦国時代のような、もしくは紀元前くらいの文明があるような所なのだろうか? よろっぱ風に言うと貴族とかがいて、王とかがバリバリ仕事して、日々戦争して、異種族とかがいたりする? まさか、勇者とか魔王なんてのがいるわけないよね? 大丈夫だよね? 居たら泣くんだが?)


 田舎でスローライフをしたい!という木村竜太にとって、不便という言葉はあまり問題ではない。どちらかというと気楽に生活していたのに、ある日急に身分や差別、戦争などと関わってしまう環境の方が問題だ。

 

「う、う~む、お主はどうやらこの世界に行くことは変えられないようだ。あと、残念ながらお主の考えてることがほとんど現実になるであろうな。異種族の戦争、人族同士の戦争、盗賊、魔王に勇者。そのほとんどがバリバリに活躍しておるぞ。まぁ、安心していいじゃろう。一応、その中でも比較的マシな国の、スローライフが味わえるような場所に転生させることだけはできるが?」

   

「是非!是非、お願いします」


 どうする?

 と言う言葉に、竜太は食い気味に回答した。

 その提案は竜太にとっては是非もないもの。

 お願いする以外の選択肢などなかったのである。

 

「おぉう、勢いが凄いのう。だがこれだけじゃとなぁ……ふむ、ほかにしてやれることは、お、そうじゃ、この世界はスキル制じゃったな。ならば、スキルはどうする? それから魔法適性もじゃな。この二つとおんし自身の魔力量は向こうの世界では必須の技能なのじゃが?」


 スキル制。

 魔法適正。

 魔力量。

 これらを並べられただけでは、どう重要かは理解できない。

 だが、サブカルを愛する者にとっては、必然的に心躍る言葉なのは間違いない。

 竜太もそうだった。

 スローライフを志しつつも、俺TUEEEはやって見たい。と言うかやりたい。

 だから答えは自ずと出ていた。


「できる限り目立ちたくはないのですが……因みに、どのようなスキルが?」

 

「ほほっほ、よいよい。スキルはお主次第かのう? スキルならば何を選ぶかによっても違うしのう。で? ほれッ、この中から選べばよい、結構あるぞ? おんしの体、結構薄くなって来ておるからできるだけ早くのう」


 内心は見抜かれているだろう。

 だが、むしろそれで良いと言わんばかりにアジは口角を吊り上げつつスキルが並ぶ画面の様な物を空中に浮かべた。


「タッチで操作可能じゃ、まぁスマホじゃよスマホ」


「は、はぁ」


 アジにそう言われて恐る恐る操作する竜太。

 少しタッチするだけでドンドンスクロールされていく画面に下記の様な物が乗っていた。

  

 ・大賢者 

 ・勇者 

 ・魔王

 ・剣術

 ・硬化 

 ・etc,etc


 某有名ゲームのようなスキル名がザッと並び、スクロールする度に選択肢が増えていく。 

 まさに、ザ・ファンタジーと言える代物だろう。

 まぁ、今の状況がファンタジーだと言われれば、頷かざるを得ないのだが。

 竜太はスクロールしつつ、どんなスキルが自分の目的=スローライフのためには必要になるのかを考えつつスキルを吟味する。 


 「そこから1つ選んでくれい。まぁ、お主の希望から言えば魔王や勇者などは取るまい? お勧めじゃと防御系のスキルなんかかのう、なにせ向こうでは自衛の手段がなければあっと言う間に死んでしまうぞ?」


 確かに、アジが言うように魔物や戦争などが起こる危険な場所に行くのだから自衛の手段は絶対にいる。かと言っても、強すぎる力はそれこそ災いを呼びそうな予感がプンプンしていた。

 だから勇者や魔王などもってのほか、選ぶはずがなかった。    


(魔法があれば大抵のことはできそうなんだがな‥‥‥ん~~、難しいな) 

  

 「あれ? 契約? これ‥‥‥」


 「ほう、契約とな。また珍しい資質を持ってるのう、お主」


 下へ下へとスクロールしていくと一番最後の所にポツンとその名前があった。


 「それはお主の固有スキルじゃな。向こうの世界にそういったの名称のスキルはなかったはずだからのう‥‥‥詳しく見てみるのじゃ」


 ________________

  ・契約                               

 意思疎通可能な相手であれば発動可能。自らと発動相手との間に任意の契約を交わすことができる。契約内容に関することには強制力が発生させることができ、その力には何者も逆らうことはできない。

 

 契約違反に対しては違反した時点で何らかの罰則を自らが決めることができる。

 契約を破棄したい場合、自らが持つ契約の書から契約に関するページを破り捨てればよい。

 ________________


 一言。

 エグイ。

 それが、彼がこのスキルの説明を見た時の最初に抱いた感想であった。

 契約と言う名を冠する何かだろう、と思えるほどに自分本位なスキルだ。


 だが、ちょうどいいとも思った。

 特に任意という部分が良い。これが強制ならば強すぎるが、任意であれば強すぎることはない。

 竜太はアジに確認を取ったのだがスキルの内容は、向こうでは見ることができないらしい。名前だけが正確な情報として認識できるため、向こうにない契約と言うスキルのヤバさは自分自身しか把握できない。

 竜太の目的はあくまでスローライフ。

 なので、私利私欲を重ねる世界征服や戦争での大量虐殺、詐欺行為を働くなどの悪い事には使用しない。

 もちろん、竜太自身が変わってしまうことはあるかもしれないが、その時のことは……


「うむ、暇じゃからのう、任せておくとええ」


「はい、お願いします」


 最も頼りになる存在が見ていてくれる。

 それだけで、暴走しない、しても止めてくれる安心感が生まれる。


「なかなか難しい、だが良いスキルじゃな。使い手次第で善にも悪にも染まれるじゃろう。ふむ、ちょうど良かろう?」


 竜太がそう考えていた時だった。

 アジはお茶目に片目を瞑りながら、話しかけてくる。


「神様まさか……」

「なんじゃ? せっかくの固有スキルじゃ、今更なしにするはなしじゃぞ。これにするのであろう?」


「はい……そうですね、せっかくですし、そうさせていただきます。本当にありがとうございます」


「ホッホッホッ、何のことやら。時間もない。次に行くとするかのう」


 再三アジが指摘するように、竜太の体はだんだんと薄くなって来ていた。


 「ま、あとは簡単じゃな。お主がどんな魔法を使いたいか、魔力はどれだけほしいか、その希望を言ってくれればよいのじゃ。この希望は3つまで叶えられるぞ」


 親指を立てながら言ってくるアジの姿に思わず苦笑いが浮かぶ。

 魔法と聞いて舞い上がっている心の動きを全て知られてしまっているのだろう。

 恥ずかしいが、今はありがたい。

 竜太は意を決してお願いする。


「でしたら土と空間が良いですね」


 この二つは決めていた。

 スローライフを快適にする上では絶対に外せないと考えたからだ。

 特に空間属性。

 これは絶対に応用の利く属性だと睨んでいた。


「ふむ、理由は聞かないのじゃ。そなたの事だ、何か考えがあるのだろう? それを楽しみにしておこう。それで?もう一つの希望は何にする?魔力量の事じゃろう?」


「私のいく世界は……魔力を、魔力を上げていくことはできますか?」


「ほう、最初から膨大な魔力を望むのではなく、上げると言うか。また面白そうなことを考える。上げることはできるぞ、ただし、個人の限界はある。それに上げることのできる期間も決まっておる」


 感心したように頷くアジの姿に、竜太は例え自分の考えが読み取られていようとしっかりと自分の考えを伝えた。


「では、限界をなくしてもらいたいです? それから、魔力は最初低くなっても良いので上げることのできる期間をできるだけ伸ばしてもらいたいのですが?」


 望みが二つになる。かもしれない。

 そう思ったが、希望することで変わることがあるかもしれない。

 聞かないよりも、聞く方が絶対に良い。

 それに、もう、なにも行動しないで後悔することはしたくなかった。


「ふむふむ、了解じゃ。心配せんでいい、魔力量に関することで一纏めじゃ。限界の方は問題なく解除しておこう。しかし、期間の方は2、3年ほどしか伸ばせんが問題ないか?さすがに一生外せなくするとおんしが星の一部と認識され……ああ、ここら辺は禁則事項じゃったか忘れてくれ……ってもう行ったか」


 ホッホッホッ、とアジが穏やかに言うが、それに対する竜太の返事は一向に返ってくることはなかった。

 何せアジが了解と言ったところで、竜太はホッとするような表情を浮かべ、霞のように消えてしまったからだ。

 アジはそのことに気付いて少し寂しそうに眼を細めるが、すぐに笑顔を浮かべた。

 なぜなら消えたのは、竜太が新たな世界に旅立った証だからだ。


「やはり世界を創って良かった。旅立ちはいつになっても寂しくも良いものだ。さて、竜太よ儂にとっては瞬きの様な100年じゃ。じゃがおんしにとっては長い長い人生。どれどれどんな物語を送るのか。見守るとするかのう」


___ホッホッホッ。 


 ほどなくして和室は綺麗さっぱり消え、老人の姿もなくなる。

 なにも感じ取れないはずのこの空間で、唯一感じ取れる大きな存在が今。その穏やかな声を残してこの空間へと溶けていくのだった。

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