44 四時限目
2019/1/7 見直し済み
三時限目が終わると、シミュレーター室は、まるで感情を二色に分けたかのような様相を呈していた。
一色目は、まるで人類の破滅が来たかのように、頭を抱え込んだり、膝を突いて項垂れたりと、世紀末の様相となっている。
もう一方の色合いはというと、まるでバラ色だと言えるだろう。女の子はキャッキャと騒ぎ、男連中も拳を合わせたりして、みんなで喜びの色を浮かび上がらせていた。
それこそ、天と地獄かと思える光景が続く中、興奮したリディアルが拓哉の背中を叩いた。
「やったぜ。タクヤ! ほんと最高だぜ!」
感情の高ぶりが収まらないのか、彼はしつこく何度も叩いている。
――いて~っ! マジで痛いつ~の。バカちん!
あまりの痛さに、すぐさまリディアルから離れるが、そんな拓哉に、別のクラスメイトが近づいてきた。
「タクヤ君、ありがとう。あなたのお蔭であたし達はやっと勝つことができたわ。あ、あたしはキャスリン=ボルトよ。キャスって呼んでね。よろしく」
彼女は二〇ニ班の班長をやっていた女の子だ。
かなり興奮しているようで、潤んだ瞳を拓哉に向けたまま、彼の腕をギュッと掴んでいる。
――ちょっ、その気持ちは嬉しいんだが、こんな姿をあの二人に見られたら、俺が完全消滅になるかも……
まさかと思いつつ、キョロキョロと周囲を見回す拓哉の前に、今度は別の訓練生がやってきた。
「ありがとう。タクヤ! お前は最高だ! オレはトルド=メイガス」
やや背の高い男――トルドが握りこぶしを出してくるので、拓哉はそれに拳を合わせる。そう、間違っても握ってはならない。拳をぶつけ合うのは握手の代わりであって、握ってしまうのは悪手だ。
少しばかりヒヤヒヤとしながら、拳を返したのだが、誰かが背後から拓哉の服を引っ張る。
視線をそちらに向けると、カティーシャほどではないが、本当に男子か? と思える内気そうな男子訓練生が立っていた。
「あ、あ、あの、ぼ、ぼくは、ふぁ、ふぁ、ウ、ルフです。感動しました。こ、これからもよろしくお願いします」
少し小柄なその男子訓練生がそう言うと、その後ろからやって来たヤサグレ風の女子が彼の背中を叩いた。
「ああ、こいつは、クラフト=ウルフだ。そうだな~、ファングと呼んでやってくれ」
――えっ!? これがあのファングなのか?
ヤサグレ女子の言葉に驚いて周りの者に視線を巡らせると、全員が頷いていた。
そう、彼はホワイトファングであり、機体に乗ると性格が変わるのだ。
そんな彼に「よろしく」と告げると、ヤサグレ女子が話し掛けてきた。
「オレはティート=アルフェルトだ。ティトでいいぞ。それよりも、さすがだな! オレも感動したぜ」
拓哉は男だと思っていたのだが、五○五の班長は女だった。
声といい、口調といい、どう考えても男のように思えるが、見ためはヤサグレ感こそあれども、可愛い女の子だった。
――それはそうと、そろそろ次の授業の準備をしないと拙いと思うんだが……
皆が喜ぶのは、拓哉にとっても嬉しいことだったが、いつまでも騒いでいる訳にはいかない。
なにしろ、次は実機での訓練であり、拓哉だけが初級訓練機を持ち出すために、第三格納庫へと移動しなければならないからだ。
ところが、興奮冷めやらないリディアルが、さらに疑問をぶつけてくる。
「なあ、タクヤ、今日の戦闘って凄い動きだったけど、あれって全開で戦っていたのか?」
拓哉の戦い方を見て思うところがあったのだろう。興味津々な表情で問いかけるが、拓哉としては、実はかなり手を抜いていて、どう答えるかと悩んでしまう。
ただ、嘘を言うのも憚られ、正直なところを口にする。
「いや、軽くしかやってないぞ。だって、ここのシミュレーターって、ララさんのところにある奴より、かなり精度が悪いからな」
結局、その一言で全員が凍り付き、拓哉は無事に着替えを済ませて、第三格納庫へと向かうことができた。
拓哉はパイロットスーツに着替え、リディアルと別れて第三格納庫にやってきた。
「おお、似合ってるじゃないか」
パイロットスーツ姿を見たララカリアが嬉しそうに、拓哉の腕をバシバシと叩く。
これは彼女の癖なのだが、幼女の力だけにそれほど痛くない。
ああ、実は二十歳を超えているが、どうみても十歳児程度にしか見えない。
そんなロリ女性の手荒な持て成しをサラリと受け流し、拓哉は機体について尋ねる。
「一〇七号機でいいですかね」
「ああ、もう、完全に修復しているから、あの機体がいいだろうな」
模擬戦の時にはウイルスを仕込まれていたので、一〇一号機に乗ったのだが、今日はナビが乗ることも考えて一〇七号機の方が良いと判断したのだ。
ナビ、そう、ナビゲーターが乗るのだ。
実機訓練はドライバー科とナビゲーター科の合同の授業となっているのだ。
「おお~! タクヤ、うむ、馬子にも衣裳だな」
――馬子にも衣装って……この世界に、日本と同じ諺が?
デクリロが拓哉の姿を眺めて頷いているのだが、拓哉は彼が発した諺に驚く。
しかし、それは拓哉の勘違いだ。実際は、ただ単に拓哉の脳内で変換されているだけで、同じ諺があるはずがない。
「おっ、来たな! タク、整備は済ませてあるぜ。でも、あんまり壊すなよ。整備が大変なんだからな」
「ええ、解ってますよ」
クロートの言葉に、苦笑しつつ頷くと、トニーラもニコニコしながらやってきた。
「どう? ドライバー科は。どんな感じ?」
「まだ、初日なんで何とも言えませんね。でも、まあ大丈夫でしょう」
先程の雰囲気から、クラスにも早めに溶け込めそうだと考え、何とかなりそうな気がしていた。
「おい! それより時間がないんじゃないのか? 急いだ方が良いぞ」
「いっけね~。そうだった」
デクリロの言葉で素に戻り、慌てて機体に向かう。
こうして第一演習場へと移動したのだが、そこでは拓哉がコロッと忘れていた問題が勃発していた。
一〇七号機を他の機体の横に並べ、拓哉は急いで整列しようとしたのだが、そこには人が輪になった光景があった。いや、喧騒さえも聞こえてくる。
「ボクがタクのナビ席に座るんだよ!」
「何を言っているのかしら、私がナビをすることに決まっているわ」
――ぐあっ、そうだった……物の見事にやってるわ……
そう、輪の中では、クラリッサとカティーシャの二人が、どっちがナビ席に座るかで揉めているのだ。
その光景を目の当たりにした拓哉は、右手で顔を抑えながら、どうしたものかと考え込んでしまう。
ただ、それに関しては、実のところクラリッサの言う通りなのだ。
「あなたは、また私にナビ席を掃除させるつもりなの? いえ、みんなに醜態を晒したいのかしら?」
「うぐっ……」
現実論として、今のカティーシャでは、拓哉のナビゲーターは務まらない。
それに、拓哉としては、クラリッサとの約束もある。そう、あの夜、クラリッサの専属ドライバーになることを約束した。
そのことを思い起こしつつ、拓哉は人垣の中に入っていく。
すると、二人も直ぐに拓哉がきたたことに気付いた。
「タクヤ、聞いてよ!」
「タク、ボクだって……」
確かに、今度こそというカティーシャの気持ちも分からなくはない。ただ、先にクラリッサと約束したのだ。
それ故に、心を鬼にして事実を伝えようとしたのだが、そこでナビ科の教官から声が掛かった。
「クラリッサ=バルガン、カーティス=モルビス、二人はタクヤ=ホンゴウとのペア申請が承認されている。よって、異例だが、交代でナビ席に座るように」
――な、なんだって? 俺は申請なんて出した記憶がないぞ?
拓哉の驚きと同様に、クラリッサとカティーシャも驚いていたが、その後の反応が違っていた。
喜びの笑みを浮かべたカティーシャを他所に、クラリッサが即座に食らいつく。
「教官、その話はどこから?」
「校長からだけど?」
眉間に皺を寄せたクラリッサが詰め寄ると、女性教官がニヤリと嫌らしい笑みを浮かべた。
その笑みにどんな意味が込められているのかは解らない。ただ、これ以上逆らっても意味がないと考えたのか、クラリッサは悔しそうな面持ちで引き下がった。
しかし、それと対照的なのはカティーシャだ。
まるで、鬼の首でも取ったような表情だった。
「もう! 叔父様のバカっ!」
「さあ、整列しなさい」
クラリッサが小さな声で苦言を漏らしていたが、教官はそれを見なかったことにして声を張り上げた。
こうなると、拓哉も呑気に二人と話している訳にはいかない。
慌ててクラスの整列場所へと向かう。
「両手に華とはこのことだな。てか、一人は男の娘だけどな」
整列すると、リディアルがそういって、ニヤリとしながら肘打ちをしてくる。
実のところ、カティーシャも女の子なのだが、それを口にする訳にはいかない。
拓哉は頬を掻くことで誤魔化し、自分の位置に整列する。
「では、ペアの者はこっちにこい。それ以外の者は、直ぐに抽選をするからな。その場で待機!」
ペア申請をした記憶すらないのに承認されている拓哉は、教官の指示通りスゴスゴと呼ばれた方へ向かう。
そんな拓哉の後ろからは、渋い表情のクラリッサと、満面の笑みを浮かべたカティーシャが付いてくる。
「ふむ。お前があの鬼神か! オレも模擬戦を見たが……ここで訓練する必要があるのか?」
やや、若い男の教官が、拓哉を見るなり怪訝な表情をみせた。
――そんなことを俺に聞かれても困るんだが……
答える言葉もなく黙って頬を掻いていると、教官も自分の口にした言葉の返答が困難なことに気付いたのだろう。咳払いを一つしてから訓練内容を告げる。
「今日の訓練はフォログラムシミュレーションでの対戦を行うが、武器は障害弾と障害ブレードだ。この前みたいに機体をスクラップにするなよ! 整備班が泣いていたぞ」
――ぐはっ! 確かにあれはやり過ぎたよな……てか、そもそも実戦に近い装備での対戦にした副校長に問題があるんじゃないのか?
拓哉は模擬戦のことを再び思いだし、自分の非を認めながらも、それと同時に不満を抱く。
なにしろ、通常の模擬戦ではあのようなことになるはずもない。なにしろ、実戦とは程遠い武器を使用するはずだからだ。
何を考えてあのような実戦向きの武器で戦うことになったのかは、拓哉の知るところではないが、副校長の思惑を完全に覆したことは間違いないだろう。
ただ、それについて文句を言っても始まらない。拓哉は黙ってやり過ごすのだが、そこに後からやってきた年配の教官が情けない表情で懇願してきた。
「タクヤ=ホンゴウ、お前は校内選抜戦に参加しろ。これは校長からの命令だ。というか、頼む! 今年こそ対校戦で勝ってきてくれ……」
「お前しかいないんだ。マジで頼むぞ」
「一勝でもしたら、お前の成績は満点にしておくからな。だから、頼む」
全く話が理解できない拓哉だったが、最終的には実技教官たちに泣き付かれ、チラリとクラリッサを見やったあと、肩を竦めつつも頷くことにした。