91 パクリ
2019/1/22 見直し済み
黒き機体は、誰が見ても異常としか言いようがなかった。
何が異常なのかと問われると、間違いなく何もかもが異常だと答えることだろう。
その移動速度は疾風のようであり、その攻撃速度は稲妻のようであり、その回避能力はまるで実態がないかのように思えるはずだ。
味方がやられている間に得た貴重な情報がそれだけとか、ガルダルは悲しくなるほどに切なくなっていた。
彼女にとって、あの訓練生会長や副会長はゴミだが、この対校戦に出場する同校の面子は、それほど悪い者達ではないと思えた。
それ故に、味方がバタバタとやれる光景は、少なからず彼女の心に痛みを植え付けた。
――レナレのことを考えると、負ける訳にはいかないんだけど、勝てる気もしない……でも、無様な姿は曝せないわよね。
己を叱咤しつつ、メインモニターを確認する。
ただ、それだけでウンザリするほどに、相手の異常さをヒシヒシと感じてしまうのだ。
「ちょっと、さっきよりも異様に速くなってない? 私の勘違いかな?」
本来であれば、相手をロックすると、ターゲットマークが動的に追尾するはずが、あっという間にメインモニターから消えてしまう。
そう、あまりの移動速度に、カメラが追い付かないのだ。
「気のせいじゃないですニャ。さっきよりも格段に速くなってるですニャ。てか、あれって、もう人間技じゃないですニャ。そうですニャ。人間じゃないですニャ」
「レナレ、それって、どういうこと?」
ナビ席に座るレナレの分析結果を聞いて、ガルダルは思わずオウム返しで尋ねてしまう。
「あの反射速度、動体視力、予測能力、全てが人間ではあり得ないですニャ。あれは人間に見えて人間じゃないですニャ」
――えっ!? どういうこと? 人間じゃないって……でも、レナレが言うなら間違いないし……
「召喚者だからかな? やはり、特殊な能力を持ってるとか」
「それは解らないですニャ。そうかもしれないし、そうじゃないかも知れないですニャ。ただ、ウチが持っている情報だと、どちらかと言えば、ヒュームに近い能力かも知れないですニャ」
高速で機体を動かしながらも、レナレに尋ねるが、その理由は彼女にも解らないようだった。
ただ、彼女がくだした解析結果を信用していた。これまでに間違えたことなど、一度もなかったからだ。
――では、あの少年は人間ではなくヒュームなの? いえ、そんなことがあるはずはない。人間とヒュームの違いは、調べれば直ぐに解るはず。それなら、彼は、いったい……
「ガル、今は戦いに集中するですニャ」
――そうだったわ。こんな事を考えながら戦える相手では無かったわ。
レナレに窘められて、ガルダルは意識を戦闘に集中させる。
なにしろ、さっきから拓哉の攻撃ばかりが直撃コースでやってくるのだ。
――サイキックシールドで防いでいるのだけど、なんかズルくない? 私の射撃は掠りもしないのに、向こうの攻撃は全弾命中とかあんまりよ。この調子だと何時まで耐えられることやら……やばい、回り込まれた!
拓哉に回り込まれて、ガルダルが焦りを感じる。
彼女としても油断している訳ではない。それでも対応が追い付かないのだ。
しかし、すぐさまレナレからの報告が聞こえてくる。
「尻尾一五九ニャ!」
――相変わらず、この子の察知能力は凄い。さすがは猫娘だけあるわ。
通常のナビゲーターは、ドライバーと違って全部で五つのモニターで外部を確認しているのだが、レナレは十のモニターで周囲を観察して的確な位置を知らせてくる。
それは、モニターが多いことで可能となっている訳ではない。彼女の動体視力や敵情観察能力によって成される技なのだ。
普通のナビゲーターなら、モニターが増えても目が回るだけだ。その辺りは、さすが猫人族というところだろう。
――でも、この後方を『尻尾』という癖はなんとかならないかしら……
レナレの能力に今更ながら感心しつつ、言われた向きのサイキックシールドを強化して高速移動を繰り返す。
そう、慌てて敵の居る方向に振り向いたりしない。
というのも、どうせ振り向いても、そこに黒い機体は居ないからだ。
拓哉は、あっという間にガルダルの死角へと回り込む。
それ故に、振り向いた時には、既に次の死角に移動し終わっているのだ。
――本当に厄介ね……
心中で愚痴を溢していると、レナレが疑問を口にした。
「どうして、彼等は中間距離で戦うのですかニャ。こっちの作戦を見破ってるのですかニャ?」
拓哉は一定の距離を詰めてからは、それ以上、近寄らずに攻撃を繰り返していた。
それは、ガルダルの機体が持つ武器の特性を、まるで知っているかのようだった。
ガルダルが操る機体の特性上、中間距離が苦手という訳ではないのだが、接近戦の方が得意な分野だ。
それを見透かしたかのように近距離戦闘を避けて、ミドルレンジからの攻撃を集中させている。
シールドで防いでいることもあって、今のところ致命傷になることはないが、じわりじわりとジャブをぶち込まれて、疲労を蓄積させられているようで気持ち悪く感じていた。
「次ニャ、きたですニャ。直撃コースですニャ」
――ちょっ、また~~! こんなに高速で逃げ回ってるのに……もう、最悪だわ。
レナレの言葉に耳を傾けつつ、彼女は思わず心中で愚痴をこぼしてしまう。
それでもシールドを展開して、その攻撃を無力化するのだが、まるで誘導弾でも食らっているかのような気分だった。
なんてったって、拓哉はまだ一発も外していない。それに対して、ガルダルの攻撃は一発も当たっていないのだ。
その正確さに舌を巻くというよりは、ただただ感心するばかりだった。
「サイキックシールドの能力が、六十パーセントまで低下したですニャ」
――マジで!? 戦闘を開始してまだ五分と経ってないじゃない。もう勘弁して欲しいわ。いえ、これは何とかしないと、このまま撃破されるのも時間の問題だわ。ちぇっ、あまりお披露目したくなかったのだけど、あの手を使うしかないわね。
シールド低下の報告を聞いたガルダルは、悩むことなく即座に決意した。いや、そうしなければ、必ず負けてしまうのだ。それ故に、他の選択肢は用意されていなかった。
「レナレ、あれをやるわよ。近付かないのなら、もうあれしか手がないわ」
「ニャ~~~! あれやるのですかニャ? 疲れるから嫌ですニャ~~!」
「我儘いわないの。このままだとやられちゃうのよ」
嫌がるレナレを窘めるのだが、彼女が嫌がるのも仕方ない。
なにしろ、その技の殆どは、レナレの能力で賄っているのだ。
「ちぇ~、分かったですニャ。ガルがそういうなら……」
渋々ながらも奥の手を出すことに賛成したレナレに、申し訳ないと思いつつも、奥の手を発動させる。
――さあ、これでも食らいなさい! 『神の鉄槌』発動よ! というか、これで駄目ならお手上げなのだけどね……
想像以上に快適な乗り心地だった。
何時もよりも、更に高速で機体を操縦しつつ、拓哉はそう感じていた。
――最高だ。ほんと、最高だぜ。
普段は誰もが乗り易く、誰もが扱いやすい良い機体なのだが、全開モードを起動させた途端、黒い機体はじゃじゃ馬に早変わりする。
しかしながら、そのじゃじゃ馬を乗りこなす辺りが面白さだと感じていた。
「まるで水を得た魚みたいだわ。また着弾! でも、ダメージ無し……さすがは殲滅の舞姫ね。これだけ直撃を受けても無傷とは……」
気分よく機体を操っていると、さすがのクラリッサも舌を巻いていた。
それほどまでに、ガルダルの機体は鉄壁の守りを見せているのだ。
――まあ、確かにな。あれだけ直撃を食らってもダメージ無しとなると、普通なら萎えてきそうだが、俺はそれほど甘くないぞ。
「気にすることはないさ。何時までもシールドがもつはずがない。このまま仕留めるまでミドルレンジで攻撃を繰り返すぞ」
本当なら派手に撃破したいところだが、相手が殲滅の舞姫だけに安全策を執るに越したことはない。
しかし、どうやらそれを気に入らない者も居たようだ。
「タクヤにしては、ちょっと消極的なのではない? もっとガツンとやりたいわ」
――おいおい! うちの女王様は過激なのがお好みか? でも、迂闊なことをして、ピンチになるのも頂けないんだよな。
出来れば安全にことを済ませたい拓哉は、詰め将棋のような展開を望んでいる。
ところが、後部座席のクラリッサは、すっきり爽快をご所望のようだ。
「変に藪蛇になるのも嫌だし、このままじゃ駄目か?」
きっとダメだろうと思いつつも、一応は、安全策を推奨する。しかし、女王様はお気に召さなかったらしい。
「面白くないわ。どうせ、まだ全力じゃないのでしょ? 派手にやりたいわ?」
確かに、機体を全開モードで起動させているが、それを操る拓哉は、全開ではなかった。
ただ、これ以上は機体がもたない可能性がある。そう考えて、これでも気を使って動かしているのだ。
自称嫁と早くも意見が食い違っているのだが、事態は一気に急変した。
「おい! 何かを撃ち出したぞ。どうも、こっちに向けてじゃないようだが……」
「何かしら、あれ、空に打ち上げたわね。全部で八発だわ」
殲滅の舞姫が操る機体から撃ち出された物体を映像で確認して、拓哉は嫌な予感に襲われる。
――まさか……いや、あれはアニメの話だ……でも……
その物体の位置を確認しつつ、もしやと思いながら機体を走らせていると、次の瞬間、空からエネルギー弾が降り注いだ。
「くそっ! ファン〇ルか! どこでこのネタをパクったんだ!」
嫌な予感が見事に的中する。
拓哉は、聞こえぬとは知りながらも、ツッコミを入れつつ機体を高速で動かす。
紙一重で避けながら、すぐさま障害物を使って、エネルギー弾の雨をやり過ごす。
――危なかった……宇宙ならまだしも、地上でファン〇ルに狙われるとは思わなかったぞ!
ホッと安堵の域を突きつつも、思わず愚痴ってしてしまう。
すると、その言葉に、クラリッサが反応した。
「ファン〇ルって、なに?」
逐一説明してやりたいところだが、今はそんな余裕がない。
「それはまた後で説明する。とにかく、奴は撃ち出した物体からエネルギー弾を放てるんだ。その位置を確認できるか?」
「分かったわ。やってみる。それにしても面倒な武器を持っているわね」
彼女が口にした通り、恐ろしく面倒な武器だ。それどころか、一気に形勢が逆転してしまった。
拓哉としては、ガルダルの武器が接近戦に向いていることを読んでいた。
それ故に、ミドルレンジでの戦いを選んだわけだが、こんな飛び道具を持っているとなると、今までの戦い方では、間違いなくガルダルたちの思う壺なのだ。
というのも、空と地上からの同時攻撃を捌くのは、さすがに難易度が跳ね上がるのだ。
――ちっ、まるでニュータイプだな。著作権の侵害だぞ。くそっ、こっちはサイキックすら真面に使えないのに……
地上の機体と空の物体から放たれる攻撃を必死に躱しながら、拓哉は愚痴をこぼしつつも、ガルダルの攻撃を打ち破るべく思考をフル回転させた。