30 適性
2019/1/2 見直し済み
白い部屋の壁に沿って様々な計測器が並んでいる。
その光景は、清潔というよりも無機質だと感じるだろう。
なにしろ、所狭しと置かれた計測器以外には、見るからに冷たそうな寝台とドーナツ型の装置しか置かれていない。
ドーナツ型の装置はといえば、地球でいうところのCTスキャンやMRIのような見た目だが、機能的には全く異なっている。
そう、それは、サイキック検査用の装置だからだ。
現在の拓哉は、その冷たい寝台に横渡っている。
クラリッサとカーティスはというと、ここには居ない。今頃は講義の最中だろう。
その二人だが、戻る際に強い口調でリカルラへと釘を刺していた。
「リカルラ博士、タクヤに変なことをしないでくださいね」
「ムラムラしても、どれだけ溜まっていても我慢してくださいよ」
その端整な眉を顰めたクラリッサがくどくどと念を押すと、カーティスも人差し指を突きつけて牽制した。
リカルラはというと、怒り露わに、こめかみに青筋を立てて罵声を浴びせかけた。
「まだ、貫通すら済ませていないくせして、小娘が煩いのよ。さっさと授業に行かないと、永遠に何も通らないように縫い付けるわよ!」
――うは~。女ってこえ~~~!
拓哉は思わず身を凍らせる。
隣では、憤慨したリカルラが、走って逃げ去るクラリッサとカーティスを眺めながら、未だにブツブツといっている。
「ほんとにもう! ちょっと目覚めたかと思って、小娘が調子に乗り過ぎよ! 私だって、私だって、あなた達の年の頃は……それに、今だって、キャリックが……」
愚痴をこぼし始めたリカルラに、声を掛けるべきかと悩んでいると、彼女はハッとして、拓哉に視線を向けた。
彼女は咳払いを一つすると、謝罪の言葉を口にする。
「おほん! ご、ごめんなさい。今聞いたことは忘れてちょうだい」
「えっ!? あの……」
「忘れてちょうだい!!」
「あっ、はい……」
リカルラの言葉に逡巡していると、彼女は恐ろしい表情で語調を強める。
その形相があまりに恐ろしくて、拓哉は慌ててコクコクと頷くほかなかった。
――う~む。彼女も凄く溜まってそうだな。てか、校長とできてるのか。となると、俺がクラレと結婚したら、リカルラが義理の叔母になるったりするのか? なんか、いやだな~。
失礼なことを考えつつも、拓哉は落ち着きを取り戻したリカルラと共に検査室へと向かった。
様々な検査を済ませて、今は最後の測定を行っている。
この検査や計測については、拓哉がこの世界に来た時にも実施されている。
ただ、意識のないい間の出来事だったこともあり、拓哉の記憶には全く残っていない。
「はい。寝台から降りてもいいわよ」
リカルラの指示に従い、寝台から降りて上履きに足を突っ込む。
拓哉の格好はといえば、布切れ一枚の状態なのだが、パンツ一枚という意味ではなく、白い貫頭衣のような服を身につけている。
かなり透けそうな素材だけに、拓哉は少し心細くも恥ずかしくも思うが、昨日のことを思い出して落ち着きを取り戻した。
――う~む。俺もまた一歩大人の階段を上ったということかな? なんか、周りが違って見えるのは気のせいか?
思いっきり気のせいなのだが、拓哉は少し自信に満ちた表情を見せた。
そこに、リカルラから声が掛かる。
「はい。じゃ、こっちに来てくれるかしら」
彼女に連れられて、検査室から少し離れた応接室へと移動する。
すると、その部屋には、なぜか、校長とクラリッサの姿があった。
「クラレ!? あれ? 授業は?」
「叔父様に呼び出されたの」
拓哉は予想もしなかったクラリッサの登場で首を傾げた。
すると、彼女は隣の校長を指差しながら、小さな声で理由を口にした。
二人の様子はと言うと、これまで以上に親密な雰囲気を漂わせている。
それが気に入らなかったのか、リカルラの眼差しが少しだけ冷たさを増す。
「さあ、二人でいちゃついてないで、タクヤ君も座って」
その物言いが気に入らなかったのだろう。頬を膨らませたクラレが異議を申し立てる。
「イチャイチャなんてしてません」
「はいはい」
憤慨するクラリッサを横目にしつつ、拓哉は彼女の横の席に腰をおろす。
それを見たリカルラが、クラレの台詞を軽く聞き流して話を始めた。
「まず、これを見てください」
彼女がそう言うと、巨大な空中ディスプレーにグラフが表示された。
――ん~、これがどうしたんだ? 何も表示されてないが……
首を傾げる拓哉を他所に、グラフを軽く眺めた校長がリカルラに視線を向けた。
「これは以前に見たものと同じかね?」
「はい、その通りです。見てもらえれば分かるように、初期値以外はずっとゼロを示しています」
リカルラはその通りだと頷きつつ、これは前回の振り返りだと告げた。
それに頷く校長を見やり、彼女は直ぐに別のグラフを表示する。
――ん~、良くわからんけど、今度は値があるみたいだな。
拓哉はといえば、そもそもが初見だし、何のグラフかも分からない。ただ、新しいグラフが表示されて、さっきと違うことだけは理解できた。
ところが、校長とクラリッサから声が上がった。
「んっ!」
「えっ!?」
校長に続き、クラリッサも驚きで目を瞠っている。
ただ、当の本人が全く理解できていない。
「あの~、これがどうかしたんですか?」
「ああ、これから説明するわ」
拓哉が疑問を口にすると、リカルラは和やかな表情で頷いた。
そして、そのまま説明を始めた。
「既に、校長とクラリッサには分ったかと思いますが、これは測定器の上限を百倍に設定した結果です。この上方に引かれている線が適性値になります」
――よくわからん。これって、俺にサイキックの適性があるということでいいのか?
拓哉が首を傾げていると、顎に手を当てたキャリックが口を開いた。
「では、初めの結果はどうして、ああなったのかね?」
「そこですね。飽くまでも私の考えですが、測定不能が故に、値がゼロになったのだと思います。だから、ちょっと準備に時間が掛かりましたが、測定値を百倍まで引き上げてみました」
リカルラが己の考えを口にすると、クラリッサが真剣な表情で尋ねる。
「これで普通の能力者を測定したら、どうなるんですか?」
「間違いなく、ゼロに見えるでしょうね」
「ゼロ……ということは、タクヤのサイキック適性は……」
「桁違いなほどに高いことになるわ。いえ、規格外といえばいいかしら」
クラリッサは絶句しつつも、直ぐに事実を理解して唇を震わせた。
彼女は理解したのだ。拓哉にサイキックの適性があることを。いや、それどころか、自分達よりも遥かに優れていることを。ただ、聞かずにはいられなかったのだ。
そして、リカルラの返事を聞いて、瞳を爛々と輝かせ、それを拓哉へと向けた。
「凄いわ、タクヤ」
「……」
拓哉は未だに理解できず、自分の両掌に視線を向けたままだ。
彼が信じられないのも当然だろう。地球で超能力と言えば、架空の能力でしかいない。
それを自分が使えると聞いて、はいそうですかと納得できる者など、そうは居ないだろう。
「拓哉は無能者じゃないわ。サイキックが使える。いえ、誰よりも優れたサイキッカーになれる可能性があるわ。そうですよね?」
やたらと嬉しそうなクラリッサが声を弾ませる。
ところが、リカルラは首を横に振った。
「分りません。これほどの値を持つ者を見たことがないわ。そもそも、ホンゴウ君は、この世界の人間ではないし、サイキックを使うという行為を上手く覚えることが出来るかどうか……」
「そ、そんな……」
クラリッサは浮かべていた笑みを固めたまま声をなくす。
そう、彼女は直ぐに理解したのだ。適性があると使いこなせるのは、全く別次元の話だと。
これまでサイキックを使い熟すために、必死に努力した彼女にとって、それは自明の理だった。
それでも、彼女からすれば、適性があると解っただけでも素晴らしい事実だった。
そして、彼女は決意した。
「それなら、私が教えます」
クラリッサは再び笑みを浮かべて、勢いよく立ち上がった。
しかし、リカルラは少し困ったような表情を浮かべる。
「それは構わないのだけど……今のままだと、ホンゴウ君にサイキックを使わせるのは少し危険だと思うの。だからもう少し待って欲しいのだけど」
「あっ……」
リカルラが待ったをかけた理由を直ぐに理解したのか、クラリッサは押し黙ってしまった。
ただ、リカルラの少し待てという言葉が気になったのだろう。彼女は居ても立っても居られないといった様子で立ち上がった。
「なにか策があるのですか? いつまで待てば良いのでしょうか?」
「まあまあ、クラレ、落ち着きなさい」
「でも、叔父様……」
「クラレの気持ちは良く解るが、何かあったら大変だ。それにあの威力だ。まかり間違って人にでも当たったら即死どこの話ではないぞ?」
最終的に、校長の説得力のある説明で、クラリッサはガックリと項垂れた。
ただ、校長の懸念は間違っていない。防弾ガラスをぶち抜いたり、厚い格納庫の壁をぶち破るほどの威力なのだ。普通に訓練する訳にもいかないだろう。
結局、拓哉からすれば、何が何やら理解できないまま話が終わった。そして、一人息巻いたクラリッサが納得したところで、今日はここまでとなり、解散することになった。
最後に校長から子作りを促進するようにとの言葉が告げられ、それを聞いたリカルラが「キャリック!」と窘める騒動などがあったが、それについては割愛することにしよう。
だが、校長は全く諦めていなかったようだ。しかし、それを知るのはもう少し先の話になる。
最後は色々と擦った揉んだしたが、なんとか収まりを見せた。クラリッサは授業に戻り、拓哉は格納庫へと向かった。
しかし、そこでクロートと出会ったのが運の尽きだった。
「おおおお! タク、良い物を持ってるじゃないか! それ、どこで手に入れたんだ? それってなかなか手に入らないんだぞ! てか、相手は女王か?」
そう、格納庫に戻った拓哉だったが、病棟から直接向かった所為で、手には避妊薬の箱が握られていたのだ。
それを目聡く見付けたクロートに捕まり、ことの次第を話す訳にもいかず、シドロモドロとなりつつも、拓哉はリカルラの要らぬ気遣いを呪うことになった。