59 順調
2019/1/12 見直し済み
透明の障壁で囲まれた訓練場には二機のPBAが戦いを繰り広げていた。
ただ、正確に言うならば、一機はPBAなのだが、もう一機はララカリアが自らプログラムをインストールしたSBAだ。
「少し心配していたけど、これなら問題なさそうね」
拓哉の右隣に立つクラリッサがポツリと口にする。
心配していたという割には、全くそんな素振りを見せていなかった。
ただ、彼女の問題ないという発言も当然かもしれない。
それは、誰の目にも明らかなほどに、歴然とした実力の違いが見て取れるからだ。
『す、凄いです。これが本当に一回生の操る機体でしょうか? 対する二回生の機体は、必死に応戦していますが、全く脅威となっていないです』
『ふんっ! 当然の結果だな!』
スピーカーから聞こえてくる解説者の声は、酷く慄いている。
しかし、ララカリアは当たり前だと言わんばかりに鼻を鳴らした。
――てか、ここって本当に軍の訓練校なのか? なんか、文化祭の余興みたいなんだが……
解説といい、ゲストといい、全く以て訓練校らしくない。
それこそ、拓哉が感じた通り、何かのお祭り的なノリだ。
少し呆れつつも、拓哉はモニターから視線を外さない。
そこでは、リディアル機から放たれた模擬弾が、対戦相手の左脚を捉えた様子が映し出されていた。
「そこよ! リディ」
リディアルの戦闘に感化されたのか、両手を拳にしたキャスリンが声をあげる。
そう、誰が見てもチャンスだ。これを逃す手はない。
しかし、拓哉は不安を抱いた。
そして、残念なことに、不安が的中する。
左脚に食らった攻撃で、機体の動きを鈍らせる相手機。
それが気分を高揚させたのだろう。どうやら、リディアルは調子に乗ったようだ。
「こらっ、リディ! なにやってんだ」
リディアルの執った行動をモニターで見やり、拓哉は思わず叱責の声を放つ。
これまで細かく移動しながらヒットアンドアウェイを繰り返し、上手く相手機の混乱を利用したのだが、何を考えたのか正面から止めを刺そうとしたのだ。
いくら脚が動かないといっても、相手も武器を持っているのだ。正面から突撃すれば反撃を食うに決まっている。
案の定、立てないままの相手機が中距離銃で反撃にでた。
「まずいわ!」
「あぶない!」
クラリッサが顔を顰め、キャスリンが悲鳴の如き声を放つ。
おそらく、キャスリンは確実にやられたと思ったのだろう。見てはいられないとばかりに、両手で顔を覆った。
ところが、ツキはリディアルの方にあるみたいだ。
「ミドルアタッカーを使ったのが失敗だな。どうやら得意だと思う気持ちが裏目に出たんだな。運が良かったな、リディ」
拓哉が分析した通り、相手機はミドルアタッカーを使ったが故に、その反動で機体をよろめかせたのだ。
唯でさえ左足を負傷しているのだ。そこに射撃による自由反動が加われば、姿勢が保てないのも仕方ない。
そもそも、携帯砲や遠距離銃に次いで、中距離銃の反動は大きい部類だ。
残念なことに、PBAの武器に無反動砲というものはない。というのも、エネルギー銃は火薬を利用している訳ではないので、後方爆風による反動の相殺ができないのだ。
そして、それは模擬戦用の銃であっても同じだ。というか、そういう風にプログラムされている。そうでなければ、模擬戦なんて何の意味もなくなる。それこそ唯のダンスと変わらないことになってしまう。
ただ、相手機の二回生は、ミドルアタッカーに自信があったのだろう。本来であれば短距離銃を使う距離なのに、迷わず必要のない大型銃を選択した。
もしかしたら、一発逆転を狙ったのかもしれない。
というのも、ショートガンではどうやっても一撃で相手を倒すことができない。ところが、二回生の機体はというと、既に固定砲と同じようなものだ。上手く死角を突かれたら、簡単に撃破されてしまうだろう。
その機体を操作する二回生もそう考えたのかもしれない。
しかし、それが裏目となったのだ。いや、リディアルからすれば天の助けかもしれない。
「いまのは、危なかったよ。何をやってるのやら」
危うく被弾しそうになったリディアルを見て、カーティスが眦を吊り上げた。
そう、リディアルは全く反応できなかったものの、二回生が放ったエネルギー弾は掠めこそしたが、彼の機体にダメージを与えることはできなかった。
そこに、無謀な突撃を敢行したリディアルの攻撃が炸裂した。
ここで試合終了のサイレンが鳴らされた。
終了の合図をスピーカー越しに聞き付けて、拓哉が戦いの感想を述べる。
「最後はヒヤッとしたけど、問題なく勝ったな。もちろん、釘は刺すけどな」
「彼はちょっと調子に乗り易い性格みたいね」
「あとで説教部屋行きだよね」
クラリッサとカティーシャも思い思いの感想を口にする。
ただ、拓哉は他の面子に釘を刺すのも忘れない。
「見ただろ? チョンボはするなよ?」
その台詞に、次の試合を控えたトルドがおずおずと頷く。
「だ、大丈夫……のはずだ」
――本当に大丈夫か? なんか不安になってきたぞ?
自信なさげなトルドを見て不安を覚える。そこに、彼の専属ナビであるルーミーがボソボソと付け加えてきた。
「大丈夫なの。ルミが頑張るの」
――いやいや、その眠たそうなお前の顔を見て、どうやって安心しろっていうんだ? てか、そもそも、自分のことを名前で呼ぶ歳でもないだろ?
異様に眠そうなルーミーの態度が、更に不安を掻き立てる。そんな拓哉に、ティートがそのフォローをいれる。
「まあ、機体に乗れば性格が変わるし、大丈夫なんじゃないか」
容姿は可愛い少女だが、その態度や口調が男勝りなティートは問題ないと言うが、それはそれで拓哉は心配になってくる。
『次の対戦者は、直ぐに機体に搭乗するように――』
全く不安を拭えないままなのだが、トルドとルーミーのペアにアナウンスの声が掛かる。
「まあいい。とにかく、がんばってこい」
「もちろんだ!」
「少し眠いの」
――トルドは良いとして、ルミ、マジか!?
拓哉の不安を余所に、トルドとルーミーの戦場に向かうべく待機室を後にした。
トルドとルーミーと交代するかのように、リディアルとメイファが戻ってきた。
「わりい、わりい!」
「うちは悪くないんや! 説教ならリディにしてな」
控室に入ってくるなり、頭を下げて謝るリディアル。その後ろから現れたメイファは、自己を正当化してきた。
――まあ、あの様子を見れば、調子に乗ったリディが原因なのは一目瞭然なんだけどな。
嘆息しつつ肩を竦めるのだが、もちろん、釘を刺すのも忘れない。
「あんなことじゃ、次は負けるぞ?」
「解ってる、解ってる。次は気を付けるよ」
「次は、うちがちゃんと見張っとるから大丈夫や」
敵ではなく、味方を見張るというのも可笑しな話だが、そうした方が無難そうだと考えて、この話を終わらせる。
というのも、トルド達の試合が始まったからだ。
「確か、この二回生はサイキックシールドが得意だったわよね」
「そうだな。情報ではそうなってるし、映像を見る限り、けっこう厄介だと思うぞ」
試合が開始されて、すぐさまトルドの放った模擬弾を弾いた二回生を見やり、クラリッサは校長――キャリックから横流しされてきた情報を口にした。
――校長! そんなことでいいのか?
公私混同、身内贔屓、情報漏洩と、幾つもの問題を軽く乗り越えるキャリックの行動に疑問を抱くのだが、どうやら、それどころではなさそうだ。
「あっ、拙い!」
モニターを食い入るように見ていたキャスリンが声を上げた。
トルドが放った短距離銃の攻撃は見事に弾かれる。すぐさま回避行動を執るのだが、そこを狙われた。相手の攻撃がトルドの機体の左腕を捉えたのだ。
ところが、何を考えたのか、トルドは構うことなく突っ込むと、右手に持った高周波ブレードを叩き込んだ。
どう見ても無謀だし、やけっぱちに思える。
「ぐあっ、なんて無茶なことしてるのよ」
特攻とも思えるその攻撃を目にして、思わずキャスリンが呆れるが、隣にいるティートは違った意見を持っていた。
「おう! それでいい! イケイケ! それならサイキックシールドも貫けるだろ」
――確かに、ティトの言う通りなんだが……もう少し遣りようがないのか? 正面から突撃し過ぎだ。
今まさに『突っ込めや! ぶっ潰せ! やれ! トルド!』というルーミーの声が聞こえたような気がしたが、控室に彼女の声が聞こえるはずがない。飽くまでも拓哉の脳が幻聴を聞かせているのだ。
結局、その無謀な戦法が見事に決まり、トルドとルーミーはなんとか勝を拾うことが出来たのだが、この先のことを考えると頭が痛くなる想いだった。
それでも、気を取り直してファングに視線を向ける。
「まあいい。次はファングだな。いつも注意していることさえ気をつければ大丈夫だ。頑張ってこい」
「うん」
「ありがとうございます。大丈夫です。自分達は絶対に勝ってきます」
ファングは頷き、彼のナビであるレスガルが礼儀正しく勝利を誓う。
それに頷き返すと、二人は直ぐに機体へと向かった。
実をいうと、この二人は、あの九人の中では一番問題の少ないペアだった。
ファングは機体に乗ると性格が変わるものの、その荒々しい口調とは打って変わって慎重な行動をするし、レスガルについてもやや思い込みの激しいところはあるが、ナビゲーターとしてのセンスはかなりのものだ。
その証拠に、クラリッサの表情が明るい。
「今回はすんなり行きそうね」
「さっきの二人とは大違いだね」
カティーシャは今しかないといわんばかりにツッコミをいれる。
その冷たい視線は、入り口に向いている。
すると、入り口付近で正座をしているトルドが、面目無さそうな表情で弁解を始めた。
「いやいや、あの相手は辛いんだって……それにルミが……」
「ルミの所為じゃないの。トルドの所為なの」
必死にトルドが弁解するのだが、隣で正座するルーミーは眠たそうな眼差しを彼に向けた。恰も全ての責任はトルドが取ると言いたげだ。
その途端、トルドはムキになって、ルーミーに食って掛かる。
「なっ! ルミ、お前、オレに擦り付ける気か!?」
「だって、トルドが下手なだけなの」
「ちげ~、あの時、ルミが――」
「トルドが下手なだけなの」
「な、なんで――」
「トルドが下手なの」
「ぬぐっ! 解ったよ。オレが下手だからだよな……」
結局は、根負けしたトルドが大人しく敗北を宣言した。
その間も戦いは進んでいるのだが、既に勝敗は明らかだった。
そう、ファングの勝利がだ。
これで三組目も勝利となるのだが、その所為で控室の空気が――二回生の放つ空気が、浮かべる表情が、その顔色が、悪化の一途をたどっていた。