02 邂逅《かいこう》
2018/12/24 見直し済み
――ああ、人間はなんて愚かなのかしら……
人間の探求心は素晴らしい。誰もがそう思っていた。
それと同時に、どこまでも愚かな存在であることを認識した。
確かに、人間の持つ知識は素晴らしい。だが、その飽くなき欲望と探求心は、時として害を為す。
それに気付くのは、決まって実害が起ってからだ。
これほどに知能の高い生物は、他には居ないというのに。いや、知能が高いが故の業なのかもしれない。
それは例え話や戯言などではない。いままさに、クラリッサが生まれ育った世界で起きている事実なのだ。
彼女が生まれ育った世界は、異常に発達した文明を誇っている。
地を這うことしか出来ない人間が、高速で地上を移動し、空を飛び、海を渡り、宇宙にすら飛び出している。
更には、人間の言う通りに動くボットアを作り、人間に酷似したアンドロイドも作り上げた。だが、人類は禁忌を犯した。
アンドロイドで終わらせれば良かったものを、とうとう感情すらプログラムしてしまった。そして、アンドロイドを超える生体アンドロイド、HUM――ヒューマノイドを作り上げてしまった。
ヒュームは自己の判断能力を持ち、自己の感情で行動する。
それ故に、安全性を担保するセキュリティープログラムとセーフティープログラムを組み込んだ。そのはずだった。ところが、今では、そんな物は何の役にも立たないゴミクズ同然となっていた。
気が付けば、彼等は自己種と人間を区分するようになり、いつしかヒュームの方が優れた種だと考え始めた。
こうなると、もはやどうにもならない。なぜなら、彼等は人間よりも高性能な身体を持っているからだ。いや、身体だけではなく、高い演算能力をも兼ね備えている。
その結果、人間はヒュームに住み家を追われるようになった。
その頃だろうか、ヒュームの反乱が起こり、彼等が彼等だけの国を造り始めた。
彼等の行動は迅速だった。そう、彼等は人間のように躊躇したりしない。必要か不必要かを即時に判断して行動できる。よって、あっという間に多くの地域を掌握し、人間を駆逐し始めた。
その行動は残忍の一言に尽きる。視界にあるものを全て排除すると決めたら、ネズミ一匹逃さない。
――私の家族も、そのネズミ同然に殺されてしまった……あの光景は忘れない。私だけが助かったあの光景。あの朱い死神の姿。絶対にこの世から消し去ってやる。
クラリッサは転移装置に身を委ねたまま、己が両親の死を思い出していた。
――話には聞いていたけど……最悪だわ。本当に死にそう……
クラリッサは身体を起して、不甲斐なくも胃の内容物を吐き散らす。
本当に死んでしまうのかも知れないと思いながらも、己の信念を思い起こしてその苦渋に耐える。
「こほっ、けほっ、どうやら着いたようね」
聞く者のいない事を知りながらも、苦痛のあまりに、思わず声にしてしまった。
そう、彼女は今、別世界に来ている。
その目的を一言で述べるなら、スカウトだと言えるかもしれない。
己が世界に存在しない強者を求めて、異世界にやって来ているのだ。
「な、なんて旧時代なの」
そのレトロな光景に驚き、独り言が口からこぼれでた。
それも仕方ないかもしれない。なぜなら、そこは彼女の世界で言う旧時代と同じレベルの世界だったからだ。
旧時代、それは彼女の世界でいうところの二千年を遡る過去の時代だ。
車が地面を這い、電車が車輪で走る。空に飛行機が飛び、コンクリートや木造の建物が並ぶ。
彼女にとって、今や歴史博物館でしかお目に掛かれないレベルの物があふれている。
――どうしてこんなことに……
その光景を目の当たりにして、彼女は声も無く絶望する。
なぜなら、この転移召喚は限られた回数しか実行できないからだ。
その理由はエネルギーにあるのだが、それについては複雑すぎるので割愛することにしよう。
――おかしい。おかしいわ。ちゃんとサイコレーダーを使ったはずなのに……まさか……
もしかして、この世界は旧時代に見えて、サイキック能力の高い者が多いのだろうかと考えつつ、彼女は腕に填めた能力検知器を確認する。
「なによ、これ。ぜんぜん居ないじゃない」
サイキック能力の高い者を知らせるレーダーは、誰一人として検知していない。
これは、規定値を超える者が居ないということを示している。
どうしてこんな所に来てしまったのかと、彼女は頭を悩ませる。
疑問を抱きながらも視線を上げると、目の前には大型の車が迫っていた。
彼女が知るところの、旧時代でトラックと呼ばれる荷物を運ぶための車だ。
「きゃっ!」
巨大な物体が猛然と彼女に向かってくる。
思わず悲鳴を上げてしまうが、大型トラックはブレーキをかけるどころか、彼女のことなど全く気にせずに突っ切って行った。
「あっ……そうだったわ」
自分が無事なことで思い出す。
この世界において、彼女は無きに等しい存在。だから、誰からも見えないし、誰かとぶつかることもない。
彼女が晒した醜態も、悪態も、ゲロ姿も、吐き散らした吐しゃ物でさえ、誰にも知られることはない。いや、そんなことはどうでも良いのだ。一番の問題はレーダーの結果であり、それに尽きる。
――望みを託して異世界に来たのに、無駄足だっただなんて……
絶望と哀しみを噛み締めながら、力無い足で宛もない世界を漂うように歩く。
暫くすると、これまでとは幾分か違った雰囲気の場所へと辿り着く。
周囲に視線を巡らせると、派手な看板やネオンが目に映る。
「本当にレトロな世界だわ」
歩く力どころか、衰えていく精神力のせいで、発する独り言さえもか細い声となってこぼれ落ちるだけだ。
まるで、花の寿命が尽きたように、枯れていく己が心を感じている。
そんな時だった。彼女は目を瞠る。
――えっ、どういうこと?
それは、何の変哲もない少年。年の頃は彼女と変わらないくらいだ。
服装も旧時代ではあるものの、流行があるせいか、彼女とさほど変わりない平凡な衣装だ。
彼女が驚かされたのは、その少年がレーダーが反応したからではない。少年が自分を識別したからだ。
そう、少年は見えない筈の彼女を見ていたのだ。
――まさか、タマタマよね?
クラリッサは咄嗟に背後を見渡す。
というのも、少年が自分の背後に居る者を見ているのだと考えたのだ。
ところが、後には誰もいない。
――私を見ていた? そんなはずはないわ。
疑問を抱きつつ視線を戻すと、少年は直ぐに視線を逸らし、何処かへと歩いて行く。
彼女は呆然と眺めていたものの、気になって慌てて追いかける。
だが、その少年は、既に何処かへと行ってしまっていた。
なぜか、そのことに焦りを感じるのだが、いつの間にか視界がブレていることに気付く。
そう、彼女の瞳には零れんばかりの涙が溜まっていた。
悲しい訳ではない。もしかしたら、少年を見失ったことで、更に絶望と焦りが募ったかもしれない。
「駄目よ。そうよ。ここで挫けたら何もかもお終いなんだから」
自分にそう言い聞かせて、右腕で涙を拭う。
周囲に視線を巡らせ、少年の存在を探す。
「たったあれだけの時間で、そんな遠くに行けるはずがないわ。きっと、どこかのお店に入ったのよ」
もはや、当たり前のように独り言を呟きながら、虱潰しに店舗の中を覗いていく。そうして、何件目だろうか。あるお店に行き着いた。
「これって、確かゲームを置いているお店よね?」
そこには、この世界の言葉でゲームセンターと書かれている。
彼女にその言葉を読む能力はない。だが、腕に填めたマルチ機能ブレスレットで、その言葉の意味を知ることができた。
――ここに居るとも思えないけど……
期待をしていないものの、躊躇する事無くゲームセンターと呼ばれるお店に入るが、そのケバケバしさと音の渦で顔を顰めてしまう。
「なんて煩いところなの。よくこんなお店に居られるわね。というか、気を遣う必要がないだけに気楽でいいわね」
聞く者が居ないというのは、寂しい反面、好き放題に言えるのがメリットだと思いながら、店舗の中をゆっくりと歩き始める。
そして、暫く店の奥に進んだところで脚が止まる。
彼女の表情には驚愕が張りつき、その美しい瞳が大きく見開かれている。
「何これ、シミュレーター? これがゲームなの?」
彼女が目にしたのは、コックピットと変わらないボックスと旧時代にしては高性能だと思えるモニターだった。
だが、本当に驚いたのは、その操縦席に設置された操縦桿の数々だ。
それは、とてもゲームとは思えないリアルさだった。
「ちっ、また負けちまったぜ。何だよこいつ、強過ぎんだろ」
「あっ、お前の相手、桜高の本郷じゃね~か。あ~無理無理、勝てる訳ね~よ」
「えっ、マジ? あの本郷か! どうりで強いと思ったぜ。あいつ、異常だろ。チートでもしてるんじゃね」
耳に付けた翻訳機が勝手に少年たちの会話を拾う。
――どうやら、このリアルなゲームは対戦ゲームなのね。
「いやチートしても勝てないんじゃね? この前、プロが負けてたぞ」
「マジかよ! あり得なくないか?」
「でも、観戦者多数だったし、インチキなんて無理だし」
――彼等は対戦相手が異常に強いという話をしているのね。それって、誰かしら。なんだか気になるわ。
その対戦相手を知るために、彼女は噂話をしている少年たちの視線を追う。
すると、一番端にあるコックピットから一人の少年が出てきた。
それを見た途端、彼女は再び固まってしまう。
なぜなら、その少年こそが、彼女の追っていた彼だったから。
彼は、チラリとだけクラリッサに目を向けたかと思うと、さっきと同じように歩き去っていく。
「また私を見たわ。あっ、今度こそは見失わないわ」
意気込んで、そそくさと少年の後を追う。
すると、その少年はチラリと振り返り、一言だけ口にした。
「その髪の色、派手過ぎないか?」
そう、彼はこの世界と違う彼女の紫髪を見て、不思議に思っていただけだった。
それを知った彼女のショックはというと、生きた灰に変わるほどで、思わずその場に蹲った。
落ち込むクラリッサから視線を外した少年は、全く興味もなさそうな表情でゲームセンターを去っていった。