23 嫉妬
2018/12/31 見直し済み
メインモニターに映る敵の側面に回り込み、即座に高周波ブレードで切り倒す。
その途端、背後からの射撃に見舞われるが、瞬時に高速移動と半旋回を駆使して避け切る。続けて反撃に移る。敵に的を絞らせないように、スネイクラインのように左右にフェイントをかけながら前進し、背面に回り込むと有無も言わさず高周波ブレードで切り裂く。
「敵影ゼロ、損耗率十パーセント、被弾二、損害軽微。あり得ないわ」
既に感動を通り越したのか、はたまた、拓哉の戦闘能力を見定められなかったからか、ナビゲーターシートに座るクラリッサが呆れた様子で肩を竦めた。
――おいおい、クラレ。それって褒め言葉だよな?
『よ~し、評価テストは終了だ。納屋に戻るぞ』
――ちょ、ちょっと、ララさん。幾らなんでも納屋はないでしょ。せめて倉庫と呼んであげてよ。
クラリッサからの状況報告が終わると、まるで示しを合わせたようにララカリアから帰還命令があった。
拓哉からすれば、どちらもツッコミどころ満載だ。
「ラジャ! 帰還します」
帰還命令にはクラリッサが応答した。というのも、基本的には連絡業務はナビゲーターの仕事なのだ。
「それにしても、拓哉、あなた何をしたらそんな神業みたいに操縦できるようになるの?」
「ん~、慣れじゃないか?」
「なにを言ってるのよ。あなた、この世界に来てまだ一カ月ちょっとなのよ。いつ慣れる暇があったのよ」
確かにこの世界でのロボットにはそれほど慣れていた訳ではない。ただ、拓哉にとって、この機体の操作は殆どゲームと変わらない仕様だった。
――なんて答えればいいんだ?
拓哉がどう説明したものかと悩んでいると、クラリッサが何かに気付いたようだ。
「もしかして、拓哉がやっていたゲームとかに関係しているの? 確かにシミュレーターみたいだったけど、あれのお蔭なのかしら?」
「そうだな。あれのお蔭だと思う」
操縦席に座っていることもあって、彼女の顔を直接見ることはできない。
しかし、彼女の訝しげな表情はサブモニターのポップアップで知ることができた。
「たしか、あのゲームというものでもトップクラスだったんでしょ? プロにも勝ったとか耳にしたけど」
「えっ!? よくそんなことまで聞いていたな。まあ、確かにあの手のロボットゲームで負けたことはないな」
「それ自体が異常ないのよ。何をすればそうなれるのかしら……」
彼女は地球での情報収集も余念がなかった。
というか、ゲームセンターで偶然聞いただけだったりするが……
――そういえば、バタバタしてたんで俺に声を掛けてきた理由を聞いてなかった……まあいいっか。今更だもんな。
クラリッサとの出会いについて思い出しながら、専用ハンガーに機体を格納する。
すると、ナビゲーター席で周囲の状態を確認していたクラリッサから声がもれる。
「よくこれだけ素早く正確に格納できるわね」
「ああ、ララさんのプログラム変更で、かなり正確な動作ができるようになったからな」
「いえ、それ以前に、その操作技術が異常だわ。だって、寸分の狂いもなくセンターに位置しているもの。こんなのサイキックを使っても、そう簡単にできないわよ。というか、私はこれまでお目に掛ったことがないわ」
拓哉は他の機体やドライバーのことを知らない。それもあって、何とも言いようがない。
ただ、クラリッサがそう言うのなら、上手くできているのだと納得する。
「じゃ、ハッチ開けるよ」
「了解」
ハッチに関しては、ドライバー、ナビゲーターに限らず開けられるのだが、いちいちお願いするのも申し訳ないので、拓哉の方でさっさと解除操作を行う。
ロックが外れる音が何回かすると、圧力機構からバッシュっという排気音が聞こえてくる。
すると、フロントのモニター下部の処から胸部装甲が開いて行き、徐々に上方に開く。
その様は、まるでロボットアニメのような光景で、拓哉は何回見ても感動してしまう。
「じゃ、先に降りるよ」
「どうぞ。私は戦闘記録チップのダウンロードが終わってから降りるわ」
クラリッサが告げる通り、ナビゲーターは機体を停止させたあとも仕事が山ほど残っている。
そんな彼女から視線を外し、拓哉は開いた胸部ハッチに取り付けられた乗降ケーブルで下に降りる。
――毎回思うけど、これじゃ、まるで野戦時の降機みたいだ。
そう、正規格納庫では乗降機用のピットが備え付けられているのだが、ここにはそんな上等な代物はない。それ故に、機体の乗り降りには、乗降ケーブルを使用するしかないのだ。若しくは、緊急用の機能を発動させて、昇降用の簡易階段を出すしかないのだが、実際、階段と言っても機体の彼方此方から足掛けようの突起が出るだけだ。
「お疲れさま~~~~! 今日も凄かったよ」
格納庫の床に降りると、タオルと飲み物を持ったカーティスが駆け寄ってくる。
それを目にして、拓哉は一瞬だけドキリとする。
というのも、それだけを見ると、とても男には見えないのだ。
――これじゃ、まるでファンクラブの女の子みたいだ……てか、どう見ても俺の分しか持ってないし……
「ありがとう」
「いいね~、モテる男は~」
「ちょっ、止めてよ。クロート!」
拓哉が頬を引き攣らせながらも、カーティスから飲み物とタオルを受け取って礼を述べていると、後ろからやってきたクロートが冷やかしてくる。
「いいじゃね~か。可愛い男の子だし。くくくっ」
「嫌らしい笑い方……それよりもタクヤ君、日に日に機体の動きが良くなってるね。本当に惚れ惚れするよ」
嫌らしい笑みを浮かべるクロートに冷たい視線を浴びせつつ、トニーラが機体の動きについて感想を述べてくる。ただ、べた褒めで全く参考にならない。
その点、ファンクラブに見えてもカーティスはかなり違う。その辺りは、やはり訓練生と整備士の違いだろう。
「旋回速度が昨日よりもコンマ二秒ほど上がってたよ。あと、上下動作の精度と安定性が向上してたよね」
「そ、そいうか……ありがとう」
――細かく説明されても困るんだよな……取り敢えず良くなっていたということだけ解ればオーケーだよな……
少し焦りながら礼を述べたのだが、それが気に入らなかったのか、カーティスが頬を膨らませている。その仕草がまるで女の子みたいでドキッとする。
――あ~いかんいかん! 俺はノーマルなんだから、可愛い系男子に惑わされる訳にはいかないんだ。
そんな拓哉の危機感を犬でも食わせてしまえと言わんばかりに、カーティスはグイグイと顔を近づけてくる。
「でもさ、なんでナビがバルガンさんばかりなの? ボクにもやらせてよ」
どうやら、彼の不満は自分がナビ席に座らせてもらえないことにあるらしい。
――そうはいってもな~。クラリッサの話じゃ、とても普通じゃないらしいし……
拓哉がどうやって断るべきかと悩んでいると、背後から声が届いた。
「この機体は特殊だから、あなたには無理よ。それにタクヤも特殊だから、普通のナビゲーターでは役に立たないわ」
――それって、褒めてんのか? それとも貶してるのか? まあいいか、これで諦めてもらえれば問題ない訳だし。
勝ち誇るかのように胸を張るクラリッサ。
拓哉としては、自分の扱いに疑問を感じるのだが、取り敢えず彼女の返答で終わりということで問題ないと判断する。
ところが、その考えが甘かったことを思い知る。
「そんなの、乗ってみなけれりゃ解らないじゃんか」
頬を膨らませたカーティスが、勝ち誇るクラリッサに食って掛かったのだ。
ただ、やってみなければ分らないのは事実として、拓哉にとっては乗りこなせる乗りこなせないの問題ではなく、クラリッサとの約束の件もある。
「カーティス――」
「よかろう」
なんとか諦めさせようと試みる拓哉だったが、その声は何処からか降って湧いたララカリアの声で妨げられる。
おまけに、何を考えたのか彼女は、カーティスの要求を受け入れてしまった。
「やった~~~~!」
「ミス・ララカリア! なぜですか!」
喜ぶカーティスを他所に、憤慨したクラリッサがララカリアに詰め寄る。
怒りのオーラで圧し潰されそうになったのか、ララカリアは無意識に後退る。
しかし、そこは年の功か、焦りつつも平静を装うのに成功した。
「お、おっ、そんなに怒らなくてもいいだろう。これにはきちんとした訳があるんだ」
ララカリアの言葉を聞いても、クラリッサはまったく緩めない。
今にも首根っこを掴まんばかりに、ララカリアに圧力をかける。
「訳? だったら、早く聞かせてください。ミス・ララカリア。もちろん、納得できる説明を聞かせてもらえるのですよね」
「まあ、まあ、お、落ち着け、女王よ」
「だから、女王と呼ばないでください」
「す、すまんすまん」
あまりの剣幕に、ララカリアですらタジタジとなっている。
ララカリアがチラチラと助けを求めるような視線を投掛けてくるが、拓哉は触らぬ神に祟りなしとばかりに首を横に振る。
――原因を作ったのはララさんなんだから、俺に振らないでください……
援助のない不満を恨めしげな視線で訴えていたララカリアだったが、拓哉が無反応――視線を逸らしたことで諦めたようだ。
彼女はワザとらしい咳払いを一つすると、尤もらしい理由を口にした。
「取り敢えず、現在の開発は特化型を作っている訳じゃないから、色んな者から意見を聞きたいんだよ。ただ、操縦者はタクぐらいしか居ないからな。ナビくらいは交代で情報を採取したいんだ」
「……」
――おお~、真面目な理由があったんだな。素晴らしく納得のいく台詞でびっくりした。とても、場を濁すために取り繕ったものとは思えんな。
開発者としての正しい理由があったが故に、さすがのクラリッサも反発できず、悔しそうに押し黙ってしまった。
ただ、彼女の瞳は、拓哉に何か言えと訴えかけてきている。
――や、やばい。これも素知らぬ振りで逃げるしかない。
逃げの一手を選択した拓哉がさりげなく視線を逸らすと、クラリッサの頬が一気に膨らむ。
――ごめんよ。クラレ。でも、ララさんの発言の内容だと拒否できないじゃないか……
そんな想いを乗せた視線を返すと、彼女は拓哉の背中をつねったあと、そそくさと何処かへいってしまった。
こうして一時的に嵐が過ぎ去った訳だが、これが終わりではなく、始まりの予感がして、拓哉は嫌な寒気を感じて震えはじめた。