87 質の問題
2019/1/21 見直し済み
リディアル達を解放するための方法を話し合った拓哉達は、それを終わらせると、宿舎に戻るという話になったのだが、二の足を踏まぬようにと飛空艦で宿泊することにした。
拓哉達は艦内に戻ると、これでもかと言わんばかりに毒を吐き散らしていた。
特に、クラリッサとカティーシャの怒りは尋常ではなかった。
凍り付くような毒を吐くクラリッサ。まけじと、機関銃の如く罵声をあげるカティーシャ。二人は喉が枯れるのではないかと思うほど勢いで罵った。
もちろん、デスファル上級訓練校の会長と副会長が矛先だ。
ただ、拓哉だけは、物も言わずに、今更ながらルールに目を通していた。
そして、発狂しそうな二人も、暫くすると怒りが収まってきたのか、徐々に静けさが戻ってきた。
「折角だけど、私が出ても逆に足手まといになるだろう。それに良い機会だ。その強さを知らしめてくるのが望ましいね。タクヤ君が一人で倒せば、奴等の鼻を開けられるし、ここは君に託すことにしよう」
その言葉を聞いたカティーシャは、頬を膨らませていた。
そう、カティーシャとしては、ベルニーニャを拘束されてしまったクーガーのナビとして、一緒に参戦したかったようだ。
それについて、クラリッサと口論をしていたのだが、結局は、兄であるクーガーがやんわりと押し止めたのだ。
「分かったよ。でも、タク、ギッタンギッタンにしてきてよ。奴等に思いっきり恥をかかせてほしいんだ」
カティーシャは再び怒りを露わにしつつ、自分の想いを託す。
もちろん、拓哉が断るはずもない。
「ああ、約束する。今回は、さすがに俺も頭にきてるからな」
勝利を約束すると、クラリッサが氷の女王然とした様相で頷いた。
「心配する必要はないわ。デスファル上級訓練校には、目に物を見せてやるわ」
そう、調べる前から、小細工をしている輩は想像がついた。
それでも、色々と調べた結果、デスファル上級訓練校が裏で糸を引いていることが分かった。
そこの会長の親が純潔の絆で幹部だということも、カルラーン大佐が奴の言葉によって行動しているようだということも、何もかもが明らかになった。
その情報の所為で、クラリッサとカティーシャの毒が壮絶なものだったことだけでも、奴等には報復の価値があると思いつつ、拓哉は明日に備えて艦内の居室で眠りに就くことにした。
とてもではないが、清々しさとは程遠い気分で朝の目覚めを迎えた。
その理由は簡単だ。あの無能な会長と副会長には、義務のように勝利を言い付けられるし、その対戦相手はというと、これまた人外だとしか思えない難敵なのだ。
「はぁ~~、成るようにしか成らないし、気に病んでも仕方ないか……」
ガルダルは大きな溜息をこぼしつつも、自分を慰めてみたのだけど、どうにも気分が好転することはなかった。
それでも時は、刻一刻と過ぎて行くのだ。
それ故に、少しは育って欲しいと思う胸を見下ろしながら寝間着を脱ぎ、朝のシャワーを浴びるつもりでバスルームへと足を向ける。
「ふにゃーーーー!」
まだ寝ぼけていた所為か、おかしな声が聞こえてきた。いや、足におかしな感触が伝わってきた。
その感触に嫌な予感を抱きつつも、ゆっくりと視線を足元に向けると、そこには少女が転がっていた。
「あなた、こんなところで何やってるのよ! ベッドは向こうじゃない」
踏み付けたガルダルが苦言を申し立てるのもおかしな話だが、こんなところに転がっている者が悪いのは事実だ。
しかしながら、まるで陸に水揚げされた青魚のようにバタバタと暴れる少女には、別の感想があったようだ。
「自分の相棒を足蹴にして、口にした台詞はそれですかニャ!? 土下座で詫びるべきですニャ」
――朝からこの子の言葉を耳にすると頭が痛くなるのよね……だって、なんで語尾が「ニャ」なの? あんたって、どこの異世界から来たのよ! って、異世界から連れてきたんだけど……
そう、この子はガルダルの相棒のレナレだ。名字はない。ただのレナレだ。
実は、召喚申請で異世界から連れてこられた子なのだ。
というか、ガルダルが連れてきた猫耳少女だ。
ガルダルは今更ながらに、彼女を連れて来た時のことを思い起こす。
そして、思わず顔を顰めてしまう。
あの時の大変さと気分の悪さを思い出し、吐き気を感じて唾をのむ。
――いい子なのだけど、この猫耳少女を相手にしていると、どっと疲れがでるのよね……。
彼女は、とても優秀なのだけど、幾つかの問題を抱えていた。
一つ目は、猫人族であること。
これは、この世界に戻った時に、思いのほか反響を呼んでしまった。
というもの、この旧ビトニア連邦の地方では、人種差別が酷いのだ。
それもあって、猫耳を持つ彼女をすんなりと受け入れられる者は多くなかった。
ただ、一部の男達に恐ろしく可愛がられていたりする。可愛いのは確かだし、あの耳と尻尾の肌触りは最高なのだ。
そして、二つ目の問題が、これまた面倒なのだ。
なんと、彼女は二次元オタクだったのだ。
レナレの世界では、漫画、アニメ、グラフィック映像などが流行っていて、とりわけ、彼女はその世界でも病的だと呼ばれるほどに、のめり込んでいる部類に属していた。
なぜか、普段は全く外に出ようとしないし、人見知りが激しく、殆ど行動を共にすることがない。ただ、ツボに填まると、まるで人格が変わったかのように騒ぎ始めるのだ。
――まあ、殆んど、可愛いキャラクターを見つけたりとか、面白い物語を見付けたとか、可愛い洋服を見付けたとか、大抵が二次元に繋がるネタなのよね……
そんな彼女は、痛みが引いた代わりに怒りが込み上げてきたのか、縦割れの瞳でガルダルを睨みながら謝罪を要求してくる。
「あのですニャ。この場合、裸にひん剥かれて美味しく頂かれても文句言えない場面ニャ! 謝るなら早い方がいいのですニャ」
――どうして、尻尾を踏んづけただけで美味しく頂かれちゃうのか、全く理解できないのだけど……
不満が込み上げてくるのだが、彼女を踏み付けたのは事実なので、一応は謝ることにした。
「ごめん、ごめん。でも、レナレもこんなところで転がっているのが悪いのよ?」
謝ったはずなのだけど、彼女は尻尾を膨らませて起こり始めてしまった。
「それが謝罪ですかニャ!? いつも言ってますニャ。猫人族は気持ち良い場所で寝ると。今の室温と湿度からすると、ここが一番気持ち良かったのですニャ。そもそも、抱き枕付きで寝ているのだから、床だろうと、テーブルだろうと、トイレだろうと、気付くべきですニャ」
二次元キャラの描かれた抱き枕を抱えた少女が、トイレで寝ているシチュエーションは、誰も考えたりしないだろう。
もちろん、ガルダルも全く考慮していなかった。しかし、それを言っても始まらない。なにしろ、目の前の猫娘はカンカンに怒っているのだ。ここでヘソを曲げられると、今日の戦いに支障が生まれる。
ガルダルとしては、彼女のためにも、それだけは回避したかった。
――まあ、考え事をしていたのも事実だし、ここは無難に餌で釣るしかなさそうね。ヘソを曲げられても大変だし。
「ごめんなさい。朝ご飯には、クルル印の鰹節をサービスするわ」
「か、か、か、鰹節ですかニャ!? クルル印……高級品ニャ……いや、そんなことで……でも、絶品だしニャ……し、し、しょうがいないですニャ。人間、誰しもミスはあるし、今回は大目にみるですニャ」
憤慨していたはずのレナレは、簡単に落ちた。たかが鰹節で、己がプライドを捨て去った。
――ふふふっ。大量に買い込んでおいて良かったわ。こういう時には、絶大なる効果を発揮するのよね。初めて食べさせた時なんて、もうゴロゴロ言いっぱなしだったし。
瞳を真ん丸にさせ、尻尾をぴんっと伸ばすレナレを眺めつつ、ガルダルは心中でちょろいものだとほくそ笑み、バスルームへと向かったのだった。
そこは訓練校と然程変わらない風景だったが、目の前に出てきた料理の量には、さすがに辟易とした。
「軍人って……こんなに食べないとやっていけないのかしら」
その量の多さに、ガルダルは思わずそんな感想をこぼしてしまう。しかし、向かいに座ったレナレは、大量の鰹節を掛けた山盛りのご飯を嬉しそうに口に放り込んでいる。
――鰹節が猫マンマに化けてるし……もしかして、白ご飯だけを注文したのかしら……
あまりの食べっぷりに、ガルダルは呆れてしまうのだが、猫耳娘には持論があるようだ。
「食べられるときに食べるですニャ。これが野生の鉄則ですニャ」
――野生じゃなくて軍人の話だけど……というか、あんただって猫耳や尻尾こそあれ、野生からきた訳じゃないでしょ。
ピントのズレた解答に肩を竦める。
それでも、山盛りの朝食にホークを伸ばす。彼女の言う通り、食べなければ力も出ないのだ。
ところが、そこで、またまた朝から聞きたくもない、いや、いつでも聞きたくもない声が聞えてきた。
「やあ、おはよう。今日は、清々しい朝だね」
――その声を聞いた途端、清々しくもなかった朝が、最悪の朝に変わったわよ。
昨日とは打って変わって、爽快な雰囲気を漂わせる会長の挨拶に、心中で悪態を吐くのだが、それを表に出ないようにググッと押し込める。
チラリと対面に座っているレナレに視線を向けると、彼女は山盛りの猫マンマを持ったまま立ち去ってしまった。
そう、レナレは、目の前にいる会長と副会長が大嫌いなのだ。
そんなレナレを目にして、副会長が毒を吐き捨てた。
「これだから下等な人種は嫌いなんだよ。挨拶すら真面にできないとは……ナビの能力がなければ、さっさとお払い箱にしてやるのに」
――だから、さっさと立ち去ったのよ。あんた達こそ、お払い箱どころか、この世から消滅すればいいのに……
込み上げてくる怒りを必死で抑えていると、会長が副会長の不適切な発言を窘めた。
「このような面前で口にする内容ではないよ。それが間違いでないにしても、周囲に誤解を招く可能性があるからね」
「す、すみません。会長」
なぜか、やたらと機嫌がいい。会長は気持ち悪い笑みを貼り付けたまま頷く。
ガルダルは、不満を抱きつつも、それに疑問を感じる。
――全く以て誤解ではないし、それ以前にあんた達の考え方が間違っているのよ。というか、なんでこんなに機嫌がいいのかしら。
彼女は不思議に思い、さりげなく尋ねてみる。
「おはようございます。今朝はどうされたのですか? とても楽しそうですが」
副会長を放置して、上機嫌な様子を露わにしている会長に挨拶すると、まるで歌でも口遊みそうな雰囲気で告げた。
「ああ、ミラルダ初級訓練校だけどねぇ。なにやらサイキック不正使用で拘束されているらしい。なんとも愚かしい者達だ。ルールを守らない者達は、懲罰にすべきなのだ」
会長の言葉で、ガルダルは直ぐに勘付いた。
――あ~、やっちゃったんだ、この人達……後でどうなることやら、私やレナレまで巻き込まないで欲しいんだけど……
ガルダルからすれば、彼等が何かの策を執ったことは歴然としていた。
そして、それによって起る不利益が、自分やレナレに降り掛かることを恐れていると、副会長が話を引き継いだ。
「という訳で、ミラルダ初級訓練校は二組……二機での参戦になるようだ。さすがに、これで負けはないだろう?」
――やはり、この二人は本当に低能だわ。いや、最高に無能だわ。問題は数じゃないのよ。
そう、ガルダルが恐れているのは、ただ一人なのだ。黒き鬼神、タクヤ=ホンゴウだけなのだ。
「出場する二機についての情報はありますか?」
黒き鬼神が拘束されていればガルダル達の勝ち。もし、その二機に黒き鬼神が残っていれば、その結果は恐ろしくて考える気にもなれなかった。
「いや、まだ分かっていない。ただ、仮にあの黒い機体が出場しても、二機ではどうにもなるまい?」
――だから無能だって言ってるのよ。あの一機だけが問題ないのよ。それすら分からないのね。もう最悪だわ。
呆れて物が言えなくなり、そのままオウム返しに頷きだけで対応するのだが、ガルダルの頭の中は、最悪の展開で真黒く染まってしまった。