84 却下
大人の情事とは、拓哉には想像できない世界なのだが、お互いの気持ちが通じ合っているのなら、さっさと結婚でもすればいいのにと思ってしまう。
そんな感想を抱きつつも、目的と違う方向に話が逸れていることを、冷たい視線の集中砲火で修正することに成功した。
その結果、予想すらしていなかった暴露大会から一転して、ダグラスは真面目な表情を作り、咳払いでその空気を誤魔化すと、集まったミラルダ初級訓練校の関係者に説明を始めた。
「うほんっ! あ~、何か誤解があるようだ。機体の確認を行うという判断はしておらんが? そのような通達があったのかね?」
――おいおい、それは全く話が違うじゃね~か!?
将軍の言葉を聞いた途端、拓哉は厳しい視線をリカルラに向けた。いや、リカルラに視線を向けたのは拓哉だけではない。彼女を除くミラルダ関係者の誰もが向けていた。
リカルラは一瞬だけ狼狽したように見えたが、直ぐに平静を装うと、首を横に振った。
「そんなはずはありません」
彼女は否定の言葉を口にしつつ、すぐさま自分の端末を操作して、壁にその内容を投映した。
それによると、ミラルダ初級訓練校の機体は不正の疑惑があるため、本日十八時より調査を行う。そのため、関係者はその場に同行するようにという内容の通達が映し出されていた。
おまけに、最後の行には、実行委員会よりという文言も記されている。
「誰かね? このような勝手な通達を行ったのは。いったい誰の許可を得て、このようなことをしているのだ?」
通達の内容を確認したダグラスが、これまでとは打って変わって冷血な表情を見せる。
言葉こそ荒げることはなかったが、その怒りは如何ほどだろうか。恐ろしいまでにこめかみの血管が浮き出ている。
それでも、その怒りを抑えて静かに尋ねると、一人の若い兵士が青い顔で答える。
「それを通達したのは、自分であります」
「誰からの指示かね?」
若い兵士の言葉を聞いて、将軍はすぐさま指示を出した者を問い詰める。
そう、ダグラスは、その若者の勝手な行動だとは思っていないのだ。
「カルラーン大佐からの指示です」
「はぁ、またしても、カルラーンか……」
若者の返答を聞いたダグラスが、やるせない表情で溜息をこぼした。
それと同時に、その場にいた軍人の誰もが沈痛な表情を見せた。
しかし、拓哉達には、そのカルラーンが誰なのかもさっぱりだ。
「カルラーン大佐とは?」
拓哉達の疑問を代弁するかのように、リカルラが問いかけると、そこに居た軍人たちが首を横に振る。しかし、ダグラスが仕方なしという風に口を開いた。
「先程、謹慎させた者だ。些か我の強い奴でな。奴にとっては、己の考える正義こそが全てなのだ。ほんとうに困った奴だ」
「では……勝手な通達についての処分はそちらにお任せします。それと、この通達は無効ということで宜しいですか?」
ダグラスが重苦しい表情で吐き出していると、リカルラがすかさず通達の撤回について述べる。すると、彼は頷きと肯定の言葉を口にした。
「勿論だ。実行委員会で決められたことではない。それに従う必要もあるまい。いや、迷惑をおかけして、本当に申し訳ない」
何度目になるかも分からない謝罪をするダグラスを不憫に思いつつも、拓哉達が安堵の息を漏らす。
その途端、その裁定に反発する者達が現れた。いや、その者達は、初めからここに居たのだ。
「ちょっと待ってください。彼等の機体は異常です。あのような機体が認められるべきではないでしょう」
「そうです。彼等のような未熟な者でもあれほどに戦える機体など、特殊な機体に違いありません」
――誰だ? このぼんくら。見るからにどこかのボンボンぽいけど……つ~か、あの頭の中に中身があるのか疑問だな。どこの上級訓練校だ?
前に出てきた二人を見やり、拓哉は頭の悪そうな上流階級出身者だと決めつける。
というのも、二人の発言が、あまりにも幼稚だったこと。ここに居られるというのが、彼等の立場が普通ではないということ、その二点から推測したのだ。
もちろん、拓哉の推測は間違っていない。その二人は、地位ある家の息子であり、上級訓練校の会長と副会長なのだ。
ただ、推測は飽くまでも推測だ。事実ではない。
そして、事実を知るべく、冷やかな眼差しを見せるリカルラが誰何の声をあげる。いや、その視線はダグラスへと向けられた。
「彼等は?」
「彼等は、デスファル上級訓練校の訓練生会長と副会長だ」
「ああ、なるほど。自分達の力では勝てないから、物言いを入れた訳だ」
リカルラの問いにダグラスが答えると、ララカリアがせせら笑いながら毒を吐いた。
なにしろ、元凶を見つけたのだ。ここで文句を言わないはずがない。
「な、なんだと! うちが負けるはずがないではないか」
「やめないか! 負けるとか、勝ではないのですよ。不正を許せないだけです」
ララカリアの毒にかかり、副会長が怒りを露わにしたが、会長がそれを押し留めた。
しかし、会長の言葉自体が常軌を逸している。
――いやいや、あんたの言葉の方が納得できないんだけど……
「不正って――」
あまりに幼稚な理論に反論すべく、拓哉が口を開こうとしたのだが、それよりも先に、隣から冷たい声が氷の刃となって放たれた。
「何を以て不正だとおっしゃっていますか? 私達の戦いが優れていたから機体が不正だと聞こえるのですが、それは機体に不正がある根拠にはなりませんが? その根拠を提示してください。まさか、その根拠がないなんておっしゃいませんよね? 機体の動きが速いから、異常な強さを誇っていたから、そんなものは、機体の不正の根拠とはならないのでは? もしそうでないなら、殲滅の舞姫の機体も不正を疑われるべきです。いえ、上級訓練校の機体は、全て不正が行われているのではないですか? そもそも、不正といいますが、本大会のレギュレーションを御存じでしょうか?」
――くそっ、クラレの奴、俺の言いたかった台詞を全部言いやがった……いや、それで、なんて答えるのかな?
ぶちまけたかった台詞を全て横取りされた拓哉は、少しばかり悔しく思いつつも、奴等の返答を待つことにした。
すると、血相を変えた副会長が泡を飛ばしながら反論する。
「何を言うか! そもそも初級訓練校の一回生に、あんな操作ができるはずがないんだ。となると、機体が優れているとしか思えないじゃないか」
――これまたアフォな発言だな。どうやら、意地でも下位の者に負けたくないらしい。てか、完全に感情論になっていて、見ている方が痛いよな。
愚かな奴等だと思いながらも反論しようとした時だった。突如として予想もしていなかった笑い声が聞こえてきた。いや、聞きたくない笑い声が聞こえてきたのだ。
「あはははははは。機体が優れているから不正か! これは腹が裂けるほどに笑える台詞だな」
そこに現れたのは、クラリッサと反発し合う例の上級訓練生。そう、ミルルカだった。
「何が可笑しいのかね。ミルルカ=クアント」
デスファル上級訓練校の会長がミルルカにそう尋ねると、彼女は笑いを瞬時に収めたかと思うと、眦を吊り上げて烈火の如く罵り始めた。
「おい! 誰が私のことを呼び捨てにしていいと言った? クアント会長と呼べ。まあそれはいい。今回だけは許してやる。機体が良いから強い。それの何が不正だ? 大いに結構じゃないか。況してや強いから機体が不正だと? お前達は戦場でもそんな言葉を敵に向かって吐くのか? 愚かしくて言葉もないぞ。確かに対校戦は試合だ。だが、我等は近い将来に軍人としてヒュームと戦うのだ。そんな温いことを言っていて、お前等は生きて行けるのか? ああ、後方で事務でもするのだな。それなら致し方あるまい。こんな愚か者達が訓練生会長と副会長だと、殲滅の舞姫もさぞ苦労するだろうな」
――ぐはっ! 今度はミルルカに言いたいことを全て横取りされた……
またもや出番を失った拓哉が、嘆きつつも視線をデスファル上級訓練校の会長達に向けると、彼等はもはや何も言い返すことすらできずに、ワナワナと震えているだけだった。
そんなデスファル上級訓練校の会長達を含め、全員に聞こえるように、ダグラスが沙汰を告げた。
「どの道、実行委員会での判断は変わらぬ。機体の調査は行わない。そして、デスファル上級訓練校は、本件においてミラルダ初級訓練校に謝罪してもらう。デスファル上級訓練校の発言は、訓練生に対する侮辱ともとれる言葉であり、且つ、その内容は著しく思慮の足らないものだ。そもそも、なにゆえに初級訓練校の一回生が未熟だと決めつけるのだ? その考えこそが思い込みであり、愚かな行為だと言えるだろう。ああ、付け加えるなら、本大会のレギュレーションは、訓練校で使っている機体ならなんでも構わない。それ故に、不正という言葉すら存在しない。もう一度、ルールに目を通すことだ」
怒りの様相を見せていたデスファル上級訓練校の会長達もその沙汰を聞くと、愕然とした表情を作り、先に退場したカルラーン大佐のように、拓哉達に憎しみの視線を向けつつ退出していった。
もちろん、謝罪の言葉などなかった。
ただ、それを半眼で眺めていたミルルカが毒を吐き捨てた。
「謝罪もナシか。あのようなクズが居るから、世の中が良くならないのだ。己が目で見ても信じられないのではない。信じたくないだけなのだ。自分より格下だと思った者に能力があることが許されないと思っている輩なのだ。あんな選民思考を持つ奴等こそ、さっさと消えてなくなれば良いのだ」
――まあ、言わんとするところは理解できるし、正しいんだろうけど……
拓哉としては、その気持ちに同意なのだが、彼女は彼女で極端なような気もする。
それでも、この件で、拓哉は少しだけミルルカに好感を抱いた。
ただ、あまりの毒が過ぎるのか、斜め後ろに控えていたテリオスが眼鏡を押し上げながら小言をはじめた。
「会長。事実とはいえ、そう露骨な発言をするのは控えた方がよろしいかと。まあ、事実ではありますが」
途端に、テリオスに鋭い視線を向けつつも、彼女は苦虫を噛み潰したような表情のまま黙り込んだ。
そんなミルルカに、ダグラスが優しげな表情を向けた。
「そうだぞ、ミルル。滅多なことを口にするな。お前は敵を作り過ぎる。テリオス君の言う通りだ。いやはや、少しはお淑やかになって欲しいのだが……」
拓哉は、その口振りに疑問を抱く。
ダグラスの物言いは、少し呆れたような雰囲気を持っていたが、あきらかに親しみが込められていた。
しかしながら、その疑問は、直ぐに解消される。
「それは無理です。叔父様。母の血がそうさせるのですから」
――おいおい、ここでも、叔父と姪か……
彼女達が身内である事実を察して驚いていたのだが、ダグラスは溜息を吐きつつ愚痴をこぼした。
「はぁ、お前の母親も幼い頃から血気盛んだったが、まさに生き写しとは、このことだな……そんなところまで似なくても良いものを……」
「ですが、叔父様の妹であるということは、叔父様の血でもあるのですが」
「ぐふっ! いや、私は、そんな暴虐無人な態度などせぬぞ」
「いえ、母から色々と聞き及んでおります。そのような戯言を誰が信用すると?」
最終的に、ミルルカのツッコミで、ダグラスが黙り込んでしまい、その戦いは終結を迎えたのだが、彼女は拓哉達に視線を向けると、これまでにないほどに嬉しそうな表情を見せた。
「初戦の戦い。なかなか面白かったぞ。噂には尾ひれが付くものだと思っていたが、あの戦い振りからすると、黒き鬼神の二つ名も誇張ではないようだな。個人戦を楽しみにしているぞ。あはははは」
彼女は歓喜の声を放つと、豪快に笑い始めてしまった。もちろん、それに黙っていられない者が居る。
「クアント会長こそ、ご自分の進退を考えておいてください。ふふふっ」
まるで竜虎のように対峙し、不敵な表情で笑い合いあっているミルルカとクラリッサを眺め、この先どうなることやらと、拓哉は前途の暗さに頭を悩ませたのは、語るまでもないだろう。