93 殲滅の舞姫との決着
2019/1/24 見直し済み
黒い機体は、無数に降らせている閃光を掻い潜って接近してくる。
その光景は、黒い機体――それを操る者を黒き鬼神と呼び、畏怖するに相応しいものだった。
宙にあるアタックキャストから放たれたエネルギー弾の閃光は、この世界の人ならざる者が、人間を凌駕した力で狙い定めたものだ。
ところが、その攻撃がどこに突き刺さるのかを、初めから知っているかのように、黒い機体は容易く回避してしまう。
――まさに踊り子ね。いえ、それこそ、あの機体を動かしている者は、予見者なのかもしれないわね。
そうでも思わないと、やり切れないほどに気落ちしそうだった。
その神々しくも驚異的な存在を目の当たりにして、ガルダルは思わず聖書に刻まれた言葉を口にしてしまった。
「黒神は、黒き閃光となりて、如何なる力をも嘲笑うものなり。黒神は鬼の力を以て滅びの理をも無に還すものなり。か……あの黒い機体にぴったりの文句ね」
聖書の文句を口にして、初めてその二つ名を口にした者の信仰深さに、心底、感心させられてしまった。
「なんですかニャ? その難しい文句は。なにかの呪文ですかニャ?」
八つのアタックキャストを宙で目まぐるしく踊らせつつも、ガルダルの声に反応したレナレに、その言葉の出所を教える。
「この世界の聖書に描かれた文句よ。まさにぴったりだと思わない?」
ガルダルにとって、まさに、目の前の黒い機体を予言したかのような言葉だと思えたのだ。
すると、レナレが少し呆れたような表情を見せる。
「この戦闘の感想文かと思ったですニャ」
――あははは、確かにピッタリ過ぎてそう思われても仕方ないわね。でも……
「そう簡単に滅びてやらないわよ」
「もちろんですニャ~~! 食らえですニャ~! あ~また外れたニャ……タマ、頑張るですニャ。ミケ、そこですニャ! クロ、左ですニャ! ニャ~ん、シロ、外したらダメですニャ~」
気合いを入れたレナレが、必死になって黒い機体を追撃しようとしていた。
しかし、その攻撃はことごとく躱される。
――というか、アタックキャストに名前を付けるのは良いのだけど、猫の名前はどうかと思うわ……オマケにそれぞれのアタックキャストに猫の絵まで描いて、勝手にゴーニャンズとか呼んでるし……自分も猫科だと分かってるのかしら……
興奮するレナレの台詞をヘッドシステム越しに聞きながら、思わずそんな感想を持ってしまうのだが、今はそれを考えている場合ではない。
ただ、そこで、レナレの推測が的確だったことを知る。
拓哉が操る機体は、ゴーニャンズの執拗な攻撃を躱しながら、ガルダルの機体に急接近してきた。
「レナレ、さすがね。大当りよ!」
「任せるですニャ~! 攻撃は当たってないですけどニャ……」
――まあ、攻撃が当るなら、その推測すら必要ないんだけどね。
接近戦を見抜いたことを褒めると、レナレは照れ臭そうにする。しかし、ガルダルとしては、それよりも、攻撃を当てて欲しいところだ。
「まあいいわ。いよいよ接近戦よ! 気合を入れるわよ! 勝ったら鰹節を山盛りにしてあげるわ」
「マジですかニャ! もち、頑張るですニャ~!」
あっという間に近距離となった黒い機体をモニタで確認し、ガルダルは己に気合を入れつつも、レナレの前にニンジンをぶらさげたのだった。
これまで無敵を誇ってきた自慢のサイキックウイップが空を斬る。
過去、ガルダルの前に立ちはだかった者は、全てこのウイップの攻撃でこともなく沈んだ。
ところが、ここでも黒い機体を操る拓哉は、これまでの対戦相手とは一味違っていた。
――初見でこの攻撃を避けられたのは、初めてだわ。
見事に自分の攻撃を躱し続ける黒い機体を目にして、思わず愚痴を溢しそうになる。
彼女が使用するウイップは、はかなり特殊な武器だ。
なにしろ、武器の柄部分だけしか存在しない。
では、柄の先がどうなっているかというと、ガルダルの想像力を生かして、サイキックでエネルギーを固形化させているのだ。
しかし、固形状となっても、それはエネルギー体であり、とても視認しづらい武器となっている。
それを鞭の如く振り回すのだ。そう簡単に避けられるものではない。それどころか、この武器を使用して、倒せなかった相手は居ない。
況してや、機体の腕を動かさずして、武器だけを打ち付ける裏技まで使っているのに、目の前の黒い機体は、恰もそれがスローモーションだとでもいうように易々と躱している。
その光景を見せ付けられたら、誰でも愚痴を溢したくなるというものだ。
――接近戦に持ち込めばこっちのものだと思っていたのだけど、どうやらそれは早計だったようね。でも……
「レナレ、アレをやるわよ!」
「はいですニャ~。ゴーニャンズくるですニャ!」
もはや出し惜しみしている場合ではないと判断して、取って置きの技を繰り出すことにする。
――本当は使いたくなかったけど……仕方ないわ。ここまで来たら全力で倒すしかないもの。
霞むように視界から消え去る黒い機体。それをややムキになってウイップで攻撃しながら、レナレの準備を待つ。
「オーケーですニャ! 配置についたですニャ」
「じゃ~やるわよ~! シンクロ開始!」
レナレの返事を聞き、透かさずシンクロ機能を起動させる。
――さすがに、これなら当たるでしょ? これが避けられたら、もう打つ手がないわ。
やや悲観的に考えるが、どうやら良い展開に向かったようだ。
黒き機体の左腕に被弾反応が現れたのだ。
ただ、黒い機体のサイキックシールドを突破するほどの直撃弾ではなかった。
――だけど、いい感じだわ。
「この調子よ! 撃破は時間の問題よ! ガッツリやるわ!」
未だ拓哉の機体は、それほどのダメージではないが、このまま押し込めると感じて、彼女達がシンクロバーストと呼んでいる連携攻撃で追い打ちをかける。
「アイアイニャ~! これで黒き鬼神も終わりですニャ~~~~~!」
呼応するかのようなレナレの叫びが、彼女の鼓膜を揺さぶる。
その気持ちは嬉しいものの、彼女は思わず顔を顰めた。
――幾らなんでも、耳が痛いわ……彼女は黒き鬼神だけでなく、私の鼓膜も破るつもりなのね……
鞭状の武器による攻撃は、思いの外厄介なものだった。
それでも、何度か躱せば、その特性を理解できたし、それによる特殊な攻撃も予測できた。
故に、拓哉にとって、容易くとはいかなくても、その攻撃を躱すのも、それほど苦になるほどではなかった。
「想像以上に厄介ね。というか、駆動部の温度と損耗率の上昇が激しいわ」
――おいおいおい! 序のように言うことか?
どれだけ駆動部の温度が上がろうと、損耗率が破損率になろうとも、今機体を止める訳にはいかない。
そんな状況だというのに、クラリッサの声は、やたらと嬉しそうな響きだった。
「あっ! 拙いわね。ファ〇ネルとか呼んでいた物体が降りてきたわよ」
接近戦になったことで、攻撃を止めていたファ〇ネル――アタックキャストが降下してきたとなると、何も起きない訳がない。
報告を聞いた拓哉は、瞬時に思考を巡らせて、現状におけるアタックキャストの使用用途を模索する。
――自分の機体を射程に入れない砲撃となると、射角から考えて真上からの攻撃、真下からの攻撃、本体に寄り添うように配置してからの攻撃だけど……さすがに真下はないな。だって、下は地面だし。残るは二つか……まさか背面を突く……いや、それはリスクがあり過ぎる。避けられたら、自爆するようなものだ。
「きたわよ!」
視認し辛い鞭の攻撃を躱しつつ、殲滅の舞姫が仕掛けてくるであろう攻撃を予測していると、ゴーニャンズ――アタックキャストが、まさに予想を上回る配置につこうとしていた。
もちろん、拓哉達は、それがコーニャンズと呼ばれていることなど知らない。
「ちっ! 厄介な!」
どうやら、拓哉は、殲滅の舞姫を侮っていたようだ。
そう、アタックキャストは、自機を撃ち抜かない位置に配置されたのだ。
それは、真上であったり、自機の周囲であったりだが、予想に反して、背後にまで回っている。
しかし、それぞれのアタックキャストは、自滅しないための射角をとっていた。
それを知って、クラリッサの顔が青ざめる。
「拙いわ! 回避する場所がないわよ」
彼女達は自分達の機体に当たるリスクを負う代わりに、拓哉を完全に包囲することを選んだのだ。
状況を即座に理解した拓哉は、すぐさま行動に移る。
「解ってる」
すぐさま高速移動で立ち位置を変え、すかさずアタックキャストの二つを撃ち抜いた。
宙を自由自在に舞っているのなら難しいが、これほどの近距離で的を外すことはない。
ただ、思いの外簡単に撃ち抜けたことを考え、ガルダル達が攻撃態勢に入っていると察する。
二機のアタックキャストが不能になってできた隙を縫うようにして、機体を移動させる。
その時だった。本体のみならず、全てのアタッキャストからエネルギー弾が撃ち出された。
――ちっ、避け切れね~!
舌打ちをしつつも、完全回避を目指すが、左椀部に攻撃を受けてしまう。
――まずっ! 食らっちまった……
「大丈夫、いまのは、私がサイキックシールドでカバーしたわ」
――ふぃ~! あぶね~! クラレさまさまだな。
「それよりも、どうするの? このままだと、やられるわよ」
冷や汗を掻いていると、クラリッサがすぐさまピンチだと指摘してくる。
さすがに拙いと感じているのか、彼女の言葉にも鬼気迫るものが混じっていた。
「ファ〇ネルを確実に撃ち落としていくしかないな」
真っ当な返答をするのだが、彼女はそれが気に入らなかった。すぐさま、拓哉の意見を否定した。
「そんな悠長なことをしている時間はないわよ? 機体の限界は刻一刻と近付いているのだから。ここは自壊モードで逝くしかないわ」
――おいおい! ちょっとまて! あれをやるのか? つ~か、あれはそんな破滅的な名前じゃなかったはずだぞ。確かマキシマムブーストだったはずだが。てか、逝くしかないって……勝つ気があんのか?
正気の沙汰とは思えないクラリッサの言葉に、心中でツッコミを入れつつも、それ以外の方法を模索するが、どの策も勝てる見込みのないモノばかりだった。
結局、クラリッサの表現に問題があるものの、その発言が正しかったことを思い知り、発動の許可を出すことになる。
「それしかなさそうだな。分かった発動させてくれ」
「了解!」
許可に応えるクラリッサの声は、まさに歓喜だった。
同時に、彼女の気持ちに答えるかのように、マキシマムブートが発動した。
次の瞬間、オレンジだったコックピットが、血で染められたかのような赤色に変わる。
そう、どういう趣向かは知らないが、ララカリアの施した細工は、操縦者に危機感をもたらすという意味では、間違いなく成功しているだろう。
そして、発動したマキシマムブートは、機体を限界領域で稼働させる。
それは、さすがの拓哉でも手に余るほどだ。
――くはーーーー! よしゃ、これなら!
気合いと共に、一気に期待を超加速させる。
ガルダルが放ったエネルギー弾を造作なく避け、ファンネルからの攻撃をも全て避け切った。いや、避けるだけではない、全てのファンネルを撃ち落とし、本体が持つ特殊な武器をも弾き飛ばしていた。
――我ながら、これは究極奥義だな……でも、ここで使いたくなかった。だって、きっとミルルカが見ているはずだから……ちぇっ、次の手を考える外なさそうだな。
殲滅の舞姫と呼ばれるガルダル=ミーファンが搭乗する機体に、ありったけのエネルギー弾をぶち込みつつ、今後の作戦を思い悩んでいると、ヘッドシステムからクラリッサの声が届いた。
「対戦相手は戦闘不能! 私達の勝利ね。まあ、当然だけど」
まるで勝利を確信していたかのような台詞に、拓哉はツッコミを入れようとしたのだが、それまで危機感をもたらしていた真っ赤な照明が、突如として消えた。そう、真っ暗な闇に包まれた。
「どうやら、逝ってしまったようね。ごめんなさい。いえ、ありがとう。あなたはよく頑張ったわ」
壊れたことでモーターも電源も停止し、真っ暗で無音の世界となったコックピットに、クラリッサから機体に向けた感謝の言葉だけが響き渡るのだった。