67 事実
2019/1/14 見直し済み
透き通るような青空を汚すかのように、一筋の黒い煙が立ち昇る。
機体が自爆した第一演習場では、機体の撤去作業が始まっているはずなのだが、初めよりは、幾分か収まったように見えるが、それでも誰もが肉眼で認識できるほどには青空を汚していた。
拓哉はというと、第一演習場から移動し、幾つもの疑問を抱きつつも、校長室の窓の内側から汚れた空を眺めていた。
――分からないことだらけだが、まずはここに呼ばれた理由を知りたいところだな。
拓哉は窓から視線を離し、隣にいるクラリッサに向ける。
全ての訓練生には自室待機命令が出されている。
これを破ったものは厳罰にするとのお達しもあり、うろうろしている訓練生は居ない。
しかし、校長室には、拓哉、クラリッサ、カティーシャの公認トリオ以外にも、あの場に居たリディアルとその愉快な仲間達。そして、三回生のクーガーとベルニーニャの二人が居る。
訓練生以外では、不純な噂流れるキャリックとリカルラ、未通が発覚したロリ成人ことララカリアの三人だ。
因みに、選抜戦に関しては延期となっていた。
もしかすると、中止になるという話もあったが、キャリックはできることなら最後までやりたいと考えていた。
――それにしても、いつになったら話が始まるんだ?
訝しく思う拓哉が、いつまでも考え込むかのように瞑目するキャリックに視線を向けた時だった。
腕を組んでいたキャリックがゆっくりと瞼を開くと、何を考えたのか、行き成り頭を下げた。
「ホンゴウ君、クラレ、本当に悪かった。今回の件はワシの判断ミスだ」
――急にどうしたんだ?
突然の謝罪に困惑していると、隣に立っているクラリッサが首を横に振った。
「おじ……校長から謝ってもらう必要はありません。そもそもの原因は私に……いえ、元凶をしっかりと処罰して頂ければ、私達は問題ありません」
「犯人を処罰するのは当然だが、お前達が命を狙われたのだ。ワシがもう少し早く奴等を排除する判断をしていれば、こんなことにはならなかったはずなのだ」
「いえ、それよりも、ここに呼ばれたのは、別の話があったからではないのですか? それに発動したとは、なんのことですか?」
クラリッサが謝罪を否定するが、キャリックは食い下がる。
しかし、彼女には、話を蒸し返す気はない。
キャリックはいつまでも申し訳なさそうにしている。おそらく自分の気が済まないのだろう。
ただ、そこに、噂の愛人であるリカルラが割って入った。
「そうですよ。校長。今は時間がありません。速やかにことを運ぶ必要があります」
「そ、そうだな……」
諫められるキャリックは頷くのだが、いまだ納得できないのだろう。渋々といった雰囲気で話を始めた。
「それでは、本題に入ろうか」
こうして発動された作戦の実態が明らかになるのだが、その前に重大な事実が告げられるのだった。
このところ情けない姿しか見せていないキャリックから、威厳というオーラを見たのは久しぶりのことだった。
その年齢からは想像もつかないほどに強靭そうな肉体を覗わせる。ピンっと背筋の伸びた姿勢からは、軍人らしさを感じさせられる。
そんなキャリックが神妙な表情を拓哉に向けた。
「ホンゴウ君。この世界が戦時中であることを知っているな」
「はい。それは一番初めに聞きました」
今更ながらの質問。いや、それは確認なのだ。
それをする意図を掴めないままではあったが、拓哉が頷きながら事実のみを口にすると、キャリックは真剣な表情を崩すことなく、一つ頷いてから話を続けた。
「では、この世界での勢力がどうなっているかを知っているかな?」
――確か、人類側とヒューム側の二大勢力で戦っていると聞いたが……それに、人類側に複数の国はなくて、単一国家となっているはずだけど……
この世界の国家は一つであり、その中に沢山の行政区がある。そして、法律とは別に条令等の決まり事もあった。
簡単に言えば、東京都が大きな国となったようなものだ。
それ故に、拓哉には、勢力と問われても二つしか思いつかない。
それは人類側勢力とヒューム側勢力の二つだ。
――でも、今更、それを尋ねるということは、他にもあるのか?
結局、拓哉は答えを見つけられないまま、首を横に振ることになったのだが、校長は落胆することなく話を続ける。
どちらかといえば、それも当然だといった表情で頷いていた。
「まあ、解らなくても当然だろう。国はこのことを公表していないからな。では、その勢力についてだが、ざっくりというと四大勢力だ」
「えっ!? 四つですか?」
校長の言葉を聞いて、拓哉は思わず疑問の声をあげる。ところが、他の者達は全く驚いていない。いや、クラリッサは驚いているようだ。
その証拠に、彼女は慌てて言及する。
「それは、どういうことですか? 一丸となってヒュームと戦っているのではないのですか?」
彼女の疑問は、拓哉にも理解できた。
そもそも、この国の存亡、未来、人類、それらを守るための戦いのはずだ。
それなのに、勢力が四つに分かれている理由が解らない。いや、それよりも、拓哉とクラリッサの二人だけが驚いている事実が、もっと不可解かもしれない。
それに気付いた拓哉は、今の話を聞いても動揺することのない面々をチラリと見やる。
――リディ達も驚いてないのはどういうことだ?
リカルラとララカリアはまだしも、一回生の九人が驚いていないことを不思議に思っていると、クラリッサの質問に対する答えが耳に入ってきた。
「クラレ。この世界は複雑なのだ。小さな勢力まで入れると、もっと沢山のグループに分かれている。ただ、趣旨から考えると、大きく四つに区分することができるのだ」
「その四つとは?」
何か言いたそうにしているクラリッサを抑えて、今度は拓哉が問いかける。
キャリックはゆっくりと頷いてから説明する。
「うむ。一つ目はヒュームを根絶やしにしようとする人間勢力。二つ目はヒュームと共存を願う勢力。三つ目は人間を根絶やしにしようとするヒュームの勢力。最後に、人間と共存を願うヒュームの勢力だ」
聞いてしまえば何のことはない。有り勝ちな内容だった。
ただ、拓哉が不思議に感じたのは、人間と共存を願うヒュームが居ることだ。
拓哉が聞いた戦いの発端は、人間に虐げられたことによるヒュームの反乱だった。それ故に、共存を願うヒュームが居るとは思っていなかったのだ。
――まあいい。取り敢えず、四大勢力は理解できた。ただ……
「あの~、どうして俺にそんな話を?」
頷きつつも、拓哉は一番の疑問を口にする。
すると、キャリックは納得の表情で、その理由を口にした。
「今回の策略は、その一つ目の勢力……純潔の絆と呼ばれる組織の者達の犯行だ。純潔の絆は支配階級の者達が集まって作り出した組織で、ヒュームを根絶やしにするだけではなく、自分達が一番優れていると考え、この国を支配しようとしている者達だ。そう、選民思考の持ち主だ。そして、それは旧ビトニア連邦の息の掛かった者達だと言えるだろう――」
その後もキャリックの話が続く。
現在のこの国は、元々三大国が統一されたことで出来上がったのだが、その三大国の一つがビトニア連邦であり、元は社会主義的な思想を持つ軍事国家だった。
残りの二つの国は、ラルカス連合国、ミドラア国といい、どちらも地球で言うところの資本主義国家だ。
統一に際し、ビトニアは最後まで賛成しなかったのだが、資本主義の流れに負けて、渋々と統合された。
それにより、今もビトニア連邦出身の者達は、自分達こそが一番優れていて、この国を自分達こそが支配すべきだと考えているのだ。
「愚かだな……」
「そうね。誰の方が上だなんて在り得ないのに……」
校長の説明を聞いた拓哉が溜息を吐くと、クラリッサがそれに頷いた。
それを目にして、キャリックが嬉しそうに頷いているのが印象的だ。
――その純潔の絆が、あの仕業を……でも、ここに呼ばれたのは、その話をするためだけか?
やっと話が繋がり、少しばかり納得したのだが、それでも疑問は片付かない。いや、新たに増えたと言えるだろう。
それを切り出そうとしたところだった。和やかにしていたキャリックに、リカルラが冷やかな視線を向けつつ咳払いをした。
途端に、キャリックが表情を引き締める。
「それでは、本題に戻るとしようか。奴等の目的は自分達が支配する国を造るというものであり、それに反抗しつつヒュームとも共存を願う組織がある。それがミクストル、正式名称ミックストゥルーと呼ばれる組織だ。そして、ワシを始めとしたここに居る者達、クラレとホンゴウ君以外の全員が、その正式メンバーなのだ」
――えっ!? な、なんだって? カティも? リディも? 眠そうなルミも?
そんな思いで、一回生の面々に視線を向けると、全員が申し訳なさそうな表情をしていた。いや、ルミだけは眠そうにしている。
「ぼ、ボクは知らせるべきだって言ったんだよ。でも……」
「すまん。校長から、内緒にしろと言われててさ……」
「ごめんなさい。別に騙す気はなかったの……」
すぐさま頭を下げてくるカティーシャ、リディアル、キャスリン、三人を見やりながら、拓哉は複雑な心境で肩を竦めた。
拓哉としても、彼等彼女等から騙されたと思ってはいない。ただ、みんながグルだったのかと思うと、どうしてもやりきれない気持ちだった。
しかし、キャリックは間髪入れずに頭を下げて、自分の想いを口にした。
その内容は、拓哉にとって予想できたものだった。
ところが、クラリッサは違った。彼女は恐ろしいほどの形相を見せる。
そして、キャリックに冷たい視線を向けると、容赦なく罵声を吐きつける。
キャリックは必死に弁解するが、最終的に、クラリッサは校長室から出ていってしまった。
「あっ、クラレ、待て! 待つのだ!」
キャリックは慌てて手を伸ばすが、その手が届くはずもない。キャリックとクラリッサの間には執務机があったのだ。サイキックでも使わない限り、彼女を止めることはできないだろう。
しかし、彼はそれをしなかった。その代わりに――
「ホンゴウ君。申し訳ないが、任せても良いだろうか」
拓哉の前に居る存在は、先程までの軍人らしさを失い、萎れた生花のように項垂れたのだった。