79 前夜祭
2019/1/18 見直し済み
その会場には、丸いテーブルが幾つも置かれ、普段は目にすることのない豪華な料理の数々が並べられている。
その光景は、少なからずパーティーを連想するものではあったが、些か質素なイメージを抱かざるを得なかった。
ただ、ここが軍の施設であることを念頭に置けば、立派にその体を成していると言えるだろう。
どれだけ簡素であろうとも、結局はパーティーであり、誰もそれを否定する者はいない。
そのパーティーに、拓哉を始めとしたミラルダ初級訓練校の面子がやってきている。
そう、これは対校戦の開会式ならぬ、前夜祭だ。
簡単に言うと、所謂、顔合わせという奴だ。
――なんか、落ち着かないんだよな~。
拓哉は、いつになくソワソワしている。
まあ、到着した途端に諍いに巻き込まれたのだ。警戒してしまうのも当然だろう。
そもそも、これから雌雄を決する対戦相手と和やかな食事など誰も望んでいないはずだ。
しかし、これも対校戦の慣習なので、不参加という訳にもいかず、渋々と参加しているのだ。
まあ、一部の者に関しては、美味しい料理が食べられるという理由で、大手を振って参加している。いや、大胃袋に食べ物を詰め込んでいる最中だ。
敢えて誰かといえば、リディアルであったり、キャスリンであったり、トルドであったり、ティートであったり、メイファであったり、ルーミーであったりする。
その内容は、一回生の殆どなのだが、それに混ざってベルニーニャがガツガツと食事を掻き込んでいるのは、ご愛敬というものだろう。
「なんか居心地が悪いんだけど……戻ってもいいか?」
「ダメよ。少しは我慢しなさい。それよりも、もう少し堂々としてない」
拓哉がこそこそとクラリッサに耳打ちした。しかし、彼女は澄ました表情で切って捨てた。
それどころか、落ち着きのない拓哉を窘めた。
実際、どちらの意見も正しいといえるだろう。
というのも、抽選の結果、拓哉達のA組が決定した訳だが、直ぐ近くのテーブルには、同様にA組となった他校が集まっているのだ。落ち着けよう筈もない。
これも主催者側が気を利かせた結果なのだが、拓哉からすれば大迷惑だった。
明日からしのぎを削って勝敗を争うのだ。楽しくやれという方が無理だろう。
結局、逃げられないと知って、拓哉は仕方なく、自分も周りを観察することにした。
――まずは右隣か……確か、メイビス上級訓練校だったかな。
右隣の席に着くのは、偵察部隊のメイビス上級訓練校だ。
これまで入手した情報では、空挺部隊の一つであり、二つ名を持つ者こそ居ないが、力量の平均から言わせればピカイチだった。
そこの面子が、やたらと視線を向けてきている。その対象は、拓哉であったり、クラリッサであったりするのだが、囁かれている内容は、火炎の鋼女とのやり取りだった。
――はぁ~、クラレが初っ端から揉めるからこうなるんだ……
拓哉は心中で溜息と愚痴をこぼしながら、視線を左隣へと向ける。
そこでは、カミラ上級訓練校の訓練生が重苦しい雰囲気で、黙々と食事をしていた。
それでも、時折、拓哉やクラリッサを見ては、ボソボソと何やら話している。
――あそこも、クラレのネタなんだろうな……
カミラ上級訓練校は、ミルルカの属する訓練校と同じ重装部隊であり、去年の対校戦映像を観る限りでは、ここが一番統率力に優れていた。
ただ、その寡黙な雰囲気は、個の特異性を許さない規律の厳しさを感じさせるものだった。
――連れて来られたのが、あんな訓練校じゃなくてよかった。あれじゃまるで軍隊だな……いや、ここに居るのは、誰もが予備軍か……
少し的外れなことを考えつつも、自分が連れてこられたのかミラルダで良かったと安堵の溜息を吐く。
そして、視線を正面に移す。そこには、格納庫前で一度顔を合わせた殲滅の舞姫が居た。
彼女と挨拶をして意外だったのは、二つ名からして厳つい人物を想像していたのに、思いの外、優しそうな女性だったことだ。
――なんてったって、殲滅の舞姫だからな。普通に考えたら冷血そうな女性を想像するよな。確か彼女の名はガルダル=ミーファンといったかな。名前も男みたいだけど、優しそうな女性だったな。
ガルダルをチラリと見やり、少しだけ気分を持ち直す。
なぜか、拓哉は彼女に母性を感じていた。その理由は分からない。ただ、彼女を見るとほんわりと心が温まるような気がするのだ。
そんな拓哉の視線に気付いたのか、ガルダルが食事の手を止めてペコリと小さく頭をさげた。
それに驚く拓哉だったが、彼女の仕草に答えるように目礼で応じた。それが拙かった。クラリッサにバレでしまったのだ。
おそらく、クラリッサは無関心を装いつつも、こっそりと拓哉を観察していたのだ。即座に苦言と一緒に肘鉄を喰らってしまう。
「そんなに、あの人に興味があるのかしら」
「な、何を言ってるんだ? 他校を観察してただけだぞ?」
「だって、見詰め合っていたわよね?」
「いやいや、それは誤解だ」
「何が誤解なんだ?」
必死に弁解していると、何を考えたのか、拓哉達の前にミルルカ=クワントが現れた。
――あっちゃ~~! また厄介な人が来たぞ……
胸中で焦りを感じながら、視線を彼女の斜め後ろに控えているテリオスに向ける。
拓哉は、副会長であり、会長であるミルルカのお目付け役に期待しているのだ。
――トラブルは勘弁してくれ!
そんな気持ちを乗せた視線を投げかけるのだが、彼は厳格そうな表情を崩さないまま、銀縁眼鏡を押し上げながら小さく首を横に振った。
――ぐあっ! あれは無理だという合図か?
テリオスの仕草に、絶望という気持ちを抱くと、それに気付かないミルルカが、その大きな胸を自慢げに突き出しつつ話を切り出した。
「調子はどうだ? あとで、あの時は体調が悪かったとか、言い訳されても堪らんからな」
――あの騒動から、まだ一日しか経ってねえっつ~の。そう簡単に体調を崩すか!
拓哉が思わず心中でツッコミを入れていると、隣に座るクラリッサがすかさず食らいついた。
「もちろん、絶好調です。例え病に倒れようと、そんな言い訳など致しません。いえ、タクヤであれば、病に冒されていても負けることはないでしょう」
――ちょっとまった~~! 病で倒れたら闘えね~って!
あまりの物言いに呆れつつも、必死に彼女の腕を引っ張るが、全く以て無駄な努力だった。
「それに病など直ぐに治ります。なにしろ、こちらには、リカルラ博士がいますから」
――いやいやいや、あの超ビッグな注射をぶち込まれるくらいなら、病で倒れていた方がマシだ。
いきり立つクラリッサの台詞は、ツッコミどころ満載なのだ。
ところが、ミルルカはその内容を気にすることなく、その美しい顔をニヤリと歪ませる。
どうやら、クラリッサの態度を快く思っているのだろう。
「くくくっ、威勢のよい小娘だ。さすがは、氷の女王と呼ばれるだけはあるようだな」
――いやいやいや、今の内容でどこに氷の女王らしき処があったんだ? いや、それよりも小娘って……だから、何度も突っ込むけど、年齢はそれほど変わらないだろ?
拓哉の不安とは裏腹に、ミルルカは完全にクラリッサを気に入ったようだ。
その証拠に、彼女は戦利品について言及した。
「よし、私が勝ったら、クラリッサ=バルガン、お前が、私の専属ナビになるんだ」
――おっ! 俺が犠牲にならなくて済むのか? いやいや、そんな問題ではないよな……
ミルルカの台詞を聞いて思わず安堵した拓哉だったが、すぐさま考えを改める。クラリッサを連れていかれては拙いのだ。
ところが、何を考えたのか、クラリッサは、ミルルカに負けじと胸を張る。
――おお~、どちらも凄い……
向かい合う豊満な胸を思わずガン見してしまう。
これこそ、男の性と言う奴だろう。
その至福の光景を見入っていると、クラリッサが突き出していた胸が揺れた。
「分かりました。もし、あなたがタクヤに勝つようなら、私は喜んであなたの元に参りましょう。ですが、それは起き得ないことです。間違いなく拓哉が勝利しますから。それと、今からメイド服を用意することをお勧めします」
「くくくっ、その強気なところがいい! これで個人戦が楽しみになってきた。それに、団体戦など見る価値もないと思っていたが、楽しく観戦できそうだ」
クラリッサの嫌味などどこ吹く風と言わんばかりに、喜びを露わにするミルルカなのだが、拓哉はそこで疑問を感じた。
そして、その疑問は、無意識のうちに肉声となってしまう。
「あの~、団体戦に出ないのですか?」
彼女の口振りでは、個人戦にしか興味がないような雰囲気だった。
それを疑問に思ったのだが、ミルルカが答える前に、テリオスが銀縁眼鏡を押し上げながら首を横に振った。
「会長が団体戦にでると、フレンドリーファイアで味方が全滅してしまいますので――」
「おいっ! テリオス、それは言い過ぎだ!」
テリオスの発言にミルルカが憤慨しているが、どうやら彼の言っていることが正しのだと理解する。
確かに彼女が送りつけてきた戦闘映像からすると、近くに居る仲間は堪ったものではあるまい。それ故に、個人戦のみに参加するようだ。
新たに勝手な約束をしてしまったクラリッサを横目に見つつ、クワトロ上級訓練校の団体戦は、比較的平凡なものになるかもしれないと考えていると、今度はテリオスが拓哉に近寄ってきた。
「殲滅の舞姫、ガルダル=ミーファンですが、見た目に騙されないように。かなりの戦闘力を持っていると思われます」
――えっ!? あの可愛らしい人が? いや、それよりも、なんでそんな大事なことを教えてくれるんだ?
テリオスの発言内容もさることながら、その発言自体に疑問を感じていると、ミルルカがテリオスを叱責する。
「迂闊なことを口にするな。結界を張っているとはいえ、口の動きから悟られる可能性があるぞ」
「申し訳ありませんでした」
これまで不敵な笑みを崩さなかったミルルカが厳しい表情を向けると、テリオスは素直に頭を下げた。
その姿を見て、いったい何を気にしているのかと感じつつ、視線をガルダルへと向けると、彼女は大きな肉をその小さな口で噛みついた処だった。
その可愛らしい食事風景と、先程の言葉が噛み合わなくて怪訝に思う。しかし、このテリオスという男は、くだらない嘘など口にするように思えなかった。それと同時に、期待されているのではないかという気持ちが起る。
それ故に、拓哉は素直に感謝の言葉を伝える。そして、自分の考えを明確に伝えることにした。
「ありがとう御座います。気を付けるようにします。ですが、負ける気は毛頭ありません」
「うむ。良く言った。団体戦の戦闘を楽しみにしているぞ」
テリオスに対する感謝の言葉だったのだが、なぜか、ミルルカが満足そうに頷いた。
そんなミルルカは、「では、いこうか」と告げると、テリオスを連れて仲間の居る場所に戻っていったのだが、その会話を近くで見ていたキャスリンがボソリと漏らす。
「あのテリオスという人、大人の男って感じがするわ。ちょっと格好いいかも」
その言葉で、キャスリンの琴線に触れたようだ。なんて考えていたのだが、すかさずツッコミを入れる者が現れた。
「ふ~ん、あんな堅物そうな男のどこがええんや。趣味が悪いんちゃうか。それと、今の恋は諦めるんか?」
なぜか方言に聞こえてしまうメイファが、キャスリンの好みにケチをつける。
途端に、キャスリンが慌てて弁解し始めた。
「な、何を言ってるのよ! あたしは、一途なんだから、今の恋を諦めたりなんてしないわよ」
――ん? キャスには想い人がいるのか。どこのどいつだ? こんな可愛い子に慕われる男は!
やや嫉妬を滲ませた罵りを心中で吐き出していると、今度は食事に没頭していたはずのルーミーが割って入った。
「相手は超絶鈍い朴念仁なの。告白すら出来ないのに、未来はないの」
――どうやら、キャスの想い人は相当に鈍感な男らしいな。
そう感じた拓哉は、思わずその考えをクラリッサにコソコソと耳打ちする。
「よほどに鈍感な男みたいだな」
「タクヤ! あなたが言える立場ではないわ。少しは自覚しなさい」
その台詞を聞いたクラリッサは、憤りをあらわにすると、容赦なく拓哉の尻を抓ったのだった。




