63 細工
2019/1/13 見直し済み
静かな格納庫から機体を一気に演習場へと移動させる。
これまでの五組は問題なく勝利していることを考えると、拓哉もそれなりのところを見せないと格好がつかない。いや、それ以前に、教官に向けて偉そうに嫌味をかましたのだ。颯爽と戦って、あっさりと勝つべきだと考えた。
そんな拓哉の耳元――ヘッドシステムからクラリッサの声が届いた。
「さて、どんな仕掛けがあるのかしら。タクヤはどう思う?」
彼女の言う通り、恐らくこの機体には何らかの仕掛けがされているだろう。
といっても、それが確定している訳ではない。拓哉達が勝手に考えているだけだ。
実のところ、デクリロに機体の確認を頼んだ。彼がそれに快く頷いてくれたのは良かったのだが、その後が拙かった。
デクリロが演習場専用の格納庫に入ろうとしたところで、それを拒否されてしまったのだ。
それ故に、拓哉達は、機体の状態を知ることも、罠が仕掛けられていることを確かめることもできなかった。
それでも、拓哉は確信していた。絶対に何かが仕掛けられていると。
その確信に至ったのは、つき先程のことだった。
拓哉はカティーシャとキャスリンのコンビと別れ、クラリッサが促すままに脚を運び、ある機体の前にやってきた。
「この機体がいいわ」
スタスタと歩いていたクラリッサが、あるPBAの前で脚を止めて頷いた。
何が気に入ってその機体を選んだのか定かではないが、彼女がそう言うのなら拓哉に逆らう気持ちもない。
それに、与えられていた条件は、教官たちが用意した機体に乗れということであって、それは第一演習場の格納庫に置かれた機体に乗れというものだ。
この格納庫の中にある機体のどれとは言われていない。
それ故に、彼女に促されるまま機体に搭乗しようとしたのだが、コックピットから整備士が現れて、整備中なので隣の機体に乗れという。
おまけに、整備士は嫌な笑みを浮かべていた。
――そもそも、こんなタイミングで整備するのか? デクリロ達を入れなかった癖して……
疑問と憤りを感じつつも、クラリッサの後を追って隣の機体前まで移動する。
しかし、そこで彼女は何を思ったのかポツリとこぼした。
「この機体、嫌な感じがするわ」
――おいおい、お前は鬼〇郎か? 髪が立ってアホ毛になってるぞ? てか、それに根拠はないんだよな? まあ、クラレがそう言うのなら反対はしないが……
どんどんキャラが崩れていくクラリッサに、心中でツッコミを入れるが、拓哉は特に反対しない。
本当に他人のことは良く分かるものだ。自分が尻に敷かれつつある事実には全く気付かない。
彼女がその機体の前から移動すると、拓哉はそれについていく。まさに、尻に敷かれた亭主みたいだ。
ただ、こうなると情けないことだが、拓哉としては彼女に付いて行くしかない。
「こっちにしましょう」
彼女は他の機体の前で脚を止めてそう言ってきたのだが、再びコックピットから整備士が出てきた。
これで疑惑が確信に変わる。誰でも怪しいと思うだろう。いや、完全に黒だと感じるはずだ。
当然ながら、クラリッサも不審に感じたのだろう。その大きな胸を張ってクレームを入れる。
そう、何かがあると知って、その機体に乗る者などいない。
「どうしてそんなに整備の必要な機体ばかりなのかしら? あなた達は常日頃から真面な整備をしていないのですか? それとも、私達に乗せたくない理由でもあるのですか?」
絶対零度の視線で整備士を貫き、クラリッサは辛辣な言葉の槍を突きつける。
あからさまに反感を買うような物言いだが、整備士は反抗すると思いきや、なんと、怯え始めた。
さすがは氷の女王と呼ばれるだけのことはある。
――おいおい、十五そこらの少女に、なんで大人が怯えてるんだ? まあ、俺もクラレに怒られると恐怖を感じるのは事実だが……
娘のような年頃の少女に責め立てられ、怯え始める中年の整備士を見やり、疑問を抱くものの、自分を顧みて仕方ないと判断する。
結局、整備士はゴニョゴニョと要領の得ない言葉を発していたが、憤慨したクラリッサは鼻を鳴らして終わりにした。
「ふんっ! タクヤ、行きましょ。時間がないわ。恐らく何かの仕掛けがあると思うけど、ここでまごまごしていて失格になっては堪らないわ。ああ、それと校長に伝えておくべきね。使えない整備士が多いって」
あからさまな毒を吐き、クラリッサは拓哉を連れて、二番目の機体に脚を向けた。
そして、結局のところ、二人は細工をされていると確信した機体に搭乗することになった。
歓声冷めやらぬ演習場へと機体を向かわせる。
なんてことは起こっていない。
確かに機体を演習場に移動させたが、逆に、場内は声一つないほどの静寂に包まれている。
――なんでこんなに静かなんだ?
これまでの五戦と全く異なっていることを訝しく思っていると、クラリッサが同じ問いを繰り返した。
「一応、目に見えて異常はないのだけど、どんな仕掛けがあると思う?」
既に計器類のチェックを済ませたものの、彼女はどうしても気になるらしい。
それも当然か、あからさまにこの機体に誘導されたのだ。次の瞬間、機体がバラバラになってもおかしくない。
「さあな。恐らくこの前のウイルスのような感じかな? あまりあからさまことはしないだろう?」
模擬戦の時のウイルスに関しては、クラリッサも知るところだ。
それも踏まえて、彼女は自分の考えを伝える。
「そうね。露骨な機体の不備があれば、仕切り直しということもあり得るし、戦闘が始まる前から壊れるようなことは起きないわよね」
「そうなると、やはり時限式かな?」
「多分、そうでしょうね」
「となると、どれくらいの執行猶予があるかという話だな」
「それほど長い時間は与えてくれないと思うわ。だって、タクヤならあっという間に対戦相手を倒すだろうし」
解説者のアナウンスが聞える中、それに耳を塞いでクラリッサと細工について話し合う。
因みに、聞こえてくる解説者の言葉は、鬼神だ! 最強だ! 異常だ! 女誑しだ! 性の暴走族だ! 種馬だ! なんて畏怖か中傷か解らない内容となっていた。
――なんで種馬なんだ? まだ一人も身籠らせてないぞ? あの解説者、いつかぎゃふんと言わせてやる。
耳を塞いでいたつもりなのだが、こういう時に自分の脳が恨めしくなる。
嫌が応にも頭にこびり付いてしまうのだ。
おまけに、大人の階段は目の前にあるというのに、そこを登る一歩が異様に重いのだ。それ故に、解説者に対する不満が異様な速度で募っていく。
拓哉はそれを無理やりに抑え込みながら、今回の作戦を決定する。
「よしっ! それじゃ、制限時間を三分にするか」
「そうね。さすがにそれ以下で壊れると、整備不良が明確化されてしまうものね」
「それなら、クラレ、カウントを頼むわ。一対一だし、それ以外は特にやることなんてないんだろ?」
「失礼ね! ちゃんと敵の損害状況や機体の状態確認をするわよ」
「すまん、すまん。そう言う意味じゃないんだ。のんびりしていていいぞ! って言いたかっただけなんだ……」
憤慨しはじめたクラリッサに慌てて謝り、拓哉は戦闘開始の準備を始める。といっても、特に何をするわけでもない。両手を開いたり閉じたりして、手の感覚を確かめているだけだ。
これは、長年の癖でもあるのだが、拓哉にとって心を落ち着かせるための方法でもある。
そんな理由から、ゲームをやるときの癖を未だに止められずにいると、試合開始を知らせるサイレンが鳴り響いた。
「さあ、カウント始めるわよ。三十秒を切ったら細かくするわ」
「ああ、それでいい。サクッと片付けるか」
合図を聞いたタイミングで、クラリッサからカウントダウン開始が告げられた。
それに応答すると、拓哉は即座に機体を躍らせるように発進させる。
相手は二回生でもピカイチだと言われているドライバーとナビゲーターだ。
それだけでも策略の臭いがするが、もはや今更だし、逆に失敗だと言えるだろう。
なにしろ、拓哉が相手なのだ。これがトルド辺りなら、負けているかもしれない。
――確か、入手した情報だと、近距離、遠距離、共にハイレベルの能力を持っていはずだったな。訓練の映像を観る限りじゃ、以前戦った三回生と大差ないように見えたが……
対戦相手の情報を脳内から引き出しつつ、拓哉は対戦相手に近づく。
ただ、一直線に進んだりしない。フェイントをかけつつ、機体をジグザクに動かす。
すると、的確な射的が襲ってきた。
――こういう場合は、ある程度、技量のある相手の方が楽だよな~。正確な射撃のほうが察知し易いからな。
思考の通り、易々と敵の攻撃を掻い潜り、あっという間に背後に回り込んで、近距離銃の引き金を絞る。
相手はというと、拓哉の動きに全く反応できないのか、かなり遅れて旋回するが、見事にエネルギー弾をくらった。
――おっせ~~~~!
対戦相手の反応の悪さに呆れつつも、拓哉はその一撃では終わらせない。振り向いた相手の機体の背後に回り込み、高周波ブレードを叩き込む。
その攻撃はとても派手に見えるが、どちらも模擬の武器なので機体が損傷したりすることはない。
しかし、ダメージ判定は、それほど優しくない。
「敵機の損傷甚大。戦闘不能。って、一分しか経ってないわよ。こんなことなら、カウントダウンなんて面倒なことをするのではなかったわ」
結局、その二撃で戦闘が終了してしまった。時間にして一分もかかっていない。
何か仕掛けられていることを考えれば、望ましい結果だ。
ところが、あまりの戦闘終了の速さに呆れたクラリッサが愚痴をこぼした。
「う~ん。これが二回生で強い方なのか? めっちゃ弱かったぞ?」
「何をいっているの。あれでも二回生では上位のはずよ。まあ、以前、私が落第点を与えたけど」
――なんだ。既にクラレが引導を渡していたのか。
クラリッサの台詞を聞いて、ドン引きしなくなった辺りが、拓哉が汚染され始めた証拠かもしれない。
引くどころか、納得の表情で頷いている。
ただ、直ぐに思考を切り替えたようだ。
――もしかして、細工なんてなかったのかな? いや、早く終わらせたんで発動しなかっただけか……
「まあ、何もなくて良かった。さて、戻るぞ」
「ええ、そうね。いいわよ」
問題なく戦闘が終了したことに安堵した拓哉が、機体を格納庫へと戻そうとした時だった。
コックピット内から異様な音が鳴り響く。次いで機械音声が放たれた。
『自壊コードが発動されました』
――はぁ? 自壊コード? なにそれ?
呆れる拓哉の眼前にあるモニターには、百からスタートしたカウントダウンタイマの秒数がさっさと脱出しろと告げるかのように、せかせかと値を減らし始めた。