71 高笑い
2019/1/16 見直し済み
威嚇の言葉をくぐもった声で発した者達は、誰もが銃を手にしていた。
その銃口は、校長室にいた拓哉達に向けられている。
ただ、この大胆不敵であり、愚かな者達の表情を覗うことはできない。
誰もが明らかに完全武装で身を固め、頭にはフルフェースのヘルメットを被っているからだ。
失礼にも挨拶もなく突入してきた輩は、拓哉達を半円状態で取り囲んでいた。
焦りを抱きつつも、拓哉はそんな輩に冷たい視線を向ける。
――ちっ! 自爆装置のお礼をしてやりたいんだが……二十人くらいはいるか。てか、肉弾戦となるとタイマンでも勝てる気がしないんだけどな……
和やかな雰囲気が一気に緊迫した状況となり、拓哉は怒りを感じつつも、焦りと恐怖を抱いていた。
チラリの仲間を見やると、同じように焦りを感じているのが分かった。誰もが眉を顰め、銃を持つ者達を見やっている。
しかし、誰一人として両手を上げる者はいなかった。
どちらかといえば、チャンスを覗うかのように、息を殺して間合いを取っている。
そんなタイミングで、入り口から嫌らしい笑い声が聞こえてきた。
「くくくっ、はははははは! これで終わりだな、バルガン将軍、いや、バルガン」
その言葉を発したのは、既に捕まっているはずの副校長、ラッセル=ボーアンだった。
そう、拓哉は知らなかったが、ラッセルはキャリックの作戦で、直ぐに拘束されていた。
ラッセルが取り囲む輩の前に歩み出ると、この事態を想定していなかったのか、キャリックが少しばかり顔を顰めた。
「どうやって抜け出したのだ?」
呼び捨てにされたものの、キャリックは直ぐに表情を戻していた。
それに対して、可笑しくて堪らないといった風に顔を歪ませているラッセルが、勝ち誇るが如く嫌らしい笑みを見せた。
「これくらいの下準備がなくて、あんな大っぴらな仕掛けなんて出来ませんよ。この時のために、色々と細工をさせてもらいました。くくくっ」
どうやら、キャリックの行動は読まれていたようだ。
それに満足したのか、ラッセルはご満悦のようすだ。
自分の読みが当って、思う通りに進んでいることが愉快で堪らないのだろう。
――その笑顔が気に入らねぇ。その態度も気に入らねぇ。もう勝った気でいるんだな。
心中でラッセルの顔にケチを付けてみたのだが、この状況では、負け惜しみでしかない。
そんな拓哉とは違って、冷静沈着な雰囲気を維持しているリカルラは一味違っていた。
「というか、臭うわ。悪臭で気分が悪くなりそうだわ。早く出て行ってくれないものかしら」
――恐ろしい女だ。この状況でも全く動じてねぇ……
リカルラの度胸に、その毒に、拓哉は感服してしまう。
ところが、ラッセルは眉を吊り上げたものの、怒りを露わにすることなく、直ぐに舌なめずりでもしそうな表情をみせた。
「くくくっ、好きに言ってろ。この訓練校は、今日からオレが校長になるのだ。あと、そこの邪魔な男共は死んでもらおうか。女は色々と使い道があるし、そう簡単には殺さないでおいてやるさ。リカルラ、あんたもな。直ぐに従順な女にしてやるさ」
ラッセルが口にした言葉は、疑う余地なく最低で愚劣な行為に直結している。
当然、誰もがそれを理解している。
女性陣のみならず、彼女達を背に隠す男性陣も、怒りの表情を見せる。
しかし、ラッセルを粛清しようとはしなかった。
ただ、奴を蔑む言葉がボソリと囁かれた。
「ほんと、ゴキブリ以下だね」
その言葉を発したのは、カティーシャだ。
拓哉とクーガーの背に庇われた彼女が、恐ろしく冷たい視線をラッセルに向けていた。
彼女の呟きは、どうやら当の本人に届いたようだ。
ラッセルは、彼女の毒を負け惜しみと受け取ったのだろう。そして、その発言で勝利を確信したのかもしれない。ニヤリと顔を歪ませたかと思うと、次の瞬間にはやや興奮気味に高らかな笑い声をあげた。
機能と必要性のみが考慮された校長室。
書架が並ぶわけでもなければ、豪華な調度がある訳でもない。
ただただ、だだっ広い執務室だった。
当時は、そんな感想を抱いたのだが、現在は少しばかり異なっていた。
――なんか、狭苦しいんだけど……
拓哉が初めてここに入ったのは、この世界に連れて来られて四日目だった。
実際、拓哉の認識では二日目なのだが、その間、彼には意識がなく、リカルラが色々と検査を行っていた。
意識のない期間はさておき、校長室に入った時の印象は、どこの大会社にある社長室だ? というものだった。
それも仕方ないだろう。この部屋の広さは、地球で言うところの五十畳に相当する。
故に、映画などでよく見る高層ビルの社長室といった光景を思い浮かべたのだ。
しかしながら、その広々とした社長室は、いまやウサギ小屋のように思えた。
なにしろ、ドブネズミよりも質の悪そうな輩が、数十人の規模で眼前に並び、黒く艶のない無機質な鉄の塊――銃を突き付けているからだ。
そんなドブネズミ以下の親玉……ラッセルはなにが可笑しいのか、未だに笑いを堪えられないようだ。
「くくくっ、ざま~ね~な。バルガン! これでチェックメイトだ」
――どうやら、既に勝ったつもりでいるらしいが、それがフラグになるのが世の常なんだよ。地球ならマーフィーの法則が働くところだぞ?
拓哉には無理だが、ここに居る面子は選りすぐりだ。きっと、奴に一泡吹かせてくれるものと信じてほくそ笑む。
そんな拓哉を他所に、キャリックは少し呆れた様子で肩を竦めた。
「それで、君の目的は何なのかな?」
それまで笑い転げんばかりだったボーアンだが、キャリックが声を発した途端に眦を吊り上げた。
「うるせ~! お前は黙ってろ。今まで目の上のコブだったんだよ! これからオレの天下だ。くくくっ! あはははははは」
――なんとも、小さい男だな。まあいいや。それよりも、どうやら乗っ取り以上の裏はなさそうだ。この訓練校に君臨できて、適当な女を手籠めにして、ハーレムでも実現すれば、それで幸せだと言いそうな男だな。下種の望みそうなことだ。
拓哉は奴の態度から、勝手に人間性と将来計画を決めつける。
すると、まるで拓哉の心を読んだかのように、リカルラが吹き出した。
「ぷっ!」
――まじかーーーー! まだ、ナノマシンの効力が残ってるのか!?
リカルラの反応がジャストタイミング過ぎて、拓哉は焦って振り返る。
しかし、拓哉以上に反応した者が居た。
「な、なにが可笑しいんだ! 自分達の立場を理解してるのか!?」
リカルラの態度が癇に障ったのか、奴は唾を飛ばしながら彼女に毒づいた。
ところが、リカルラは右手で口元を隠したまま、笑いでゆがめた顔を変えることなく毒を吐く。
「ほんと、愚かしいわね。小者臭が漂って息が詰まりそうね。少し喚起したいのだけど、というか、駆除した方が早いかもね」
「な、なんだと! このアマ! 黙れ! なんて忌々しい。ちっ、まあいい。あとでヒイヒイ言わせてやるさ。そうさ、たっぷりと楽しませてもらうことにしようか。くくくっ」
ラッセルは発狂したかのように怒鳴り声をあげたが、己が勝者だと確信しているのか、自分自身を落ち着かせるかのように、下種な言葉を並べ立てた。
――ほんと、カスだな……いや、文句を言っても始まらない。まずは、この状況をなんとかしないと……
その罵声を耳にして、どこまでも最低最悪な男だと再認識しつつも、心の中で渦巻く怒りを鎮める。
どれだけ憤りを感じようと、この状態では犬の遠吠えにしかならない。
しかし、何を考えたのか、リカルラは容赦なく反論した。いや、嘲笑うかのような笑みを湛え、逆に奴をこき下ろし始めたのだ。
「もう勝ったつもりでいること自体が愚行だと気付かないなんて、愚かを超えて残念な男と表現する他なさそうだわ。いえ、もはや人と同列に語ることすら人類に対する暴論ね」
――おいおいおい! そこまで挑発するからには、何か手立てがあるんだろうな? 俺には無理だからな……
そもそも、校長室はサイキックの使用が困難な場所だ。
というのも、こういった輩に占拠されないために、サイキック防止システムを設置している。
奴等はそれを知っているが故に、この世界では時代遅れとなっている銃なる物を持ち出してきたのだ。
それを知っている拓哉は、リカルラが見せる余裕の態度に期待したのだが、それは大きく裏切られる事となってしまう。
「うっせ~! あとで犯してやるから黙ってろ! おいっ、やれっ!」
ラッセルがそういうと、取り囲む輩の後ろから、数人の男が前に出る。
その者達の手には、拓哉に見覚えのある物が握られている。
――おいおい! これって色こそ違うが、俺が付けていたリングと同じじゃないか!
そう、この時、初めて犯罪者用の手錠を目にして、カティーシャの言っていたことを思い出す。
そして、焦りを募らせる。
――つ~か、それ付けたら、この部屋から出てもサイキックなんて使えなくなるじゃないのか!?
なんだかんだ言いつつも、拓哉は仲間のサイキックに期待していた。
しかし、サイキック防止の手錠を付けられては、もはや太刀打ちできる方法が残されていない。
表面上は焦りを隠しつつも、心中でヤバイヤバイと連呼していたのだが、リカルラは何を考えたのか、その手錠を持った男の顔に平手をお見舞いした。
――お~~~い! その続きはあるんだろうな! ただ、腹いせじゃないよな?
期待しつつリカルラを見やるのだが、彼女は腕組みをしたまま微動だにしない。
その立ち姿は、どう見ても何かを仕掛けるようには見えない。
――もしかして、策なしか? 唯の反抗か?
そろそろ、拓哉も彼女が打つ手を持っていないのだと気付き始めたところに、ラッセルが講釈を垂れる。
「リカルラなら理解してるだろ? この部屋はサイキックなんて使えないんだよ。まあ、よほど能力の高い者なら別だがな。それでも通常の威力は出せないぞ。だから、この旧式の銃が役に立つんだ。どう足掻いてもお前達のサイキックでは太刀打ちできまい。くくくっ」
悔しいが、奴の言う通りだ。これは本当にピンチだと感じる。
しかし、リカルラに策がないと悟って、他人任せにする訳にもいかないと考え始める。
――さて、どうする? 他人任せなのも申し訳ないし……俺も打開する方法を考えるしかなさそうだな。
なんて、真剣にこの状況を打破に思考を働かせる。しかし、またもや、リカルラが懲りずにラッセルを罵倒する。
「だから、愚かだというのです。状況の把握が全くできていないわ。だから、あなた達はこれから負けるのよ。いま降参するなら痛い目に遭わなくて済みますよ?」
――ま、マジか! とうとう裏技でも出すのか? デカい注射器を持ってるようには見えんが、どこかに隠し持ってるのか?
まさか、ドラ○もんではないのだ。白衣のポケットに巨大な注射が入っているはずもない。
期待に胸を膨らませてみたのだが、出てきたのはラッセルのせせら笑いと挑発だった。
「くくくっ! やれるものなら、やってみるといい。くくくっ」
その途端、腕組みをしていたリカルラがそれを解き、何をするのかと思えば、腕を伸ばして喝を飛ばした。
その腕の延長上にいるのは、その指が示しているのは、キョトンとした拓哉だ。
――えっ!? 俺? なんで俺? 俺にどうしろと?
人差し指で自分を指差すと、リカルラは頷きと共に口を開いた。
「やっておしまいなさい! ホンゴウ君!」
なんでじゃ~~~~~~! 俺にこの展開を如何しろっていうんだ! やっておしまい! じゃね~~~!
彼女の意図が全く掴めないどころか、どうすれば良いのかも解らない拓哉が、慌てて仲間を見回すと、誰もが真剣な面持ちで頷いていた。