78 抽選
2019/1/18 見直し済み
拓哉の目の前では、リカルラが面倒臭そうに試合について説明していた。
今回の対校戦では、校長――キャリックは同行しておらず、訓練校に残っているのだ。
恐らく、何かの思惑があるのだろう。
ただ、その所為で長々とお預けを食らうのが頂けないのか、リカルラは少しばかりいつもより不遜な態度だった。
悪夢の歓待をなんとかやり過ごした拓哉達は、与えられた宿舎に辿り着いた訳だが、リディアルに遠慮することなく、彼が嫌がっていたミーティングが早速始まった。
「――そういう訳で、団体戦は二敗したらその時点で終了ね」
試合の方式は簡単だ。
全七校がA組とB組に分かれて総当たり戦を行い、上位四校が準決勝、それの勝者が決勝を行うというものだ。
ただ、参加校が七校というのもあり、A組が四校、B組が三校という配分になっていた。
それ故に、A組から勝ち残った二校とB組から勝ち残った二校が準決勝へと進むため、単純に考えると、抽選でB組を引き当てた方が有利なのだ。
因みに、準決勝はA組の一位とB組の二位、A組の二位とB組の一位の組み合わせで対戦する。
「という訳だから、最低でも三戦は戦う必要があるわ。良かったわね。沢山経験が積めて」
どことなくリカルラの物言いに棘がある。
ただ、その棘よりも、拓哉は話の内容に疑問を感じた。
リカルラの口振りだと、拓哉達がA組になると決まっているように聞こえるからだ。
そして、そう感じたのは、拓哉だけではなかったようだ。すぐさまリディアルが手を上げた。
「はいっ! どうして三戦なんですか? B組になれば二戦ですよね」
ご尤もな質問を聞いて、ララカリアとクーガーを除いた全員が頷く。
リカルラはといえば、ニヤリと嫌らしい笑みを浮かべ、その理由を口にする。
「だって、抽選になにも仕込まれていないと思っているのかしら?」
――ぐはっ! この段階になっても、インチキが発生するのか……こうなると、機体の方も心配になってくるな。
純潔の絆が企んでいることを聞かされていたものの、拓哉は奴等が対校戦に手を出してくるとは思っていなかった。
それもあって、顔を顰めてしまうのだが、それを悟ったのか、自称フィアンセであるクラリッサが、真剣な表情で不安を露わにした。
「そこまで裏工作が行われるのであれば、機体のことが心配なのですが……」
選抜戦で自爆攻撃を仕掛けられたこともあって、拓哉のみならず、クラリッサも機体に対する工作には敏感だった。
彼女が警戒してしまうのも当然だろう。
ところが、ララカリアが不敵な笑いを響かせた。
「くくくっ! ふふふっ! あはははははは! 心配には及ばん。あたいがバッチリプロテクトをかけてるからな。誰が来ようと機体に工作なんてできやしないさ。いや、来るなら来い。目に物を見せてやる。あははははははは」
自信ありげなララカリアが、平らな胸を張って豪語した。
ララさんが、そこまで言うのなら大丈夫だろう。ただ……
豪快に笑うララカリアを見やり、拓哉は安堵の息を吐いた。
しかし、それだけで万全な訳でもない。
「でも、物理的な被害はどうなります?」
そう、ララカリアはあくまでもソフトウエアの担当だ。ハードウエアに関しては、無防備だと言わざるを得ない。
なにしろ、ララカリアはプログラムの天才ではあるものの、ハードウエアに関しては、からっきしだからだ。
その証拠に、拓哉から指摘された途端、息でも止まったような表情を見せた。
そんなララカリアに呆れたのか、リカルラが溜息交じりに問題ないと告げる。
「それについては大丈夫よ。何故なら、機体は全てピットブロックで覆っているから」
――ん? ピットブロック? また新しい名前を耳にしたぞ。ピットブロックってなんだ?
そんな疑問を抱いたのは、拓哉だけではなかった。リカルラとクーガーを除き、誰もが首を傾げている状態だ。
すると、間違いなくそれに関して質問されると感じ取ったのか、クーガーが勝手に説明を始めた。
「ピットブロックはね。我が社の新設備なんだよ。機体を丸ごと覆うピットで、当然、中で整備もできるけど、外部からの攻撃を遮断することができるんだ。遠隔通信が可能でプログラマが直接機体に接することなく、管理、調整、変更が可能なシステムを組み込んでいる。あと、バーションアップなんて、一度に十機までパラレルで作業が可能だね」
――それって、確かに画期的なシステムだけど、まさか今回のために作った訳じゃないよな?
拓哉の疑問はあっさりと読まれてしまう。どうにも表情に出過ぎるようだ。
クーガーは笑みを絶やさずに、聞かれてもいない疑問に答える。
「例の案件が発動されたからね。このくらいの準備は必要なのさ」
クーガーの口振りからすると、今回の対校戦よりも未来に焦点を絞っているのだろう。
どうやら、ミクストルの活動に必要不可欠なのだと受け止める。
そして、彼の様子からすると、あまり心配する必要がなさそうだった。
そんな訳で、全員が納得して頷くと、リカルラが個人戦の説明を始めた。
「これについては、説明が不要なほどに簡単ね。各校から代表が二組ずつ参加してトーナメントを行うわ。まあ、ウチはホンゴウ君しか参加しないから、どこかがシードになるでしょうけど、それこそウチには縁のない話ね」
どうやら、そこでも裏工作があると考えているのだろう。さすがに、誰もが既に理解しているので、疑問に思うものなど皆無だ。
それどころか、拓哉は満足そうに頷いている。
――まあ、何の問題もない。すべて倒せばいいだけさ。それを楽しみに、ここまで来たんだ。一戦でも多く戦いたいのに、シードなんて以てのほかだ。
「タクヤ、楽しそうね」
拓哉の表情から心情を読み取ったのか、クラリッサが笑顔を向ける。
彼女としても、拓哉が喜んでくれる方が嬉しいのだ。
しかし、拓哉としては不満もあった。
――本当は、もっと楽しくなるはずだったのに……勝手に賭け事なんてするなよな~~!
笑顔の彼女に頷きで返しながらも、心中では愚痴をこぼしている。
なにしろ、クラリッサとミルルカは、勝手に戦いの賭けを決めたからだ。
その内容は、個人戦で拓哉が負けたらミルルカの奴隷になり、彼女が負ければ、拓哉とクラリッサのメイドになるという訳の解らないものだった。
拓哉としては、公序良俗に反する行為だと、必死に抵抗したのだが、既に沸点を軽く超えていた二人が耳を貸すことはなく、そのまま取り決められてしまったのだ。
おまけに、もしこのルールを破ると、何をされても文句は言わないという約束までしている。
――はぁ~、そもそも負ける気は無かったんだが、これで罷り間違っても負けられなくなってしまったじゃね~か。つ~か、勝ったら勝ったで、問題が起りそうだし……まあ、その時は、メイドなんて要らんといえばいいか……それにしても……
いまだリカルラの説明が続いているのだが、拓哉はチラリとクラリッサを盗み見ると、いい加減に彼女の猪突精神を何とかする必要があると、真剣に考え始めた。
結局、到着当日はミーティングと団体戦の作戦会議のみとし、あとは休息を執ることにした。
そのお陰か、今日は誰もが清々しい顔をしてい――ない。いや、ルーミーだけが眠そうなだけだ。
彼女以外は、誰もがすっきりとした様子だ。と言いたいところだが、もう一人――拓哉もやや疲れ気味だった。
――思いっきり眠たい……
ここは試合会場となる軍施設だと聞いていたので、久しぶりに一人でのんびり眠れると思った。拓哉は安易にそう考えた。
ところが、何てことはない。クラリッサとカティーシャが何時ものように転がり込んできたのだ。
それも、何時もより狭いベッドでギュウギュウの状態で寝たこともあって、とてもではないが、気になって眠れなかったのだ。
なんてったって、拓哉は思春期の男だ。綺麗で胸の大きな女の子と、胸は一般的だけど可愛らしい女の子が、身体を押し付けんばかりに両隣で密着してきたら、平常心を保つなんて無理に決まっている。
きっと、ガ〇ジーですら、右の胸に腕が当たったら、左の胸を揉むことだろう。
そんな状況の中、歯を食いしばって朝まで耐えたのだ。
いっそ食ってやろうかと何度思ったことか、対校戦がなければ、間違いなく大人の階段を登ったことだろう。
――あの状況を何事もなく乗り切るなんて、俺って神だわ……
なんて自画自賛をしているのだが、それは世間一般で言う『へたれ』という奴だ。
間違いなく、「誰もが食えよ」「食わない方がおかしいだろ」と考えるはずだ。
ただ、不満は世間一般の者からではなく、美しき少女から発せられた。
そう、目を覚ましたクラリッサがボソリとクレームいれたのだ。
「意気地なし」
そう、正解は食わなければならなかったのだ。
まあ、そうは言っても、拓哉がヘタレなのは今始まった話ではない。
それに、いまはそんな話で盛り上がっている場合でもない。
そう、拓哉達は試合の抽選を行うべく、訓練施設に辿り着いたところだ。
「観客とか、全然いないんだな」
訓練施設に入った途端、トルドが室内の光景を目にして、そんな感想を述べた。
彼の言う通り、この訓練施設には、関係者数名と参加者数名がいるだけで、ガランとした光景が作り出されていた。
この光景を目にした者は、違うことなく、こんな広い場所で抽選を行う必要があったのかと、問いたくなるだろう。
しかしながら、こうなることは事前に解っていた。
なぜなら、拓哉が所属するミラルダ訓練校もだが、他校も参加者と整備士しかきていないと聞いていたからだ。
今頃、訓練生は授業の真っ最中だろう。
この対校戦も訓練の一環であって、別にお祭り騒ぎではないのだ。
「誰が引く?」
拓哉達の順番が迫ってくると、キャスリンがどうすると言わんばかりに、拓哉に視線を向けた。
「誰でもいい。というか、そもそも引く必要があるのか?」
拓哉の考えが正解だった。彼等は引く必要がないのだ。いや、間違いなく意味がない。
なぜなら、彼等の順番は、いちばん最後なのだ。
「キャス、考えんでも分かるやん。ああ、すまん。いまのって、笑いのネタやな」
初めから引くつもりがいこともあって、思いっきりだらけていた拓哉とは違い、キャスリンはガチガチに緊張していた。
そんな彼女に、メイファが容赦のないツッコミを入れていた。
「も、もちろん、冗談よ! み、みんなの気持ちを軽くさせようと思ってね……えへ」
「絶対に嘘なの」
焦って誤魔化そうとするキャスリンだったが、眠そうなルーミーが断言した。
その一言で逃れられないと感じたのか、攻撃を食らったキャスリンが力無く跪く。
彼女の周りでは、男連中が哀れみの視線を投げかけている。
「まあ、誰にでもあるさ。リディなんて何時ものことだぞ?」
「あ、あたしは、リディと同じレベルなのね……」
「なんだと!」
「まあまあ」
トーマスがキャスリンをフォローするのだが、どうやら、慰めになっていなかったようだ。彼女はリディアルと同じレベルになったのが嫌だったらしい。もちろん、リディアルがそれを見て憤慨する。
最終的にレスガルが宥めて終了となったのだが、その間に拓哉達の組み合わせが、予想と違わずしてA組に決定した。