70 最低な男
2019/1/15 見直し済み
色々と擦った揉んだしたのだが、拓哉達は校長室に戻ってきた。
校長席に座るクラリッサの叔父――キャリックは、彼女が戻った途端に、思い余って抱き付こうとした。
しかし、柔らかな彼女の感触ではなく、見えない壁を味わうことになった。挙句は、顰め面のリカルラが発したサイキックで元の席へと放り投げられた。
――おいおい、俺のクラレに指一本触れるんじゃね~。
拓哉は思わず独占欲を発揮し、心中で啖呵を切るが、不満を露わにすることはあっても、それを口にすることはない。
ただ、キャリックはそれを知ってか知らでか、体勢を取り直すと、服の乱れを直して笑顔を見せた。
――う~ん。なんか、バレバレみたいな気がする……もしかして、俺の服かどこかに盗聴器でも取り付けられてるんじゃないのか?
キャリックの幸せそうな笑みを目にして、拓哉は自分の服を確かめる。
どうにもキャリックの掌で遊ばされているような気がするのだが、その疑問を棚上げして頭を下げた。
「お手数をお掛けしてすみません。先程のお話ですが、俺は何を望まれているのでしょうか」
謝りつつも、すぐさま本題に触れるのだが、協力してくれと言われても、何をすればいいのかが分からない。
できることならば全力を尽くすが、当然ながら不可能なこともある。
それ故に、決意したとはいえ、何を求められているのかを確認すべきだと考えたのだ。
――まあ、なんとなくは想像できるけどな。
実際、拓哉がこれまでに見せた力が必要なのだろう。
それは、人型兵器を扱う能力や飛び抜けたサイキックの力だ。それこそ、誰でも想像のつく話だ。
それでも確かめない訳にはいかない。隣では、クラリッサも真剣な表情を浮かべ、黙って頷いている。
どうやら、彼女も自分が求められている理由を知りたいのだろう。
拓哉と共に黙ってキャリックの言葉を待っている。
すると、ご満悦となったキャリックが頷いた。
「ホンゴウ君には、我々の組織でエースドライバーになってもらいたいと思っている。クラレはそのナビゲーターとして頑張って欲しいのだ」
――予想通り、ドライバーとしての勧誘のようだが……ただ、そうなると、やはり人殺しの道具になるのか? さすがに、それは喜べないな……
どうしても、戦闘機体乗りとなると、公認の殺人というイメージが拭えない拓哉は、思わず躊躇してしまうのだが、まるで心を読んだかのようにキャリックは話を続けてきた。
「ミクストルは平和を願う組織であって、敵対する勢力を討滅することを目的としている訳ではない。故に必ずしも対立する者達を死に至らしめる必要はない。いや、ワシ等は負の連鎖を断ち切りたいと願っている」
それは、願ってもないことだったが、それはそれで甘いような気もする。ついつい、そんなことで成り立つのだろうかと考えてしまう。
ただ、確かに、キャリックが言うように命の取り合いをしたら、やったやられたの連鎖が限りなく続くことになる。
そう、それが人間の性であり、人情とも言えるからだ。
「分りました。どこまで役に立てるか分りませんが、精一杯、頑張りたいと思います」
既に意思の決まっていた拓哉は、キャリックの言葉に信じて、彼等に協力することを約束した。
すると、隣に居たクラリッサが、前回とは異なり、拓哉に同調する。
「微力ながら、私も全力で頑張ります」
その表情は、決意を新たにしたことを覗わせるものであり、これからの戦いに向けて闘志を燃やすかのように、その美しい瞳を輝かせていた。
それが嬉しかったのか、キャリックが満面の笑みで頷く。
そんな心温まる光景を眺めていた拓哉には、キャリックの双眸が少しばかり潤んでいるように思え、なぜか自分までが妙に嬉しくなるのだった。
決意してミクストルに加わったのは良いのだが、かなり拙い状態となっているようだった。
「――故に、ミクストルの勢力は四大勢力の中でも一番弱小の組織なのだ」
キャリックが話し終えたところで、完全に後手に回っていることを知る。
そのことに、拓哉は少しばかり不安を覚える。
というのも、純潔の絆が一大勢力となっており、反人間派のヒュームがそれに次いでいた。そして、ミクストルはそれと比べると、かなり脆弱な勢力だったからだ。
そうなると、拓哉が気になるのは、これからの行動だ。
弱小組織が威勢よく挑みかかっても、ライオンに歯向かう猫のようなものだ。
それ故に、面と向かって戦いを挑む訳にもいかないのが現状だ。
――純潔の絆とやらが上手く言い包めて、一般市民を味方にしているのが痛いどころだな……
あからさまに劣勢な状況を知り、拓哉は不安に駆られている。
ついつい隣のクラリッサが気になり、視線を向けると、彼女も神妙な表情を見せている。
しかし、キャリックは悲観的になっていないようだった。自分達が弱小と理解しつつも、その瞳は輝きを失っていない。
「力の弱いワシ等に残されている道は、仲間を増やすことなのだが、それもなかなか難しいときている。だが、吉報が入っている。それは、共存派のヒュームと協力し合えるかもしれないというものだ」
――なるほど、弱小の二つの組織が協力して、二大勢力に立ち向かう訳か。それなら、なんとかなりそうな気もする。それに、お互い共存を願っている組織同士だ。上手くいく可能性が高いかもしれないな。
「では、直ぐに行動に移るのですか?」
話をきいたクラリッサは、居ても立っても居られないといった様子だ。
それに、キャリックが作戦を発動させたといっていた。それを思い出してのことだろう。血気盛んな雰囲気が露わになる。
ところが、キャリックはそれを否定する。
「いや、まだ準備が整っていないのだ。実際の行動に移せるのは、恐らく対校戦のあとになるだろう。よって、それまではこれまで通り訓練を続けてくれ」
「……分りました」
――そうなると、発動させたって、なんの作戦だ?
逸る気持ちを抑えるかのように、その大きな胸に手を当てたクラリッサが、何か言いたそうにしていた。しかし、それを眺めつつ、拓哉は第一演習場でのキャリックとクーガーの遣り取りが気になる。
ただ、キャリックはそれに触れることなく、次の展開を明確にする。
「対校戦に参加する訓練生の選出だが、今回はワシの独断と偏見で決めることにした。どうせ、これが最後の校長生活だ。好きにさせてもらうさ」
「叔父――校長、それはどういうことですか? この訓練校の校長を辞めると言われるのですか?」
キャリックの言葉を聞き流せなかったのだろう。驚きを露わにしたクラリッサが、慌ててキャリックに近寄る。
しかし、彼女の歩みは、大きな執務机に遮られてしまう。
ただ、狼狽える彼女を見やり、キャリックはニヤリとした。そして、ゆっくりと頷くと、彼女の問いに答えることなく、選抜の訓練生の名前を列挙した。
「まずは、ホンゴウ君とクラレだな。これは当然だろう。次に、クーガーとベルニーニャ、悪いが頼むぞ。それから――」
拓哉は自分とクラリッサの名前が告げられたことに驚かない。
そもそも、トップガンになってくれと頼まれたのだ。ここで選ばれない訳がない。
クーガーやベルニーニャについてもそうだ。実力を隠していることは、既にカティーシャから聞かされていた。
ところが、次に続く名前を聞いて、思わず背後を振り返る。
「リディアルとメイファ、キャスリンとカーティス、トルドとルーミー、ティートと――」
クーガーとベルニーニャに続いて呼ばれた名前は、これまで拓哉とクラリッサが必死に鍛えたリディアル達だった。
拓哉の視線を受けて、リディアルは喜び勇むかと思いきや、後頭を掻きながら少しばかり照れ臭そうにしていた。
他の面子も、笑みを浮かべて元気に返事をしていた。
彼等が選ばれたことを驚きつつも、拓哉は直ぐに納得する。
――まあ、あの一回戦の結果からすれば、これも妥当な選出だよな。でも、次の相手は上級訓練生か……まあ、それはこれから鍛えるとして、問題は……
リディアルや笑みを見せるキャスリンに頷き、笑顔を向ける拓哉だったが、それで万事問題ないと考えている訳ではない。
なにしろ、対校戦の相手は初級クラスではなく、上級クラスなのだ。それこそ、実戦部隊と変わらない実力を持っていると考えるべきだ。それはこれから対抗できるくらいに成長してもらえればいいと、リディアル達に過度な期待を寄せる。
実際、拓哉が言うほど生易しいものではない。それでも、彼等が諦めなければ、何とでもなるような気がしていた。
ただ、大きな問題がある。それは、キャリックの独断で対校戦に参加する者を選出してしまったことだ。自分はまだしも、リディアル達がやり難いのではないかと考えたのだ。
不安に駆られる拓哉だったが、その表情から察したのか、同席しているクーガーがそれを払拭するかのような笑みを見せた。
「大丈夫だよ。反感を持つ者は全員が純潔派だからね。無視しても問題ない。教官や整備士などは、今回の一件で不穏分子を駆除することになっているからね。まあ、訓練生については、あの戦闘を見れば文句も言えないだろう。あと、私も選抜されている仲間だからね。色々と教えてくれると嬉しいのだけど」
終始、ニコニコとしていたクーガーは、そういうと握りこぶしを拓哉の前に突き出した。
それを思わず握りそうになったが、例の習慣を思い出して慌てて手を引くと、この場に居る全員が笑い始めた。
――ちょ、ちょ~、勘弁してくれよな……
そんな周囲を見回して、照れ隠しの代わりに頬を掻いていたのだが、拓哉に代わって一人真面目な表情をしているクラリッサが不満をあらわにした。
「みんな失礼だわ。タクヤは他の世界から来ているのよ。風習が違って当り前だわ。笑ってはダメよ」
――さすがだ。未来の嫁だけはあるな。
彼女の優しさに感動しつつ、その美しい少女が自分の恋人であることに胸を熱くしていると、カティーシャが噛みついた。
「また、女房面をするんだね。いつも良いところばかり持っていくなんて、クラリッサはとことんズルいよね」
その様子に、また始まったかと溜息を吐きたくなる。しかし、そんな時だった。校長室に数十人の不審者がなだれ込んできた。
「動くな!」
「手を上げろ! 言うことを聞かなければ射殺する!」
「妙な真似をするなよ」
突如として乱入した者達は、両手で銃を構えて威嚇の声をあげる。
ところが、あまりに突然の出来事で、拓哉は手を上げることすら忘れてしまう。
ただ、驚きで表情を陽切らせつつも、同時に怒りが込み上げてくるのを感じた。
――こいつらが、こいつらが……危うくクラレが死ぬところだったんだぞ。そうだ。唯では済まさん。あのお礼はノシを付けて返してやらないとな。それも百万倍にして。
拓哉は銃を持った相手を前にして、恐怖を感じるよりも先に、自爆装置のことを思い出し、自分やクラリッサに害をなした奴等に、一泡吹かしてやると意気込んだのだった。