24 再現
2018/12/31 見直し済み
模擬戦まであと三日、今日でプログラム変更も何回目になるだろうか。
そのことを思うと、ララカリアの凄さがありありと解るというものだ。
拓哉はそれほどプログラムに詳しい訳ではないが、父親がやっていたプログラムを見せてもらったことがある。
その時、一つの作品がどれくらいの期間で作られ、テストを何度も繰り返し、何度もやり直すかを聞かされて驚いたことを覚えていた。
それ故に、ロボットを動かすためのプログラムなんて、そう簡単にできるものではないと考えていたのだが、それをいとも容易く完成さるララカリアの技量に驚かされていた。
当然ながら、プログラミング言語自体は違うのだが、考え方は同じはずだ。
そう考えた拓哉は、ララカリアがプログラムを作り上げる速度と精度に、身震いするほど感動していた。
「さあ、出来たぞ!」
大きな椅子にちょこんと座った女児が、両腕を広げて叫ぶ。
拓哉はその声の大きさではなく、別の意味で驚嘆する。
「えっ!? もう修正したんですか?」
「ああ、これくらいは何てことはないさ。プレーンオムレツを作るより簡単だぞ」
ララカリアは然も大したことではないとでも言うように、軽々しくそう口にした。
もちろん、彼女は料理なんてできないし、立派なプレーンオムレツを作ろうとすれば、何年かかるか分かったものではない。それを食卓で待つ者が居れば、完成した時には、間違いなく白骨死体になっていることだろう。
――いやいや、俺には解らないけど、普通は無理なんじゃないのか? プレーンオムレツの方が遥かに簡単だろ!?
因みに、姉家庭の拓哉は料理が得意だったりする。プレーンオムレツなんて、気が付けば作れるようになっていた。
そんな拓哉がララカリアの異常さについて考えていると、彼女は椅子からぴょんと飛び降りた。
そして何を考えたのか、拓哉の背中を勢いよく叩く。
「大丈夫! 心配すんな。誤動作なんてしないからな」
「いえ、そんなことは気にしてませんよ」
「本当か~~? まあいいや、あたいは少し横になるから、昼になったら起こしてくれ」
「分りました。おやすみなさい」
返事をする拓哉を他所に、彼女は振り向かないまま返事の代わりに右腕を上げ、格納庫とは名ばかりの倉庫に設置されている会議室へと入っていく。
そう、彼女は徹夜で作業をしていたのだ。
拓哉もその手伝いをすると進言したのだが、ドライバーは休むのも仕事だと言われて追い返されたのだ。
そうして、普通に出勤してきたところなのだが、彼女は朝まで作業に没頭していたようだ。その活力は本当に感心するばかりだった。
――よし、俺もいっちょ張り切ってやるか。
拓哉は彼女が会議室に入るのを見届けて、自分も頑張らねばと言い聞かせた。
なんだかんだで、あっという間に夕方となったのだが、まるでロケット弾のような勢いでカーティスが走ってきた。
「やっほ~タク! 元気かな? ボクはめっちゃ元気だよ~~~!」
原因については理解しているものの、拓哉はハイテンションのカーティスを見て疲れてしまう。
というのも、この件に関しては拓哉も乗り気ではないし、そもそも拓哉自身がテンションの高い方ではないというか、騒ぐのが苦手というか、ハッキリ言って地味なのだ。それ故に、ハイテンションな人物の相手を苦手としているのだ。
そういう意味では、幼馴染は間違いなくハイテンションな人物だったが、付き合いの長さもあって、お互いにあまり気を遣わない関係が出来上がっていたので、それほど気にすることはなかった。
「どうしたの? タクは元気ないじゃん」
「いや、これが普通なんだが……」
「ええ~っ、若いんだからもっと覇気を持たないとダメだよ」
「いやいや、これが持って生まれた性格なんだ……」
「ちぇっ、でも、まあいいか。それよりも、楽しみだな~。早く乗りたいな~」
ハイテンションなカーティスに対して、拓哉は構わず自分のテンションで対応していると、彼は少し寂しそうな表情をみせたが、今日の評価試験のことを思い出したのか、直ぐに明るさを取り戻した。
拓哉はそんな彼を余所に、試験を行うための準備を進めていく。
そう、機体を操縦するだけではなく、事前チェックや安全確認など、色々とやることが山積みなのだ。
こういう作業を熟すようになって、初めて整備班がどれほど重要な役割を担っているかを知ることになった。
これまでの想像だと、パイロットが主役であり、一番大変そうだと思っていたのだが、実は裏方が頑張らないと、主役が搭乗する乗物が真面に動かないなんてオチになるのだ。
「よ~し、そろそろ始めるぞ~~!」
インストール済みのプログラムを再チェックしていたララカリアが声をあげる。
彼女は昼過ぎに起きて、再びプログラムチェックをしていたのだ。
「きたきたきたーーーーー!」
その声を聞いたカーティスが威勢よく答える。
――つ~か、返事になってないよな。
パイロットスーツを着込んでやる気満々のカーティスを眺めながら、心中でツッコミを入れた時だった。
「あぶない!」
その声は遅れてやってきたクラリッサのものだった。
彼女の声を聞きつけ、拓哉は即座に頭上を見上げた。瞬時にクラリッサの視線から、危険物の位置を察したのだ。
見上げる拓哉の視線に照明が映る。
格納庫の天井に設置されていた照明が、拓哉とカーティスに向かって落下しているのだ。
それは巨大な照明であり、拓哉のみならず、ララカリアとカーティスにも被害が及ぶ可能性があった。
「うわっ!」
「なんだと!」
拓哉の視線を追って上を見上げたカーティスとララカリアが呻き声をあげる。
――ちっ、なんとか回避しないと……てか、このタイミングは……
危険を感じ取って勝手に焦りだす心を無理矢理に抑えつけ、上を仰ぎ見つつも即座にララカリアとカーティスを抱き寄せて回避を選択した時だった。
突如として、けたたましい音が響き渡った。
「えっ?」
「どういうこと?」
「こ、これは……女王か?」
拓哉の驚きに続き、カーティスが首を傾げ、ララカリアが怪訝な表情をみせる。
そう、誰もが訝しむのも当然だろう。なにしろ格納庫の壁に大きな穴があいていたのだ。
それと同時に、頭上に落下していた照明も消えてしまった。
――消えた? いや、逆なのか……食堂の時と同じなのか? 落下していた照明が格納庫の壁に穴をあけたんだな……でも、誰が?
壁の穴を見やったまま、食堂での事件を思い出す。
そこへ慌てたクラリッサが真っ青な表情で駆け寄ってきた。
「タクヤ! 大丈夫!?」
「ああ、なんともない。よな?」
拓哉は両脇に抱えているララカリアとカーティスに視線を向ける。ところが、なぜか二人とも沈黙を守っている。
二人の態度を訝しく思った拓哉だったが、自分が抱いている所為なのかもしれないと考え、即座に二人を抱き寄せていた両腕を解く。
すると、恐ろしく真剣な表情となったクラリッサが二人に詰め寄った。
「あの照明を吹き飛ばしのは誰? ミス・ララカリア? それともモルビスさんかしら?」
――そうだ。あの照明は……一瞬で壁を突き破った。俺とクラリッサじゃないとしたら、二人しかいない。
ララカリアに視線を向けると、なぜか真っ赤な顔のまま、首を横に振った。
「あたいのサイキックはあそこまで強烈じゃないぞ。てか、あれってサイキックなのか? あんなに強烈なのは、お目に掛ったことがないぞ」
彼女は肩を竦めつつ、その異常性について言及してきた。
それに続いて、カーティスがおずおずと口を開く。
――てか、なんで男のお前まで真っ赤になってんだよ。
「ボクもあんなのは初めて見たよ。食堂の事件は残念ながら見逃してしまったけど、あれもこれと同じような現象だったの?」
「そうだな。と、言いたいが、前回も今回も、さすがに見える速度じゃないから断定できないかな。ただ、事象的には同じだと思う」
顔を赤くするカーティスに心中でツッコミを入れつつも、拓哉は同じ現象だろうと頷く。
すると、カーティスは腕を組んで悩み始めた。
「そうなると、いったい誰なんだろうね。ボクではないし、ララさんでもないとなると、あとサイキックを使える人物はバルガンさんしか居ないんだけど……」
「まあ、それは校長の方で調べると思うわ。それよりもあの大きな照明がこんなタイミングで落ちて来るとは思えないの。きっと、食堂と同じように誰かの仕業ね。でも、さすがに、これは悪戯の域を超えているわ。殺人未遂だもの。少し警戒の必要があるわね」
カーティスの考えを遮るように終わらせたクラリッサが、ことの原因について話し始めた。
確かに彼女の言う通り、悪戯では済まされない状況だ。
ただ、それよりも気になるのは、クラリッサの態度だ。
――どうも、この態度といい、話の切り方といい、クラレは何か知ってるんじゃ……
チラリと視線を向けた拓哉は、クラリッサが何か隠しているのではないのかと考え始める。
しかし、その思考は直ぐに遮られた。
「それも校長に任せればいいさ。さっさと片付けて評価試験に取り掛かるぞ」
「そうですよね。これで中止になんてなったら、ボクはこの事件の犯人を絶対に始末するよ」
いつもの調子に戻ったララカリアが試験を始めることを告げた。
カーティスは同意しながらも怒りを露わにしている。よほど拓哉の操る機体のナビゲーターシートに座りたいのだろう。
――立ち直りが早いな~。いっそ、このまま中止でも良かったんだけど……
活気の戻ったララカリアとカーティスを眺め、元気な奴等だなんて考える拓哉。このあと予定通りに評価試験を行うことになるのだが、後々、ここで中止にならなかったことを後悔することになるのだった。