31 入浴
2019/1/2 見直し済み
この数日のゴタゴタを思い起こすと、とてもという言葉では表現できないほどに、ぶっとんだ出来事ばかりだった。
カーティスの性別発覚から始まり、彼女とクラリッサの全裸乱闘、二人からの求愛、校長からの公認発言、サイキック能力の発覚、避妊薬事件、どれを取っても一生に一度あるかないかの事件だと言えるだろう。
熱い湯に浸かりつつ、拓哉は己の幸福と不幸を顧みる。
――はぁ~、この世界にきて、まだ一ヶ月も経たないってのに……
拓哉は自室の風呂に入っている。
というのも、この訓練校には共同風呂がない。それどころか、この世界には温泉などの施設がないとのことだった。
初めは、そのことに驚いたものだが、衛生上の問題で共同風呂というものが存在しないと聞かされて、残念に思いつつも納得した。
まあ、衛生的になんて話になると、地球の温泉なんてどうするんだという話になるが、この世界とは常識が違うということで片付けるほかない。
そんな訳で、各部屋にゆったりとした風呂が用意されているのは、至極当然なことらしい。
「ふ~っ、俺って、良く生き残れたな~」
拓哉はこれまでの波乱を思い起こしながら、首までどっぷりとお湯に浸かる。
そこで、ある疑問を思い出した。
「そういえば、クラレって鍵が掛かってたのに、どうやって部屋に入ってきたんだ?」
誰も居ない空間であるが故に、思わず疑問が独り言になる。
あの時――拓哉とカーティスがヤバイ状態だった時、突然のことに気が動転していてそこまで思い至らなかった。いや、一瞬は不思議に思ったのだが、その後の出来事が強烈で全ての思考が吹き飛んでしまったのだ。
「まあ、それは聞けば解るか――」
疑問を棚上げしようとした時だった。突如としてバスルームの扉が開いた。
「タクヤ? 居る?」
「ちょっ、ちょ! なんでここにクラレが居るんだ!?」
「あっ、居たのね。良かった」
――ちっとも良くね~~~!
バスルームの扉から顔を覗かせたクラリッサが、拓哉の疑問をスルーして安堵の表情を見せた。
本来なら、彼女がここに居る理由を尋ねるべきなのだが、焦りと動揺で再び思考から追いやられる。
「ど、どうしたんだ? なんでこんな所に!?」
ぶっ飛んだ思考の中で、拓哉は唯一残った疑問を口にしたのだが、彼女は少し恥ずかしそうにしたまま、上目遣いの眼差しを向けた。
――いったいどうしたんだ? いや、このままだと出るに出られないんだが……
困り果てる拓哉を他所に、入り口から顔だけを覗かせた彼女がおずおずと口を開く。
「えっと、えっとね。背中を流してあげようかな~と思って……」
――ぐあっ、きたわコレ。
背中を流してもらえることよりも、彼女の恥じらう姿にグッときてしまう。
それと同時に、欲情という本能が蠢き始める。
――ヤバイ……身体が……
ピンチ再来の拓哉がまごまごとしていると、彼女はそれを了承だと受け止めたのか、おずおずと中に入って来た。
「おじゃまします」
――お、おい! そ、その恰好は……おじゃましますじゃね~。マジでヤバいって。ほんとに子作りするつもりか?
拓哉は焦る。非常に焦る。それと裏腹に邪な想いは燃え上がる。
そう、彼女はバスタオル一枚を身体に巻いた状態だったのだ。
カーティスならその格好だけで、かなりカバーされるのだが、クラリッサの場合、そうはいかない。
豊かな胸がバスタオルを引きちぎらんばかりにせめぎ合っていて、ある意味、裸よりも煽情的な光景を作りだしていた。
もしかしたら下着を身に着けているかも知れないが、チラリズム派の拓哉としては、その姿だけで完全に胸を撃ち抜かれた。
それ故に、恥も外聞もなくガン見してしまう。
「そんなにジロジロ見ないで……は、恥ずかしいわ……タクヤのエッチ!」
――ダメだ! これは鼻血が出ても仕方ないシチュエーションだよな。
当然ながら、興奮で鼻血が出るのはマンガの世界だけなのだが、心と身体は完全にその気になっている。
そんな拓哉に向けて、彼女は言葉を重ねる。
「ほら、何時までも見てないでここに座って。背中を流せないわ。もうっ、見るの禁止! って……」
既に意識が危うくなってきた拓哉は、彼女に言われるがままに立ち上がる。
そのままバスタブから出ようとするのだが、彼女の声が途中で止まった。
しかし、視線はしっかりと拓哉に、いや、拓哉の下半身に向けられている。
「あうっ、タクヤのバカ! ちょっとくらいは隠してよ!」
叱責されて初めてモロ出しだったことに気付く。
完全にその気になってしまった拓哉の下半身は、それこそマックス艦長だ。そう、既にバトルフォーメーションが完了していた。
「う、うわっ!」
拓哉は慌てて下半身を両手で隠すのだが、叱ったはずのクラリッサの視線はロックオンしたままだ。
それでも風呂椅子に座る拓哉だったが、ここでこの椅子の理由を始めて理解した。
そう、この椅子は地球でいうところの介護風呂椅子の如き形をしている。
拓哉は以前からそのことを不思議に思っていたのだ。
――これって、間違いなく校長の策略だよな。ここまでするか! いや、この場合、ごっちゃんですって言うべきかな……
密かに感謝する拓哉を他所に、クラリッサはボティタオルにソープを付けて泡立てていた。
――つ~か、これじゃ、完全に夫婦だよな!?
クラリッサに背中を洗ってもらいながら、嬉しいさで胸が熱くなる。
実を言うと、既に自分で洗い終わっている訳だが、拓哉はそれを口にしない。
いや、それよりも一生懸命に背中を洗っている彼女の胸が時々背中に当たり、それどころではなかった。
――もういいよな? 公認だし、校長も推奨してたし、でも……稼ぎもないし、無責任だよな……だけど、もう限界かも……
背中の心地よさを感じながら、食べてしまいたい、でも、男としての責任もある。拓哉はそんな葛藤を繰り返す。
それが最後の砦であり、最終防衛線となって、拓哉の欲情を堰き止めていた。
ところが、何を考えたのか、クラリッサは背中が終わると、拓哉が予想もしていなかった暴挙に出た。
ぐるりと前に回ったかと思うと、右腕を洗い始めたのだ。
拓哉は慌てて左手だけで下半身を隠す。
「く、クラレ……背中だけじゃ……」
「ん~序だから他も洗おうかと……それとも、いや?」
――嫌って、そんな訳ないじゃんか。でも、他にはアレも含まれてるのか?
「い、いやじゃないけど……で、でも、こ、この状態だし……」
拓哉は洗う手を止めたクラリッサに向けて首を横に振った。ただ、それと同時に視線を下げた。
彼女はその視線を追って眼差しを下げ、その大きな瞳を泳がせた。そして、顔を赤らめながらも笑みを見せた。
「仕方ないわよね? だって、年頃の男子だもの……」
彼女はそんな物分かりの良い台詞を口にしたかと思うと、ゆっくりとボディタオルを持った右手を伸ばした。
しかし、そこで彼女の腕は横から出てきた手に捕まれてしまう。
「おわっ! な、なんで――」
「抜け駆けはダメだと言ったはずだよ? 何をやってるのかな?」
――てか、なんでお前がここに居るんだよ! それに、お前こそ何をやってるんだよ!
突然のカーティス出現に肝を冷やした拓哉が飛び上がった。
クラリッサはというと驚きで尻餅を突いているのだが、すぐさま驚きの声を漏らした。
「ちょっ、ちょっと、どうやって入ったの? あっ、あなた隠形のサイキック能力者ね」
「えっ!? なんだ、その隠形のサイキックって」
クラリッサの指摘を聞いて、即座に拓哉が食いついた。
すると、彼女は体勢を整えながら説明しはじめる。
「隠形のサイキックって、気配を消して人知れず近くに潜んだりするのよ。凄い能力者だと、目の前に居ても気付かなかったりするのわ! って、私の後を付けたのね。そうでないと、ここに入れるはずがないわ」
――てか、お前が入れるのも疑問だったんだが……
拓哉は思わずクラリッサにツッコミを入れたくなるのだが、その答えは、カーティスが教えてくれることになった。
「だって、この前も入ってたし、合鍵と入力コードを持ってるのは直ぐに解ったよ。だから抜け駆けされないように見張ってたんだけど、案の定だったね。ねえ、この手で何をするつもりだったのさ。ボクに教えてよ。抜け駆けしない約束だったよね?」
「……」
「……」
痛いところを突かれて、拓哉とクラリッサが沈黙する。
カーティスといえば、仁王立ちで冷やかな視線を向けている。
――校長がクラレに合鍵を渡してるとは……いや、それよりも、ここは素直に謝るべきだよな……
俯いた拓哉がキャリックに呆れつつも、直ぐに対処すべきだと判断していると、カーティスが不服そうな顔をクラリッサに向けた。
「あれ? だんまりかな? じゃ、ボクも同じことをしてもいいよね?」
「だ、だめよ。わ、私とタクヤは公認の仲だけど、あなたは違うでしょ?」
逃げ場のなくなったクラリッサは、どうやら最終手段に打って出たようだ。
そう、公認の二文字で事を収めようとしたのだ。
ところが、ここでとんでもない事実が発覚する。
「ふ~~ん、公認なら何をしてもいいんだ。だったらこれを見てよ!」
クラリッサの腕を掴んだ左手はそのままにして、カーティスは右手で端末を取り出した。
そして、バスルームの壁に端末の情報を大きく映し出した。
「な、なんじゃこりゃ!」
「えっ!? 本当に!?」
拓哉は驚きのあまりに、風呂椅子に力無く座り込む。
クラリッサはといえば、バスルームの壁に映し出された内容を見て、あうあうしている。
それはカーティスの父親から送られた一通の電子メールだったのだが、そこには、とんでもないことが記されていた。
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カティ―シャ、元気にしているかい?
パパはカティが居なくなって、とても寂しいよ。
一応、クーガーが一緒だから心配はしてないけど、何かあったら直ぐに知らせるんだよ。
それと、昨日のメールにあったホンゴウ君のことだけど、パパ的には……でも、カティが望むのなら反対しないよ。
それに、クーガーから聞いたけど、凄いドライバーだというじゃないか。
それが本当なら、カティの旦那様としても認めざるを得ないね。
だから、残るパパの楽しみは、カティが早く子供を産んでくれることだね。
パパは早く孫が見たんだよ。
~省略~
それじゃ、元気でやるんだよ。
ああ、あと、近いうちにホンゴウ君をうちに連れてきなさい。
いつもカティを愛するパパ、ミッシェル=モルビスより
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「ミッシェル=モルビスって、モルビス財団の総帥じゃない……」
「そうだよ。ボクのパパだよ」
「というか、カーティスじゃないのか? カティーシャって……」
「あっ、言うのを忘れてたね。本当の名前だよ。でも、これまで通り、カティって呼んでいいからね」
驚愕するクラリッサを他所に、拓哉はすぐさま疑問を口にした。
カーティス――カティーシャはといえば、クラリッサに向けて自慢げに答えると、拓哉にペロッと舌を出しながら事実を伝えた。
カティーシャが彼女の事だと聞いて、拓哉はがっくりと肩を落とす。
というのも、風呂に浸かっていた時には、やっと色々な事件が片付いたと思ったのに、これまでの事件は序の口でしかなく、これからが本番なのだと告げられたような気がしたからだ。
喜ぶべきなのか、悲しむべきなのか、既にそれさえも理解できなくなった拓哉は、勢いよく風呂椅子から立ち上がると、ドボンっと湯船に頭まで浸かるのだった。