75 封筒
2019/1/18 見直し済み
作戦会議は思わぬところで躓き、一歩目から振出しに戻ることになった。
クーガーの発言により、考えていた作戦が水泡に帰したのだ。
人生ではよくあることだし、ゴール近くでスタートに戻るよりはマシだろう。
それでも、作戦を一から練り直すことになった拓哉は、溜息をこぼしたくなる気分だった。
そんなタイミングで、リカルラが会議室にやってきた。
「みんな集まっているわね。丁度いいわ」
「丁度いいって、いったいどうしたんですか?」
入るなり満足そうに頷くリカルラだが、その物言いが気になりなる者達から視線を向けられる。
実際、そこに居る全員なのだが、彼女は全く気にしていないようだ。さりげない動作で脇に挟んでいた封筒を拓哉に差し出した。
「あなた宛ての手紙が届いているわ」
――俺宛? この世界に俺の知人は居るはずないし、どういうことだ?
差し出された封筒を見遣る拓哉は、差出人に心当たりがなく怪訝な表情をしてしまう。
おまけに、その封筒は、手紙が入っているとは思えないほどに大きく分厚い。
チラリと隣のクラリッサに視線を向けると、彼女も訝しげな面持ちで首を横に振っている。
「早く受け取りなさい」
拓哉が何時までも困惑していると、リカルラは腕が疲れたのか、イラっとしたようだ。少しばかり表情を顰めた。
仕方なく受け取る拓哉の脳裏には、デッカい注射が浮かんでいる。
嫌々ながらも焦って受け取ると、日本に居た時の癖で封筒の裏を確認する。
そこには、一人の名前が書かれていた。
――これが差出人か? つ~か、封筒の裏に差出人が書かれているのは日本と同じなんだな。でも、住所はない……ん? なにか硬い物が入ってるみたいだ。
手にした封筒の大きさや重さから、中身が手紙だけでないと察する拓哉の横では、クラリッサが首を傾げている。
彼女としても、拓哉に物を送ってくる存在が気になるところだ。
「誰からなの?」
「ん~、ミルルカ=クアントって書いてあるけど……誰だろう?」
封筒の裏に書かれた名前を口にしつつ、拓哉は記憶にないことを伝える。
ところが、クラリッサはその名前を聞いた途端、拓哉の手から封筒をぶんどった。
「間違いないわ。ミルルカ=クアント……クワトロ上級訓練校の『火炎の鋼女』だわ。でも、なんで彼女がタクヤに手紙を?」
自分の目で見たクラリッサが信じられないと言わんばかりに瞳を見開く。
彼女の言葉で、拓哉は去年の対校戦映像を思い出す。
――ああ、そういや、居たっけな。火炎の鋼女……でも、どうして俺に?
ミルルカ=クアントの名前は知らなかったものの、彼女の二つ名は記憶されていた。
そして、クラリッサと同じ疑問を抱く。
二人して首を傾げていると、差出人を知らされたカティーシャが横から口を挟んだ。
「火炎の鋼女ってあれ? 敵の弾は避けて通り、己の弾幕は全てを焼き尽くすってやつ?」
「多分……この差出人が本物なら、そうだと言わざるを得ないわね」
カティーシャが口にしたとおりなら完全無欠の存在なのだが、それに言及することなくクラリッサが肯定した。
途端に、誰もが拓哉やクラリッサと同じ疑問に辿り着いたのだろう。リディアルがすぐさまそれを口にする。
「そんな奴が、なんでまたタクヤに?」
「さあ、それは解らないわ。でも、悩むよりも中身を確認した方が早いわ。タクヤ、何が入ってるの?」
クラリッサは首を横に振りつつも、拓哉に視線を向けた。
彼女からすると、悩むだけ無駄だと考えたのだ。それに、中身を見ることで、その理由が分かるかもしれないとも考える。
そんな彼女から急かされて、拓哉は気が進まないものの、仕方なく封を切って中身を取り出す。
――なんだ、これ?
中から出てきたのは、手のひらサイズの黒い箱だった。素材が何かは分からないが、かなり丈夫そうなものだ。
それを見た途端、ララカリアが口を開く。
「データーキューブ用のケースだな。タクヤ、それを寄こせ」
言われるままに、黒いケースを彼女に渡す。
ララカリアは慣れた手つきでケースを開けると、無造作にデーターキューブを取り出した。
このデーターキューブだが、地球で使用されているメモリーカードに近いものだ。ただ、保存できる容量は桁違いで、バイトに直すとテラなんて砂粒ほどのデータに思えるほどの容量だ。
ララカリアはそのデーターキューブを会議室に備えられた端末にセットし、巨大スクリーンの電源を投入した。
すると、突然、一人の女性が映された。
その見目は、美しい女性。いや、未だ少女と呼べそうな雰囲気を持っている。しかし、その二つの瞳は鋭く、まるで獲物を狙う猛禽類を彷彿させる。
そう、それはミルルカ=クアント本人だった。
『鬼神! この映像を観てるな! 今回の対校戦にお前が出てくると聞いて、今から胸を膨らませているぞ』
「うひゃ、すっげ~~~! いてっ!」
リディアルがその映像を観て感嘆の声を漏らしてしまうのだが、メイファからすかさず頭を叩かれていた。
ただ、同じ男である拓哉は、彼に同情したくなる。
というのも、見目麗しきミルルカは、身体にフィットしたパイロットスーツを着込んでいるのだが、その胸元がはち切れんばかりに膨らんでいたからだ。
リディアルは間違いなくその胸に感動したのだが、眦を吊り上げたメイファに撃墜されたのだ。
「もう! 乳に反応するの止めや! あほぉ!」
「そうよ。そんなに胸が大きいのがいいの? 偉いの? 偉大なの? だったら乳牛を彼女にすればいいんじゃない?」
メイファが怒りの形相をリディアルに向けると、乳と聞いた途端、キャスリンが参戦した。もちろん、メイファの味方として。
こうなると、またまた無駄な時間が過ぎてしまう。それに拓哉が頭を悩ますのだが、そこにララカリアが割って入った。
「こらこら、胸の大きさで喧嘩なんてするな。胸が大きい女ほど、脳に栄養がいってないんだからな」
発狂し始めたキャスリンに、半眼のララカリアがチラリとリカルラに視線を向けつつフォローする。
ところが、それは宣戦布告と同義だ。リカルラとクラリッサの起爆スイッチが入る。
「そんな科学的根拠のないことを言わないでもらえるかしら。まあ、肩が凝るので、あまり嬉しくはありませんけど。ああ、ララは肩こりなんてなさそうで、羨ましいわ」
「私は頭も悪くありません! それは偏見というものではないですか。別に胸の大きさを自慢する気はないですし、良いものだとも思ってません。劣等感からの言いがかりはやめてください」
「ぬぐっ! かはっ! けほっ!」
どうやら、二人とも巨乳の自覚があるようだ。
胸を強調するかのように腕を組んだ二人が、すぐさま攻撃を開始するのだが、二人の嫌味は辛らつだ。
見えない槍が突き刺さるかの如く、目幼女のララカリアが呻き声をあげる。
――ほんと、毎度のことながら、よくも飽きないもんだな……
拓哉は溜息を吐きつつ肩を竦める。
ただ、その最中も映像が流れている。拓哉は付き合っていられないとばかりに、映像に視線を戻した。
そして、未だ一人で話し続けているミルルカを見やり、素朴な疑問を抱く。
「なあ。この女性が『火炎の鋼女』なのか?」
「なにっ!? まさかタクヤまでこの女に興味があるとか言い出さないわよね? こんな胸だけが大きいオバサンなんて駄目よ」
ララカリアとやり合っていたクラリッサが、もの凄い反応速度で拓哉を責め立てる。
拓哉としては、単に映像の主を確かめたかっただけなのに、思いっきり地雷を踏むことになった。
――おいおい! なんでそうなる! つ~か、オバサンって、精々二つくらいしか変わらないだろ。
『――という訳で、お前に私の実力の一端を見せてやろう。これを見て怖気づいたら棄権するんだな。あははははは』
結局、ツッコミを入れている間にミルルカの話が終わり、彼女の高笑いだけが所狭しとばかりに会議室の中で響き渡った。
その温かさは身や心に溜まった不純物を取り除くかのように、心身ともに癒しを与えてくれる。
浴槽の中にある穴からは気泡が噴き出し、新陳代謝を向上させ、疲れを取るだけではなく、心身ともにリフレッシュできる。
本来であれば、入浴とはそういうものだ。それ故に、人は風呂を好む。
ところが、拓哉としては、些か異議を申し立てたい気分だった。
なにしろ、まったくリラックスできないのだ。
その理由は簡単だ。そう、いつもの落ちでもある。
拓哉の両隣には、二人の少女が何も身に着けずに座っているからだ。
――いつも思うんだけど、裸の女性に魅力を感じるのは確かだが、風呂はゆっくり入りたいよな~。
贅沢な悩みを心中で吐き出していると、大きな胸を湯船に浮かべたクラリッサが視線を向けてきた。
ただ、彼女の思考は、全くと言って良いほどに、如何わしいものではなかった。
「どういうつもりなのかしら? あの映像を送ってきた意図が解らないのだけど……」
彼女が話題にしたのは、データーキューブを寄こしたミルルカ=クアントについてだった。
そして、その疑問は拓哉に取っても同様だった。わざわざ自分達の戦闘映像を送ってよこすメリットが解らないのだ。
そう、ミルルカの高らかな笑いのあとには、彼女自身の戦闘映像が収録されていた。
普通なら極力隠したい情報であるはずなのに、彼女は自分の戦闘映像を寄こしてきたのだ。
――まさか、あれで俺が諦めると思っての行動かな?
クラリッサの問いに答えることなく黙考していると、カティーシャがお湯を揺らして、身体ごと拓哉に向けた。
「自分の力に絶対的な自信があるんだよ。だから、黒き鬼神と呼ばれるタクヤに、自分の強さを見せつけたかったんじゃないかな? いや、もしかしたら、あの胸を見せつけたかったのかも知れないけど……」
――胸を見せつける云々は置いておいて、己の力を誇示したいという想いはあるのかも知れないな。まさかと思うが脳筋なんてことはないよな? いや、それよりも問題はあの戦闘力だ。さすがに、少し飛び抜けているような気がする。
ミルルカの――『火炎の鋼女』の戦闘映像は、その場に居た者達を凍り付かせた。
なんといっても、その攻撃力と防御力が半端なかった。
その映像に映し出された機体は、一歩も動くことなく敵の攻撃を無効化し、襲い掛かってくる敵を恐ろしいほどの弾幕で一掃していた。
それは、まさに、絨毯爆撃のようだった。
「さすがに、ウチの面子だと、タクヤ以外であれに敵う者が居るとは思えないわ」
「そうだよね。あれは異常だよ。あの防御からして、サイキックの力も半端ないはずだし……」
映像のことを思い起こしていたのか、クラリッサとカティーシャが力無く溜息を吐く。
――確かに……今のリディ達では手も足も出ずに瞬殺されるだろうな。てか、俺ならどう戦う? 防御に長けているのなら接近戦だよな。それに、あの弾幕は頂けないし、そうなるとやはり近距離戦闘で奴を撃ち崩すしかないが……どうも引っ掛かる。
拓哉はミルルカに対する作戦を考えていたのだが、なぜか思い浮かぶ案が間違いだという勘が働く。しかし、その理由が解らない。
それは、唯の勘でしかなく、これという根拠がない。それ故に、余計に頭を悩ませているのだ。
拓哉が湯船につかったまま腕を組んで考え込んでいると、反応がないことに不安を抱いたのだろう。
クラリッサが心配そうな表情を見せる。
「タクヤの言っていた作戦って、上手く行くかしら」
そう、クーガーが出場しないと聞いて、考え直した案をみんなに提示したのだが、クラリッサはそれを不安に感じているようだった。
しかし、カティーシャは開き直ったのか、自分の意見をクラリッサにぶつける。
「今更、そんなことを言っても仕方ないよ。そもそも、こっちは格下なんだから」
「そうだけど……」
カティーシャの意見はご尤もだ。
なにしろ、向こうは上級訓練校で、こっちは初級訓練校なのだ。力量の差があって当たり前なのだ。
しかし、どうしても納得できないのだろう。クラリッサは俯いたまま言葉を濁した。
ただ、そこで拓哉の意識が彼女の視線を捉えた。というのも、それはどう見ても、彼の下半身に向いているような気がするからだ。しかし、今更隠すのも変だと思い、黙ってクラリッサを見ていると、彼女はハッと顔を上げた。
どうやら、自分の視線が気付かれたことを悟ったのだろう。彼女は慌てて弁解を始めた。
「ち、違うの。別にエッチなことなんて考えてないの。タクヤのあれが逞しいんだけど、あれが私の中に……なんて考えてないわよ」
焦ったクラリッサは気が動転したのか、拓哉とカティーシャの前で本心を露見させてしまうのだった。