22 助言
2018/12/30 見直し済み
気が付けば、いまや当たり前のように、カーティスが毎日やってくる。
それは、昼休みであったり、放課後であったりだ。
彼は自分の勉強や鍛錬を行わないのだろうか。そんな疑問を抱く拓哉だったが、それを口にできないでいた。
というか、これまで以上に訪れるようになったクラリッサが、彼を邪険にしているのだ。下手なこと口にすれば、災いが自分に降りかかるのではないかと恐れていた。
「ねぇねぇ、タク~、今度でいいからボクをナビ席に乗せてよ」
「駄目です。あなたではタクヤのナビは務まりません」
「え~、いいじゃない。ちょっとくらい。けちっ、って、なんでバルガンさんが拒否するのかな?」
――また始まった……
以前、クラリッサとララカリアが初めて出会った時、拓哉は二人のことを水と油だと思った。
ところが、思いの外上手くやっている。それに比べ、この二人の関係は最悪だった。
今も、興味本位でナビ席に乗りたいと言い始めたカーティスに向けて、クラリッサが拒否反応を示している。
拓哉としては、そこまで頑なに拒否することもないいと思うのだが、口を挟むと藪蛇になると解っているので、敢えて口を噤んでいる。いや、それ以前に、拓哉にはやることが山積みなのだ。
――困ったな~。ララさんが天才プログラマーだとは知ってるけど、どうにかなるものなのか?
現在の拓哉はサイキックの仕様について頭を悩ませていた。
というのも、一応はPBAで使用されているサイキックシステムの内容を全て洗い出し、それをララカリアに提出したのだが、その中でもサイキックシステムによる駆動系のコーティングが一番のネックになっているのだ。
実際、誰が考えても解るほど明確なものなのだが、それが不可欠なのも明白なのだ。
それは物理的なものであり、プログラムが介入することが出来ない範囲なのだ。
それ故に、全くサイキックを使わない仕様ではなく、サイキック適性が低い者でも操れる仕様にすべきだという話になる訳だが、ところがどっこい、拓哉は適性が低どころか、サイキックを全く使えないときた。
となると、そこで終了だ。
「ねぇ、聞いてるの? タクヤ!」
――あ、ヤバイ。クラレ切れかかってる……
「ああ。すまん。どうしたんだ?」
正直者の拓哉が素直に謝ると、それが功を奏したのか、溜息を吐きつつも彼女は怒りを収めたようだ。
「ううん、なんでもないの。それよりも、タクヤこそどうしたの?」
彼女は首を横に振りながら、逆に問い返してきた。
それにどう答えたものかと考える拓哉だったが、悩んでいることをそのまま話すことにする。
「ん~、例のサイキックシステムだけどな。他は良いにしても駆動系は無視できないんだ。だけど、知っての通り俺は無能者だろ? それでどうしたものかと悩んでるんだ」
「ああ、それね。そうよね。そればかりは、サイキックが使えないと……」
クラリッサは、サイキックのところで押し黙ってしまった。
それは、恰もサイキックに思い当たる何かを隠しているかのように見える。
拓哉が彼女の態度を訝しく感じていると、反対側にるカーティスが首を傾げた。
「どうしてそんなことを悩むのかな? そんなのは簡単じゃなか」
「えっ!? 簡単なのか?」
カーティスの軽いノリに驚きつつも視線を向ける。彼はなんでもないことのように、スラスラと話し始める。
「ナビが補助すればいいんだよ」
「それはサイキックシステムを使えということだよな」
「まあ、そうなるかな」
――う~ん、それをララさんが納得してくれるかどうか……
ララカリアの目標は、サイキックを使用しない機動兵器の開発だ。
それを知っている拓哉としては、その方法を最善とは思えなかった。
「あっ、午後の講義が始まるわ」
チャイムの音が鳴り響き、黙り込んでいたクラリッサが顔を上げた。
それに合わせて拓哉も格納庫へと戻ることを告げる。
「じゃ、俺も作業があるんで戻るよ」
「そうね。また放課後にでも顔を出すわ」
「じゃね~。ボクも放課後に行くからね」
カーティスの返事が気に入らなかったのだろう。クラリッサがキッと冷たい視線を向けた。
「あなたは来なくていいんです」
「どうしてだよ~」
カーティスの方も引く気はないようだ。クラリッサと睨み合う。
拓哉は呆れてしまい、思わず溜息を吐いてしまうのだが、取り敢えず時間がないことを認識させる。
「どうでもいいけど、お前等、遅刻するぞ?」
「あっ、拙いわ」
「うぎゃ、やばっ」
二人は左腕に装着した多機能ブレスレットを見ながら、慌てて教室に戻るべく駆け出した。
クラリッサ達と別れて、初級機体が収まる格納庫に戻った拓哉は、そこでいつもの感想を抱いた。どうにも、ここだけが最先端技術から置いてけぼりを喰らっているような気がすると。
――でも、これはこれでありかもな。
この場に馴染み始めた証拠なのだが、本人はそのことを理解していないようだ。
それでも、拓哉はリラックスできる自分を感じながら脚を進める。
いつものように一〇七号機の前に行くと、既にララが作業に取り掛かっており、色々と忙しそうにしていた。
「ララさん、何か手伝う事はありますか?」
「ん? ああ、タクか……ん~、今はないんだが、例の件をどうしようかと思ってる」
彼女が言う例の件とは、先程も話題に上った駆動系のコーティングのことだ。
「あれって、そこだけサイキックシステムを使う訳にはいかないんですか? そうでもしないと、根本的な部品の素材から見直しになりますけど」
もしかしたら、怒られるかもと思いながらも、現実的な方法を口にする。
「まあ、将来のあるべき姿は置いておくとして、当面はそうするしかないかもな。それにしても、タクは全く使えないだろ?」
ララカリアの言葉を聞き、拓哉は思わず驚きを露わにする。
というのも、彼女が嫌がるものと思っていたのだが、サイキックシステムの使用も考慮に入れていたからだ。
おそらく、思ったよりも現実が見えているのだろう。
ただ、彼女の言う通りだ。問題は他にもある。というか、問題は拓哉にあるのだ。
でも、それについてはカーティスが一つの答えをくれた。
「ナビが補助する訳にはいきませんか?」
「それは難しいだろうな」
カーティスの提案は、サイキックシステムを使わないという目的こそ果たしていないが、拓哉にとっては使える案だと考えていた。ところが、ララカリアは首を横に振った。
その理由が理解できなくて、拓哉は首を傾げてしまう。
「どうしてですか? サイキックシステムを使用するのがドライバーでなくてもいいですよね?」
「駆動系のサイキックコーティングってのはな、ドライバーが操作する時にイメージするんだ。だから、ナビはその動作が解らない。随って適切なコーティングができないんじゃないか?」
――ぐはっ! そうだったのか……
自分が全くサイキックを使えないこともあって、拓哉はその事実を知らなかった。
ただ、今の説明で到底無理なことを理解した。
「それじゃ、ダメですね……」
素直に敗北を認めるしかない。それはいい。それよりも、また振り出しに戻ってしまったことが問題だ。
また一歩、自分の求めるものが遠退いたと感じて、拓哉はガックリと肩を落とす。
すると、何を考えたのか、ララカリアが頬を掻きながら励ましてきた。
「心配するな。コーティングがなくても直ぐに壊れる訳じゃない。PBAと比べて損耗率が大きいというだけだ」
「でも、それって稼働率がどのくらい変わるんですか?」
「ん~、通常で三十パーセントダウンかな。上位のドライバと比べると五十パーセントくらい下がるだろう。だが、通常のPBAの稼働率は無補給で一週間とかだからな。半分でも三日から四日近くもつということだ」
――確かに、三日も稼働できれば問題ないような気がしないでもないが、それって連続戦闘の稼働率が半分になるんだよな? ある意味で欠陥品なんじゃないのか?
「まあ、今はやれることをやるだけさ。耐圧サイキックシステムはナビでも使えそうだしな。それは組み込むことにしよう。お前が良くてもナビは耐えれないだろ?」
彼女の発言から、来週末に迫った模擬戦には、現状の機体で臨むしかないことが分かる。
――まあ、それでも負ける気はないんだけどな。
飽く迄も、問題になってるのは実践を踏まえた稼働についてであって、模擬戦ぐらいなら何の影響もない。
ただ、拓哉は模擬戦の内容の方も気になっていた。
というのも、クラリッサから聞かされた話では、かなり不利な状況での戦いとなるはずだ。
それ自体が理不尽な話なのだが、編入を黙って見過ごせない者達がいるのだ。
それ故に、不利な状況も含めた勝利が編入条件となっていた。
「夕方までには、新しいプログラムで起動できるからな。女王がきたら試験を開始するぞ」
――今度のプログラムでどれくらい良くなってるのかな。週末は模擬戦だし、なんかワクワクしてきた。
ララカリアから夕方の機動テストについて説明を受けつつも、拓哉は不利な状況なんてすっかり忘れて、週末の模擬戦に心踊らせる。