64 自爆装置
2019/1/13 見直し済み
その光景は、拓哉にとって、まさにアニメのようだった。
別に二次元に見える訳ではないのだが、非現実的な光景とは得てして映像のようにみえるものだ。
ご丁寧に良く分かるようにデカデカと表示された三桁デジタル。
当初、三百だった値が、徐々に減る。
更には、見ている者の気を急かすつもりなのか、派手な点滅がやたらと目に痛いと感じていた。
――さて、どうしようか……
なんて呑気に考えている場合ではない。なにしろ自爆コードが発行されて、カウントダウンが始まっているのだ。すぐさま脱出する必要性がある。
「ちょ、ちょっと、なによ、これは。これはなんなの?」
さすがのクラリッサも気が動転しているようだ。
何なのかは、さっきの機械音声で理解しているはずだ。
ただ、それが信じられなくて、驚きの声をあげているのだろう。
そもそも、これがどうだとか言っている場合ではない。
それでも彼女を擁護するならば、『なぜ、訓練機に自爆システムが搭載されているのか』という疑問が、混乱させているのだろう。
実際、それすらもそっちのけで、逃げ出す必要があるのだが。
「くそっ! ハッチが開かないぞ」
拓哉が冷静に判断し、コックピットのハッチを開けようとするが、通常操作を行っても全く反応しない。
どう考えても、何かの細工がされているのだろう。いや、訓練機に自爆システムが組み込まれていること自体、誰かが仕込まなければあり得ない。
というか、細工がされているのは覚悟の上だったはずだ。
これもフォローするなら、ここまでの仕掛けを用意するとは考えていなかったのだ。
――おいおい、機体が棺桶かよ!
拓哉が思わず心中で愚痴を溢す。ただ、それも後にするべきだろう。
必死にハッチを開けることを試みる拓哉を見やり、気持ちを落ち着かせたクラリッサが次の手段を執る。
「タクヤ、落ち着いて。コックピットを強制排出するわ」
自分が落ち着いていなかったことは棚上げなのだが、拓哉もそれに突っ込む余裕がない。
それどころか、強制排出機能があると聞いて、ホッと息を吐いた。
そう、PBAにはコックピットのみを緊急排出することができる。
もちろん、緊急用の脱出装置であり、授業の一環で行われていたりするのだが、それは拓哉がドライバー科に編入する前に終わっていた。
――残り三分だし、今回はそれしかなさそうだな。何が起ろうと、死ぬよりはマシだろう。
安易に判断した拓哉は、即座に納得する。
「問題ない。やってくれ」
「了解! 腕は広げないように! 胸の前でクロスしておいて、あと、舌を噛まないように」
彼女は返事を聞くと、注意事項を口にしつつ強制排出の操作を行った。いや、行ったようだ。
ようだという理由は簡単だ。そう、暫くしても、何も起きなかったからだ。
「ダメだわ。全く反応しない。なんて悪辣なのかしら。いいえ、そんなことを言っている場合ではないわ。何か他に手を探さないと……」
始めこそ慌てていたが、クラリッサはいつの間にか落ち着いていた。今も色々と思案しているようだ。
しかし、無情にもデジタルの数値はどんどん減っていく。現在は既に二分三十秒を切ったところだ。
拓哉も必死に方法を考えてみたのだが、システムを止めようにも今からだと間に合わないし、脱出システムは無反応だし、ハッキリ言ってお手上げだった。
それでも一つだけ思い浮かんだ方法があった。
「クラレ、サイキックで脱出する方法はないのか?」
拓哉が思い付いたのは、サイキックを使うという方法だ。
しかし、クラリッサは悲痛な表情で首を横に振った。
「無理よ。さすがに空間転移や瞬間移動なんてサイキックはないもの」
「それじゃ、このハッチをぶっ壊すとかは?」
「それも無理。私の力では、とてもではないけどこんな頑丈な機体を壊すことなんてできないわ。もしできたら、生身でPBAと戦える証を立てることになるわよ?」
無情にもクラリッサの返答は、不可能だという結論だった。
それも当然か、サイキックでPBAを粉砕できたら、それは紙の装甲と同義だ。
それでも拓哉は諦めずに思考をフル回転させる。
しかし、タイマーの値は、着実に減っていく。
――くそっ! あと二分しかない……だが、絶対に諦めねぇ!
焦りを感じつつも、必死に脱出方法を考えていると、クラリッサからの声が耳に届いた。
「結局、最後はこれなのね……なんとも締まらない最後だわ。ごめんね、タクヤ。こんな碌でもない世界に無理やり連れてきてしまって……」
どうやら、クラリッサは覚悟を決めたようだ。それは、諦めて爆破されるという覚悟だ。
彼女の想いは嬉しいのだが、拓哉としては不満だらけだ。
――いやいや、潔すぎだろ! もっと足掻けよ! 俺は諦めないぞ!
「クラレ、そんなことを言うな。俺は最後まで諦めないぞ。例え爆破されても必ずお前を守ってやる。いや、二人で助かるんだ。絶対に――」
悲しげな笑みを見せるクラリッサを窘めつつも、拓哉は必死に励ます。
その気持ちが伝わったのか、はたまた開き直ったのか、彼女は明るい声で謝罪した。
「そうよね。ごめんなさい。弱気になっていたわ」
そんな彼女に微笑みを返すが、いまだ解決策が見えてこない。
拓哉は両手で頭を掻きむしる。そして、そこで一つの手に気付いた。
「これだ。これしかない。これで……」
呆然と両手に視線を向けた拓哉は、まるでうなされているかのように、同じ言葉を何度もつぶやいた。
どこまでも広がるかのような、延々と続くかのような、澄み切った青い空。
この世界も地球と同じような惑星であり、大気圏の外には宇宙がある。
もちろん、それを宇宙とは呼ばないが、定義は同じものだ。
それについては、全く違和感なく受け入れることができたのだが、違いと言えば月が二つあることだった。大きな月はやや黄色味がかった暖かそうな光であり、小さい月はやや青みがかった色だった。
そんな月も、昼間では白ぽい色でしか見えない。
ただ、それがいつもよりもハッキリと、そして、大きく感じていた。
――ふ~っ、何とかなったな……
現在の拓哉は安堵しつつ大空を見上げていた。
なにゆえ拓哉が空を見ているかというと、その答えは簡単だ。
空を飛んでいるからだ。いや、舞っていると言った方が正しいかもしれない。
――でも、クラレ、スカートでなくて良かったな。
クラリッサをお姫様抱っこしたまま、宙を舞っている拓哉が、どうでも良いことを考えながら視線を眼下に向ける。
そこには黒々とした煙が立ち込めていた。それこそ、巨大な狼煙のようだ。
その煙の原因は、述べるまでもないだろう。それは数秒前まで拓哉とクラリッサが居た場所であり、乗っていた機体が爆発した結果だ。
「凄い煙ね」
――おいおい、せっかく助かったのに感想はそれだけか?
クラリッサの言葉を耳にして、拓哉は心中でツッコミをいれる。
ただ、それを口にするには、もう少し時間が必要そうだ。
実をいうと、想像以上に心臓がバクバクと唸っているのだ。
因みに、クラリッサをお姫様抱っこしているカッコイイ拓哉は、自分の力で飛んでいる訳ではない。誰でも解るだろうが、宙に舞っているのはクラリッサのサイキックによるものだ。
では、拓哉が何かをやったかというと、頑張ったと胸を張って言えるだろう。
なぜなら、あの頑丈なコックピットのハッチを、拓哉のサイキックで吹き飛ばしたからだ。
更に、ここまで二人を打ち上げたのも拓哉のサイキックだ。
しかし、空に上がった後のことは考えていなかった。なにぶん、制御に関しては皆無なのだ。
ただ、空に上がってしまえば、クラリッサの力で何とでもなるのだ。
デジタルのカウントダウンが一分を切った時、拓哉は覚悟を決めて腕輪を即座にはずした。
そして、全力でハッチを吹き飛ばすことを考えたのだ。
実際、これは自爆覚悟だった。それほどまでに拓哉は自分のサイキックを信用していなかった。
しかし、頑丈であるはずのハッチは、まるでビニール傘が台風で飛ばされるかの如く消し飛んだ。いや、微塵になって消えた。
その光景に驚きつつも、すぐさま慄くクラリッサを抱き上げて、機体から飛び降りたのは良いが、気が付くと空高く舞い上がっていた。
早く機体から離れないと拙いと考えた拓哉の想いが、勝手にサイキックを発動させたのだ。
――便利といえばそうだが、我ながらとても危険な臭いしかしないな……
それで何とか助かったと、ほっと一息ついたのだが、拓哉のサイキックは空を飛んだり、宙に浮いたりという便利な代物ではなかった。
その証拠に、一気に空高く射出された後は、急降下を始めた。そう、簡単に説明するならば、墜落という奴だ。
そのことに焦った拓哉が、クラリッサを抱いたままスカイダイビングを楽しむ――ことすらできずに、あたふたとしてしまったのはお約束だと思って欲しい。
機体が爆発し、爆音が鳴り響き、赤い炎が一瞬にして広がり、黒々とした煙が上空に登る光景を気にする余裕すらなく、ただただあたふたして拓哉を目にして、クラリッサは大きな声で笑い始めた。
結局のところ、笑いを収めたクラリッサがサイキックを使用してくれたお蔭で、二人は宙を舞うようにゆっくりと落下している。
さすがに空を自由に飛ぶほどの力はないが、このまま重力に抵抗しながら落下することが可能だと聞いて、拓哉はホッと胸を撫でおろしたのだった。
――それにしても、ぜって~許さね~。
九死に一生を得た拓哉は、気分が落ち着くにつれて、棚上げしていた怒りが沸々と胸を焦がすのを感じ取る。
「なあ。これは誰の仕業だと思う? さすがに、俺も許せなくなってきたぞ」
「そうね。というか、許す必要なんてないわよ?」
「そっか! それじゃ、酷い目に遭ってもらうとしようか」
「そうね。最低でも人生を後悔するくらいのお仕置きは必要だわ」
ゆっくりと地上へ向けて舞い降りている拓哉とクラリッサは、この過激な細工を施した者達をどうしてくれようかと話しているのだが、拓哉は話の途中で一つの疑問を思い出した。
「そう言えば、なんで訓練機に自爆装置なんて付いてるんだ?」
「何を言っているの? ないわよ、そんなもの」
「だって、機動したじゃないか」
「訓練機も実機と同じだから、システムはそのままだけど、爆薬とか積んでないはずよ」
「じゃ、ご丁寧に、爆薬を積んだ挙句、システムを改ざんしたのか?」
「そうね。そうとしか考えられないわ」
――そうなると、整備班もグルだということか……ということは、妨害者の存在はかなり広範囲に及ぶな。いや、それよりも、ここまでする必要があるのか?
拓哉としては、戦闘の妨げとなる手段を行使してこようとも、まさか殺害にまで及ぶことはないと考えていたのだ。しかし、どうやら甘かったようだ。
「こりゃ、本格的に敵対する必要がありそうだな」
「そうね。さすがに命まで狙われたのですもの。もはや敵と認識されるのも已む無しでしょ」
拓哉は宙をゆっくりと落下しながら、これまでの考えを改め、甘さを捨てることにした。そして、今後の行動に付いてクラリッサと二人で話し合うのだった。