89 不安
2019/1/22 見直し済み
拓哉は呆然と機体を眺める。
そして、いつ見ても素晴らしいと感嘆する。
その武骨なフォルムといい、鈍く輝く外装といい、これが戦うための武装であるとは知りつつも、その人のような形であり、人とは全く異なる兵器を目にして心が癒されるような気がしていた。
「どうしたの? 今更、そんなに感慨深くSBAを眺めて」
隣に立つクラリッサが心境を察したのか、首を傾げている。彼女からすれば、それは唯の機械でしかなく、ヒュームと戦うための兵器でしかないのだ。
しかし、拓哉にとっては、地球から来た者にとっては、まさに夢物語の産物なのだ。
「いや、俺がいた世界で考えると、このSBAは空想の乗物なんだよ。ゲームや物語に登場する乗り物だ。だから、それが目の前にあるかと思うと、どうしても感動してしまうのさ」
素直に今の気持ちを答えると、クラリッサはクスリと笑いながら感想を口にする。
「おかしなものね。その空想の乗物を、この世界で誰よりも上手く操るのが、その乗物が実在しない世界の人間なんて……」
そこまで言うと、和やかにしていた表情を曇らせて黙り込んでしまった。
彼女は思い出したのだ。自分の罪を、拓哉を戦いに引きずり込んだことを。
ただ、拓哉はそれを知らない。自分の意思で選択したと考えているが故に、彼女の葛藤を知らない。
「どうしたんだ? クラレ」
急に黙り込んだことを訝しく思い、少し困惑した表情を浮かべる。
すると、彼女は上目遣いでおずおずと呟いた。
「ごめんなさい。私の所為で、この世界のトラブルに巻き込んでしまって……」
彼女は現在の境遇について、拓哉に申し訳ないと感じている。そして、その気持ちをそのまま伝えた。
確かに、拓哉も当り前のように思われると、憤りを感じるかもしれない。
しかし、彼女の気持ちを理解しているだけに、現状に対して大きな不満を持っていない。いや、あの時の状況を振り返って考えると、他に取り得る方法がなかったと感じていた。
そういう意味では、彼女は命の恩人でもあるのだ。
それは、拓哉にとって、既に終らせた話だった。
「また言ってるのか。もう気にするなよ。俺も嫌だったらそう言うし」
有りの侭の気持ちを伝えると、彼女は沈めていた表情を明るいものに変えて身体を寄せた。
あたかも磁石のN極とS極が引き付け合うように、ピタリと抱き着いた。
「ありがとう。そう言って貰えると嬉しいわ……そうね。不満があったらきちんと言って欲しいわ」
実際、不満が無いといえば嘘になる。それは、クラリッサとカティーシャが作り出す諍いなど、不満は多岐にわたるのだが、さすがに、ここで言及することではないと判断する。
しかし、その表情から拓哉の心情を読み取ったのか、クラリッサが少しだけ眉を寄せた。
「何か不満があるの?」
――ある……あるが……ここは誤魔化すところだよな。
「な、ないぞ? そ、それよりも、カティは大丈夫だろうか」
拓哉は誤魔化すべく話を代える。ただ、これが拙かった。
話を逸らしたのが気に入らなかったのか、それともカティーシャの名前を出したのが悪かったのか、彼女は眉間に皺を寄せて拓哉の胸を叩いた。
「バカ! 意気地なし! ふんっ! カティなら大丈夫よ。あの子の隠密のレベルは異常だから、そうそう見つかることはないわ」
拓哉から身を離し、腕を組んだ彼女が、そっぽを向く。
カティーシャの隠密におけるサイキックの能力は、異常といえるほどに突出している。
それこそ、サイキックを阻害するシステムを設置している場所でも、彼女は隠密行動が可能なのだ。
良い例が、ミラルダ初級訓練校の校長室に潜り込んだ手前だ。
そのカティーシャだが、ガルダルと別れたところで、急にやりたいことがると言い始めたかと思うと、隠密行動を始めてしまったのだ。
それについて言及していたのだが、クラリッサはそれが面白くない。なにしろ、恋人の心温まるひと時がぶち壊しになったからだ。
そして、すっかり醒めてしまったのか、彼女は少しばかり素っ気ない表情を浮かべた。
「そんな事よりも試合に集中しましょ。拓哉が凄いといっても、上級訓練校相手に五対一は、気を抜いてよい戦いではないわ」
「そうだな。向こうには二つ名持ちが居る訳だし、気合を入れて鬱憤を晴らすことにしようか」
拓哉が頷くと、クラリッサの表情も少し柔らかくなる。
それを見て安堵した拓哉は、颯爽と機体に搭乗する。
――なんか嫌な予感がする。ボクが居ないのを良いことに、あの二人はラブラブしてたりして……
実際、クラリッサも拓哉の彼女であり、公認の仲だ。
それ故に、文句を言う訳にもいかないのだが、カティーシャとしては、自分ともラブラブして欲しいという要望があった。
そもそも、彼女自身、何が琴線に触れて拓哉のことが気に入ったのか分からない。気が付けば、いつのまにか彼のことばかり考えるようになっていた。
そうなると直情的な性格の持ち主だ。もはやブレーキの壊れた車と同じだ。
頻繁に纏わり付くようになった。それはエスカレートしていき、気持ちが高ぶってしまって、今や有りの侭を見せつける存在になってしまった。
毎度のことながら、思い起こすと恥ずかしいことばかりだった。それでも、ついついクラリッサに負けたくなくて度が過ぎてしまうのだ。
そうして、拓哉と共に歩み始めたのだが、今回の出来事は、彼女の中で堪えられないほどに怒りが生まれた。
大切な仲間が、不当な理由で拘束されているのだ。許せるはずもない。
ここ最近は、拓哉のナビ席をクラリッサに占有されてしまい、カティーシャは渋々とキャスリンのナビをやることになった。
しかし、そうなると、やはり情が移るもの当然だ。キャスリンとも友人としての情が深まっている。
それは友達の少なかったカティーシャにとって、心地よいものだった。
――絶対に許さないんだから。
そのキャスリン達は、現在、冤罪で拘束されている。なんとしても試合に勝ちたいデスファルの陰謀によって
彼女達を助け出すために、リカルラ、ララカリア、ダグラス、アーガスが色々と対処してくれている。
それ故に、彼女達の拘束が解けるのも時間の問題だろう。
ただ、それだけでは気が済まない。
カティーシャは、何らかの形で奴等に報復したいと考えていた。
そのためには、まず情報を得る必要があるのだ。
そんな訳で、拓哉と別れて、隠形サイキックでガルダルをつけることにした。
すると、行き成り主犯格とガルダルがやり合っているところに遭遇してしまった。
――やっぱり、主犯はあの訓練生会長と副会長か。それは分かっている。ただ、ガルダルの言葉は本当だったのか……これって、もしかして、使えるかも……
憤慨したガルダルが催促の呼び出し放送を耳にして、機体に脚を向ける姿を眺めつつ、なかなか面白い話が聴けたとほくそ笑んだ。
このタイミングで、黒き鬼神と呼ばれる少年に会うとは、ガルダルは想像もしていなかった。
それでも、気持ちを伝える良い機会となった。少なからずそう思えた。しかし、その後は最悪だった。
あの脳タリンズの会長と副会長の言葉に我慢できず、彼等の意見を否定してしまったのだ。
それ自体は仕方ないとしても、問題は奴等が言及してきたレナレについてだ。
そう、人類至上主義であるだけではなく、ビトニア人が一番優れていると考えている彼等にとって、レナレという存在は、人間の範疇に入っていないのだ。
奴等にとって利用価値がある現状では、口を塞いでいるのだが、必要性がなくなった瞬間に、どんな仕打ちを受けるか分ったものではない。
「ウチ、負けたら捨てられるですかニャ?」
格納庫に向かっていると、未だに腰のあたりを握っているレナレが、不安そうな表情でそう尋ねてきた。
――そんな温い処置では終わらないでしょうね。
ガルダルは奴等がそんなに甘いとは考えていなかった。もっと悲惨な結末が用意される可能性すらあると確信していた。
しかし、それを有りの侭に告げる訳にはいかない。
「大丈夫よ。絶対にそんなことはさせないわ。あのクズどもをPBAで薙ぎ倒してでもね」
レナレの頭を優しく撫でながらそういうと、まさにゴロゴロしそうな雰囲気で目を細めた。
「ガル、ありがとうですニャ。ガルが居てよかったですニャ」
目を細めて嬉しそうにするレナレの感謝の言葉に頷ながら、自分自身に気合を入れる。
「さあ、やるわよ! 絶対に負けられないんだから」
ガッツボーズで声を張り上げたのだが、それをレナレが否定してきた。
「無理ですニャ。あれには勝てないですニャ。録画された映像を何回も見たけど、あれは異常なのですニャ。勝つとしたらアレの脚を止めるしかないですニャ。そもそも、持っているモノが違うですニャ。あんなの人間じゃないですニャ」
――どうやら、引篭もっている間に黒き鬼神対策を遣っていたようね。でも、人間じゃないは、あんまりなんじゃない? 可愛いのに……
レナレは猫人族であるが故に、人間よりも知能が低いと思われがちだ。しかし、実際はとても賢いのだ。
その彼女がそういうのだ。きっと、黒き鬼神と呼ばれるあの少年は、半端ない能力を持っているのだろう。
――それでも負ける訳にはいかないのよ。なんとかしないと、あなたが……
勝つための手段を見出せないまま、ガルダルは根性論でこの局面を切り抜けるつもりでいた。しかし、その黒き鬼神を目の当たりにして、彼女はその意思を貫き通すことが出来るのだろうかと不安を抱く。
それでも負けると何が起こるか分からない。決して負けられない戦いだと、自分に言い聞かせて、レナレと共に機体に搭乗する。




