60 妨害
2019/1/12 見直し済み
予想もしていない展開となったのか、二回生は落ち着きをなくしていた。
事前に情報を集めた二回生は、苦労こそあれども、負けるとは思っていなかったのかもしれない。
なにしろ、この展開を予想していた拓哉ですら、出来過ぎだと言いたいくらいだったからだ。
「どうなってるんだ。一回生がこんなに強いとか……」
「くそっ! 唯の噂だと思ってたのに……」
「異常だわ。あの動きとか、三回生よりも速いんだけど……」
「やっぱり、鬼神が教えているって、本当だったのか」
「てか、鬼神が生徒になってまだ二ヶ月しか経ってないんだぞ」
「なんか、本当はズルでもしてないか?」
「確かに……ララカリアがプログラムした機体だし、性能が違うんじゃないか。これって不公平だろ」
控室の中では、顔を青くした二回生のコソコソ話が飛び交っている。
挙句は、機体の違いだと言い出す者も居た。
それも仕方ないのかもしれない。なにしろ、三試合が終了して一回生の三組が勝ち上がっているのだ。嫌な現実から目を背けたくなるのも当然だろう。
ただ、三試合とも一回生が勝利したことで、驚きだけではなく、疑惑まで持たれているようだった。
――まあ、そう思いたくなるのも仕方ないか……あれだけの戦闘を見せられたら、誰でもそう思うわな。でも、この人達って、そんな考えでこれからやっていけるのかな? 機体云々の前に、身の程を知るべきだと思うんだけどな。
少し不憫には思うが、これは勝負の世界だし、強い者が勝って当たりまえなのだから、文句を言われてもどうしようもない。しかし、それと同時に憤りを感じる。
戦争の少ない世界からやってきた拓哉でさえ、その破壊がもたらす結末は知っている。飽くまでも歴史資料や紛争地域のニュースで得たものだが、自分がその場に居なくても、戦争が如何に悲惨であるかは想像できる。それが知識だけだとしても。そして、この世界はその戦争の最中であり、今この時も戦場に送られる可能性すらあるのだ。
周囲の声を耳にして、思わず溜息を吐いてしまう。
そんなタイミングで、唐突に控室の扉が開かれた。
「一回生はいるか?」
入ってくるなりそう言い放ったのは、実機授業の教官だった。
その教官を目にした途端、拓哉の表情が険しさを見せる。
そう、その教官は、拓哉を目の敵にしている節があるのだ。
そのことを知るクラリッサは、チラリと拓哉を見るが、直ぐに澄ました表情を教官に向けた。
「演習場に居る者以外は、全員揃っていますが……突然、どうされたのでしょうか?」
彼女は興味がなさそうにしているが、明らかに怪しんでいた。
どうやら、彼女は彼女で何か思うところがあるようだ。というのも、どれだけ澄ましていようとも、拓哉には分かったからだ。彼女の顔が胡散臭いと口以上に述べていると。
しかし、それを知ってか知らでか、教官は気にすることなく言ってのけた。
「一回生が使っている機体だが、今後は使用不可となる」
――そうきたか。ほんと、誰が裏で糸を引いているのやら。
行き成りの機体使用禁止命令に慄くが、拓哉は直ぐに思考を切り替えた。
教官の言葉はどう考えても、普通ではないからだ。
だいたい、対応が早過ぎる。機体の使用を禁止するなど、それほど簡単に決められることではないはずだ。
それこそ、それを検討した途端、ララカリアが発狂して、しっちゃかめっちゃかにするだろう。
拓哉の思考は、ララカリアが暴れる姿を映し出したところで終了する。
というのも、クラリッサが反応したからだ。彼女は突然の使用禁止命令にも拘わらず、気にした様子もなく振る舞う。ただ、最低な人間でも見るかのような眼差しを教官に向けていた。
そう、クラリッサは、その教官をブラックリストに書き込んだのだ。
「それはどういうことでしょうか? なにゆえ初級訓練機を使用不可とされたのですか? それに、それは校長命令でしょうか?」
堂々と大きな胸を張りつつ、蔑みの視線を向けるクラリッサを目にして、一瞬だけ、教官は苦虫でも噛み潰したかのような表情となったが、直ぐに平静を装うと「もちろん、校長命令だ」と告げてきた。
そのやり取りを眺めていた拓哉は、即座に拙いと感じる。クラリッサの乱が起ると思ったのだ。
ところが、予想に反してクラリッサは至って冷静な様子だった。いや、それどころか、訝しげにしていた表情を笑みに変えて冷静に接した。
「分りました。それで、理由は教えてもらえるのでしょうか?」
――そんな理由なんて聞かなくても分かるよ。
拓哉にとって理由は明白だった。
二回生が立て続けに負けたのだ。いや、ついさっき二回生が口にした言葉こそがその理由だ。
裏で画策している者は、ララカリアの機体が特別だと考えたのだ。まあ、確かに特別ではあるが、だからと言って実力以上の力を発揮できるという訳ではない。
しかし、クラリッサはその明白な理由を問うた。
その意図が分からず、拓哉は彼女に視線を向ける。
教官はといえば、クラリッサがキャリックの威を借りていると感じているのか、少し嫌そうな顔を見せながらも、淡々と答えてくる。
「機体が違うのは不公平だというクレームが入ったのだ。それもララカリアのプログラムだからな。そもそも、これまでの異常な戦闘を見れば解るだろ。一回生がこんなに強いはずがないのだ」
――おいおい、こんなはずはないって、どういうことだ? かなりムカついたぞ。
拓哉は一回生が弱くて当たり前だという教官の言葉に憤慨した。
そして、思わず言わなくていい言葉を口にしてしまう。
「それなら、二回生も同じ機体を使えばよいのではないですか? その方が楽しそうですね。是非とも戦ってみたいです。ああ、もちろん、今回は控えめにするつもりです。スクラップになんてしたら、ララさんに怒られますからね」
もちろん今回の装備は模擬専用なので、機体がスクラップになるようなことはない。しかし、拓哉の嫌味は教官の表情を引き攣らせるだけではなく、この場に居る二回生を凍り付かせた。
「ちっ! 調子に乗りやがって……まあいい。とにかく、あの初級訓練機は使用禁止だ」
嫌味を食らった教官が舌打ちしつつ顔を歪ませたが、なんとか怒りを堪えたようだ。
その背景には、キャリック、リカルラ、ララカリア、三人のお気に入りという事実があるのだが、拓哉はそれに気付かない。
ただ、そこでクラリッサが割って入った。
「それで、初級訓練機が使えないとなると、どの機体で戦えば良いのですか? まさか、生身で戦えとか言いませんよね?」
クラリッサは即座に話しを戻したのだが、どうにも言葉にも棘がある。
再び教官は顰め面を見せるが、文句を口にすることや、怒鳴り散らすことはなかった。
校長の姪という立場は、思いのほか教官たちに対して効果があるようだ。
「他の生徒と同じPBAを使え」
「分りました」
教官の答えに、リディアル達がショックを隠せない様子だったが、クラリッサはそれを横目でチラリと見ただけで、意に止めていない。ただ質問を付け加えた。
「機体はこちらで選んでも構いませんよね?」
彼女の表情からは何も読み取れない。見事なほどのアルカイックスマイルだ。
ところが、その表情が破られる。
「ダメだ。機体はこちらで用意する」
「それは――」
「決定事項だ」
途端に、クラリッサの表情が曇る。
それに満足したのか、教官はほくそ笑みつつ退出しようとするが、その脚が止められる。
「それは五組目からでよいですか? 四組目は今から演習場に入るところです」
クラリッサは教官から視線を外し、ティートの操る機体が今まさに演習場に入場している姿を映すモニターに向けた。
すると、その質問を耳にした教官もモニターを仰ぎ見る。そして、投げ捨てるように一言だけ返した。
「それで構わん!」
随分と横柄な態度だが、クラリッサは表情を変えることなく、頷くことで会話を終わらせた。
ただ、彼女の表情は優れない。それに不安を抱いた拓哉は、彼女の肩に優しく手を乗せた。
モニターには、ティートが対戦相手を圧倒する場面ばかりが映されている。
だからといって、そういう風に編集されている訳ではない。
ただ単に、相手に手も足も出させることなく、常にティートが圧倒しているからだ。
現在は四試合目が行われている訳だが、教官が出て行ってからそれほど時間が経っていない。
そして、一方的にやり込められる映像に息を呑む二回生だが、拓哉としてはそれよりも気になることがあった。
――PBAか……いや、問題はそこじゃない。向こうが機体を用意すると言うことが一番の問題だ。
拓哉はPBAを使用すること自体に、それほど問題を感じていなかった。
しかし、用意された機体に乗るというのが気に入らない。何を仕掛けられているか分かったものではないのだ。それこそ、機体を動かした途端に謎の故障が起ることすら起こり得る。
そのことに不安を感じていると、リディアル達が拓哉を取り囲んだ。
「どうするんだ? タクヤ」
代表してリディアルが尋ねてきたのだと思うが、他の面子も神妙な表情で拓哉に視線を向けている。
――PBAの使用か……確かにララさんのプログラムは最高だが、能力者が使うのならやはりPBAの方が有利だろうな。そういう意味では、教官たちは勘違いしてるんだろう。俺達がSBAを使っているのは、精密な動作の訓練を行うためなんだけど……仕込みに関しては、悩んでも仕方ない。取り敢えずデクリロさん達に確認を頼むしかない。それに、みんなに不安を煽る必要もないか……
機体の確認をデクリロに頼むと決めて、不安そうにする面々に肩を竦めてみせる。
「思いっきり勘違いしてるみたいだな。みんなはいつも通りやればいい。ああ、ただ、ちょっと機体の動きの精度は下がるからそこだけ気を付けてくれ。ただ、サイキックが使えるから、いつもよりも楽だと思うぞ」
慰めではなく事実を淡々と口にすると、誰もが笑みを見せてホッと息ついた。
ただ、キャスリンはその精度が気になったのだろう。直ぐに笑みを消した。
「タクヤ君。精度がさがると拙いんじゃないの?」
「いや、そこはPBAだというべきだろ。サイキックで補正できるからな。今のお前達なら問題なく動かせるさ」
そう、そもそもPBAとは、荒いプログラムをサイキックシステムで補っている機体なのだ。そこにドライバーの高い技術が合わされば、鬼に金棒となることは明白だ。
それに実をいうと、拓哉は、PBAを乗り続けることが悪循環になっていると考えていた。
というのも、初級訓練機での訓練では、純粋な操作能力が求められるが、PBAになると、途端にサイキックによる操作が求められる。その結果、サイキックシステムの使い方ばかり上達し、基本的な操作が劣化していくのだと考えていた。
おまけに、初級訓練機を使うのは本当に初めの頃だけで、入校から三ヶ月も過ぎると、誰も乗らなくなる。そんな状況で操作が上手くなるはずがない。
逆に、サイキックも使えて操縦が上手い人間が乗れば、その強さは倍増すると考えていた。
そう考えた途端、思わず心中の声が零れてしまう。
「くくくっ。楽しいことになるぞ」
一人でニヤニヤしながら笑みをこぼす。
しかし、どうやら、それは減点対象だったようだ。
クラリッサがすかさずツッコミを入れる。
「タクヤ。ごめんなさい。その笑い方は少し気持ち悪いわ」
――ぐはっ! 嫁候補にダメ出しされた……ちっ、それじゃ、この理不尽な想いは、対戦相手にぶつけるとするか。
拓哉が不穏なことを考えていると、戦闘終了の合図がスピーカーから聞こえてくる。
――見なくてもわかるさ。ティトが勝ったんだよな。
振り返ることなくそれを確信していると、リディアル達が放つ喜びの声が聞こえてくる。
――次はカティとキャスのペア。その次は俺とクラレだ。腕が鳴るぜ! おっと、その前に、デクリロさんに連絡だ。
番が近付いてくるにつれてウキウキしてくる心を抑えながら、拓哉はすぐさまデクリロにPBAの整備を頼み込んだ。