41 同級生
2019/1/6 見直し済み
静まり返る教室で講義が淡々と進む。
それに関しては、拓哉の便利な脳みそが活躍する。
なにしろ、取り敢えず全てを叩き込めばいいのだ。
「なあ、タクヤ、急に編入になったばかりなのに理解できるのか?」
ロッカールームで着替えをしていると、初日から仲良くなった隣席のリディアルが尋ねてくる。
「まあ、今日の授業内容は機体についてだったし、特に問題ないぞ?」
「ぐはっ! マジかよ~~! やっぱ天才は違うぜ」
そう、今日の座学はPBAの機体に関してだったこともあり、ある程度は理解できたし、そうでない情報も頭にインプットされたので、そのうち理解も追いつくだろう。
ただ、天才という言葉に釈然としない。
「いやいや、整備班に居たから機体については、予め情報を持ってるだけだよ」
「う~む。確かに整備班あがりだと、機体については詳しいよな~」
リディアルは感心して頷いているのだが、問題は次の授業だ。
というのも、二時限目は講義ではなく、サイキックの実技だからだ。
そこで、リディアルにサイキックの実技について尋ねてみた。
「なあ、サイキックの授業ってどんなことをやるんだ?」
さすがにこればかりは想像もできない。
ただ、その言葉を聞いたリディアルは、顔を顰めた。
「それがな……ドライバー科のサイキックのカリキュラムって最悪なんだ!」
どうやら、彼はサイキックの授業が気に入らないらしく、そこから愚痴が延々と続いてしまった。
ドライバー科のカリキュラムの目的は、駆動系強化とシールド、あとは俊敏性を高めることが目的であり、ファンタジーやSFで出てくる異能のようなカッコイイ代物ではない。
ところが、ナビゲーション科は機体に様々な能力を持たせるのが役割であることから、カティーシャが使うような隠密サイキックを始め色んな技を身に付けることになる。
――さて、どちらにしても、俺の場合ってサイキックが上手く使えるかが問題だよな。
「くそっ、こんなことならナビ科の方が良かったぜ」
「さあ、いこうぜ」
「ああ」
拓哉は着替えを済ませると、未だにブツブツと言っているリディアルに声をかけ、サイキックの授業が行われるグランドへと向かった。
本日のサイキック授業は、紙を硬化して簡単に破れないものにするという課題だった。
「ちょ~つまんね~~~」
拓哉の隣で、リディアルが未だに愚痴っている。
しかし、拓哉は全くそう思わなかった。
なぜなら、これをマスターしたら、何でも武器になると思ったからだ。
拓哉は感じたことをそのまま彼に伝える。
「リディ、それは違うだろ。これって、極めれば、紙で人を殺せる技術だぞ?」
彼はその言葉を聞いて目を丸くする。しかし、直ぐに表情を戻して、自分に割り当てられた紙をヒラヒラと揺らしながら答えた。
「確かにそうだけどさ……見ろよ! この紙……」
ふむ、彼が見せてくれた紙は確かに硬化しているが、まるで樹脂の下敷きみたいな状態だ。
「さすがに、これじゃ武器にならんよな?」
まあ、その通りなのだが、そこは修練で極めるしかないんじゃないかと指摘しようと思ったのだが、突然、怒鳴り声が聞こえてきた。
「お前等! そんなことじゃ、今年も全敗だぞ! もっと気合を入れんか!」
激怒の声が聞こえる方へと視線を向けると、少し離れた所で違うクラスの訓練生が実技の授業を行っていた。
「なあ、リディ、あれってどうしたんだ?」
凄い剣幕でがなり立てる教官を横目で眺めながら尋ねると、リディアルはニヤリとしながら説明してくれた。
「ああ、もうじき対校模擬戦があるからな。教官も躍起になってるんだろ。なんてったって五年間で一勝もしてないらしいからな。くくくっ」
「こらっ、そこっ、真面目にやれ! リディアル。余裕じゃないか。さぞかし出来がいいんだよな? お前のを持ってこい!」
どうやら、拓哉達が余所見をしているのがバレたらしい。
彼は一気に顔を引き攣らせ、渋々と教官のところにペロンペロンの紙を持っていく。
教官は何を考えたのか、樹脂の下敷きみたいな紙を受け取ると、思いっきり引き裂いた。
「うげっ」
「全然ダメだな! やり直し。もう一回だ」
「はい! やり直します」
――いやいや、教官、あんたの筋肉なら紙の厚さなら、鉄板でも引き引き裂くんじゃないのか?
拓哉は思わず「理不尽だろ」と、教官の体格を見ながら心中でツッコミを入れる。しかし、リディアルは不平を口にすることなく敬礼をすると、新しい紙をもらって戻ってきた。
そんな彼に同情するが、それは全く以て他人事ではない。
「つぎ! おい! ホンゴウ! お前だ」
一応はリディアルにやり方を聞いて試してみたものの、予想通りに何も起きることはなく、元のままの紙を持って教官のところに足を進め、手にした紙を渡す。
すると、教官はそれを引っ手繰るように奪い取ると、丸めて口の中に放り込んだ。
――いやいや、それは、いくら脳筋でもそれはあんまりだろ!?
あまりの奇行に驚くのだが、教官は平然としたままモシャモシャと咀嚼すると、なんでもないことのようにゴクリと嚥下した。
――おいおい、マジで食っちまったよ。まるでヤギだな……
まるでボディービルダーの如き教官の行動に戦慄する。
ただ、教官は何事もなかったかのように、拓哉に向けて吠えた。
「校長、リカルラ博士、ミス・ララカリア……ああ、ララカリア、可愛いよな。ワシの天使だ……い、いやいや、ゴホン! 三人から目を掛けてもらっているといっても、ワシは一切贔屓などしないからな。覚悟しておけ! もう一回やってこい!」
――ふむ。どうやら、この筋肉教官はロリコンみたいだな。
拓哉が想像した通り、教官はララカリアに懸想している。
ただ、彼女の場合は、見た目は幼女だが、立派な大人だ。
それを考えると、少しばかり複雑な心境になる。いや、それ以前に、ララカリアが好き=ロリコンとしたバレたら、拓哉が酷い目に遭うだろう。
拓哉はララカリアが憤慨する姿を想像し、思わず身震いしながら、新しい紙をもらってリディアルのところに戻るのだった。
午前の授業は二時限制であり、それが終わると昼休みになる。
取り敢えず、初日の二時限を受けた感想としては、軍隊よりは随分と緩いが、高校よりは遙に厳しいといった感想だった。
――まあ、これくらいなら、なんとか遣っていけそうだな。
思ったよりも高校的なことに安堵しながら訓練着から制服に着替えていると、既に着替え終わったリディアルが声を掛けてきた。
「タクヤ、飯に行こうぜ!」
――ああ、そうか、飯の時間だったな。てか、俺と一緒に居ても平気なのか? 周囲からの視線や噂が半端ないんだけど……
まるで友達のように接してくるリディアルの態度を不思議に思う。ただ、拓哉はもっと大きな問題があることに気付いていなかった。
そして、その問題が訪れた。リディアルに誘われて食堂へと向かっていると、後ろから声を掛けられる。
「タクヤ、どうだった? 今から食事でしょ? 一緒に食べましょ」
「タク~! 黒き鬼神としてガツンとやったかい? 周りから虐められたりしてない?」
クラリッサは少し心配そうに、カティーシャは興味津々、といった感じだ。
ああ、そうだった。昼休み彼女達が来るのを忘れてた……いや、嬉しいんだよ? 本当は嬉しいんだ……二人が言い争いさえしなければ……
クラリッサとカティーシャはいつものように側に近づいてくるが、そこでリディアルの存在を認識する。
「あら? タクヤ、この人は?」
「タク、ドライバー科の訓練生かな?」
「ああ、オレはリディアル=ミンクス、タクヤのクラスメートだ。リディでいい」
クラリッサとカティーシャがリディアルの存在に気付くと、彼は自分から自己紹介をしたのだが、二人の少女は視線を合わせると首を傾げた。
――ん? なんで不思議そうにするんだ?
二人が執った態度の意味が解らず、思わず尋ねようとするのだが、先にクラリッサが自己紹介を始めた。
「クラリッサ=バルガンです。タクヤの婚約者です」
「はあ? クラリッサ、ドサクサに紛れてなに言ってるんだよ」
当然と言えば当然か、カティーシャが食って掛かる。
彼女は驚きの表情を一瞬で顰め面に変えて異議を唱えた。
「まあまあ、取り敢えず、時間が勿体ないから飯にしないか? ああ、こっちはカーティス=モルビスだ」
「ああ、二人とも知ってるぞ。てか、この二人を知らない一回生なんていないからな」
拓哉が仲裁しつつカティの紹介をすると、リディアルは既知だと頷く。
そのことに疑問を抱かないでもないが、拓哉としてはもっと重要な問題がある。
それを解決すべく、クラリッサとカティーシャに視線を向ける。
「リディが一緒でもいいよな?」
「ええ、もちろんです」
「いいよ。タクの初めての友達だもんね」
二人はそう言って頷き返してきたのだが、その途端、拓哉の脇腹に痛みが走る。
「いてっ!」
「くそっ! この幸せ者が! 毎晩のようにムフフなんだよな?」
それはリディアルが放った肘打ちだった。
拓哉は痛む脇腹を押さえながら、妬みの言葉に対して、「毎晩ムフフなら俺も苦労しないんだよ!」と心中で言い返すのだった。