45 仲間
2019/1/7 見直し済み
マップに表示された敵の数は二十四、ところが味方の数はゼロだ。
とはいっても、味方が全滅した訳ではない。
なぜかお手本ということで、拓哉の機体だけで敵を殲滅しているのだ。
ああ、既に倒した数はその三倍に上る。
「右十五度、三機……二機……あう、一機」
ナビゲーターシートに座るクラリッサが、接近する敵の数を知らせているのだが、敵を倒す速度が速過ぎて、慌てて残数を訂正している。
「左二十一度、敵……もう、なによ! 倒すのが速過ぎるわ!」
通知がある前に、エネルギー銃で次々に倒していくと、彼女は憤慨しはじめた。
――いやいや、敵を速く倒して文句を言われても……
そう、ここは訓練校と言えども、戦士を育てる機関だ。
敵を速く殲滅して褒められることはあれども、文句を言われる筋合いはない。
心中で愚痴りながらも、拓哉は遠慮することなく機体を自由自在に操り、現れる敵を殲滅していく。
――やっぱり、シミュレーターより、こちらの方が、感度がいいな。あのシミュレーターのプログラムよりも、ララさんが作り上げたこの機体の方が高性能なんだろうな。
ララカリアに感謝しつつ、まるで疾風となったかのように戦場を駆け巡り、周囲を包囲する敵を各個撃破していく。
まさに鬼神と呼ばれるのにふさわしい戦いだった。
他の訓練生がモニターでその映像を目にして、今更ながらに息を呑んでいた。
「敵数ゼロ。戦闘終了。お疲れさま」
「ああ。クラレもお疲れさま」
クラリッサが発した終了報告と労いに対して、労いの言葉を返したところで、シミュレーション終了の連絡が入る。
『よし、ホンゴウ、バルガンペアは戻れ』
「「ラジャ!」」
教官からの連絡を聞き、速やかに待機場所へと戻るのだが、その動きも半端なく華麗だ。
まったくの狂いもないほどに正確な動作で、迅速に元の位置へと戻った。
『こら! ホンゴウ、待機場所へ戻るときはもっと慎重にやれ!』
あまりに素早い帰投に、教官が魂消た様子で叱責してくる。
「すみません」
一応は謝るが、それは完全なるポーズであって。全く悪いと思っていなかったりする。
「この帰投は拙かったのかな? 普通だと思うんだけど」
教官には謝りつつも、思わず機内で愚痴を溢す。
すると、クラリッサがフォローする。
「まあ、周りはひよっ子ばかりだから慎重にやらないと、真似をする人が現れるでしょ? そうすると、他の人の場合、訓練とは別のところで機体を壊したりするのよ。ただ、タクヤだと、そんなことになり得ないでしょうから、叱責する方がどうかしていると思うわ」
――ふ~む。難しいもんだな。でも、一応、決まりみたいだし……
クラリッサの言葉は嬉しいが、決まりは守るべきかと考える。
その決まり自体が初心者に向けたものなら、今後の見直しに期待するしかない。
なんて考えていると、教官からの連絡が入る。
『よし、みんな見てたな。あの要領だ』
「ぷふっ!」
その教官の連絡は全員に向けた通信だった。ただ、それを聞いたクラリッサが噴き出している。
「クラレ?」
「ごめんなさい。だって、あれを見ただけで真似ができるようなら、私は異世界になんて行ってないわ。ちょっと酷だと思うけど……他の人達が唖然としている顔が浮かぶわ。ふふふっ」
その話が事実かどうかは知らないが、拓哉は彼女を小悪魔のように感じてしまう。
ただ、サブモニターに映る彼女をチラリと見やるが、直ぐにメインモニターに視線を戻す。
そこには、他の機体がシミュレーションを行っている様子が映し出されている。
それを目にして、クラリッサの気持ちを少しだけ理解する。
――ぐはっ! これは酷いな……まあ、一回生だと、こんなもんなのか……
「ほらね。もう撃墜されたわよ」
それ見たことかと、クラリッサがモニターを眺めながら声を漏らした。
「それに、タクヤがやったシミュレーションとレベルが違うわね。こっちは設定イチくらいかしら。多分、タクヤがやったのはマックスレベルだと思うわ。敵の数が全部で百二十だったし、今の敵とは動きが違うもの」
確かに彼女の言う通りだった。
現在行われているシミュレーションは、敵の数はさて置き、その動きや攻撃速度が異常に遅い。
拓哉はそれに気付いたが、直ぐに別のことに意識が向く。
「おいおい、敵を二機しか倒してないのに、こっちは七機もやられているぞ?」
「まあ、今戦っている人達の腕が異様に低いのもあるけど、一回生なら上手な人でもあれに毛が生えた程度よ」
クラリッサの言葉に愕然としていると、外部からの通信が届いた。
『クラリッサ、交代だよ。今度はボクがナビ席に座るからね』
どうやら、後退の時間のようだ。しかし、モニターに映るクラリッサの表情が、かなりやばい。
その表情からして、席を譲るのがそれほど嫌なのだろうかと考えていると、彼女はその理由を口にした。
「タクヤ、程々にしてね。またナビ席を掃除するのは勘弁よ」
――う~む。席を譲りたくない理由は、汚されたくないという物理的なものなんだな……でも、手を抜いても訓練にならないし……
「まあ、次は自分で掃除させるさ、ここはトイレじゃないしな」
クラリッサの言葉に頷きつつ、拓哉はそんな言葉を返してしまったのだが、その所為で訓練が終わったあとに、カティーシャが悲しい顔でナビ席を掃除していたのは、いまさら述べるまでもないだろう。
カティーシャの粗相などもあったが、なんとか無事に初日の授業を終わらせ、拓哉はいつもの二人にリディアルを加え、四人で食堂にきていた。
「ん? なんか雰囲気が違うくない?」
そんな言葉を発したのはカティーシャだったが、即座にクラリッサが爆弾を投下する。
「みんなにバレたのでは? 粗――」
「うぎゃ~~~! クラリッサ! すぐさまその口を閉じるんだ!」
カティーシャが発狂する。というか、物理的にクラリッサの口を両手で押さえる。
しかし、拓哉の横に居るリディアルには、運よく聞こえなかったようだ。
意味が分からずに首を傾げている。ただ、直ぐに話を切り替えた。
「あのシミュレーションを見せられたら、何も言えなくなるだろ。その噂が広まってんじゃないのか?」
何時もなら、冷やかしや下賤な噂話で持ちきりとなるのだが、今日に至ってはまるで触らぬ神に祟りなしといった雰囲気だった。
「タクヤの実力を知って、下種な勘繰りなんてできなくなったのでは?」
「まあ、今度は逆に嫉妬や畏怖で凄いことになりそうだけどね」
リディアルの考えを聞いたクラリッサとカティーシャが、続けざまに感想を述べた。
――う~ん。この世界の人達って、どうして普通に接することができないんだ? お互いぎくしゃくしても仕方ないと思うのだが……
周囲の反応について、心中で愚かなことだと呟く。
拓哉が思う通り、この世界の者達は、少しばかり日本人と違っていた。
確かに、日本人にも、嫉妬や嫌悪という感情はある。
ただ、それを顕著にする者は少ない。いや、日本人の特性上、表立っては口にしないだろう。ネットでは違っているとしてもだ。
ところが、この世界では、隠すことなくあからさまにしている。
それは、サイキックという特殊な能力が影響している訳だが、今の拓哉にそれを知るすべはない。
しかし、誰もがそういった負の感情を持ち続ける訳ではない。その証拠に、今度は別の意味で普段と違うことが起こった。
「タクヤ君、こっちにおいでよ! あっ、女王もいる……」
「おいおい、今のはぜって~聞こえてるぞ!」
「まあまあ」
「はぁ……タクヤ君……ぽっ」
拓哉が声のする方向に視線を向けると、キャサリンを始めとして、トルド、ティート、クラフト――ファングが中心となり、同じクラスのメンバが沢山集まっていた。
――ファングの反応が怖すぎるんだが……
彼等彼女等は、拓哉やリディアルを呼んでいるのだが、別のクラスのクラリッサやカティーシャも居るので、少し焦った様子を見せていた。
拓哉は顔を赤くするファングに戦慄しつつも、クラリッサとカティーシャに視線を向ける。
そう、クラスの者達と席を一緒にしたいのだが、二人のことが気になったという訳だ。
ただ、今回に関しては、拓哉がクラスに馴染めた方が良いと考えたのだろう。二人は和やかな表情で頷いてくる。
それを同席することの了承だと判断し、拓哉は二人に感謝する。
「ありがとう。クラレ、カティ」
「いいのよ」
「大丈夫だよ。変な横やりがなければね」
クラリッサは快く頷いてくれたのだが、カティーシャはさりげなく釘を刺してきた。
それでも頷いてくれた二人の気持ちを有難く思いつつ、拓哉はクラスメイトの処へ行くと、全員がクラリッサの存在にやや引いていた。
きっと、彼等彼女等からすれば、氷の女王とは近寄りがたい存在なのだろう。
――これって、クラレは気にしてないけど、周りが気にしてるんだよな? 彼女のこれまでがどうだか知らないけど、う~ん。
クラスメイトの反応を微妙に思う拓哉は、クラリッサの周りを少しでも改善したいと考える。
それは拓哉の勝手な想いであって、余計なおせっかいかもしれないし、彼女にとっては迷惑なことかもしれない。
それでも、この先のことを考えると、これまでと同じでは問題があると思ったのだ。
「ああ、クラレとカティも一緒でいいか? てか、みんなが思うほど怖くないぞ?」
拓哉が笑顔でクラスメイトを見渡すと、全員が何度も頷いていた。
――ふむ。どうやら理解してもらえたようだ。
「顔が引き攣っているけどね」
クラスメイトの反応に拓哉が満足していると、左隣にいるカティーシャがボソリと呟く。
クラリッサはといえば、カティーシャとは一味違っていた。
「タクヤのペアナビとなったクラリッサです。あと、タクヤと将来を誓い合った仲です。以後、宜しくお願いします」
そう、彼女は平然とした顔で女子訓練生に釘を刺すと共に、既成事実を自分から広めることで、着実に自分の立ち位置を確立するのだった。