00 プロローグ
2018/12/24
大変申し訳ありません。
思うところがあって、少し見直そうと思っています。
ただ、話が長いので、長期にわたる変更になるかと思います。m(_ _)m
朱々とした色彩で世界が塗り潰されていた。
それを作り出している朱く燃え上がるような夕日が、この壊れかけた世界を血で染めたかのような景色に塗り替えているのだ。
朱き陽の衣は、無残な姿となった建物の残骸を、唯の朱い塊に塗り変えている。
見る者によっては、周囲の残骸が赤き血を流しているのだと感じるかもしれなし、砕け散った瓦礫や焼き焦がされた残骸を唯の朱に染め上げることで、無残な姿を覆い隠してくれているように思うかもしれない。
そんな朱き世界に一人の美しき少女が佇んでいる。
少女の姿は、まるでこの世界に降臨した女神のように美しい。
その美しさは、誰もが周囲の儚げな光景を忘れてしまうほどに魅せられてしまうものだろう。だが、現在の少女は、その美しき相貌を崩して声をあげる。
「どうして! どうしてよ! なぜ、わたし達が戦う必要があるのよ! わたしとあなたは同じ存在よね!? それなのに、どうしてよ! タクヤ」
本来なら温かく優しい彼女の声が、今や悲痛な叫び声となって響き渡る。
それはせつないほどに彼女の想いが込められていた。
放たれた彼女の叫びは、切実な想いを凶器に変えて、少年――拓哉の胸を刺し貫く。
彼は胸の痛みを必死に耐え、瞬きすら忘れて美しき少女を食い入るように見詰める。
そんな拓哉の瞳には、悲痛な表情を浮かべる少女の姿が焼き付く。
それは何もかもを朱く染められた姿だ。夕日によってエメラルドグリーンの美しい御髪が朱々と染めらている。白く透き通るような細い腕も、類を見ない度に整った顔も、何もかもが朱く染められている。
それでも彼女の頬を流れる雫を見落とすことはない。
――どうすれば、俺はどうすればいいんだ……
苦悶の表情を浮かべる少年を他所に、如何いった心境の変化か、少女は悲しみの表情を穏やかなものに変え、涙を流したまま猫なで声で懇願してきた。
「ねえ、わたしと一緒にいこうよ。戦争のない所で一緒に暮らそう? 二人で静かに楽しく生きていこうよ」
彼女の願いが、言葉が、視線が、刃となって少年に突き刺さる。
――出来るものなら俺もそうしたい……叶うものならそうしたい……彼女と共に静かに暮らせたらどれほど幸せだろうか……
それが起こったのは、眼前の美しき少女の願いに心揺さぶられている時だった。
恰も楔を打ち込むかのような叫び声が届く。
「駄目よ! 惑わされては駄目! 私のタクヤを誘惑しないで!」
拓哉が振り返ると、夕日で朱く染まった別の少女が、必死に駆け寄ってくる姿が目に映った。
「クラレ!?」
クラレと呼ばれた少女――クラリッサは、面前の少女に引けを取らないほどの美少女なのだが、今やその美しき相貌を崩していた。
「タクヤ、あなたは私の希望なの。いえ、人類の希望なの。だから、行かないで。お願い……もし、あなたが居なくなったら、私は……」
隣に辿り着いたクラリッサがそう言うや否や、絶対に放さないとばかりに縋りつく。
彼女のそんな姿を目にして、夢見がちな心が抑えつけられてしまう。
抑えつけられた心は、飽く迄も、拓哉が勝手に思い描いた夢物語であって、妄想の産物でしかない。
「タクヤ……」
その声で、拓哉は白銀の美少女へと視線を戻す。
彼女は悲しみに濡れた視線を向けてくるが、次の言葉を口に出来ずにいる。しかし、その懇願するような眼差しが必死に訴えかけいる。
「キルカ……俺は……」
白銀の美少女――キルカの瞳を見るだけで、拓哉の胸は張り裂けてしまいそうだった。
――俺はいったいどうすればいいんだ……
拓哉の想いは、二人を愛してるとか、そんな単純なものではない。どちらの少女も、どちらの者達も、どちらの国も、比べることができないほどに大切な存在だった。
美しき少女二人の想いに板挟みとなり、揺らぐ心を持て余した拓哉は、必死に最善の方法を見出そうとする。しかし、それを見付ける事は叶わなかった。
答えが無かった訳ではない。ただ、時がそれを許してくれなかったのだ。
轟音が鳴り響く。それは、新たなる戦いの幕開けを予感させるものであり、戦慄を生み出す狂気の雄叫びとも言える。
その轟音が聞えてきた次の瞬間、視線の先に佇む少女の後方に巨人が現れた。いや、それは人ではない。それは戦うための器であり、殺すための器だ。そう、拓哉が操る機体と同類の人型機動兵器。
その赤く染め上げられた機体は、向かいに佇むキルカの髪を舞い上げると、彼女の後ろで停止した。
「朱い死神……」
拓哉に縋りつくクラリッサが憎悪に表情を歪め、ポツリと言葉をこぼした。
彼女が口にした朱い死神。
それは眼前の紅き機体の二つ名であり、夕日に照らされることが無くとも、その機体が紅いことは誰もが知っている。
朱い死神と呼ばれる機体が、拓哉の眼前に佇むキルカの背後で跪くと、冷たい声が発せられた。
『姫、迎えに参りました』
事態を察したをキルカが、ゆっくりと振り向く。
彼女の表情は、明らかに戻りたくないと告げている。
『皆が待っております。姫が戻らねば、即座に全機出撃するとの連絡を受けております』
その言葉を聞いたキルカの肩がピクリと震える。
彼女は逡巡しつつも、拓哉に視線を戻して手を伸ばすが、歩み寄ることはない。
――その手を取りたい……だが、仲間達を見捨てる訳にはいかないんだ。
唇から血が滲み出る程に歯を食い縛る拓哉の前で、キルカは朱い死神の手に覆われた。
「キルカーーーーーーーー!」
拓哉は無意識に少女の名前を叫んでいた。
しかし、彼女からの声は聞こえてこない……
『今日は見逃してやる。だが、次は無い』
紅い機体からそんな台詞が発せられるが、拓哉にとってはどうでも良いのだ。キルカが居なくなることこそが、最悪で最恐な状況なのだから。
――行かせない。
拓哉は思わず足を踏み出す。ところが、縋り付くクラリッサが力を込めて押し止めた。
「駄目! いかないで!」
「クラレ……」
押し止める力ではない。彼女の力など、大したものではない。その気になれば、いくらでも振り払えるだろう。
しかし、拓哉は動きを止めた。そう、クラリッサの想いが動きを遮ったのだ。
いつの間にか、夕日は沈み、辺りは闇に包まれつつある。
それが、まるで己の心中を物語っているかのようで、今や力無く佇むだけの木偶と化した拓哉は、既に居なくなったキルカの後を追うかのように、ただただ虚空を見詰めるばかりだった。