230 裁きの時
2019/3/24 見直し済み
夕日が沈み、周囲が暗闇に包まれても、拓哉は立つ尽くしたままだった。
キルカリアを引き止めることができない自分に激しい怒りを感じ、血が滴るほどに硬く手を握りしめ、留めなく溢れてくる破壊衝動を押し込めていた。そして、その瞳は周囲が暗くなった今でも、朱い死神が消え去った方角に向けられたままだった。
「タクヤ……タクヤ! 女々しいわよ!」
突如として放たれたクラリッサのケリが、拓哉の尻に炸裂した。
「いてっ! な、なにするんだよ!」
「なにじゃないわ! 何度、呼んだと思ってるの! いつまでそうやって呆けているつもり? 街の住民はみんな高速飛空艇に移動させたわよ」
「えっ!? いつのまに?」
痛む尻を撫でながら、クラリッサの言葉に驚く。
そんな拓哉に、容赦なく辛辣な言葉を投げつけてきた。
「そんなにキルカとのエッチが良かったのかしら? まるで、失恋した男みたいよ」
「そ、そんなことは……」
クラリッサの発言に反発する。しかし、彼女の表情が小悪魔的なものに変わる。そして、拓哉は直ぐに気付いた。
――やべっ……バレた……
そう、思いっきりカマをかけられたのだ。
ただ、キルカリアとの関係がバレたと気付いた時には、時すでに遅かった。
クラリッサが岩盤すらも貫きそうな鋭い視線を向けきた。
「ふ~ん、やっぱりやったのね」
「い、いや、そ、それはな……色々と……なんか、逆らえなくて……いや、なんというか、拘束力が……」
必死に自分の正当性を説明しようとするが、上手く表現できない。しかし、彼女は何を考えたのか、首を横に振りつつ嘆息すると、真面目な表情を浮かべた。
「キルカとあなたの間に何かあるとは思ってたけど、見えない拘束力があるみたいね。まあいいわ。今回は許してあげる。だけど、みんなには自分で謝りなさいよ」
「えっ!? 気付いていたのか?」
キルカリアとの関係性に気付いていたことに驚きを露にするが、彼女はアホらしいとでもいうように肩を竦めた。
「何を言ってるの? みんな気付いているわよ」
「んぐっ……」
いつもの如く、何も知らぬは自分ばかりなのだろう。そんな不満を抱く拓哉に、彼女は笑顔を向けてきた。
「取り戻せばいいじゃない。奴等の様子だと、彼女に危害を加えられることはないのでしょ?」
「そうだな……そうだ! 連れ戻せばいいんだ! よし、連れ戻すぞ。いてっ!」
意気込んだ声を上げると、なぜか提案してきたはずのクラリッサが、眦を吊り上げて蹴りを叩き込んできた。
「ちょっ、なんで、蹴るんだよ!」
「ふんっ! タクヤが鈍感だからよ!」
――ぬぐっ……やっぱり、俺って鈍感なのか? そんなことは、ないはずだけど……
ラブコメなどに出てくる女心が解らない系ではないと自負していたのだが、その自信は脆くも崩れ去っていく。
ただ、拓哉の落ち込みなんて気にしていないのだろう。クラリッサは話を進める。
「キルカは取り戻すとして、これからどうするの?」
落ち着きを取り戻した拓哉だったが、その問いは己が内にある狂気を呼び覚ます。
「キルカは取り戻す……平和を乱す者は駆逐する」
「それって、ヒューム? それとも純潔の絆?」
「どちらもだ。ヒュームは危険な存在なのが解った。だから、無に戻す。そして、二度と創らせない。それに、純潔派も野放しにしていい存在じゃないし、危ない思想だからな。どちらもこの世界から消滅させるさ」
「えっ!?」
拓哉の決意を聞いた途端、クラリッサは驚愕に瞳を見開いた。
彼女にとって、拓哉の決意は意外だったのだ。
「何か問題でもあるか?」
驚きを不可解に感じた拓哉は、思わず首を傾げてしまった。
拓哉からすれば、当たり前のことであり、クラリッサの驚きが理解できなかった。
ただ、彼女は直ぐに首を横に振ると、笑顔を見せる。
「ううん。それでいいと思うわ」
酷く偏った考えなのだろう。しかし、狂気に走り始めた今の拓哉にとって、ごく当たり前の考えだった。
隣に立つクラリッサは、それに賛同するかのように何度も頷いている。
その笑顔を見せつつ頷く彼女の肩を抱き、その場から離れようとしたのだが、そこで凄惨な光景を作り出している周囲に気付く。
「生存者は分かったけど、亡くなった者達はどうするんだ?」
既に真っ暗となり、亡骸が見える訳ではなかったが、瓦礫となった暗い街を目にして、腕の中に居るクラリッサに顔を向ける。
「ミリアルが埋葬班を出してくれるそうよ。可哀想なだけでなく、病気の根源にも繋がるから……」
「そうか。それなら良かった」
彼女から腕を放した拓哉は、残念ながら命を刈り取られてしまった者達に黙祷を捧げる。
――助けられなくてすまない。でも、二度と、こんなことは引き起こさせないからな。だから、安らかに眠ってくれ。
魂となった者達に約束し、彼等彼女達の御霊が安らぐことを願う。
こうして新たな戦いの決意を胸に抱いた拓哉は、瓦礫となったコロニーを後にした。
目を瞑れば、あの時の朱い光景が昨日のことのように浮かぶ。
あれから数日が経ち、拓哉はディートにある防衛基地に居た。
「さあ、発表されるよ」
巨大スクリーンを前にして、カティーシャが嬉しそうにしている。
「いよいよですね」
「ああ、でも、これで戦いが苛烈になるのだろうな」
キャスリンがそわそわしながら声を漏らすと、ミルルカが真剣な表情で頷いた。
その言葉は、不安の表れのようにも感じたが、なぜだか、ミルルカの表情は、どこか嬉しそうにも見える。
間違いなく、戦いたくてうずうずしているのだ。
「ですが、このままよりは良いと思いますよ。というか、ミルルは戦いたいだけでしょ?」
「そ、そんな、そんなことは無いぞ。私だって、早く戦いを終わらせて、子供を作りたいんだ」
嬉しそうにするミルルカに、ガルダルがツッコミを入れる。
途端に、ミルルカは慌てた様子で弁解するのだが、その言葉が不味かった。
「ああ、ボクもだからね」
「あ、あたしもです」
「な、何を言ってる。お前達はまだ若いじゃないか。私やガルダルは直ぐに適齢期を超えてしまうんだぞ」
「で、ですよね~」
カティーシャとキャスリンが即座に参戦した。しかし、ミルルカは年上の武器を振りかざして却下した。
ただ、言っている本人は真剣そのものだが、ガルダルは微妙な表情を浮かべている。
そこに異論を唱える存在が現れる。
「何を言ってるのかしら。一番初めは、もちろん私よ。あっ、それよりも、始まるわよ。静かに聞きなさい」
仲裁するかと思いきや、クラリッサは涼しげな表情を向けて一番を主張した。ただ、スクリーンにミリアルが映ると、直ぐに視線をスクリーンに向けた。
――いやいや、お前も思いっきり参戦してたよな?
拓哉にとっては、ツッコミどころ満載なのだが、ミリアルの演説が始まったので胸の内に留める。
『我々、平和の象徴は、旧ミドアラ地域およびラスカス連合地域において、国を興すことを宣言します。今後は国益に反する行為を厳重に罰し、侵略に対しては武力にて排除する所存です』
平和の象徴は、国を興すことにしたのだ。
拓哉も参加して色々と協議した結果、自分達の立場を確立することが、これからの未来に繋がるという結論に達したのだ。
『――そして、我の国の名は、ヤマトです。もちろん、民主主義国家です』
――今更だけど、こうやって聞くと、ちょっと恥ずかしいな……
ミリアルの国名発表を聞いて、思わず頬を掻いてしまう。
その名前を持ち出したのは、言うまでもなく拓哉なのだが、誰もが二つ返事で賛成してしまった。
こうして平和の象徴は、独立宣言を行い一つの国として立ち上がった。
すると、今度は対抗するかのように、純潔派が旧ビトニア連邦地域と旧ラスカス連合の東側を合わせて一つの国とした。
結局、旧ラスカス連合国が半分となって、それぞれの国に吸収される形となったのだ。しかし、立国の話はこれだけでは終わらなかった。
そう、ヒュームが国として独立宣言を行ったのだ。
それが、キルカリアの意思なのかは解らない。ただ、それを切っ掛けに、この大陸は三国戦争期に突入した。
あれから二年の月日が経った。
基地内の無機質な通路を歩いていると、数人の見慣れた女性士官が興奮した様子で走り寄ってきた。
「准将! 噂は聞きました。クータルでは大暴れだったらしいですね。これで旧ラスカス連合地域は、ヤマト国の支配地域ですね」
「純潔派の奴等もさぞや首が涼しいでしょうね。何と言っても彼等の支配地域は旧ビトニア連邦地域だけ。それも半分まで狭まりましたからね」
「さすがは、黒き鬼神ですよね。今や敵も味方も震えあがる存在ですものね」
「そんな准将とこうやって話ができるなんて、もう感激です」
「准将、お時間があれば、少しお茶でも……」
熱狂する女性士官達に片手で答えると、何も口にしないままその場を離れる。
「うきゃーーーー! カッコイイーーーー!」
「やっぱり、人類最強って、恰好良すぎるよね」
「お願いだから、一晩だけでも付き合って欲しいわ」
「敵には悪魔と恐れられ、味方からは神と崇められ、女性には異様に甘いときてるし、絶対に落としてみせるわ」
「何を言ってるのよ! あんたじゃ無理よ」
女性士官達が放つ姦しい声が聞こえてくるが、それを気に留めず脚を進める。
もちろん、腹が立った訳ではないし、気分を悪くした訳でもない。
ただ、前線に残してきたガルダルのことが心配なのだ。
――向こうも尻に火が点いているからな……何をやってくるか分らんし……ガル、油断するなよ……
心中でクータルに残してきたガルダルのことを考える。しかし、扉を開いて会議室に入った途端、ここディラッセン基地の司令官を務めるダグラス将軍が渋い顔を見せてきたことで、一気に別の不安が募ってくる。
ただ、一番に声を発したのはダグラスではなく、彼の姪であり、拓哉の嫁であるミルルカだった。
「あれ? クラリッサは?」
「ああ、前回の戦闘で気に入らないところがあったみたいだ。今はシミュレーションをやってるよ」
「ぐあっ! 恐ろしい女だな……あれ以上に強くなるつもりか? あいつが何て呼ばれてるか知ってるか? 神の鉄槌と呼ばれてるんだぞ」
「まあ、言っても聞かないからな。好きにさせるさ。それに、お前も変わらんだろ。炎帝姫と呼ばれているのを聞いたぞ?」
「そ、それを口にするな! は、恥ずかしいんだ……この歳で姫とか在り得んだろ?」
真っ赤に頬を染めたミルルカが恥ずかしそうに両手を振っているが、拓哉は素直に褒めてやる。
「いいじゃないか。まだ二十三だろ? ミルルに良く似合ってると思うぞ?」
「えっ!? そ、そうか? タクヤはそう思うのか?」
拓哉に褒められた途端、彼女は急にモジモジと始めるのだが、そこにストッパーが登場した。
「タクヤ。いい加減にしないと、ミルルが本当に燃えるわよ。それもベッドで」
「あっ、クラリッサ! も、燃えたりしないぞ! って、ベッドなら……いや、それよりも、シミュレーションをしてたんじゃないのか?」
背後から声を掛けてきたクラリッサが片眉を上げて茶化すと、ミルルカは否定することよりも、登場を訝しんだ。
「ん? ミルルが居るって聞いたら、シミュレーションどころじゃないでしょ? 少しでも目を離そうものなら、タクヤをベッドに連れ込む癖に」
「ち、ち、ちが~う……そ、それは誤解だ!」
ミルルカは世間体を気にして必死に弁解するが、どうやらダグラスとしては、それどころではないらしい。
ミルルカとクラリッサの会話を聞いても、一ミリも笑みを見せなかった。
「それほど深刻な問題ですか?」
その様子から、かなりの問題だと察するのだが、ダグラスは直ぐにそれを明らかにした。
「ヘムト国軍が北上した。朱い死神も居るらしい」
「ついに来たわね」
ヘムト国というのは、ヒュームが起こした国であり、そこの兵がディートに向かっているのだろう。
深刻な表情で告げるダグラスを他所に、クラリッサが気色を示す。しかし、彼は現状を告げながら頭を下げてきた。
「とても申し訳ないんだが、現在、このディラッセン基地は戦力を動かせない状態なんだ」
――ああ、そんなことで落ち込んでるのか。気にしなくてもいいのに。
ダグラス将軍が表情を曇らせている理由を理解し、拓哉は笑顔を見せる。
「問題ないですよ。ディラッセンの状況も把握してますし、奴等は、俺が跡形もなく消滅させてみせますよ」
「す、すまない……」
「本当は、私も参戦したかったのだが……」
「ミルルも気にするな! 俺がサクッと片付けるさ」
頭を下げるダグラス将軍と残念そうにするミルルカを慰め、拓哉とクラリッサは会議室を後にした。そして、ディートに向かうべく、高速飛空艇に脚を向ける。
「いよいよ本番ね。純潔派なんて余興にもならなかったわ」
再び狭い通路を歩いているのだが、今度は誰も近寄ってこない。
なんてったって、公認の妻が一緒に居るのだ。近寄れるはずもない。
まるで虫よけのような存在になっているのだが、そんなクラリッサが意味深な笑顔をみせた。
それに頷き、思わず本心を零してしまう。
「そうだな。これを機に、キルカを奪還しなくては……」
「あら、まだ未練タラタラなのね」
「んぐっ……」
恐らく、彼女の意味深な表情は、拓哉の気持ちも見越してのことだろう。
冷やかな笑みで揶揄ってくる。しかし、彼女は直ぐに真剣な面持ちになると、何もかもを切り裂くような声を発した。
「さあ、黒き鬼神の裁きと、神の鉄槌で思い知ってもらいましょうか」
「うむ。裁きの時だな」
頷きつつ、真剣な面持ちのクラリッサに答える。すると、彼女はその表情を崩さないまま右腕をズサっと突き出して叫んだ。
「黒鬼神、参る!」
「ぐあっ! それを言うなーーーーーーーー!」
クラリッサから揶揄われた拓哉、周囲を気にする余裕すらなく悲痛な叫び声を轟かせた。
いつも読んで頂いて、本当にありがとうございます。m(_ _)m
戦い自体はまだまだ続いているのですが、一旦はこの第230話をもちまして、本作品を完結とさせて頂きます。
というのも、この作品を手掛ける時からプロローグに戻ったところで終わらせようと思ってました。
ところが、思いのほか話が長くなってしまい――タラタラと続けてしまい、私の想像以上に長い作品になってしまいました(ΦωΦ;
そんな訳で、当初の予定通り、ここで完結という形にさせて頂きました。
恐らくは、中途半端だと思われる方も多いと思いますので、現在は番外編という形で後々の話を続けたいと考えております。
また、挿絵に関しては、申し訳ありませんが、少しずつ更新したいと思います。
それでは、皆様、本当にありがとうございました。m(_ _)m