29 怪しい薬
2019/1/2 見直し済み
朝から校長室に呼び出され、拓哉はいったい何かと思いつつも赴いた。
そこで、とんでもない事実を突きつけられた。
それは、拓哉にサイキック能力があるという話だった。
その話を聞かされてぶっ魂消た訳だが、それだけでは終わらなかった。
クラリッサと保護者公認の仲となってしまったのだ。
更に付け加えるなら、男女の関係になるのもオーケーで、さっさと子供を仕込めと言われてしまったのだ。
もう、これには驚くというより、開いた口が塞がらない思いだった。
――未成年者だぞ? ほんとにいいのか? やっちゃうぞ? 本当にやっちゃうからな?
このところ、ただでさえ欲求不満が収まらないというのに、そんなことを言われたら、このまま自室にクラリッサを連れ込みたくなる拓哉だった。
しかし、当の相手はというと、押し黙って顔を俯けたまま、まるで拓哉を引き摺るように引っ張っていく。
それでも、彼女の手は拓哉の手を硬く握り締め、決して放そうとしない。それ故に、拓哉も黙ったまま彼女に付いて行く。
行き着く先は、恐らくリカルラのところだろう。
――はぁ~、ほんと、どうなることかと思ったけど……でも、クラレはどう思ってんのかな~。
引っ張るようにして先を行く彼女にチラリと視線を向ける。
ただ、拓哉に見えるのは彼女の背中だけだ。
――まさかとは思うが、俺との行為を想像してたりしやいよな。いや、もしかしたら後悔してたりして? やっぱり嫌だとか言われたりしないよな?
しだいに悪い考えばかりが浮かび、なぜかそればかりが脳裏に焼き付き、思わず身震いしてしまう。
ところが、クラリッサは全く違うことを考えていたようだ。脚を止めると真っ赤な顔を拓哉に向けた。
「タクヤ、叔父が……ごめんなさい。ちょっと調子に乗ってるみたいなの。それに拓哉だってこの歳で子供を作れとか言われても困るでしょ? それも、相手が私だし……」
彼女は再び顔を俯け、モジモジとしている。
もちろん、拓哉としては彼女に不満があろうはずもない。
「いや、そんなことないって。クラレなら俺も……その、あの、願ったり叶ったりというか……クラレが相手なら俺も嬉しいよ」
「ほ、ほんとに? でも、子供を作るって……結婚することなのよ?」
笑顔で答えたものの、子作りと聞いて思わず硬直してしまう拓哉。
というのも、彼女との結婚を否定する気もなければ、拒否するつもりもないのだが、この歳で結婚と言われると、些か反応に困るのだ。
それ故に、答えに困窮して押し黙ってしまった。
すると、嬉しそうにしていた彼女の表情が一気に曇る。そう、拓哉の態度を拒否と受け取ったのだ。
「やっぱり、嫌なのね……」
「ち、違うんだ。クラレと結婚するのが嫌とか、そんなことじゃないんだ」
「それじゃ、どういうこと?」
「正直言って、結婚がどんなものなのか、どうすればいいのか、さっぱり解らないんだ。だから、クラレとずっと一緒に居ることは全然問題ない……いや、ずっと傍に居て欲しい。でも、結婚と言われると、それ自体を知らないから返事に困るんだよ」
必死に自分の気持ちを伝える拓哉だが、これではまるで遊び人のいい訳のようだ。
拓哉としても、自分の発した言葉に疑問を感じないでもないのだが、上手く説明ができなくて頭を抱えた。
ところが、こんな遊び人のような言い訳を聞き、クラリッサは曇らせていた表情を明るいものに変え、即座に抱き付いた。
「ううん。今はそれでいいの。私のことを見てくれるだけで幸せなのよ。それに、子供を作るのはもっと先のことよ」
「ああ、それでいいなら……俺もクラレが傍に居てくれるだけで、めっちゃ幸せだし、すごく嬉しいよ」
場の雰囲気に乗せられて、普段では恥ずかしくて言えないような台詞が口から出てくる。
その効果か、クラリッサは嬉しそうに微笑むと、拓哉の唇に自分の唇を合わせる。
――うお~~~! 昨日に引き続きクラレの熱いキスだ! ……俺、この世界に来て良かったわ……もう死んでもいいかも……
拓哉が今にも舞い上がりそうなほどに有頂天になっていると、彼女はゆっくりと唇を離した。そんな彼女の顔は恥ずかしそうでもあり、嬉しそうでもあった。
拓哉の方も、これ以上ないほどに嬉しそうな顔をしている。
しかし、そこで釘……いや、杭が討たれた。
「でも、浮気はダメよ。もちろん、モルビスさんもダメよ」
――がーーーーん! やばい、先制パンチを喰らっちまった……
一気に顔を引き攣らせた拓哉が、両手を頬に当てて恐慌をきたす。
そんなタイミングだった。それに異議を申し立てる者が現れる。
「異議あり! てか、姑息だよ! 自分の身体を条件に、タクを縛り付けようなんて」
「おわっ!」
それは、今まさに話題の人となったカーティスだった。
ただ、その出現があまりにも突然で、拓哉は慌てて飛び退いた。
――おいおい、どこから現れたんだ? 周囲に人なんて居なかったはずだけど……
拓哉の疑問を余所に、二人がまたまた言い争いを始めてしまう。
「あなたに言われたくありません。薄っぺらい身体を見られたくらいで、それを盾にとってタクヤを我物にしようとしたくせに」
確かに、昨日の公序良俗に反する行為は、まさにそれだと言えるだろう。
――いやいや、それよりも、カティが何処から湧いたかが気になるんだけど……
拓哉としては、昨日の話よりも、カーティスが降って湧いたことの方が気になって仕方ない。
ところが、何を考えたのか、カーティスは拓哉の腕を抱くと、反撃の狼煙を上げた。
「だって、昨日、タクは、ボクのことも愛してるって言ったもの」
――ああ~そうだったーーーーー! 言った。確かに言った。うぐっ……それに、カティが言うように責任というのもあるだろう。いや、言い訳はするまい。あの時、俺は二人とも欲しいと思っちまった……
拓哉は両手で頭を抱え、絶叫せんばかりに仰け反る。
二人少女から言い寄られて、本来なら嬉しいはずなのだが、現在の拓哉はそれどころではない。まさに、大ピンチなのだ。
そんな拓哉に追い打ちが掛かる。
「どうなの? タクヤ」
クラリッサが眦を吊り上げて詰め寄った。
ただ、負けじとカーティスも身体を寄せる。
「ボクもいいんだよね? タク、そうだよね?」
どうしよう……どうしよう……どうしよう……だめだ。ここは男らしく……潔く戦死するしかない。
「ごめんクラレ。俺はカティを捨てる訳にはいかない。解ってくれ。でも、お前のことを大切に想っているのも本当だ。俺は駄目な男なんだ」
そう。拓哉は結論を出せず、二兎を追う暴挙にでたのだ。これは悪手だといえるだろう。間違いなく最悪の展開が待ち構えているはずだ。
二兎目はすこぶる嬉しそうな笑みを浮かべ、一兎目のウサギは瞳を大きく見開いたまま愕然としている。
一兎目のウサギの反応を恐る恐る覗いつつも、最悪の事態を回避するために、拓哉としては言い訳をするしかない。
「あの状況までいって、今更、どちらかなんて選べないだろ。もし俺がカティを選んだら、クラレはショックだろ?」
完全なるいい訳だ。こんな都合の良い話はないと断言できる。しかし、それが拓哉――経験値の少ない男の本音なのだ。
ただ、ろくでもない言い訳を聞かされたクラリッサは、何を思ったのか、難しい表情で黙り込んだ。
そして、幾ばくかの静寂のあと、彼女は落ち着きを取り戻し、大きな溜息を一つ吐くと、ゆっくりと自分の考えを口にした。
「はぁ~、確かにタクヤの言う通りかもね。あそこまでの関係になった女の子を無碍にできないのは解るわ。というか、そんな無責任なことをして欲しくないし……分かったわ、今回だけは認めましょう。でも私に隠れて関係を結んだりしたら許さないわよ」
――マジか!? 許してくれるのか? 良かった……
予想外の返事に、拓哉は驚きつつも安堵の息を吐く。
釘こそ刺されているが、これは二股を容認してもらったようなものなのだ。普通に考えてあり得ない。
それを理解している拓哉は、即座にクラリッサの手を取った。
「ありがとう、クラレ。君は本当に最高だ」
「えっ!? まっ、まあ、そうね。でも、次は許さないわよ」
「ああ、もちろんだ」
急に手を握りしめられたクラリッサは、挙動不審になりながらも直ぐに平静を取り繕うと、拓哉を睨みつけた。
ただ、その視線は、どこか優しげだ。
それを見て取ったのか、拓哉は気分を軽くする。いや、一難去った途端、良からぬ妄想を働かせた。
――隠れて関係を結ぶのが駄目だということは、カティと関係を持つ時は常に三人プレーなのか?
まさに、喉元を過ぎればという奴なのだが、拓哉は脳内をバラ色に変えた。
そんな愚かな男を他所に、カーティスが物言いをつけた。
「だったら、バルガンさんも抜け駆けしないようにね。関係を持つ時は必ずボクも同伴するからね。あと、これはさっきの分! 公平にしとかないとね」
カーティスはそう言って拓哉に抱き付くと、首に両腕を回して唇を重ねた。
そんな彼女の柔らかい唇が心地よくて、思わずウットリとしてしまう。
「うっほん! 時と場所を選びなさい。どこで誰が見てるか解らないのよ」
――そう言えばそうだった……
ここはサイキック能力者ばかりなのだ。壁に耳あり障子に目ありとは、まさにこの訓練校の事だろう。
ただ、クラリッサは自分の言動を完全に棚上げしているようだ。
それを不服に感じたのか、カーティスが頬を膨らませてクレームを入れようとする。
「あのね~。自分のことは――」
ところが、そこでクラリッサの視線が見開かれた。
「あっ、リカルラ博士!」
「リカルラ博士ではありません。あなた達がどこで受精しようと構いませんが、私に対する当てつけなら容赦しませんよ」
「受精……す、すみません」
リカルラから容赦なく断罪されて、クラリッサが顔を赤らめながら頭をさげた。
どういう事情か定かではないが、拓哉達のイチャイチャは、彼女に対する地雷となってしまったようだ。露骨に顰め面で三人を睨んでいる。
「モルビスさんも、バレたら拙いのでは? どこでも盛ると直ぐにバレますよ」
「あう……」
さすがのカーティスも形無しだ。リカルラは性別の件を知っていた。
ただ、拓哉はその事情について何も知らないことに気付く。
――そう言えば、その辺りのことを何も聞いてなかったな。まあいいか、話したければ、本人から話し出すだろう。
相変わらずの軽い調子で考えをまとめた途端だった。リカルラが左手を差し出した。
「それと、はい。これを使いなさい」
彼女の掌には小さな箱が乗っている。
拓哉はその箱を怪訝に思いながらも、直ぐに視線をリカルラに戻した。
「なんですかこれ?」
リカルラは、その問いに全く表情を変えずに答える。
「避妊薬よ。はい。二人とも! 校長は早く子供を欲しがっているけど、そういう訳にはいかないでしょ。それに興味の尽きない年頃だし、行為に及ぶ時はきちんと飲むように!」
リカルラはクラリッサとカーティスにも箱を渡しながらそう告げたのだが、二人は返事すらできずに真っ赤になっていた。
そんな二人の横で、拓哉は疑問に思う。
――俺達のことって、いったいどこまで広がってるんだ? なんでリカルラさんが知ってるんだ? 校長も知ってたし……
腕を組んで首を傾げる拓哉。その態度から思考を察したのだろう。リカルラがにっこりと微笑んだ。
「大丈夫よ。私と校長しか知らないわ」
――いやいや、そもそも、なんであんた達は知ってるんだ? もしかして……覗かれていた? おいおいおい、人の情事を覗くんじゃね~~~~!
その夜、拓哉とクラリッサが、部屋に隠されたカメラを躍起になって除去したのは言うまでもないだろう。