27 卒業試験
2019/01/01 見直し済み
格納庫の会議室に、拓哉、クラレ、カティの三人が入ると、ララカリアからの叱責の声が上がった。
「お前達、どれだけ待たせるつもりだ。女王! お前が呼びに行ってからどれだけ時間が経ったか解ってるのか?」
頭ごなしに怒られて、クラリッサがシュンと項垂れる。
クラリッサが拓哉を呼びにいってから、既に三時間が経っていた。
お蔭で、晩飯も食い損ねている。
クラリッサとしては言い訳をしたいところだが、その内容は口にすることが憚られた。
魔の三時間。
拓哉から言わせれば、間違いなくそう呼ぶだろう。
なにしろ、その三時間に何があったかというと、別に卒業式を行っていた訳ではない。危うく卒業証書をもらう寸前まではいったが、ギリギリセーフだった。
そう、ギリギリだ。拓哉が端末の着信音に気付かなければ、間違いなく三人で見事に大人の階段を登り終えていただろう。
しかし、それについては割愛――えっ、だめ? あう……では、ちょっとだけ……一応、十五禁なので程々に……
あの後、全裸になったクラリッサが大きな二つの胸を揺らしながら、カーティスと言い争いとなった。
ただ、拓哉は怒り狂うクラリッサの胸に見惚れてしまい、暫くの間、何が起こったかあまり憶えていない。
その時の光景で拓哉の記憶に残っているのは、クラリッサの胸に詰まった幸せが、彼をどこまでも幸福な妄想へ誘ったことぐらいだろう。
ところが、暫くすると言い争いがエスカレートし、カーティスがその豊かな胸を揉みしだいた。
「どうせ、中にはアレコンが入っているだけでしょ」
冷たい眼差しを見せるカティが、大きな胸を揉みまわす。
――アレコン? 地球でいうシリコンみたいなものか?
首を傾げる拓哉を他所に、クラリッサは敏感に反応しながらも、果敢に反撃を始めた。
「て、天然ものに決まってるでしょ! あ、あん、あなたこそ、コックピットでお漏らしとか、括約筋が緩いんじゃないの!」
何を血迷ったか、クラリッサはカーティスの下半身に手を伸ばした。
「うきゃ! な、ど、どこを触ってる……の……さ。やん!」
――ヤバい。早く何とかしないと……でも、どうやって止めれば……
こうなると、さすがに拓哉も黙って見過ごす訳にはいかない。
何とか二人を止めようと思ったのだが、あまりの凄さに思わず引き下がってしまった。
その所為か、二人はどんどんエスカレートしていき、悩ましげな吐息を漏らしつつも争いを止めない。
「ちょ、ちょ、ちょっと学年主席だからって、あ、あん! タクを独り占めなんて、う、うふっ! ズルいよ」
「うっ! あ、あなたこそ、くふっ! 男の振りして近付いて、や、やん! た、タクヤを手籠めにしようとか、んっ! 卑怯よ」
かなり敏感になっているのか、初めの頃のような苛烈さはないものの、二人は未だに艶めかしい声をあげつつも言い合っている。
それを目にして、拓哉は二人の執念を感じとる。
――でも、そんな執念なんていらないし……いい加減にやめてくれ……
あまりの苦悩で拓哉は頭を抱える。
ところが、突然、二人は黙り込んで視線を合わせたかと思うと、上気した表情を拓哉にむけた。
「た、タクヤ、あなたが決めるべきよ。さあ、どっちがいいの?」
「そうだよ。タク、乳がちょっとデカいだけの我儘な女よりも、ボクの方がいいよね?」
二人はそう言って拓哉の手を取る。クラリッサは自分の大きな胸に、カーティスも未だ育ちきっていない胸に、拓哉の手を誘った。
――柔らかい……ヤバい。最高だ……
胸の柔らかさに感動する拓哉は、完全に思考が別方向へと飛んでくのだが、追い打ちをかけるかのように、二人は立ち上がって裸体を寄せた。
その柔らかさと温かさが、恐ろしいほどの破壊力となって襲いかかる。
――うはっ、もう死んでもいいかも……
「さあ、どっちにするの? タクヤ!」
「もちろん、ボクだよね。ボクなら今でもオーケーだよ。ほら」
拓哉はといえば、浮き上がりそうなほどにののぼせている。
そこへ、選択を迫るクラリッサに負けるものかと、カーティスは恥ずかしげにしながらも、自分の唇を拓哉の唇に重ねた。
「あ、卑怯よ! あなたはどこまでも卑怯なのね。でも、負けないわ」
カーティスの大胆な行動を非難しつつも、クラリッサはカティを押しのけて拓哉に抱きつく。
そして、恥ずかしそうにしながらも、カーティスよりも濃厚な口づけをしてきた。
――駄目だ。もう無理だ。これで耐えられる奴なんて、世の中に居ないはずだ……
拓哉の弱き理性の壁は、二人の美しさと恥じらいの前に脆くも灰塵と化した。
「どちらかなんて駄目だ! 二人とも俺の女だ!」
「あっ」
「うわっ」
何を血迷ったのか、そう叫んだかと思うと、拓哉は二人を抱きしめた。
クラリッサは驚きにその大きな瞳をしばたかせ、カーティスは思わず驚きの声をあげた。
それでも、二人は嫌がる気配がない。
――もちろんOKってことだよな。
嫌がらない二人の行動と合意だと判断し、拓哉は今まさに大人の階段を登ろうとした。
しかし、世の中とはどこまで非情なのだろうか、そのタイミングで床に転がる衣服が震えはじめた。
そう、衣服のポケットに収まる物体が振動しているのだ。
――ん? もしかして、携帯が?
携帯の着信に気付いた拓哉は、二人を放して衣服から端末を取り出す。
「あっ、ララさんからだ……」
この時、拓哉は端末を手にしたまま、恐ろしく葛藤していた。電話に出るべきか、それとも二人に愛を注ぐべきか。
だが、二人に視線を向けた時、拓哉は悟った。
――終わったんだな……
彼女達は拓哉が端末を手にした時点で我に返ったのだろう。
そそと、恥ずかしそうに下半身を手で、胸を腕で隠し始めた。
――そんな~。ここまできて、そりゃないよ~。
その後はといえば、ララカリアから発せられた怒鳴り声は全く耳に入らず、拓哉はガックリと項垂れた。
ただ、ある意味で丁度良かったのかも知れない。このまま二人と一線を越えてしまえば、あとは板挟みの人生が待っているだけなのだ。
拓哉がチラリと視線を向けると、クラリッサがそそくさと衣服を掻き集め、慌てた様子で身に着けていく。
カーティスはカーティスで、タオルで身体を隠し終えると、拓哉のクローゼットを漁り始めた。
こうして拓哉達は、三人ともに格納庫へ辿り着くまで、とてもバツの悪い時間を過ごしたのだ。
「おい、なんとか言わんか!」
拓哉が最悪の状態で終了してしまった卒業試験を思い起こしていると、激怒しているララカリアからの叱責が飛んだ。
ここで何時間も待たされたのだ。その怒りも仕方がないだろう。
ただ、なんとかこの場を切り抜ける必要がある。
拓哉は助けて欲しいと言わんばかりにクラリッサへと視線をむける。しかし、彼女は顔を真っ赤にしたまま俯いているし、反対側を見れば、カーティスが赤面状態でモジモジとする姿が目に映る。
――だめだこりゃ……二人とも対応できる状況じゃなさそうだ。しゃ~ない。俺が適当に取り繕うか……
「す、すみません。カティの服を乾かしてたんですが、なかなか乾かなくて……」
あからさまに取って付けたような言い訳で、ララカリアをなんとか誤魔化し、評価報告は明日に持ち越されたことで、拓哉達は開放されることになった。
こうして拓哉達三人は解放され、現在宿舎へと向かっているのだが、誰もが押し黙ったままだ。
それどころが、誰も視線すら合わせない状態だ。
その状況に、気まずさを感じていると、左側を歩いていたカーティスが、突如として拓哉の正面に回り込んだ。
「あ、あの、今日はごめんよ。ちょっと調子に乗り過ぎたみたい。でも、タク、ボクは本気だからね。絶対にバルガンさんになんて負けないから」
彼女はそう言うと、ニコリと笑って元気よく駆けだした。と思ったら、即座に戻ってくる。
「あと、ボクのことは秘密だよ。絶対だからね」
「ああ、理由は解らないが、お前がそうして欲しいなら誰にも口外しない」
拓哉が彼女の願いに答えると、カーティスは一つ頷いて、クラリッサに視線を向けた。
「バルガンさんも、内緒にしといてね。もし喋ったら……解ってるよね?」
「わ、解ってるわよ。喋ったりしないわ」
「なら良かった」
カーティスはそう言うと、再び駆けだしていった。
「また明日ね~」
彼女は少し離れたところで、そう言いながら手を振っている。
それに答えてやると、嬉しそうに宿舎へと戻っていった。
実際、宿舎といっても最先端マンションのような建物だ。
――まあ、色々と大変だったけど、ひと段落なのかな?
元気を取り戻したカーティスを見てホッと息を吐き出すと、今度は右側に居るクラリッサが拓哉の腕を引いた。
その行動を怪訝に感じながらも視線を向けると、彼女はモジモジとしながら口を開いた。
「あ、あの、きょ、今日の私はどうかしてたの……だから、今日見たことは忘れて欲しいの」
――いや、それは無理。完全に脳内保存されちゃったし……
なにしろ、あれほど綺麗な裸体なんてAV女優にだってそうそう居ない。それに普段の彼女とあの恥じらう姿のギャップが、拓哉の心をこれでもかと燃え上がらせるのだ。
――でも、ここは嘘でも忘れると言った方が良いのかな……でも、めっちゃ魅力的だったよな~。
再び彼女の裸体が脳裏に浮かび、意識を持っていかれそうになる。
そんな拓哉の態度が気になったのだろう。クラリッサが上目遣いで縋りついてきた。
「だめ?」
――ぐあっ、めっちゃ可愛い。やべっ、これだけでイケそうだ……
拓哉はこれ以上ないほどに彼女のことを可愛いと感じてしまう。そして、猛烈に感動してしまった。
それ故に、黙っていようとしていたことが、思わず声になってしまう。
「いや、ダメじゃない。でも、あんなに綺麗な姿を忘れられる訳がないだろ?」
その返事は、クラリッサの期待していたものとは違っていたのだろう。
彼女はちょっと驚いた顔をしたあと、とても恥ずかしそうな表情を作り、拓哉のお尻を叩いた。
「もうっ! バカっ! 男の子って本当にエッチなんだから……でも、あんな姿を見せたのもタクヤだけよ。だから……」
彼女はそういったかと思うと、カーティスのように走り去っていく。そして、少し離れたところで振り向いた。
「タクヤ! また明日。おやすみなさい」
「ああ、また明日な!」
こうして拓哉達のギスギスした時間が終了した。恐らく、明日になれば何事もなかったかのように以前の生活に戻るだろう。
拓哉はそのことを不満にも感じたが、どちらかというと安堵していた。
ただ、どちらにしても、二人が自分にとって大切な存在となったのには間違いないと、クラリッサが走り去る後ろ姿を、いつまでも眺めながら胸を熱くしたのだった。