33 蓄積
2019/1/3 見直し済み
目覚めると、そこには見慣れた天井があった。
それは至って普通のことだ。ただ、拓哉はいつもと何かが違うように思えた。
――ちょっと窮屈な気がするんだけど……
割り当てられた部屋のベッドは、実を言うとやたらと大きい。
今となっては、それがキャリックの策略であることは分かっている。
ところが、今日に限って、やたらと窮屈なのだ。
違和感を抱いた拓哉は、未だ覚醒しきっていない頭を横に向ける。
すると、そこにはよく知っている顔があった。そう、クラリッサの美しい寝顔だ。
――まあ、これは普通のこと……じゃないよな? そういえば……そうなると……
少しずつ昨夜のことを思い出しつつ、顔を反対に向けると、そこにはよく知っているカティーシャの可愛い顔があった。
――まあ、これが普通であるはずは……ないか……
頭を正面に戻して、この状況に陥った経緯が脳裏に浮かぶ。
――ああ、そういや、結局、三人で寝たんだっけ……
昨夜はどっちがどの部位を洗うかで揉めた訳だが、最終的には前後ではなく、左右で分担を決めて、中央は自分で洗うことにしたのだ。
それで何とか折り合いを付けた。ただ、一人の時はとても恥じらう癖に、彼女達は二人一緒になると、途端にあり得ないほど大胆になるのだ。
そんな訳で、いつしか二人は身体に巻いていたタオルすら取り去って、拓哉の身体を洗ったのだ。
そうなると、当然ながらクラリッサの素晴らしき裸体が目に入る。
さすがに、それを凝視もできないので、徐に視線をずらす。すると、今度はカティーシャの裸が目に焼き付く。
――これは極楽浄土なのか? いや、これ以上進展しないことを考えると、これこそが地獄なのかも……
その光景は男として眼福であり、とても幸せな状況のだが、中途半端というのが最悪だ。
心身ともに盛り上がった分、どうしても蓄積していくのだ。
それが何かは、敢えて言わなくてもご理解いただけることだろう。
ただ、それと知らない二人は、恥ずかしがる様子を見せながらも、全く隠したりしない。
――これって、誘ってるのか? もう、やっちゃっていいのか? いいよな? これでやらなったら男が廃るよな? 据え膳食わぬは男恥だよな?
心中ではそう思いつつも、度胸がなくて踏ん切りがつかない。これもチェリーの定めだろう。
結局は、なにごともなく風呂を済ませ、全く動揺していないかのような態度を装う。
実際、心中はドキドキだし、身体も完全に反応している。おまけに、それが二人にバレない訳がない。それは彼女達にとっても、もどかしさと不満に連結している。
ただ、拓哉はそれを察することができず、彼女達から根性なしと罵られていたりする。
そんな状況が続き、痩せ我慢もそろそろ限界を迎え、もうマジで勘弁して欲しいと思い始めた拓哉なのだが、今度は抜け駆けという行為を警戒して、二人が一緒に寝ると言い始めた。
これで拓哉の安らぎの時間は消滅する。一人でのんびりと過ごす余地が脆くも崩れ去ったのだ。
それこそ、独りで貯蓄を排出する時間さえも失ってしまった。
そのお蔭でというか、その所為で、拓哉は悶々とした気分のまま、今日の模擬戦に挑むことになる。
「おはよう。タクヤ!」
拓哉の動きで目を覚ましたのだろう。クラリッサはそう言って軽い口づけをした。
「おはよう」
――う~む。めっちゃ嬉しい! でも、これじゃ完全に夫婦だよな? それに、今ので更に十ポイント蓄積しちまった……ヤバイ、もはや倍々ゲームになりつつあるぞ。これは、早急に何とかしなきゃ。いっそ、頭を下げてみるか……
お金であれば貯まるにこしたことはないのだが、アレについては溜め過ぎると色々と不都合がある。
それ故に、貯蓄の払い出しについて考えていると、眼前のクラリッサが怪訝な表情を見せた。
どうやら、拓哉の調子が悪そうだと感じたようだ。カティーシャが起きないように小声で話しかける。
「どうしたの朝から暗い顔をして。体調でも悪いの? 今日は模擬戦なのに、大丈夫なの?」
問いかけるクラリッサは、酷く心配しているようだ。表情が拓哉以上に優れない。
――まあ、確かに体調自体は悪くないけど……
原因が欲求不満をであることから、クラリッサの問いに答えられずにると、彼女は何かを察したらしい。
「もしかして……私達の所為でストレスが溜まってるの?」
――いや、溜まっているのはストレスだけじゃないんだ……いっそ……いや、ダメだ。さすがに、格好悪すぎる……
心中で彼女に答えるが、それを口にできたらどれだけ幸せだろうか。いっそぶちまけたいと思いつつも、それをぐっと堪える。
しかし、クラリッサは黙り込んでいる拓哉の態度で、何かに気付いたのだろう。申し訳なさそうな表情で謝った。
「ごめんなさい。実は、解ってはいるの。だけど、彼女が……つい、張り合ってしまって……」
自分でも恥ずかしい行為だという認識があるのだろう。クラリッサは俯く。しかし、チラリと拓哉の向こう側に視線を向けた。
そこでは、カティーシャが小さな寝息を立てている。
ただ、拓哉としてはそれどころではない。
――なんだって、気付いてんのかよ~。だったら、何とかしてくれよ~。でも……
思わず頭を抱えたくなるが、口にした言葉は、全く以て違っていた。
「気にするな。別にお前達が悪い訳じゃないんだ……」
見栄もあるが、本質的に自分が原因だと理解しているのだ。
自分自身の優柔不断さが招いた問題であり、それを他人の所為にする気にはなれなかった。
しかし、それだけではなかった。拓哉から見たクラリッサの表情がとても寂しそうに思えたのだ。
それ故に、理由を口にすることなく、彼女の謝罪を否定した。
すると、彼女は少しだけ安堵したようだ。小さく息を吐くと、微笑みを浮かべた。
「ほんとに? 無理してない?」
「ああ、無理してないぞ」
本当はかなり無理している。しかし、武士は食わねど高楊枝を自ら実践してしまった。
その途端だった。反対側で寝ていたカティーシャが抱き付いてきた。
「おはよ! タク。てか、バルガンさんは馬鹿だな~。もう少し勉強した方が良いよ」
彼女は朝の挨拶をしたかと思うと、続けて意味深なことを口にした。
それは幾ら鈍感な拓哉でも、何を意味するかを理解した。
ところが、クラリッサには解らないようだ。というか、彼女は真面目だからこそ、そんな知識を持っていないのだ。
それが故に、クラリッサは憤慨して苦言を漏らした。
「な、何が馬鹿なのよ! 朝から失礼ね」
カティーシャはといえば、怪しい笑みを浮かべて鼻を鳴らす。
「だって、バルガンさんがあまりにも無知だからだよ」
――拙い。ダメだ! カティ、それ以上は口にするな!
カティーシャが暴露しそうで、拓哉は慌てて彼女の口を押えようとしたが、間一髪で間に合わなかった。
彼女は勢いよく起き上がると、全員で被っている掛け布団を剥ぎ取り、拓哉に指を突きつけた。
「あのね。男の子は溜まっちゃうんだよ。それも女の子の裸を毎晩のように見せられた挙句、それを放出できないと調子が悪くなるんだ。バルガンさんは、ちょっとどころか、かなり勉強不足だよ」
――がーーーーん! とうとう言っちまいやがった……
クラリッサは怪訝な気持ちを浮かべた表情で、ゆっくりと拓哉の下半身に視線を向ける。そして、再び拓哉の顔を見ると、頬を赤く染めた。
「それって、本当?」
――そんなの、答えられね~っての……
拓哉が頭を悩ませていると、彼女はその態度を肯定として受け止めたようだ。
「ごめんなさい。私、何も知らなくて……」
――ヤバイ、クラレがどっぷりと落ち込んでる……
「いや、知らなくて当然だし、俺も恥ずかしくて言えない事だし、クラレが悪い訳じゃないからな」
慌ててフォローするが、彼女は沈んだままだった。
そんなところに、空気を読まないカティーシャが登場する。
「だから、色々と知っているボクがタクのストレスを解消してあげるよ」
――いやいや、この状況で何を言ってるんだ! 空気を読めよな!
クラリッサが落ち込んでいるのを良いことに、カティーシャはそう言うと、行き成り拓哉に抱き付いた。
「こ、こら! カティ、空気を読め!」
「え~、ボクが甘い空気に換えてあげるよ」
――おいおい、何を言ってるのか解ってるのか? てか、甘くするどころか、隣で気温が三度くらい上がったぞ?
恐る恐る気温上昇の原因へと視線を向ける。
そこには炎の魔神が降臨していた。
「あ、く、クラレ、落ち着け! か、カティ、もう止めろ!」
「わわわわぁ!」
ゴゴゴという地響きの聞こえてきそうだった。いや、拓哉の頭の中では、間違いなくその効果音が響き渡った。
必死にクラリッサを宥めつつ、カティーシャを押し留める。
これこそがアルマゲドンだと、その時の拓哉は身も凍らすほどの恐怖に身を凍らせる。
そんなタイミングで、部屋に備え付けられた呼び鈴が来客を知らせる。
「タク~、朝飯に行くぞ~」
クロートが何時ものように迎えにきたのだ。
――やべ~! こんなところを見られたら、なんて言われることか……
二人を残し、拓哉は焦って部屋を出ようとする。
ただ、そこで釘を刺すのを忘れない。
「俺は先に出るけど、二人は見つからないようにしてくれよ」
この状況を周囲に知られる訳にはいかないのだ。
クラリッサとカティーシャの二人とも朝帰りなのがバレたら、間違いなくとんでもない噂になるだろう。
「おいっす。どうしたんだ、タク。なんか落ち着きがないけど」
「おはよう。タクヤ君、大丈夫? 顔色が悪いよ? 今日は模擬戦があるのに――」
「お、おはよう。だ、大丈夫です。それより行きましょう。腹ペコで」
クロートとトニーラは、拓哉が普段と違うことを敏感に感じ取った。
しかし、そんな二人の二人の背中を押すようにして、食堂へと向かう。
「ふ~ん」
「ん?」
「……くしゅん」
クロートが何かに気付いたのか、嫌らしい笑みを拓哉に向けた。
その理由が分からなかったのか、トニーラは首を傾げている。
拓哉は焦りつつも、平静を装って口を噤むのだが、そこで大きなクシャミが出てしまった。
「おいおい、マジで大丈夫か? 頑張り過ぎだぞ」
「頑張り過ぎ? えっ!? もしかして――」
「なにもないで――くしょん……」
クロートはニヤリと笑んで意味深な言葉を口にする。それでやっと気づいたのか、トニーラが顔を赤くした。
そんな二人の考えを必死に否定する拓哉だが、再びクシャミが出てしまう。
そこで初めて、自分の調子が悪いことに気付く。
拓哉は模擬戦当日だというのに、この世界では既に撲滅されたはずの風邪をひいてしまったのだ。