01 出立
2018/12/24 見直し済み
鉄と油、汗の臭いが入り混じり、嗅覚を麻痺させる。
身体を動かすことも儘ならないほどに締め付けるセーフティーベルト。
右も、左も、正面さえも、外部を映し出すモニターで囲まれた視界。
手を伸ばせは届く鉄の壁。両手の前に置かれた操作ボール、眼下に置かれたタッチパネル。
その全てが、報復を誓った少女――クラリッサに与えられた凶器のパーツ。
彼女から家族を奪った者、憎き敵を倒すために得た人類最強の凶器。
サイキックバトルアーマー。通称PBA、それが彼女が求めた力の名前。
そして、そこがそのコックピットであり、怨讐に取りつかれた彼女の居場所だった。
「遅い! 右三十度、距離十五、敵一体!」
「くっ」
「次、左、四十三度、距離十、敵二体、旋回しつつ後退」
「ぐあっ」
状況を知らせるクラリッサ。返ってくるのは苦悶の声だけだ。
「遅い。直ぐに後退!」
正面モニターに映る敵を回避するために後退を指示するが、ドライバー席に座る者は、汗を振り撒くばかりで全く反応できていない。
訝しく感じたクラレは、直ぐにバイタルチェックを行う。
そう、ナビゲーター席には機体の状態を知らせる計器だけではなく、パイロットの状態を示すバイタル情報もサブモニターに表示されているのだ。
そこにはナビゲーターの文字に続き、クラリッサ=バルガンの名前が表示されている。その横には、正常であることを表す彼女のバイタルが映し出されている。
ただ、その上に表示されているドライバーのバイタルは、明らかに異常値を示していた。
――完全にパニック状態になってるし……ダメだわ。これで詰みね。
心中でそう呟くと同時に、激しい震動と衝撃が伝わった。
モニターは青々とした綺麗な空だけを映すことになった。
それでも、クラリッサは自分のすべきことを熟す。
「損傷、右腕関節部、胴体上部破損、左足中関節小破」
淡々と損傷個所を確認していく。もちろん、自分やドライバーの怪我ではなく、機体の被害状況だ。
「……」
被害報告をドライバーに伝えるのだが、何の反応もない。恐らくは気を失っているのだろう。
彼女には、そんなドライバーを責めるつもりも、はたまた苦言を述べるつもりも更々ない。
況してや、無能だと思っている訳でもない。でも、このドライバーでは彼女の望みを果たすことは叶わない。
それは、ドライバーよりも彼女の方が残念に思う事実だった。
――今日もダメだったか……いつになれば……
クラリッサがいつもの如く諦めの境地に陥っていると、司令塔から指示が出された。
『戦闘訓練終了! 帰還しろ』
「了解!」
落ち込む心を無理矢理に抑えつけ、指示を受諾したと返す。
――でも、ドライバが気を失っているし……仕方ないわね。私が動かすことにしましょうか。
即座に眼下にあるタッチパネルを操作して、操縦システムをナビゲーター側へと切り替える。
彼女もそれほど上手く動かすことができる訳ではないのだが、目の前で夢を見ているドライバーよりは遥かにマシだった。
こうして破損の所為でグラつく機体をなんとか動かして格納庫へと戻る。
しかし、沈痛な表情を浮かべたクラリッサの心境は、きっとこのPBAの足取りのように重たいものだろう。
機体を専用ストレージに格納し、確認作業と戦闘記録の保管、その他諸々の作業を終わらせて、ロッカールームへと足を進める。
何時ものようにお節介な噂話が聞えてくる。いや、それはクラリッサにとって、耳障りなと言い換えた方が良いかもしれない。
「おい、氷の女王が今日もドライバーを医務室送りにしたらしいぞ」
「聞いた聞いた。これで何人目?」
「確かもう十人は超えてるな」
「だって、一回生ナンバーワンドライバーでも十分ともたなかったんでしょ?」
「やべ、睨まれた」
「うひょ~~こえ~~~」
――この人達を卑下するつもりは無いのだけど、私のどこが怖いのかしら。本当の恐怖は、直ぐ目の前まで来ているというのに、なんて呑気な人達のかしら。きっと、戦地から離れた安全な場所でぬくぬくと暮らしてきたのね。そう、この能天気な者達は知らないのね。戦地がどれだけ悲惨かを。う~ん……考えるだけ無駄な時間よね。だって、住む世界が違うのだから。
彼等彼女等は、このティラローズ大陸の三分の一が、既に敵の占領下に落ちてることなど、まるで他人事なのだ。
クラリッサは彼等彼女等を愚かだと思っていない。ただ、哀れだとは感じている。
彼等彼女等からすると、HUM(ヒューマノイド)との戦いなんて、簡単に終わるとでも思っているのだ。
というのも、軍が事実を伝えていないのだ。それ故に、ここに集まっている者達の多くは、まるで学生気分だった。いや、もしかすると現実逃避に走っているのかもしれない。
そもそも、少し考えれば直ぐに解ることなのだ。なにしろ、ここに居る者達は志願生ではなく強制徴収生であり、ここはPBA訓練学校なのだ。
無駄と知りつつも、他の生徒たちの憐れみつつ廊下を進み、教官室へと向かう。
その目的は簡単だ。彼女が決意をしたからだ。
単調な長い廊下を進み、質素な横引きのドアの前で脚を止めると、無造作にドアをノックする。
誰も返事を寄こさないが、彼女は勝手にその扉を開ける。
ところが、中に居るものは誰も驚いていない。ここ――教官室はそういう慣習なのだ。
教官室の中を見渡すと、綺麗に並べられた鉄の机に多くの教官の姿を見ることができた。
ただ、彼女の目的は末端の教官ではない。一番奥に座る学校長とは名ばかりの将軍がターゲットだ。
「1N2、18NS、クラリッサ=バルガン入ります」
自分の学年とコード、その後に名前を告げて教官室に入る。
彼女の行動を教官たちが訝しげな視線で迎えるが、誰も声を掛けることはない。
教官たちの視線を浴びつつも、全く気にする事無く室内を歩き、最奥にある学校長席へと突き進む。
すると、席に座っていたカールバン学校長が、近付いてくる彼女の存在に気付き、武骨で機能だけが取り柄の机上に、目を通していた資料をパサリと置く。
校長は両手を机の上で組むと、クラリッサに視線を向け、やや怪訝な表情を作る。
「1N2、18NS、クラリッサ=バルガンです」
校長席の前に辿り着くと、彼女は入室時と同様に敬礼と共に己の学年とコード、名前を告げた。
実のところ、彼女としては、こんな形式なんて面倒なだけだと思ってるのだが、これが規則なのだから仕方ない。
校長も慣れた感じで敬礼を返すと、机に両肘をついて少し嫌そうな顔をする。
――あら、叔父様。私の考えを悟ったのよね? それはそれは、さぞ苦々しく思っていることでしょうね。
「どうしたのかね?」
クラリッサの目的を察しつつも、校長は素知らぬ顔で尋ねてくる。
そう、キャリック=バルガンは将軍であり、この訓練学校の学校長であり、クラリッサの父の兄なのだ。
要は、彼女の身内であり、叔父なのだ。
「召喚申請のお願いしに参りました」
その言葉を聞いた叔父――キャリックが一気に表情を険しくする。
彼はチラリと周囲に視線を巡らせた後に、小声で話し掛ける。
「クラレ、考え直せ。そんなことをしても奴は喜ばんぞ」
奴と言うのは、彼女の父親のことだ。
――亡き父が喜ぼうと喜ぶまいと関係ないのよ。私は決めたの。どんな事をしてもヒューム、いえ、あの紅の死神を倒すのよ。
「叔父様、お願いします」
「う~~~む」
キャリックは腕組みをして、唸り声を上げ始める。
眉間に皺を寄せ、眉を吊り上げながら、何度も姪の様子を伺う。
「あれは、命の危険があるのだ。復讐を果たす前に死ぬかもしれんのだぞ?」
キャリックは彼女の怨讐を知るが故に、それを逆手に取って押し止めようとしてきた。
だが、彼女は冷静な表情を保ったまま首を横に振った。
「叔父様、今のままだと、どうせ犬死するだけです。であれば、少しでもチャンスに賭けたいのです」
「う~む。あれはかなり苦しいらしいぞ? それに戻って来れない可能性もある。それでも構わないのか?」
――叔父様は何とか私の心を挫きたいようだけど、私の信念はそう簡単に変わらないわ。
「叔父様は、私の性格をよくご存じだと思ってましたけど?」
ニヤリと嫌らしい笑みを見せたクラリッサが小首をかしげる。
それを目にした結果、キャリックは溜息を吐きながらも、最終的には折れた。しぶしぶ折れた。それは、クラリッサの性格を良く知っているが故の諦めだった。
こうしてクラリッサは自分の全てを託す相手を探す旅へと出かける。そう、異世界へと向かうことになったのだ。