50 悪夢
2019/1/9 見直し済み
クラリッサとカティーシャ、それにクラスの面子を合わせた八人で食堂へと入ったはずなのだが、結局、医療棟に逆戻りになってしまった。
それこそ、リカルラと別れて、僅か三十分しか経っていない。
理由は簡単だ。拓哉のサイキックが暴走しているからだ。
拓哉としても見たくて女性陣のスカートをめくり、男性陣のズボンを下ろした訳ではない。
まあ、三人の女性には申し訳ないが、眼福だったのは言うまでもないだろう。
カティーシャに関しては、上着の裾のお陰で、運よく女物の下着を見られることはなかった。
ただ、仮に見られていた場合、実を言うと女だったと暴露するのか、それとも、男だけど趣味で女物の下着を身につけていると嘘の上塗りをするのか、拓哉は原因が自分であることも忘れて、少しばかり興味を抱いた。
しかし、その後も色々と問題が発生して、医療棟へとやってきたわけだ。
もちろん、危機感を抱いたクラリッサとカティーシャが黙っているはずもない。ムキになってクレームを入れた。
「リカルラ博士、いったい何をやっているのですか。手を上げる度に女性のスカートが捲り上がってしまっては、戦場に向かう前に、痴漢で逮捕されます」
「これならサイキックを使えない方がマシだよ。柄のないナイフみたいなもじゃないか。いや、タクの場合、地雷原と同じだよ」
――いやいや、悪気はないんだが……いや、頬が幾つあっても足らないぞ。てか、エロき鬼神は勘弁してくれ。
物凄い言われようなのだが、拓哉としても不満がある。
なにしろ、わざとではないのに、いまや幾つになるかもわからないモミジを頬につけられているのだ。
というのも、医療棟に辿り着くまでの被害者は、両手で足らない数にのぼっている。
いまや、拓哉はスカート捲り常習犯とされ、エロき鬼神と噂されているのも当然だろう。
もちろん、モミジマークの中にはリカルラの分もある。
彼女は、思いっきりエロい下着を身につけていた。それを見られた彼女は、例の注射器を取りに行こうとしたほどだった。
「確かに、少し、いえ、かなり拙いわね」
既に平静を装うことに成功したリカルラが、嘆息交じりに考え込む。
そんなリカルラに、拓哉は冷たい視線を浴びせかける。
そもそもの原因が彼女であるのに、見事に平手をくらったのだ。エロい下着を目にしたとはいえ、不満をもって当然だろう。
現在、拓哉の前には校長――キャリックが居るのだが、その表情からは困り果てている様子が覗える。
暫く思案していたキャリックは、溜息混じりに口を開いた。
「リカルラ、少し悪ふざけが過ぎるのではないか?」
――少し悪ふざけが過ぎる? 少しか? いや、そもそも悪ふざけで済ませていいのか?
些かどころか、多大な問題があると思うのだが、キャリックは言い難そうにしている。
当の本人はといえば、まったく悪びれることなく、何食わぬ顔で肩を竦めた。
「別に悪ふざけなんてしていませんわ。サイキックは使わないようにと言いましたもの」
――おいおいおい! 俺に喧嘩を売ってんのか!?
そう、拓哉はサイキックを使おうなんて、微塵も考えていない。
ところが、食堂に入った途端に、食堂に居る者全員が宙に浮いたのだ。
いやいや、人だけではない。テーブルも、椅子も、食べ物も、支給ロボットも、何もかもが宙に浮いていた。まさに食堂が無重力空間に変貌したのだ。
おまけに、焦って腕を動かしてしまった所為で、女はスカートが捲れ上がり、男はズボンが下がったのだ。これをエロ、いや、テロと言わずして何と言おう。
更には警報が鳴り響き、直ぐに管理の兵士がゾロゾロとやってきたかと思うと、有無も言わさずに拘束されてしまい、拓哉はすぐさま取調室へと連行されてしまった。
結局、慌てたクラレが校長室へと駆け込み、なんとか取調室から解放されて、この医療棟にやってきたというわけだ。
ああ、付け加えるなら、兵士に取り押さえられる拓哉を傍観していた訓練生たちには、事件の犯人が誰であるかなんて明白だ。連行される拓哉を見て「恐ろしい奴だ」とか、「エロき鬼神だろ」とか、「変態魔人だったのか」とか、「もちろん責任を――」とか、囁いていた。
これほどの事態と被害を生み出した元凶を捕まえて、悪戯で済ませて良いはずがない。
ところが、まるで私は悪くないと言わんばかりの態度でいるリカルラを見て、校長は再び溜息を吐いた。
「そうはいっても、お前ならどんなことになるかくらいは予想できただろう?」
当然ながらキャリックが窘めるのだが、なぜだか弱腰だし、少し上目遣いなのが気になるところだ。
拓哉としては、もっとガツンとやって欲しいのだが、キャリックはやんわりとしか指摘しない。
それもあってか、リカルラは腕を組んだ姿勢で、少しも申し訳なさそうな素振りをすることなく、謝罪の言葉を口にした。
「まあ、確かに浅慮だったのは認めますわ」
「はぁ~」
その言葉を聞いたキャリックが大きな溜息を吐く。
――てか、校長さんよ~。あんた、完璧に舐められてるだろ。てか、尻にでも敷かれてんのか? ああ、そう言えば男女の関係だとか言ってたよな……ほんと困ったもんだ……
拓哉は自分のことを棚に上げて、キャリックを心中で非難するのだが、明日は我が身だと思わないところが、若さ故の過ちなのかも知れない。
そして、その思考を読まれたのか、クラリッサから肘鉄を喰らってしまう。
すると、キャリックはチラリと拓哉を見やるが、その遣り取りを気にすることなく、リカルラに視線を向けた。
「ところで、どう対処するのだ? このままじゃ普通に生活できんぞ?」
キャリックの悲壮な声が放たれると、彼女は嘆息しつつポケットに手を突っ込む。
彼女が次にとった行動からして、こうなることを始めから予測していたのかもしれない。
というのも、その対処とやらを即答したからだ。それもポケットから見知らぬアイテムを出しながら。
そのことから推察するに、間違いなく確信犯だと言えるだろう。
「大丈夫ですわ。このサイキック防止装置で何とかなると思いますわ」
――お前はド〇えもんか! てか、そんな物があるなら初めから出せよ! エロ下着女!
あまりの展開に悪態を吐くのだが、巨大注射が怖いので、それを口にするようなことはない。
ところが、彼女は拓哉をギロリと睨んだ。
――ま、まさか、またナノマシンなのか!? もしかして、眠っている間に……
あまりの恐怖を抱き、拓哉は思わずクラリッサの陰に入ろうとする。
しかし、そこで、クラリッサが拓哉の腕を掴んだ。
ただ、彼女は拓哉を見ることなく、リカルラに視線を向けていた。
そう、彼女はリカルラが出した二つの腕輪のようなアイテムを見て、眉を顰めていた。
顔を顰めるクラリッサの横顔を覗き見て、拓哉は不安を抱く。なにしろ、リカルラはといえば、拓哉にとって災厄なのだ。
「どうしたんだ、クラレ。そんな難しい顔して」
彼女は少し言い難そうにしていたのだが、拓哉が問うと、開き直ったのか、一つ息を呑むスラスラと話し始めた。
「リカルラ博士。サイキック防止装置って、それは、違法能力者用に使用する犯罪防止の手錠ですよね」
――なんだとーーー! 手錠だと? 俺は犯罪者と同じ扱いか!? まあ、確かにスカートはたくさん捲ったが……
犯罪者用と聞いて、拓哉がすぐさま文句を言おうとするが、先にカティーシャが割って入った。
「どこかで見たことがあるアイテムだと思ったんだけど、鎖部分を外しただけなんだね。確かに犯罪者用の手錠ってサイキックの対抗処置が施されてたっけ。なるほど、簡単に用意できるアイテムだよね」
カティーシャはご丁寧に細かい解説までしてくれたのだが、それは火に油を注いだだけだ。
――くそっ! 今日こそはこのオバサンに一言いってやる!
拓哉は怒りの勢いで禁句を口にしようとしたのだが、再びギロリと睨まれて尻尾を巻いてしまう。
それに満足したのか、リカルラは瞬時に平静を装うと、すぐさま反論を口にした。
「あんな無粋なものと一緒にしないでよ。ちゃんとカラフルなデザインになっているでしょ?」
――いやいや、そんな問題じゃね~~~~! 色や柄の問題じゃないんだよ!
「あっ!」
「きゃ!」
今まさに、リカルラに己が怒りをぶつけようと思った時だった。
なぜか、物凄い上昇気流が起こり、クラリッサのスカートが捲れ上がった。
そうなると、当然ながらクラリッサの白い布が目に飛び込んでくるのだが、向かいでは黒い物体が――それも、超ハイレグが目に映る。
「タクヤ!」
「ホンゴウ君」
――ヤバイ! 不可抗力なんだ。別に見たかった訳じゃ……見たいけど……いやいや、悪意はないんだ。
心中では嬉しさと危機感がせめぎ合っているのだが、弁解だけは怠りはしない。
「お、俺じゃ、俺じゃないぞ! いや、これは俺の意思じゃない。全部、サイキックが悪いんだ。そう、リカルラさんの所為だからな」
必死に正当な理由を口にするのだが、クラリッサとリカルラの表情からすると、どれだけ誠心誠意を込めても意味のない言葉だったようだ。
「そうね。やっぱり手錠がいるかも」
「だから言ったじゃない。こういうオイタをする子は、しっかりと躾をしないと」
――ちょっ、クラレ、お前まで……てか、オイタって、わざとじゃないんだ。だいたい、お前が元凶だろ、リカルラ!
冷たい視線と無碍もない言葉を浴びせかけられて、さすがにお人好しの拓哉も黙っては居られなかった。
「別に俺が望んでやった訳じゃないぞ! 別に見たくてやったわけじゃね~。そもそも、リカルラさんは自業自得でしょ! あなたが睡眠学習なんてさせるから――」
自分の想いをそのままぶちまける。
拓哉としても、ストレスが溜まりまくっているのだ。
ここぞとばかりに、本音をぶちまけた。
ただ、拓哉の言葉は良からぬ方向へと独り歩きし始めた。
「あら、私の下着を見たくないというの?」
頬を膨らませるクラリッサの言葉を否定したいのだが、それだと自分が望んでやったことになってしまう。てか、見たくないなんて口が裂けても言えない。それを口にしようものなら、悪夢のような末路しか残っていない。
葛藤の末、眉を寄せるクラリッサに答えるのだが、アクションゲーム専門であり、エロゲを不得意とする拓哉は、思いっきり選択を誤る。
「見たくない訳ないじゃないか。見たいに決まってる」
女心とは実に不可解で難解な存在だろうか。
クラリッサは途端に表情を柔らかくした。いや、喜んでいるように見える。
ところが、もう一人の被害者が怪しい笑みを浮かべて告げた。
「そう。まあいいわ。癖の悪い患者には注射が一番よね」
――なに言ってんの? このオバサン! 癖なんて悪くないつ~の! てか、このオバサン、超ヤバイわ~! もう勘弁してくれ~~~~!
拓哉は蚊帳の外になっているキャリックと男装のお蔭で被害に遭わなかったカティーシャに救援の視線を向けるが、見事な程にスルーされてしまった。
カティーシャなんて、頬を膨らませてそっぽを向いていた。
間違いなく、クラリッサの下着を見たいといったのが癇に障っているのだろう。
――マジか~~~~! この裏切り者~~~~!
こうして拓哉は犯罪者の腕輪を取り付けられた挙句、再びぶっとい注射を尻にお見舞いされた。
――何時か見てろよ~~~~! この糞ババ~~~~~!
声にならない怒声を心中に響き渡らせたのだが、例のナノマシンの所為でリカルラにバレてしまい、結局は倍率ドンで二発目もぶち込まれる。
――つ~か、勝手にナノマシンなんて注入するなっつ~~の! はぁ~悪夢だ……
被害者であるはずの拓哉は、悪夢のような現実を強いられ、溜息を吐くと共に脱力したのだった。