227 造られた存在
2019/3/23 見直し済み
今にも踊り出しそうな星達が、満天の夜空を作り上げているのを見上げていると、頬を心地よい風が優しく撫でてくる。
こうやって綺麗な夜空をのんびりと眺めるのもいつ以来だろうか。
立て続けに起こる侵略や襲撃に、いつの間にか、自然の美しさに目を向けることがなくなっていたように思う。
延いては、その戦いの中で、気が付かないうちに様々な想いが澱みとなって蓄積していたのかもしれない。
煌びやかな星達が瞬く夜空が、その淀みを洗い流すかのように、疲れた心を癒してくれるような気がしていた。
「戦いばっかで、ゆっくり夜空を眺める余裕もなかったよな~」
大地に敷いたマットの上に座り、夜空を見上げながら独り言ちる。
ただ、その言葉は、向かい側で簡易の折り畳みチェアに腰を下ろすキルカリアに届いてしまったようだ。
「どうしたの? 急に思いに耽ったりして」
「いや、夜空が綺麗だと思っただけさ」
「ふふふっ。そうね」
キルカリアは何を思ったのか、にこやかな表情を浮かべると、小さな笑い声を漏らした。
彼女の意味深な表情を訝しく思いながらも、拓哉は意味もなくどこまでも真っ暗な荒野に視線を向ける。
それは、少なくとも彼女の思惑に乗りたくないという思いからだった。
現在の拓哉は、ミラルダの残留者が乗った高速飛空艇を送り出し、親愛の徒が暮らすコロニーに向かって移動している最中だ。
残留者の説得に関しては、ミリアルが用意した『遊んで暮らせる』という餌が効果を発揮したのか、然して苦労することなくことが済んだようだ。
ただ、ミラルダ地方南部の地形は変わり、地図に新しく湖を載せることになるだろう。
それは良いとして――あまり良くもないが、きっと、後で酷く怒られることだろう。
コロニーに向かって出発した拓哉とキルカリアだったが、むろん、休みなく移動する訳にもいかず、今宵はここで野営することになった。
というのも、休みなく移動することも可能だが、そうなると、拓哉の消耗が激しい。そうなると、いざ戦いとなった時に、疲れて戦えませんなんて落ちになる可能性も否めない。
結局のところ、急いでコロニーに駆け付けたい拓哉達だったが、その辺りを考慮して休息をとることにしたのだ。
当然ながら、機体がスクラップ同然となったことで、キルカリアも黒鬼神に乗り込んでの移動となった。そして、その間に散々と聞かされた小言が、拓哉の疲弊を早めたのは言うまでもないだろう。
暗闇の荒野を向けていた視線を、今度は月明りで縁取られた黒鬼神に向ける。
――色々と大変だったけど、この機体のお陰で助かってるよな~。そう考えると、ララさんに頭が上がらないや。
通常のPBAとは、どこか様相の違う愛機を眺め、ララカリアに感謝の気持ちを抱いていると、携帯ライトの反対側でインスタントコーヒーに顔を顰めていたキルカリアが、その美しい眼差しを細めた。
因みに、このアウトドア用品は、全て黒鬼神に積まれていた常備品であり、作戦行動時に使用するようになっている。
うぐっ、また小言か? さすがに、携帯食が拙いのまで俺の所為にしないよな?
彼女の視線に、不安を抱いて身を引いたのだが、告げられた言葉は全く別のことだった。いや、とんでもないお願いだった。
「ねえ、私とこのまま逃避行しない?」
「はぁ? 逃避行? なんで逃げる必要があるんだ?」
「だって、このままだと、タクヤは大虐殺者になるわよ?」
「そんな、大袈裟な――」
「何が大袈裟なの? これまでどれだけの敵対者を葬ってきたと思ってるの?」
「だからって、大虐殺とは違うだろ。相手も武器を持って向かってくるんだから」
「それだって、相手は生きているのよ? 無暗に殺していい訳じゃないわ」
「だけど、だからといって手を抜けば、多くの命が失われるんだぞ? それも戦いに関係ない者まで。仮に、襲い掛かってくる者達が誰も殺さないというのなら、キルカの言う通りだと思うけど……」
突拍子もないキルカリアの言葉に驚いたのだが、話が進むにつれて、驚きよりも憤りが増してくる。
例え、拓哉が不殺を貫いたとしても、相手は遠慮なく命を刈り取ってくるのだ。そして、その刈り取られる命の中に、拓哉が大切に想っている者達が含まれないという保証はない。
それ故に、拓哉は少しムキになって反論するのだが、キルカリアは表情を崩すことなく話を続ける。
「それにしても、タクヤの力は桁外れ――いえ、この世界の者達と比較すれば、神にも近い力を持っていると言っても過言ではないわ。象が蟻の戦いに参戦しているようなものよ」
「そんなことはないだろ? 今回のゴールドタイプなんて、普通の人間では対処できないぞ?」
「それを一瞬で消滅させたのは、誰? ああ、プラチナタイプも混じっていたわね」
「ぬぐっ……」
射貫くような力強い視線を突き付けられ、思わず唸り声を上げてしまう。
というのも、それに関しては、彼女の言う通りだからだ。しかし、直ぐに反論する。
「だったら、人間に滅べというのか?」
「いえ、そんなことは言ってないわ。でもね。放って置いても滅んだりしないのよ」
「えっ!? それはどういうことだ?」
「だって、ヒュームは新しい個体の生産が止まってるし、食料――エネルギーの生産も止まっているの、だから、ゆくゆくは滅ぶわ。それに、やはり個体数が少なくて、この大陸の全てを滅ぼすなんて不可能なのよ」
新たに聞かされる事実に、拓哉は驚きを隠せなくなってしまう。しかし、直ぐに思考を巡らせる。
――絶対数が少ない上に、増えることはない……おまけにエネルギーが枯渇するのか……だったら、奴等はなんで戦ってるんだ? いや、奴等が絶滅するのは、何時なんだ?
「なあ、エネルギーが枯渇するのは何時だ?」
「ん~、個体数が戦闘で減れば延命されてしまうけど、恐らくは百年くらいかしら」
キルカリアの返事は、許容できるものではなかった。
なにしろ、百年も放置すれば、どれほどの人間が殺されるか分かったものではないからだ。
――話にならんぞ! 人類が絶滅しないとしても、その間にどれだけの人間が失われるんだよ。
拓哉の考えでは、絶滅する、しないの問題ではなかった。
尊い命が失われることが問題であり、その理由が、単に人類を滅ぼすというのが気に入らなかった。
「ダメだ! それは無理だ。だって――」
「愛する者達が死んでしまうから?」
「――そうだ」
先読みされた台詞に頷きながら肯定すると、キルカリアは徐に立ち上がり、ゆっくりと拓哉の隣にやってくる。そして、肩を並べるように、ゆっくりと腰をおろした。
「タクヤ――いえ、ライアット。あなたは造られた存在。そう、私と同じよ。本当は、その驚異的なサイキックの所為で処分されてしまったはずなの。でも、誰がどんな方法を使ったのかは解らないけど、異世界に転送することで、あなたの命を救ったのね。その者は、あなたが期せずしてこの世界に戻ってくるなんて、思っても見なかったでしょうけど」
「な、何を言ってるんだ? 俺はタクヤだし、ライアットなんてしらんぞ!」
「ふふふっ。そうね。赤ちゃんだったあなたは、もちろん知らないわよね。でも、本能で解るはずよ。だって、あなたは、私を拒めない。そう、あなたは、私の番いと成るべく生まれたのだから」
「えっ!? そ、それは……どういうこと――うっ……」
それは、拓哉にとって途方もない話だった。
当然ながら、はいそうですかと受け入れられるはずもない。いや、自分自身を否定されているかのような気分になって、すぐさま否定しようとした。しかし、彼女は気にすることなく、拓哉に身を寄せてくる。その行動が導く結果は、火を見るよりも明らかだ。
もちろん、その行動を受け入れる訳にはいかない。すぐさま彼女から離れようとする。
ところが、拓哉の身体は、彼女を受け入れることを望んでいるかのように、ピクリとも動かない。いや、直ぐに動き出した。それも最悪の方向に。そう、擦り寄ってくる彼女を優しく抱き締めてしまったのだ。
「ほら、あなたは、私を望んでるわ。浮気ばかりして、本当に困った子なんだから。でも、まあ、彼女達なら許してあげる。でも、あなたの妻は、間違いなく私よ」
彼女はそういうと、唇を重ねてくる。
「良かったわ。本当に……生きていて良かった。ライアット。私の愛する人」
何度も唇を重ねながら、彼女は自分の想いをぶつけてくる。
本来であれば、拒絶すべきなのだが、拓哉は当たり前のように思えてしまう。
――キルカ……とても懐かしい匂いがする……ああ、とても安らぐ……俺の女……そう、彼女は、俺の女だ。
停止していた思考が動き出すと、いつの間にか、拓哉は一心同体であるように思えた。
「ねえ、ライアット。私達は造られた存在。この世界では異質な存在。だから、人類にもヒュームにも与してはダメだと思うの。特に、あなたは力が大き過ぎるわ。あなたが手を振れば大地は揺らぎ、脚を踏み出せば大地が抉れるの。それは人類が手にしてはならない力なのよ。もちろん、ヒュームもね。だから、二人で消えましょ? 誰も居ないところでひっそりと暮らせばいいのよ」
成すが儘になっている拓哉だが、少しだけ違和感を抱く。しかし、なぜか、彼女の言う通りだと感じてしまう。
そんな拓哉に微笑みを向けていた彼女は、優しくパイロットスーツを脱がし始める。
「さあ、ライアット、繋がりましょ。来るべき日が訪れたのよ」
「あ、ああ」
パイロットスーツを脱がされた拓哉は、自分の番だとばかりに、彼女のスーツを脱がし始める。
首の留め具を外し、特殊ファスナをゆっくりと降ろすと、ミルルカやガルダルほどではないにしろ、大きくて柔らかな胸が露になる。しかし、気にすることなくファスナを全て開放すると、そのたわわに実った胸の片方に手を伸ばし、もう片方には口付けをする。
「ああ、ライアット、とうとうこの時がきたのね……嬉しいわ」
彼女は歓喜の声をあげ、両手で優しく拓哉の頭を撫でる。
その悩まし気な声が、優しくも気持ちの伝わってくる指が、心を燃やすかのような熱が、包み込むようであり慈しむようでもある視線が、しなやかで柔らかな身体が、全てが甘い蜜のように感じられる。まるで薬に飢えた病者の如く彼女の身体を貪り始める。
「ああ、ライアット、もっと、もっと、お願い……これまでの空白を埋めてちょうだい。もっと、あなたを感じさせて……」
その声は、拓哉に彼女と一つになることを決意させた。
その夜、将来を約束した五人の女達のことを思い浮かべることすらなく、キルカリアと結ばれてしまった。