34 恐怖のリカルラ
2019/1/3 見直し済み
クロートとトニーラに言われたからではないが、調子が悪いのを認識した拓哉は、取り敢えずリカルラを尋ねることにした。
「さすがは異世界人というところかしら。化石のような病気にかかるものね。ある意味、情報採取の役に立ってくれたけど」
まるで拓哉が原始人であるかのような言われようだ。
確かに、この世界で風邪になる者がいないだけに、貴重なサンプルではあるかもしれないが、そもそも誰も風邪をひかないのならサンプルなんて必要ないだろう。
「吐き気は? 悪寒、咳、身体の痛み、他には?」
リカルラは事務的な口調で尋ねる。
「少し悪寒を感じます。いや、ちょっとフラフラします」
「もう! 若いからって頑張り過ぎなのよ。いったい何回したのかしら」
それが性行為を言ってるのなら、一回もしていない。それどころか、完全にお預けを食らった犬の如しだ。いや、犬でも憤慨してエサ入れを放り投げるだろう。
「何もしてませんよ」
「ふふふっ、本当かしら」
「本当です」
どうやら、リカルラは全く信じていないようだ。意味深な笑みを浮かべる。
ただ、彼女の態度からして、部屋に設置された盗聴器と隠しカメラを完全に撤去できたということだろう。
それと知って、拓哉は安堵の息を吐く。
――どうやら、覗き見はされてないみたいだな。良かった……
リカルラの訝しむ態度から、生活の安全性を確信した拓哉がホッと胸を撫でおろした時だった。
医務室の自動ドアが音もなく開き、クラリッサとカティーシャが現れた。
「調子が悪いってクロートさんから聞いたけど、大丈夫なの? 昨夜のお風呂が――」
「もしかして、ボク達の所為?」
二人は神妙な顔で尋ねてくる。
――おいおい、そんな話をしたら、リカルラの思う壺だぞ。
「ふ~ん! お風呂ね~! 若いっていいわね~~」
――ほらキタ!
「あっ!」
「うぐっ」
遅蒔きながら、リカルラの態度に気付いたクラリッサとカティーシャが、慌てて口を噤む。
しかし、もはや遅いのだ。リカルラはニヤニヤとしているし、どれだけ弁解しても信じてもらえないだろう。それどころか、どこまでも想像を膨らませていることだろう。
――はぁ~。まあ、それはいいとして……
「リカルラさん、薬とかないんですか?」
「薬ならこの前あげたじゃない。あれ? もう全部使ったったの? それはちょっと頑張り過ぎよ?」
――この女……確信犯か! 解っていて言ってるんだよな? そのニヤニヤ顔は理解して言ってんだよな?
「まだ一錠も飲んでませんよ。その薬じゃないです」
「ふふふっ、冗談よ。そんなに怖い顔をしないの。薬はないけど注射はあるわ。ただ、異世界人のあなたに効くかどうかが問題ね」
――まじか! まさか死んだりしないだろうな……
リカルラが浮かべた怪しい笑みが気になってしまう。
本当に大丈夫なのだろうかと不安を抱く拓哉に、クラリッサが焦った様子で身を寄せた。
「今日は午後から模擬戦なのよ? そんな身体で大丈夫なの?」
「ん~、多分、大丈夫だと思う」
彼女を心配させないようにというか、自分自身の素直な感想をくちにしたのだが、そうは答えてみたのだが、クラリッサは安心できなかったようだ。不安な顔を見せる。
そんなクラリッサを安心させようと口を開きかけたのだが、そこで拓哉は凍り付いた。
リカルラが和やかな表情でぶっとい注射器を持ってきたのだ。
――ちょっとまて! それって、絶対に人間用じゃないだろ! いったい俺に何をする気だ!
「さあ、お注射しましょうか」
「お、お、おい、ちょっとまて、それはデカすぎないか? つ~か、液なんて、ちょこっとしか入ってないじゃんか。そんなデカい注射器が必要なのか?」
「あら、普通よ?」
拓哉が戦慄するのも当然だ。なにしろ、その注射器はといえば、五百ミリリットルのペットボトルサイズなのだ。
おまけに、中に入っている薬は、やたらと微量だ。
顔を引き攣らせてクレームを入れる拓哉だったが、リカルラはやたらと楽しそうだ。
「はい。それじゃ、お尻をだして~」
「まて、なんで尻なんだ!」
「いちいち、うるさいわね~! クラリッサ、カーティス、ちょっとホンゴウ君を押さえてなさい」
二人は逡巡を見せたが、渋々と拓哉の両腕を取り診察ベッドに連行する。
「ちょ、クラレ、カティ、あれはおかしいって! 拙いから、本当にまずいから!」
必死に抵抗したのだが、サイキックの力とは恐ろしいものだ。
拓哉は少女二人に軽々と押さえ込まれ、結局は尻にでっかい注射をぶち込まれることになった。
――糞いてーーーー! これなら風邪の方がマシじゃんか。
尻を擦る拓哉は、心中で罵声とも愚痴ともいえる言葉を吐き出しつつ倉庫へと向かう。
そんな拓哉の傍には、誰も居ない。
拓哉を押さえつけた少女二人は、ことが済むと申し訳なさそうな顔をしながら授業に戻っていったのだ。
――今更あの二人に尻を見られるのはいい。だが、この痛さはなんだ。マジで尻が三倍の大きさになってるみたいな感じなんだが……
それでも体調は随分と改善したので、午後の模擬戦を考えると、これで良かったのだと無理やりに納得することにした。
そんな拓哉が格納庫に入ると、ニヤニヤしたララカリアが出迎えてくれた。
「遅かったな! タク。どうせリカルラにぶっとい注射をお見舞いされたんだろ?」
「ぐはっ! なんでそれを知ってるんですか」
「くくくっ、あたいが知ってるのが驚きかい? でも、実は簡単な話さ。あいつはね、患者がきたら誰でもあの注射器を使うのさ」
「げっ! そうだったんですか……なんて悪趣味な」
「あたいも散々とやられた口さ。あのバカ女、いつか酷い目にあわせてやる」
いつの間にか、ララカリアはニヤケていた表情を消し、忌々しいと言わんばかりに顔を顰めていた。おまけに、リカルラの悪口をつらつらと並べ始めた。
恐らく、相当根に持っていると思われる。
――ああ、そんなことよりも気になることがあったんだ。
「ララさん、例の件はどうなってました?」
思い出したように尋ねると、彼女はそれだけで理解したようだ。再び顔をニヤリと歪めた。
「ああ、タクの言う通りだったよ。朝、納屋に来て確認したら、案の定さ」
――ふむ。どうやらカティから入手した情報は本当だったみたいだな。まあいい。これについては、後々、クラレにお願いして校長に対処してもらおう。
今後の対処については丸投げすることにして、拓哉は機体の確認を行うべく機体に向かうと、並ぶように横を歩き始めたララカリアが嫌らしい笑みを浮かべた。
「今日の機体は一〇一号機だ。てか、どれでも同じだけどな。イヒヒヒ」
何とも嫌らしい笑い方だ。彼女からすると、してやったりと思っているのだろう。
彼女の不穏な笑い声を右から左に聞き流しながら、一〇一号機の前にやってきた。
――やっぱり、最高だな。めっちゃイカしてるよ。
その禍々しくも美しさを感じさせる武骨な機体に、今更ながら感動しつつも、ララカリアに視線を向ける。
「一〇七号機との差異はありますか?」
「ない! システムに関しては、そっくりそのままだな。敢えて言うなら機体を酷使してない分、こっちの方が調子が良いかもしれん」
確かに一〇七号機は評価で酷使し過ぎた所為で、そろそろオーバーホールが必要な状態だった。
「じゃ、思いっきりやれますね」
心置きなく動かせることに胸を膨らませながら返事をすると、彼女は呆れたようすで肩を竦めた。
「てか、タク。ナビも居ない一対五の模擬戦で、そんなに嬉しそうな表情をするのも、お前くらいだぞ。さすがに呆れて物が言えんな」
――物が言えないって……いやいや、思いっきり呆れたとか言ってるじゃん!
言葉の綾とは知りつつも、心中で彼女の台詞に悪態を吐くと、直ぐに機体のチェック作業に取り掛かる。
すると、後方からデクリロの声が聞えてきた。
「おっ、もういいのか? 化石のような病気になったって聞いたから、心配してたんだぞ」
――俺は、シーラカンスか! どこに行っても化石扱いだな……
それでも心配してくれたことには違いない。
そう思って、感謝の気持ちを伝える。
「もう大丈夫です。ご心配をおかけしました」
「な~に、気にすんな! それより、クロ、トニー、お前等も手伝ってやれ。今日は大切な模擬戦があるからな」
感謝の言葉を受けたデクリロは少し恥ずかしかったのか、ポリポリと頬を掻く。ただ、話を逸らすためか、直ぐにクロートとトニーラを呼んだ。
これが彼にとっての優しさなのだろう。
――態度と口は悪いけど、ほんと良い人だよな。
彼の助力を嬉しく思いながら、拓哉は機体のチェックを進める。
「じゃ、外部系の装備はおれっちが完璧にしてやる。だから絶対に負けるんじゃね~ぞ」
「それじゃ、僕は駆動系のチェックをしますね。タクヤ君、いつのも雄姿を期待してるからね」
クロートが絶対に勝てと兄貴面で吠えると、トニーラがニコニコ顔で応援してくれた。
「はい。ありがとう」
感謝の言葉を口にした拓哉は、自分が仲間に恵まれていることに感動しつつ、操作系や電子系のチェックを進めていく。
すると、ララカリアがトコトコと拓哉の隣にやってきた。
「ところで、今日の模擬戦のルールだが、向こうは飛び道具ありで、こっちは高周波ブレードとシールドだけだ。おまけに、いつもならポイント判定用の模擬戦装備なんだが、なぜか今回は通常武器なんて馬鹿げたことになってる。本当に大丈夫なのか?」
今日の模擬戦のルールは、彼女の言う通り常軌を逸していた。
通常の模擬戦では、エネルギー反応による被弾判定で行われる。もちろん、殺傷能力は全くないし、機体が傷つくこともない。
ところが、今回のルールは全く別物だった。
実戦武器ほどの攻撃力はないものの、一歩間違えなくても相手を死に追いやることができる。そんな装備での模擬戦となったのだ。
さらには、対戦相手には遠距離攻撃アリで、拓哉にはそれが認められていない。
どう考えても、誰かが裏で糸を引いているとしか思えない。
そのことにクラリッサが強い反感を抱いていたのだが、ルール決めの中で途中編入を認めるには、それ相応の実力が必要だと熱弁した者がいた。
というか、その元凶は、副校長のラッセル=ボーアンだった。
結局、校長であるキャリックは、それに反発することなく頷いたようだ。
通常であれば考えられないことだが、キャリックに何か考えがあるのだろう。
実際、拓哉としては、少なくない不安を抱きつつも、まさか死ぬことはないだろうと判断していた。そもそも、実戦をしらない彼にとっては、この段階で悩んでも仕方ないのだ。
それ故に、模擬戦用のシミュ―レーションを幾度となく繰り返して、不安を埋めることにした。
ところが、クラリッサとカティーシャのトラブルで、模擬戦の不安なんてぶっ飛んだのが実情だった。
そう考えると、二人に感謝すべきかもしれない。
ただ、ララカリアは未だに不満を思っているようだ。
「まあ、シミュレーションのイメージからすると、特に問題ないですよ」
彼女を安心させるつもりで無理した訳ではない。現時点では、本当に問題ないと思っているのだ。
というのも、シミュレーションに関しても、かなりプログラムを弄ってもらい、敵の強さも尋常ではなくなっていた。
実際、遊び半分でクラリッサとカティーシャが試してみたのだが、二人とも瞬殺されてしまい、こんなこんなシミュレーションは在り得ないと、ブーイングを撒き散らしたくらいだ。
「まあ、あの結果は、さすがのあたいもビビったからな~」
ララカリアは、腕組みをしたまま納得の表情で頷き始めた。
彼女が安心したようだと判断した拓哉は、コックピット内へと視線を戻し、最終チェックを粛々と行う。
「よし、あとは電子系のチェックだけだな。機体を起動させますよ」
「りょ~かい」
「了解だよ」
外部でチェックを行っているクロートとトニーラに警告し、拓哉は機体に火を入れる。
「機動オーケー、モニター良好……」
――いよいよだな。なんかワクワクしたきた。
電子系のゲージや計器が正常に稼働していることを確認しながら、拓哉は数時間後に行われる模擬戦のことを考え、心躍るような感覚に支配されていた。