86 怒り
2019/1/21 見直し済み
何もない空間に、瞬く間にテーブルやソファーが整えられると、リカルラやララカリアによって盗聴や覗き見のチェックが怠ることなく行われ、速やかに話を始めることになった。
その話を切り出したのは、これまで和やかな表情を浮かべていたリカルラだった。
彼女は表情を真剣なものに変えると、すぐさま本題に入った。
「やはり、土地柄の所為か、純潔の絆が幅を利かせているようですね」
そう、ここは旧ビトニア連邦の地域なのだ。それ故に、当然ながら純潔の絆に属する者が多い。
ダグラスの部下であるカルラーンを始め、あの愚かなデスファル上級訓練校の二人もそうだ。いや、彼等の親が純潔の絆の幹部なのだ。
その事実を仕方ないとばかりに嘆息したダグラスは、それを肯定しつつも、ミクストルの動向について尋ねてきた。
「はぁ~、それは否定できんな。なにしろ、あのカルラーン大佐のような者が溢れるほどに居るからな。それはそうと時が満ちたということだったが、既に行動を始めているのか?」
「まだ表立っては行動を起こしておりませんが、この大会が終わりしだい決起する予定です。ただ、裏ではいつでも動けるように、準備万端です」
「そうか……いよいよだな。分かった。こちらも準備を進めよう」
リカルラがスラスラと答えると、ダグラスは力強く頷いて了承したのだが、突然、拓哉に視線を向けた。
「ところで、クラリッサ嬢が一緒に居るのは解るのだが、そちらのホンゴウ君が同席しているのはなぜかな?」
――そんなこと、俺に聞かれたって知らね~! リカルラに無理矢理連れて来られただけなんだからな。
拓哉が心中で悪態をついていると、リカルラがサラリと答えた。
「彼は我等ミクストルのトップガンになってもらいます。故に、彼には包み隠さず事の次第を伝えろと、バルガン将軍から申し付けられております」
「そうか。トップガンか……確かに、あの戦いを見たが、尋常ならざる戦闘力を持っているのは歴然としているな。うちのミルルカでも勝てるかどうか……」
腕を組んだかと思うと、ダグラスは納得の表情で頷きながら感想を述べた。
ただ、拓哉にとって、彼の言葉は少しばかり予想外だった。
そう、自分の身内であるミルルカの勝利を否定したのだ。
――確かに、負ける気はないけど、この将軍、どういうつもりなんだろ。
拓哉は思わず怪訝に思うのだが、問題はそこではなかった。
またまた、クラリッサが暴走を始めたのだ。
「もちろん、タクヤが勝ちます。現在の人類で朱い死神に対抗できるのは、タクヤしか考えられません」
――おいおいおい! ここにはミルルカが居ないんだから、そんなにムキになるなよ! それに大風呂敷になってないか? まあ、そうそう負ける気はないんだが、その朱い死神とやらに、お目に掛かってみないと何とも言えんぞ。
やや上気しながら断言するクラリッサに、拓哉は困り果てるのだが、ダグラスはそれを快く受け取ったようだ。
「あははは。クラリッサ嬢は、どうやらホンゴウ君に惚れこんでいるようだな」
嫌味のない笑い声をあげたダグラスが、クラリッサを揶揄う。
ところが、それは彼女にとって望むところだったようだ。
真っ赤な表情となりつつも、彼女はすぐさま肯定した。
「勿論です。彼は、私のフィアンセですから」
――おいおい! 普通、ここは否定する場面だよな? いや、否定はしなくても、照れて終わるところじゃないか? もう、どこでもフィアンセや許嫁という言葉をバラ撒いてるし……
「ちょ、ちょっ、クラレ……」
嬉しく思いつつも、恥ずかしさを感じている拓哉は、彼女を押し留めようとする。
もちろん、クラリッサのことが嫌だという訳ではない。それどころか、物凄く嬉しいのだが、それを素直に表現できるほど大人ではないのだ。
ただ、それをどう伝えようかと悩んでいる最中に、拓哉の端末がブルブルと震え始めた。
――ん? だれだろ?
すぐさま、端末を取り出してそこに映し出された表示を確認する。
思わず空気を読んで欲しいものだと思ったのだが、さすがに、大した用でもないのに掛けてこないだろうと考えて、直ぐに受電した。
すると、普段では考えられないほどに、焦りを感じさせるカティーシャの声が聞こえてきた。
『た、大変だよ! 大変! どうしよう、どうしよう……』
その慌て振りから、ただならぬ事態が起きたのだと推測し、肝を冷やしつつも、彼女に落ち着くようにと宥めてみる。
「落ち着くんだ。カティ! どうしたんだ? 何をそんなに慌てているんだ? いや、ゆっくりでいいから話してくれ」
落ち着くように伝えると、端末の向こうで深呼吸をするカティーシャの様子が聞こえてきた。
――何が起きたかは解らないが、こりゃ、かなり拙い展開になってそうだな。
彼女の様子から拓哉自身も焦りを感じる。
そこに、若干落ち着きを取り戻した彼女が、問題の内容を伝えてきた。
『みんなが連行されたんだよ!』
「連行された? どういうことだ? ここは軍事基地だぞ!?」
慌てて問い質すのだが、隣に居たクラリッサが拓哉を突いた。
「タクヤ、端末をスピーカーモードにして」
その助言が正しいことに気付き、すぐさま言われるが儘にすると、クラリッサが話しかけた。
「連行されたと聞いたのだけど、誰に?」
『解らないけど、軍人なのは間違いないよ。無理やり連行された感じだった』
――いったいどういうことだ? まさか……
「その軍人に、見覚えは?」
カティーシャの返事に嫌な予感を抱いていると、横からリカルラが割って入ってきた。
『見覚えはないよ。それ以前に、全員が戦闘服だったから、顔すら解らないよ』
戦闘服だと聞いた途端、リカルラが視線をダグラスに向けた。
すると、彼は厳しい表情のままゆっくりと頷いた。
恐らくは、カルラーン大佐の息が掛かった者たちなのだろう。
――それにしても、大胆なことをやりやがる。
不安とは別に、沸々と込み上げてくる怒りを抑えていると、クーガーがカティーシャの無事を確認していた。
「カティは無事なのかい? 今、何処に居るんだい?」
『今、宿舎のラウンジに居るんだけど、ボクは丁度トイレに行っていて、戻ったらみんなが武装集団に囲まれていたから、直ぐに隠形で身を隠したんだ……ごめん……』
「なにを謝ってるんだ。一人でも無事な方が良いじゃないか。気にするな。それよりも直ぐに合流しよう」
己だけが逃げ延びたことに罪悪感を持ったのか、カティーシャの言葉が尻すぼみとなるが、拓哉はそれを否定しながら合流することを告げると、即座にダグラスに視線をむけた。
すると、その視線を受けた将軍は力強く頷くと、ゆっくりと口を開いた。
「それがいい。とにかく、まずは情報を得ることだ。それと我等も手伝おう。そもそもが、こちらに落ち度だからな」
「ありがとう御座います。そう言って頂けると助かりますわ」
ダグラスが助力を申し出ると、リカルラが感謝の言葉を口にすると共に、頭を下げていた。
この後、カティーシャと合流したのだが、事態は思いのほか深刻な状況となっていることが判明した。
あれから二十分程度の時間が経つが、未だに、拓哉達はダグラスと話をしていいた白い部屋に居る。
カティーシャは申し訳なさそうな表情で項垂れていたが、拓哉とクーガーの間に座って、事の次第を逐一話してくれた。
拓哉達の向かい側では、ダグラスの隣に座る女性士官が、携帯端末でやり取りを終わらせたところだった。
彼女は端末での通話を終えると、こちらの話が収まったと悟ったのか、その内容を報告してきた。
「カルラーン大佐が見当たらないそうです。あと、彼の配下にいる兵士が三十人ばかり姿を暗ませています。どうやらその面子が訓練生を拉致している可能性が高いです」
「そうか……由々《ゆゆ》しき事態だな」
女性士官の報告を聞いたダグラスが、深刻な表情で腕を組む。
おそらく、今後の対処を考えているのだろう。
「これは軍の服務規程違反ではないのですか? もしそうであるのなら、軍をあげて対処すべきだと思うのですが」
リカルラの言い分は、当然のものだ。
なにしろ、軍人が学生を意味もなく拉致したのだ。これは犯罪以外の何物でもない。
ところが、ダグラスは、その厳しい問いを受けて溜息を吐くと、渋い表情でカティーシャに視線をむけた。
「奴等は、サイキック使用違反だと言っていたのだな?」
「はい。確かそう聞えました」
返事を聞いたダグラスは、腕組みをしたまま更に困った表情となっていた。
「どうされたのですか?」
考え込むダグラスを見やり、リカルラがすかさず尋ねるのだが、その問いには女性士官が答えた。
「おそらく、その容疑は冤罪であり、解放自体はそれほど難しくないのですが、彼等の無罪を立証するのに数日は掛かると思われます。大佐達もそれが狙いだと思うのです」
「要は、試合の妨害をしたいだけなんだな」
女性士官――アーガス=ベンジャミンが奴等の狙いを察して、それを説明すると、ララカリアが横槍を入れた。
ララカリアの指摘は、誰もが考えていたことだった。
そして、拓哉は悔しそうに歯噛みする。
まんまと奴等の思惑通り、負けることなく団体戦が終わってしまったと考えたからだ。
胸の内でメラメラと燃え上がる怒りを感じつつも、ガックリと肩を落としている。
「くそっ! 卑怯な奴等め!」
思わず罵り声を発してしまう。
カティーシャも悔しそうにしている。
ところが、なぜか、クーガーはニヤリと不敵な笑みを見せた。
「彼等は、大きなミスをしましたね」
「それはどういう事ですか?」
その意味を理解できなかった拓哉は、憤りを感じてクーガーに食って掛かる。
すると、クラリッサが拓哉の肩に優しく手を置いた。
「タクヤ。ちゃんとルールに目を通したの? 団体戦は五機が揃う必要なんてないわよ。一機での参加も認められているわ。そして、彼等の失敗はタクヤ。あなたよ! あなたを拘束できなかったことが失敗なのよ。いえ、あなたの怒りを買ったことが、最大の失敗だわ。だって、あなたが最強なのだから」
――いっけね~。やっぱり面倒臭がるのはダメだな。
「すまん。忙しくて、ついつい」
拓哉は後頭を掻きながら謝るのだが、込み上げていた怒りをぶつける相手を見つけて、闘志を燃やし始める。
――みんなが拘束されていても、俺には出場権があるんだな。そうか……だったら目に物を見せてやるぜ。丁度いい、この怒りをぶつける相手が欲しかったんだ。
「見てろよ! ぶっ潰してやる!」
珍しく拓哉が怒りを露わにする。
それを目にした面々は、怒りのあまりに怒髪天となった拓哉を目にして、声すら出せないほどのプレッシャーを浴びて慄いていた。