46 負け犬
2019/1/7 見直し済み
クラスの者達には怖くないと断言したものの、今更ながらに、クラリッサが恐ろしい存在だと再認識させたられた拓哉は、シミュレーション勝利記念食事会と称した夕食を終え、自分の部屋に戻ったところだ。
「タク、初日から張り切り過ぎじゃないかい? シミュレーションの話を聞いてビックリしたよ」
「ほんとに。私も始めて聞いたわ。というか、完全勝利とか在り得ないわ」
どうやら、二人はシミュレーション授業の話を知らなかったらしく、拓哉のクラスメイトからその話を聞いてぶっ魂消ていた。
「そうだよ。タクが凄いのは知っていたけど、クラス全員で完勝するとか異常だよ?」
クラリッサの言葉を引き継ぐように、カティーシャが感想を述べるのだが、拓哉としては偶々だとしか言いようがない。
拓哉からすれば、そもそも他のクラスが弱すぎるという思いもある。
「まあ、今のレベルだと何度やっても同じ結果になるだろうな」
俺SUGEEEという訳ではないが、拓哉は自分の分析結果をそのまま口にする。
その途端、クラリッサがそれに同意してきた。
「そうね。突出した人がいれば、烏合の衆も精鋭に早変わりという訳ね」
実際、そんなところなので、頷きだけで返事にする。
すると、今度は実技授業について、瞳を輝かせたカティーシャが感想を述べる。
「四時限目も凄かったよ。教官は凍りついていたし、クラスのみんなは絶賛する以前に、息さえしているか怪しかったよ」
その途端、クラリッサが自慢するかのように大きな胸を張ると、透かさずそれについてコメントする。
「タクヤなら当たり前のことよ。まあ、あれくらいは普通だわ。だって、私の専属ドライバーだもの」
その様子は、まさに鬼の首を取ったかのようだった。実際は敵数のカウントだけでもあくせくしていたのだが、完全に棚上げしている。
そして、それと知らないカティーシャが一瞬で顔色を変えると、思い出したかのようにクラリッサを責めはじめた。
「ちょっと待ちなよ。夕食の時もそうだったけど、まるでタクの専属がクラリッサだけみたいな言い方、止めてくれないかな。それに、まるで自分の許嫁のような口振りだったよね。ボクだって同じ立場なんだから、ああいうのはよしてよね」
どうやら、夕食での一件が腹に据えかねたようだ。
両手を腰にやり、眦を吊り上げてクレームを入れる。
ところが、クラリッサの恐ろしさが、ここでも炸裂する。
「カティ! どうでもいいけど、タクヤのナビを名乗るのなら、粗相は止めて欲しいのだけど、そのうち機体の中に芳香剤を置く破目になるわ。次の授業からはオムツを着用して欲しいのだけど」
クラリッサはクラリッサで、今日のお漏らし事件に憤りを感じているようだ。
――ヤバイ、また言い争いが始まる……クラレ、言い過ぎだ。
焦ってクラリッサを押し留めようとしたのだが、カティーシャは言い返すことなく、大きな瞳に涙を浮かべて拓哉に抱き付いた。
「タク~! クラリッサが虐めるんだよ~~」
どうやらカティーシャにしても、さすがに今日の出来事はショックだったようだ。クラリッサに噛みつくどころか、完全に負け犬に成りさがってしまった。
どうしたものかと悩んだ拓哉は、やはり本人が気にしていることを攻撃するのは可哀想だと思い、クラリッサを窘めてみたのだが――
「クラレ。それは言い過ぎだぞ」
「あら!? カティ。あなたが泣き付いている人物は、あなたの括約筋を死ぬほど刺激した人なのだけど、それを理解しているの? 私はあなたが乗る前に程々にしろと言ったのよ?」
彼女は見事に矛先を変えた。そう、元凶は拓哉だと。
カティーシャは抱き付いたまま顔だけを上に向ける。そして、涙目で拓哉を見詰める。
「タク。それ、ほんとう?」
「……」
――く、訓練だし、手抜きは良くないよな?
もちろん、拓哉の想いは当然のことではあるのだが、心中での言い訳を口にすることもできない。
結局は、返事が出来ないままとなってしまった。
カティーシャは沈黙を肯定だと受け止めたのか、行き成り「タクのバカ!」と叫んだかと思うと、拓哉を突き飛ばしてトイレに篭ってしまった。
トイレに篭ったカティーシャを連れ出すのに多大な苦労をしたのだが、結局はクラリッサの一言で飛び出てきた。
それは、「拓哉、お風呂に入りましょうか」の一言だった。
アホらしくなった拓哉はソファーにどっかりと座ると、クラリッサが用意してくれたお茶を飲み、気分を入れ替えてから、ずっと気になっていたことを尋ねることにした。
「なあ、例の対校戦だけど、対戦相手の六校の上級訓練校ってどんなところなんだ?」
そうなのだ。ずっと気になっていたのだが、授業の所為で誰にも聞くことができずに、悶々と過ごしていたのだ。
そんな疑問を投げかけると、一つ頷いたクラリッサが説明を始めた。
「いいわよ。私の知っている範囲になるけど……大きくは三部隊が二校ずつになっているの。まずは重装部隊が二校、偵察部隊が二校、特殊部隊が二校あるわ」
「ふむ、何となくイメージは解るけど、それぞれの特色を教えて欲しい」
すかさず質問を重ねると、彼女はお茶を一口飲んでから話を続ける。
「まあ、重装部隊は名前の通りなのだけど、二校で役割が違うわ。片方は高火力重装で、もう片方は突進重装なのよ。まあ、その名前の通りなのだけど、高火力側は砲台に近いわね。突撃型は……まあ言うなればイノシシよ。指示されたら、何があっても猪突猛進よ。次に、偵察部隊なのだけど、片方は空挺型で、もう片方は地上型、どちらも軽装で身軽な機体を使用するのだけど、空挺型は名前から想像できると思うけど、航空能力があるわ。といっても、長時間飛行はできないのだけど。最後の特殊部隊なのだけど、ぶっちゃけ何でもありといった方が良いわね。だから、その二校が厄介なのよ。機体もかなり特化型だし、毎年優勝しているのは、その二校のどちらかになっているわ」
――なるほどな。聞いただけでもその二校がヤバそうなのが解る。残る疑問は試合形式だな。
拓哉は頷きながら、次の疑問に取り掛かる。
「試合の形式は決まっているのか?」
他校についての簡単な特色を理解したところで、今度は模擬戦の内容について尋ねると、今度は未だに泣きっ面のカティーシャが説明してくれるようだ。
「試合形式は変更になる可能性があるけど、大抵はツーパターンをやるね。五対五の対戦と単騎のトーナメント。要は団体戦と個人戦かな」
――ふむ。まるでオリンピックの体操競技みたいだな。だいたいは理解できたけど、選抜メンバは今日の話だと校内の選抜戦で決めるのかな。
拓哉は続けざまに、質問を重ねていく。
しかし、二人とも嫌な顔一つせず、逐一説明を付け加える。
「校内の選抜戦でも団体戦と個人戦の選抜をやるのか?」
「いえ、校内戦は個人戦だけよ。そこで選ばれた選手がチームを組むの。だから、下手をすると、この前の模擬戦であなたが叩きのめした相手とチームを組むことになるかもしれないわ。あと、対校戦で戦うのは五組だけど、補欠を二組ほど連れて行くわね」
クラリッサの説明で、知りたかった情報を一通り得ることができたのだが、粗方、頭の中が整理できたところで、今度は他校のレベルを知りたくなる。
「なあ、過去の試合の記録とかあるのか?」
「あるわよ。教材用のデモ映像としても使われているし、割と簡単に見ることができるわ」
――よし、明日の放課後は、それを観賞することにしよう。
という訳で、拓哉は明日の予定を決めたのだが、クラリッサは何を考えたのかスッと立ち上がると、壁のスイッチを押す。途端に、壁に巨大なスクリーンが現れた。
「おおっ! すげ~っ、なにこれ?」
感動する拓哉を他所に、クラリッサが自分の端末を操作したかと思うと、その巨大スクリーンに演習場の光景が映し出された。
「これは去年の対校戦のものよ」
――いやいや、なんでクラレがその情報を持ってるんだ?
あまりの段取りの良さに、拓哉は思わず疑問を抱く。
そんな拓哉の思いを察したかどうかは解らないが、彼女はニヤリと笑んだ。
「私は今年の対校戦に出るつもりだったから、色々と情報を集めていたのよ。それに、タクヤがドライバー科に編入した時点で選ばれることが分かっていたし」
「うぐっ、なんて恐ろしい女。さすがは三回生のドライバーに泣きを入れさせた氷の女王だね」
用意周到なクラリッサに脅威を抱いたのだろう。カティーシャが顔を引き攣らせている。
――ふむ。備えあれば憂いなしとは言うが、恐らく一回生でこんな物を用意しているのは、クラレくらいのものだろうな。ほんとに恐ろしい女だ。
クラリッサの凄さに感服していると、ここで思わぬ戦いが勃発した。
「それはそうと、タクはボクと対校戦に出るんだけど?」
――ヤバイ……また始まった……
「はぁ? オムツも取れないナビが何を言っているのかしら?」
「く、クラリッサのバカーー! クラリッサのムッツリスケベ!」
再び争いが始まることを予期したのだが、情け容赦のない一言を喰らったカティーシャが物の見事に撃沈してしまい、負け犬の遠吠えを実演しながらトイレに駆け込んだ。
――ああ、これから二時間くらいは出てこないだろうな……まあいい、暫く放っておこう。でも、ナビの件はきちんとした方がいいよな……
拓哉は放置プレーを選択するのだが、いつまでもこの調子だと問題だと考え、きちんと話し合うと決める。
そんな拓哉の決断を他所に、再び頬を濡らすカティーシャは、トイレの便座を温めることになるのだが、結局は風呂に入ると聞いた途端に飛び出してきたのだった。