82 抗議
2019/1/19 見直し済み
その戦闘は、ガルダルにとって驚愕するものだった。いや、驚愕で片付けるにはあまりに生温いかもしれない。
それは、否が応でも、止まらぬ震えと畏怖の念が植え付けられるほどだった。
――あれはなに? どうやったら、あんなに動けるの? 黒い機体が自由自在――まるで己の手足のように、いや、それ以上の動きだわ。まるで機械に魂が宿っているみたいに……
その機体の速さだけではなく、まるで人間のような滑らかな動きが映された巨大スクリーンを眺めながら、ガルダルは黒き鬼神と呼ばれる存在に戦慄していた。
そんな彼女の前席では、知恵の足らないコンビが低能な会話を始めていた。
「会長、絶対にあの機体が特殊なんですよ。抗議しましょう」
「確かに……規定では訓練校の機体に限るということになっていたな。あれはきっと特別仕様に違いない」
「そうですよ。初級訓練校の一回生が、あんな非現実的な操作なんてできるはずがないです」
「うむ。この後、執行委員会に掛け合ってみよう」
――もう、開いた口が塞がらないわ……
低能な――無能な副会長と会長の会話を耳にして、彼女はウンザリとした気分になる。
そもそも、桁外れに強いから二回生や三回生を差し置いて出場しているのだ。異常なほどの能力を有しているからこそ、黒き鬼神などという大仰な二つ名が付いているのだ。
それに特殊な機体を用いているのは、彼等ではなく、上級訓練校の方だ。
なにしろ、実戦に特化した機体をつくり上げているのだから、拓哉達の機体にケチを付けるのは、己の首を絞めるようなものだ。
――そもそも、レギュレーションを理解してるのかしら……
心中で愚か者コンビにツッコミを入れていたが、ルールさえも理解できない彼等の会話は、その時点でシャットアウトして、対策に思考を巡らせる。
――どうやったら、あれに太刀打ちできるのかな……確かに、私も五機の敵を殲滅したけど、あれは相手が間抜け過ぎたお陰だわ。
そう、メイビス側は、まるで子ネズミでも狩る気で襲ってきたのだ。それはもう油断の塊だと言っても過言ではなかった。
しかし、拓哉の力量は全く異なっていた。それに、間違っても油断なんてしないだろう。
その証拠に、狼狽える対戦相手に、きっちりと止めを刺していた。
――さて困ったわ。明日の三試合目で黒き鬼神と当たるのだけど、その対策が全く思いつかないわ……
明日の試合をどうしたものかと頭をもたげているガルダルに、シャットアウトしていた愚か者コンビが話しかける。
「ガルダル=ミーファン、そんなに悩むことはないぞ。私達が抗議すれば、奴等はその時点で棄権となるのだからな」
――いやいや、あなたの頭の方がある意味で危険だわ。いえ、少しは知能の入った脳が、その頭の中に在るのかしら……
あまりに無能な副会長の台詞に呆れてしまうのだが、その愚かな発言に会長が飾りつけまでしてきた。
「うむ。副会長の言う通りだ。今から抗議に行ってくる。これで二勝だな」
「そうですか。では、宜しくお願いします。私は機体の調整がありますので、これで失礼します」
もう相手をするのも苦痛になってきたガルダルは、適当な理由を付けてその場を退席する事にしたのだが、これで明日の試合に負けたらなんと言われるのか、それを考えると空恐ろしくなってくるのだった。
機体を専用ピット、いや、ピットブロックに格納してコックピットから降りると、すぐさまララカリアと、一部の整備士がやってきた。
一部の整備士とは、デクリロを始めとしたクロートとトニーラの三人組だ。
もちろん、他の整備士も居るのだが、この三人は拓哉の機体専用の整備士として同行してもらったのだ。
「初戦にしては、上々だ!」
眼前にやってきたララカリアが、拓哉の腕をパンパンと叩きながら褒めてきた。
上々という割には、恐ろしく興奮している。
「いやいや、上々どころじゃね~だろ! 快挙だぞ! 快挙! なにしろ、ウチの訓練校が、この対校戦で勝ったのは初めてだからな」
すぐさま、デクリロが否定すると、そんなことはどうでも良いとばかりに、クロートが拓哉の背中を叩く。
「タク、やるじゃね~か! いや、勝つとは思っていたが、完勝するとは思わなかったぞ!」
彼はバンバンと拓哉の背中を何度も叩く。その隣では、まるで夢見るような表情をしたトニーラがその可愛らしい瞳をキラキラと輝かせていた。
「タクヤ君。凄いよ! 凄いよ! 猛烈に感動したよ。もう、僕は、僕は……」
トニーラは、カティーシャとは違って、実は、女の子でしたというオチはない。
それ故に、羨望の眼差しで舐め回すように見詰められ、拓哉はドン引きしてしまいそうだった。
――か、勘弁してくださいね……
今にも抱き付いてきそうなトニーラから、少しずつ距離を取るのだが、その都度、にじり寄ってこられて身の危険を感じる。しかし、そこに天の助けが入る。試合を観戦していたクーガーを始めとした待機メンバーがやってきたのだ。
「凄かったな! 完勝じゃないか」
「あんまり凄くて、目が覚めちゃったの」
今回の戦闘に参加していないトルドが、興奮した様子ではしゃいでいる。その横にいるルーミーは、どこか眠そうにしている。
――いやいや、ルミ、お前は思いっきり眠そうなんだが……
今にも寝てしまいそうなルーミーにツッコミを入れようとしたのだが、微笑みを絶やさないクーガーから声を掛けられた。
「おめでとう。これで校長や教官たちが喜ぶよ。それで上級訓練校はどうだった?」
どうだと尋ねられても、今回の戦いからすると、初級訓練校の上位者に毛が生えた程度だとしか言いようがない。
というのも、拓哉の動きに翻弄されて自滅したようなものだ。
そもそも、密集体型を選んだ時点で、背後に回られたら終わりなのだ。
ただ、彼等としては、回られる前に潰す気でいたのだろう。しかし、相手が悪かった。拓哉が簡単に背後をとってしまったのだ。
その時点で、勝敗の行方は大きく傾いた。おまけに、その拓哉が尋常ではないときている。
もはや、彼等の勝利は、その時点で潰えたと言っても良いだろう。
「今日の相手は、基本に忠実な相手だったので、それほど脅威に感じませんでしたが、明日の対戦はそういう訳にはいかないでしょうね。なにしろ、あの殲滅の舞姫がいるのだから、恐らく完勝という訳にはいかないでしょう」
思うところを正直に話すと、クーガーの隣にいたベルニーニャが、ニヤリと顔を歪ませつつ割り込んできた。
「勝てないとは言わないんだな」
まあ、勝つ気で戦うのだから、当然ながら負けるつもりはない。
拓哉は普段と変わりない様子で、肩を竦めてみせた。
「そう簡単に負ける気はないですよ」
全く否定することのない拓哉に、クーガーは笑みを見せる。
それでも、次の対戦が気になってしまうのだろう。
「それで、作戦はあるのかい?」
「作戦というほどのものはありませんよ。色々と考えましたが、このフィールドで戦う以上、それほど執れる策もないですから」
幾らフィールドが広いとはいえ、決められた範囲やルールでの戦いとなると、自ずと戦い方が絞られてしまうのだ。
それ故に、策を立てようにも立てられないと言った方が正確かもしれない。
それでも、幾つかの案は考えていた。とは言ったものの、大した策ではない。
何かあるのだろうと察したのか、クーガーは安心した様子で頷く。
「まあ、君がそういうのなら大丈夫なのだろう。明日の戦いも楽しみにしているよ」
「そうだな。明日は殲滅の舞姫との戦いだから、観戦する側にも力が入るな」
ベルニーニャがクーガーの後を引き継ぐように感想を述べた時だった。
「ところが、困ったことになったわよ」
背後から掛かったその声はリカルラのものだった。彼女はいつもと違って深刻な表情をしていた。
「どうしたんだ? リカルラ。そんな不景気な面して」
腕を組んで難しい表情をしているリカルラに、ララカリアが訝しげな視線を向ける。
すると、彼女は溜息を一つ吐いてから話し始めた。
「はぁ、どうも初戦の戦いが衝撃的だったようね。まあ、初級訓練校の一回生が上級訓練校の代表に完勝したのだからそれも仕方ないと思うけど、ちょっと効き目が強過ぎたようだわ」
「だから何があったんだ? 回りくどい話はやめろ!」
リカルラの持って回った話し方に、ララカリアが怒りを露わにする。
それが気に入らなかったのか、リカルラは少しだけこめかみをピクピクとさせながら結論を口にした。
「特殊な機体ではないかと疑われているのよ。そのことで機体の確認を行いたいと言ってきたわ」
――なるほど、初戦の勝利は、機体のお蔭だと考える者が多いようだな。
リカルラから事態の説明を受けた拓哉は、見る者の心理を理解しつつも、それが理不尽だと感じていた。
そして、そう感じたのは、拓哉だけではなかったようだ。見た目幼女のララカリアが怒りの声を上げた。
「ふざけるな! 特殊な機体を使っているのは、上級訓練校の方だろうが! こっちは新型とはいえ標準的な装備しか実装していないぞ!」
頭の血管が切れて倒れるのではないだろうかと思うほどだった。ララカリアは激高して叫ぶ。
途端に、リカルラは自分の耳を塞ぎながら、ララカリアに対してクレームを入れた。
「ちょっ、ちょっと、声が大き過ぎるわ。耳が痛いじゃない。だいたい、わたしがそう言っている訳ではないのだから、文句なら実行委員会に言って欲しいわ」
「解った! 直接、怒鳴り込んでくる!」
リカルラからの苦言を聞いたララカリアは、更に怒りを募らせたようで、啖呵を切ったかと思うと、ズカズカと歩き始める。
すると、なぜか、クラリッサがその後に続いていた。
「お、おい! クラレ、どうしたんだ? どこにいくんだ?」
その行動を訝しく感じた拓哉が、慌てて後を追う。
すると、彼女は振り向き様に一言だけ告げた。
「だって気になるじゃない」
結局、クラリッサの一言がきっかけとなり、誰もがゾロゾロと、ララカリアの後を追うことになった。