36 逆鱗
2019/1/4 見直し済み
静寂が支配する世界。
まるで、何もない世界のような静寂が拓哉を包み込む。
しかし、何もない訳ではないし、全くの音が消え去った訳でもない。況してや無の世界に入り込んだ訳でもない。
周囲には計器類やモニターが並び、手元にはボタンだらけの操縦桿がある。
それ以外にも、タッチパネルボードや、幾つものフットペダルが設置されていて、文句なしにコックピットとしての様相を呈している。
ただ、その操作システムを今更以て確かめたりしない。
なぜなら、その全てを既に身体に叩き込んであるからだ。
それ故に、何が起きても対処する気持ちでいるが、ナビゲータなしと遠距離攻撃なしのマイナスハンデを付けられている。
――まあ、この規模ならナビなしでも、特に問題はないけどな。
負け惜しみではなく、事実を心中で呟く。
そんなタイミングで、ララカリアの声が無線で届いた。
『調子はどうだ』
「いたって良好ですよ」
『なら上々。それとな、やられっぱなしはムカつくからさ、向こうの機体には盗聴器を仕掛けといたぞ。向こうの話は丸聞こえだぞ? くひひひひ』
――マジでやってんの? なんて嫌らしい女だ。いや、なんて嫌らしい笑い方だ。だが、それ以前に……
「それって反則じゃないですか?」
相手の話が丸聞こえになると、端から戦闘にならないのではないかと感じた。
『問題ない。向こうは一〇七号機のプログラムにウイルスを仕込みやがったんだ。そのくらいの罰はあっても然るべきさ。いひひひひ』
――この人、どんどん妖怪化してきたな……まあ、聞えようと聞えまいと、やることは変わらないし、のんびりと相談する時間なんて与えなるつもりもないからな。
拓哉は肩を竦めて嘆息する。
そんな心の声が聞こえるはずがないのだが、ララカリアもあまり意味がないと感じているようだ。
『まあ、瞬殺するんだろうし、バックミュージック程度に楽しむといいさ。おっと、なんか知らんけどゲスト解説者で呼ばれたから行ってくる。それじゃ、戦闘終了までは通信できないからな。あと、訓練機チャンネルは開けとけよ。試合開始が解らなくなるからな。あ~楽しみだ。くははははははは』
「了解しました」
豪快に笑い声を上げるララカリアに返事をすると、タッチパネルを操作して訓練機用のチャンネルをオープンにする。
そのまま、連絡が入るまで瞑目して心を鎮める。
――それにしても、こんな異世界に来る羽目になって、夢にまで見たロボットを操って戦えるなんて夢のようだ。あと、あんな美しい少女と可愛い女の子に好かれて、もしかして俺って得してるのかな? いやいや、酷い目にも合ってるような気がするし、帳尻が合ってるのかも知れないな。
今更ながらに、この世界に来てから今日までの事を思い起こしつつ、呼ばれるまでの時間を静かに過ごす。
なぜか不思議なことに、拓哉は地球を恋しいと感じていない。
それどころか、今も脳裏にはクラリッサとカティーシャの姿が浮かんでくる。それも、その二人は服を着ていなかったりする。
――ダメだ! ダメだ! これじゃダメなんだ~! 雑念に囚われたら、下手を討つ可能性があるぞ。
己を戒めるかのように頬を叩き、伸びきった鼻の下を修正する。
本人は見る者がいないと思っているのだが、実は戦闘記録に録画されていたりする。
そんな独り漫才でもやっているかのようなタイミングで、呼び出しの通信が入ってきた。
『一〇一号機、タクヤ=ホンゴウ、入場されたし。って、呼び辛い名前だな~』
「入場、了解した。だが、名前に関しては余計だよ」
『あはははは。わるいわるい』
余計な一言に罵声を返すと、通信者の笑いが聞えてくる。
それでも訓練場入口の扉は問題なく開かれる。
正面にある入り口がしっかりと開かれたのを確認して、機体を滑らかな動きで訓練場に進ませる。
――よっしゃ、いよいよだ。うお~緊張してきたーーーー!
走る訳でもなく、歩く訳でもない。それでいて軽やかに喝采と興奮の渦巻く舞台へと向う拓哉は、最高潮に気分を高めていた。
『さあ、初級機体を駆るタクヤ=ホンゴウ……言いにくい……が入場しました』
訓練場に入ると、何故か訓練機体チャンネルから女性の解説が聞えてきた。
――くそっ、ここでも言われた。でも、クラリッサの婿養子になったら、タクヤ=バルガンか……カティだと、タクヤ・モルビス。語呂が悪いな……いやいや、戦闘に集中せねば……えへへへへ。
またまた、少女二人の裸体を思い出して緩んだ表情となるが、それを頭を振って必死に脳裏の片隅に追いやる。
ただ、こういう時は、記憶力が良いのが悔やまれる。
必死に脳裏から煩悩を振り払っていると、またまた解説からの通信が入ってきた。
『あの機体は、ミス・ララカリアがプログラムしたもので、サイキックシステムを使用していないと伺ったのですが――』
『ああ、あれにはシステム自体が搭載されてない。だが、とっておきの奴だ。みんな瞬きするんじゃないぞ』
ララカリアの自慢げな声がヘッドシステムから聞こえてくる。
そう、この機体は一〇七号機と基本的に同じだが、違うところが一点だけある。
それはサイキックシステムが全く搭載されていないところだ。
というのも、今回はナビが搭乗しないと聞いて、プログラムをインストールする時に、サイキックに関する部分は全て除外したのだ。
『それで、この模擬戦に関してですが、ミス・ララカリアはどういう戦いになると思われますか?』
『そんなもの決まっている。瞬殺だ!』
――おお、さすがはララさんだ。言い切ったぞ! てか、殺していいのか?
拓哉の感動など知ることのできない解説者は、何を勘違いしたのか、見事なほどに導火線へと火を点けた。
『あの……ご自分がプログラムされたんですよね? 瞬殺されちゃうんですか?』
『なんだと~! この小娘! 表に出ろ! 木っ端みじんにしてやる』
――いやいや、既に表に出てるよね? ララさん、落ち着いて。てか、解説者の方がめっちゃ大人に見えるんだが……
ナビゲーターが居ないこともあって、サブモニタに放送席を映し出している。
その映像を見やり、拓哉が肩を竦める。
なにしろ、誰が見ても小娘呼ばわりされている女性の方が大人に思えるのだ。
――それにしても、物凄いキレっぷりだな。
モニターには、リカルラに羽交い絞めにされたララカリアが、脚をバタつかせて暴れている姿が映し出されている。
『離せ! リカルラ! いや、あの小娘にぶっとい注射をぶち込んでやれ!』
注射と聞いた途端、リカルラの瞳が怪しく輝く。
もちろん、巨大な注射については、周知の事実だ。
『ちょ、ちょっと、リカルラさん、待ってください。注射だけはご勘弁を』
解説の女性が顔を引き攣らせて首を横に振る。
――なにをやってんだか……まあ、あの注射はな。あれは糞痛かったし、それこそ拷問器具だよな。それよりも……
放送席は解説者の失言で酷い有様になっていた。観客席では爆笑の渦が巻き起こっているので、ある意味で盛り上がっているといえるのかもしれない。
ただ、拓哉は呆れつつも、第三モニターに映し出された対戦相手を観察しはじめた。
――ふむ。あの動きからすると、そこそこはやりそうだな。てか、最後に入ってきた奴はゲーセンのレベルよりも低そうだ。
対戦相手の様子をそんな感じで覗っていると、ララカリアが仕掛けたトラップが炸裂した。
そう、対戦相手の通信が飛び込んできたのだ。
『ランディ、ほんとなのか?』
『ああ、大丈夫だ。向こうはウイルス入りだからな。くくくっ』
『どんなウイルスなんだ?』
――ああ、全開で動くと全ての駆動モーターが止まるんだよな。
そう、既にネタは割れている。一〇七号機に仕込まれたウイルスに関しては、既にララカリアが解析を済ませていた。
あの日、カティーシャがどこから仕入れたのかは知らないが、奴等の悪だくみを教えてくれたのだ。
それを聞いた拓哉は、即座にララカリアに相談して、全機体にサイキックシステム以外の同じプログラムをインストールしたのだ。しかし、奴等は未だに気付いていないようだ。
――機体の肩に描かれた番号を見れば分かるだろうに……
当然ながら、その心の声が届くはずもなく、奴等は高笑いを続けてる。いや、遂にはとんでもないことを口にし始めた。
『おお、じゃ~袋叩きだな。あはははは』
『なんか、あの氷の女王を垂らし込んだとか言ってるし、制裁を与えないとな』
『ちっ、あの話だな。せっかく、オレが犯すつもりだったのによ』
――えっ!? なんだと!
『えっ!? ランディって気の強い女が好みなのか?』
『ちげーよ! 気の強い女を虐めるのが好きなんだよ。てか、今からでも遅くないな。よし、この模擬戦で奴をボコボコにして、女王をオレが調教してやる。あはははは』
――ふむ。じゃ、俺がお前等に制裁を喰らわしてやるさ。弱者を虐めるつもりはないが、人間性が最悪なら容赦しね~からな!
ランディという男の発言を聞いた途端、拓哉の中で沸々と怒りが込み上げている。しかし、奴等の下種な会話は終わらない。
『おっ! さすがはランディ。飽きたらでいいから、オレ達にも回してくれよ』
『ああ、その時は好きにな。まあ、その頃には喜んで股を開くようになってるさ。くくくっ』
『おお~! そりゃ楽しみにだ。ひひひひっ』
『だったら、オレにも加えてくれ』
『ああ、楽しみに待ってな!』
奴等の最低な言葉を耳にして、沸々どころか一気に怒りで燃え上がる。
――俺のクラレを犯すだと! 調教するだと! 挙句に回すと言いやがったか! 絶対に許さね~! お前等みたいな最低なクズには、とことん思い知らせてやる。
下種な会話の所為で、それまでのワクワクしていた気分が、これまでに感じたことのないほどの怒りで上書きされる。
それは、この後の戦いに大きく影響するのだが、それと知らない奴等は、今も高笑いを続けていた。