54 決意
2019/1/10 見直し済み
鉄の塊が、瓦礫となった建物の中を駆け巡る。
ビルだった建物は、地球とは違っていて、先進的な面影が残っているものの、今や唯の粗大ゴミにしか見えない。
その光景は廃墟であり、見るだけで心が痛みそうになってくる。
ただ、これは映像でしかなく、現実の戦場ではない。
それ故に、ゲームと変わらないと言ってしまえば、それだけのことなのだが、今もこのような光景が作られている最中だと考えると、やはり胸が詰まるような想いだった。
狭い建物の間を易々と走り抜けていると、ナビゲーター席に座るクラリッサから情報がもたらされる。
このところ、ドライバーを乗せたり、他のナビゲーターを乗せたりと、落ち着きのない時を過ごした訳だが、今回は正規の専属ナビゲーターであるクラリッサが後部座席に座っている。
そんな彼女の態度は、恰もそこが自分の指定席だと感じさせるような振る舞いだった。
「右方十八度、敵影を確認。距離二十」
「おそらく、その後ろにも居るだろうな」
クラリッサから得た情報を元に、対戦相手の考えそうなことを想像する。そして、考えた内容を伝えると、彼女は疑問を抱いたようだ。
「どうしてそう思うの?」
「その敵の居る場所は、狭く奥は広くなっていて隠れる場所も多い。要はその敵が囮で、残りの四機が集中的に狙って来るのだろう」
「なるほど……」
地理から判断した状況を伝えると、彼女は納得したようだった。
ただ、それでも話を止めるつもりはないようだ。
「どうするの?」
「う~む。回り込んで倒すのは簡単だが、正面から倒そうか」
「簡単なのね……」
絶句したクラリッサがボソリと呟いているのをサラリと流して、建物を盾にしつつ敵影へと瞬時に接近する。すかさず機体の左手に持った遠距離砲をぶっ放す。
本来なら、こんな狭い場所で使う武器ではない。というのも、反動で機体の動きが鈍るからだ。
しかし、拓哉にとっては、その反動も上手く利用している。射出の反動を使って、瞬時に機体を物陰へと移動させているのだ。
「着弾確認! 大破」
きっちりと敵をぶち抜いたことをクラリッサが伝えてくるが、拓哉は喜ぶことのなく、その機体の主に指摘する。
「囮をするにしても、ぼ~っとし過ぎだ!」
『いや、タクヤが速過ぎなんだよ~~!』
『タク、ズルいぞ! レーダー無しなんだから、もう少し姿を見せろよ! 気付かないだろ』
無線でトルドの嘆きとルーミーの苦言が聞えてくるが、それを無視して一気にその場を駆け抜ける。
「敵数ニ、左十八、右十、その後ろにも敵影あり」
――さすが、クラレは違うな。
かなりの速度で移動しているのだが、それでも敵の情報を的確に伝えてくる辺りが、他のナビゲーターと一味違うところだ。
ナビゲーターとしての能力の高さに感嘆しつつも、拓哉は機体を高速移動させながら近距離でエネルギー銃を単発で撃ち出していく。
このエネルギー銃は、バレルが短いことから射程距離こそ長くないが、中長距離銃にくらべ発熱量がすくないことから連射が利く。ただ、闇雲に撃てば、熱によるバレルの融解が起る。もちろん、エネルギーの消費が目に見えて多くなる。
ただ、射的に自信がなければ、弾幕の如くバラ撒くしかないのが実情だが、拓哉の場合はその必要もない。数発で確実に行動不能に追いやる。
「左右、着弾。軽微……あ、あ、あ、大破」
単発で撃ちだしている所為で、敵のダメージを確認していたクラリッサが誤認する。
――まあ、それも仕方ないか。短距離銃の二、三発で敵を倒せるとは思わないだろうからな。
エネルギーを節約しつつ戦っているので、むやみやたらに射ち捲ったりしないが、短距離銃でも数発を急所にぶち込めば、機体は動かなくなる。
いちいちそんな説明なんてしないが、彼女は直ぐに理解したのだろう。次からは同じ間違いを犯さないという表情だった。
その辺りがクラリッサの凄いところで、同じ過ちを繰り返さない。
まあ、それはナビゲーターとしての能力であり、拓哉との恋愛になると、一気に少女らしい面が現れる。
そんな彼女をサブモニターでチラ見しながらも、拓哉は機体を自由自在、はたまた、変幻自在に動かしながら敵を殲滅していく。
「そこの二体はもう少し動かないと、唯の的だぞ?」
『てか、タクが速くて、動いていたら狙いを絞れね~~~』
『タク、お前はどれだけ変態なんだ!』
唯の的と指摘しつつも、既に二機とも撃墜済みだ。
やられた機体からファングとティートの声が聞こえてくるが、それを無視して機体を一気に上昇させて、建物の上に居る敵を撃ち落とす。
『なんでバレたんだ!』
「ん~、勘かな?」
建物の中に手榴弾を投げ込みながら、リディアルの驚きに答える。
そのタイミングで手榴弾が爆発すると、中からカティーシャとキャスリンの乗る機体が出てきた。
ただ、その動きからして、もはや戦える状態ではなさそうだ。
『どうしてあたしの場所が……』
「勘かな?」
『ズルいわ!』
『タク、本当は変な能力があるんじゃないのかい?』
「そんなものはないぞ?」
キャスリンとカティーシャも居場所がバレた理由に納得がいかず、グチグチと文句を言っていたが、拓哉はそれを聞き流して全員に無線通信を送る。
「このあと、反省会をするからな」
この声を聞いた全員から渋々と返事があった。その声色からして、誰もがかなり意気消沈している様子だ。
それを耳にした拓哉は、どうやってこいつ等を強くすればいいのやらと、思考を巡らせたものの結論が見いだせずに溜息をこぼすことになった。
全員が輪になって体育座りをしている。
それを見渡して、拓哉は少しばかり表情を引き締めた。
というのも、これから少しキツイ話をしなければならないのだ。
なぜなら、彼等彼女等には、自分たちの想いに能力が追い付いていないからだ。
「まず、みんなに聞きたいことがある」
始めにそう前置きをすると、全員が神妙な表情で頷いていた。
それを見回して、拓哉は粛々と話を続けた。
「みんなの気持ちは分るが、正直言って今のレベルで校内選抜に出るのは辛いと思う。いや、戦争を終わらせたいと言っていたが、このままじゃ自分達の命が一瞬で終わるだろう。それでも対校戦を目指し、戦場をめざすのか? 俺には無謀な行為だとしか思えない」
隠すことなく自分の感想をそのまま口にする。
もはや、ここで取り繕っても仕方ない。それこそ、彼等彼女等が自分達の能力を認識し、あるべき姿を目指すべきなのだ。
そう感じた拓哉は、取り繕うことなく真実を口にした。
すると、クラリッサとカティーシャを除く全員がショックを受けたような表情となっていたが、暫くしてリディアルが神妙な顔で立ち上がった。
「タクヤ。それでもオレは、もっと……もっと強くなりたいんだ」
リディアルは真剣な表情で訴えかけてくる。そんな彼の拳は強く握られていて、想いの強さを感じさせるものだった。
その姿に感化されたのか、彼のペアであるメイファが口を開いた。
「うちも、うちもリディと一緒に頑張るわ」
彼女はそう言ってリディアルを見詰めている。いや、彼の方も見詰めているし、見詰め合っているといった方が良いかもしれない。
――もしかして、恋人同士なのかな?
見つめ合う姿を見やり、拓哉は思わず二人が恋人なのではないかと勘繰る。
ところが、その光景を周囲の者達が温かな表情で見守っていると、照れたメイファが態度を変えた。
「リディ。リディ、そんなに見詰められたらあかん。お前の真面目な顔みてると、笑いが堪えられなくなるねん」
彼女はまるで冗談でも流すかのようにあしらった。
すると、リディアルの眉が片方だけ吊り上がる。
「お前こそ、真面目な顔をしていると、なんか変だぞ?」
「はあ? おねしょのリディの癖して!」
「おい、そんな昔の話を出すなんてズルいぞ!」
もはや、売り言葉に買い言葉だった。
気が付くと、見詰め合っていた二人が、今度は睨み合って喧嘩を始めていた。
すると、周囲がハイハイと言いたげな生温かい目を向けた。
――どうやらアツアツのようだな。この場合は喧嘩するほど仲が良い部類だよな。
今にも掴み合いが始まりそうな二人を眺めていると、さすがに周囲の者も見ていられなくなったのだろう。すかさず仲裁に入った。いや、窘めた。
「リディ、メイ、今は喧嘩なんてしている場合じゃないのよ?」
「相変わらず、お前等は……ほんと、空気が読めないコンビだよな」
キャスリンとティートが叱責の言葉を口にし、大きく溜息を吐いた。
ただ、キャスリンは何を考えたのか、その勢いで立ち上がると、真剣な表情で拓哉に視線を向けた。
「あたしもできる限り頑張りたい。みんなもそうでしょ?」
キャスリンがそう言うと、他のメンバも立ち上がる。
「ぼ、僕も、頑張るよ」
「オレも負けね~」
「自分も頑張ります」
ファング、ティート、レスガルがキャスリンの言葉に同調して、猛烈な意欲を見せる。
それが呼び水となったのか、トルド、トーマス、ルーミーが次々と口を開いた。
「オレも気合を入れ直すぜ」
「そうだね。強い方がモテそうだし」
「ルミも頑張るの。でも、今は眠いかもなの」
「「「「「「ルミーーー!!!」」」」」」
ルーミーの眠たい発言の所為で、一斉にツッコミが入ったが、みんなやる気はあるようだ。
ただ、やる気と現実の乖離は大きい。
このまま続けさせるのが良いのか、拓哉は決めかねてしまう。
すると、それまで黙って聞いていたクラリッサが口を挟んだ。
「タクヤが悩む必要はないのよ。そもそも結果が問題ではないの。でも、やる気がなければ結果も望ましいものに近づかないわ。それに、彼等が戦場に立つとは限らないし、今は出来ることをやればいいと思うわ」
――クラレの言いたいことは分かる。俺は未来を見過ぎていたのか。戦争を終わらせるために役立ちたいという言葉に拘り過ぎていたのかもしれないな……それなら……
クラリッサの助言で、拓哉は自分が考え過ぎていたと反省する。
彼等彼女等には目標がある。それに向かって切磋琢磨しているのも間違いない。だからといって、それが必ずかなえられなければならないという訳ではない。
現時点で戦争が行われていることを考えると、それは楽観視しすぎかもしれないが、戦争における本当の姿――無残で残酷な光景を知らない拓哉は、彼等彼女等の目標をスポーツ的な感覚で受け止めてしまった。
そして、それならば、と、彼等の欠点をぶちまけることにした。
「分った。じゃ、今から個々の課題を言うからな。それを改善するように毎日の鍛錬に励んでくれ。いや、死ぬ思いで頑張るしかないな」
全員が再び拓哉に視線を向けたところで、一人一人に課題を与えた。
それを聞いた誰もがやる気を漲らせたのだろう。やたらと活気に溢れてくる。
それに便乗して、拓哉も調子にのったのが拙かった。
「じゃ、次からは本気でやるからな」
途端に、ワイワイと騒いでいた面子が彫刻のように固まった。
――しまった。いまのは拙かったかも……
全員のリアクションを見て失言だったと理解したが、既に時遅かったようだ。リディアルが恐々と口を開いた。
「た、タクヤ、今まで本気じゃなかったのか? 手を抜いていたのか?」
恐怖を顔に貼りつけたリディアルが本心を露わにすると、周囲の誰もが瞬きもせずに、拓哉に視線を向けた。
静寂に包まれた時が過ぎる。ここで「なんちゃって」なんて場を和ますことも不可能ではないだろう。
ただ、拓哉はそれが彼等彼女等にとって意味がないことだと知っている。いや、そういう誤魔化しが嫌いだった。
しかし、初めからやる気を削ぐわけにもいかない。そう考えて、咳払いを一つしてから言葉を濁すことにした。
「おほん! 手は抜いてないぞ? 本気でもなかったけど……」
本人は、場を和らげるために柔らかく言ったつもりなのだが、誰一人として表情を戻したものはいなかった。
それを見たカティーシャが言及する。
「タク、それって全然フォローになってないからね」
――そ、そうなのか? これじゃダメなのか?
自分の台詞がイケてないと知ってガックリしていると、笑みを見せたクラリッサが拓哉を慰める。
「いいのよ。調子に乗っているし、少しは引き締めた方が良いわ」
さらに、彼女は固まっている連中に容赦なく釘を刺した。
「さあ、固まっている時間があったら、トレーニングを再開するわよ」
その言葉で、固まっていた連中は動きを取り戻したのだが、それは亡者ともゾンビとも呼べそうな有様だった。