20 訓練生
2018/12/30 見直し済み
飛び出して行ったクラリッサを追い駆けて食堂を出る拓哉。
ところが、何処に行ったかも解らない。
廊下を進みながら、周囲を見回す。
窓の外は既に暗くなり、明かりがなければ探しようがない。
――くそっ、俺って自分のことばっかだな……ごめん、クラレ……
焦りを募らせる拓哉が心中で詫びる。
その気持ちを伝えたくて必死に辺りを見回すが、彼女の姿は一向に見当たらない。
――彼女の生きそうな場所は……ダメだ。全然、わかんね~。どっちだ? こういう時は……
彼女を探すために、行きそうな場所を考える。そこで初めて彼女について何も知らないことに気付く。
結局、勘を頼りに虱潰しに探してみることにした。
食堂から外に繋がる廊下を進み、広い中庭に足を踏み出す。
ここは幾つかの校舎に囲まれた空間であり、さすがは科学最先端の世界だけあって、拓哉の目から見て先進的な作りだだった。
オブジェが並ぶこの光景だけを眺めると、ここが軍の施設だとはとても思えない。
どちらかというと、最新の大学が備えているキャンパスのような風景だ。
ただ、それもいまや暗闇に覆われている。
そんな広場を隈なく見渡すと、少し離れた場所に設置された外灯のお陰で、微かに照らされた中庭のベンチに目が留まった。
――あれか……
ベンチに人影を見つけ、相手を脅かさないように静かに近寄ると、その人影がクラリッサであることが解った。
「どうしたんだ? 急に」
驚かさないように静かに声をかけると、彼女は俯いたまま黙って首を横に振った。
その雰囲気からして、拓哉は彼女が泣いているのだと察した。
彼女の横にゆっくりと腰を下ろし、拓哉は慌ててハンカチを探す。
――くは~~っ、ハンカチがねーーーー! どこやったかな~~~! めっちゃカッコわる~~~!
本当はここで格好良く決めたいところだが、所詮は十五歳のガキでしかない。気の利いた言葉すら出てこない。
――テレビやアニメの主人公のように格好良くなんて、やはり無理だよな……そもそも、こんな時に何て声を掛ければ良いのかすらわかんね~。
人生経験が少なさとは、こんな所に差がでるのだろう。
拓哉は呻かんばかりに両手で頭を抱える。
「ぷふっ!」
――えっ! 泣いてたんじゃないの?
自分のイケてなさに絶望していると、隣のクラリッサから噴き出すような声が届く。
慌てて視線を向けると、彼女は手で涙を拭いながら笑っていた。
「だって、タクヤったらオロオロして、形無しだわ。機体を動かしている時とは別人みたいよ」
「しゃ~ないだろ! だって、こんな経験ないし……」
「うふふ、いいのよ。別に責めてわけでも、見損なった訳でもないから。あなたはそのままで十分よ」
なんとも釈然としない拓哉だが、彼女が笑顔を見せたことに安堵する。
――良かった。一時はどうなるかと思ったけど……いや、ここは謝るところか……
先程までの反省を思い出し、拓哉は直ぐに頭を下げた。
「ごめん。俺、自分のことばっかりで、ちっとも周りのことを考えてなかったよ」
「えっ!? いいえ、それは違うわ」
突然のことに、クラリッサは両目を見開いて驚きを露わにするが、直ぐにそれを収めると首を横に振った。
「私の方こそごめんなさい。勝手に異世界へ連れて来られて、周りのことを理解しろという方が無理だわ。それなのに私ったら……」
自分の行動こそが我儘だと思ったのか、クラリッサは逆に謝罪を口にした。
ただ、彼女は途中で言葉を止めて、笑みを消した。
そのことを拓哉は怪訝に思う。
「いや、それはいいんだ。それよりも急に出て行ったりして、どうしたんだ?」
先程のことを問われた途端に、クラリッサが俯く。
それを見た拓哉は慌てて言い添える。
「ご、ごめん。話したくないならいいんだ。無神経だよな」
焦った拓哉が慌てて謝ると、彼女は首を横に振ってから、ゆっくりと話し始めた。
「ごめんなさい。心配させてしまって……でも、急に思い出しちゃって……」
今度は地雷を踏まないように、何も言わずに続きを待つ。
「実を言うと、私の両親はヒュームとの戦いに巻き込まれて死んでしまったの……」
それは初めて聞かされる彼女自身に起きた出来事であり、彼女がここで必死に学んでいる根底となる話だった。
彼女の住んでいた都市は、一番初めにヒュームの暴動が起きた場所で、今やヒュームの都市と言える場所となっている。
それ故に、彼女は両親の遺体を持ち替えることさえ叶わず、単身で逃れてきたのだ。
そして、彼女の幸せな生活を奪い、両親を死に追いやったのが、今や『紅い死神』と呼ばれる機体だ。
「あれは……あの機体の動きといい、残虐性といい、最強最悪の存在だわ。確かにタクヤは凄いけど、あの紅い死神には勝てないと思う」
クラリッサは、哀しみの眼差しではなく、怒りの形相で虚空を見詰めたままそう呟く。
その眼差しからして、彼女がその紅い死神を憎んでいるのが分かる。
ただ、拓哉の心は怨讐や悲しみとはかけ離れたところにあった。
――俺よりも上手く機体を操るのか……それは是非とも戦ってみたいものだな。
拓哉はゲームを覚え始めたころですら桁違いだった。そして、数年もしないうちに誰にも負けないほどのゲーマーとなっていた。なにしろ、小学生の頃には、既にプロですら勝てないと言わしめたほどだ。
ただ、彼の中では自分が誰よりも強いというプライドよりも、誰にも負けたくないという気持ちが勝っていた。
それ故に、彼女の話を聞いた時、相手を殺したいではなく、その紅い死神とやらと戦ってみたいと思ってしまったのだ。
拓哉が密かに心中で燃える炎を舞い上がらせていると、クラリッサが微笑みを浮かべた。
外灯は遠く、僅かな明かりしか届かないが、拓哉にはそう感じられた。
ところが、彼女が口にしたのは、拓哉が考えていたものと全く異なっていた。
「だから、断ってもいいのよ。別にタクヤが兵士になる必要なんてないわ。この世界に守りたいモノなんてないでしょ?」
確かに彼女の言う通り、この世界に拓哉の守りたいモノがあるかと問われると、現時点ではないという答えになるだろう。しかし、こんな短期間でも知り合った者達がいる。
その者達がむざむざと殺されるのを見過ごすことなどできないだろう。
それに、紅い死神という存在が後押しとなった。
「大丈夫。俺、やるよ。訓練生になるよ」
拓哉が思わずそう答えると、クラリッサが零れんばかりに瞳を見開く。
彼としては、何がそんなに驚くことなのかが解らない。
しかし、彼女は驚きを収めることなく、真意を確かめようとする。
「どうしたの? 戦争は嫌なのよね?」
「確かに戦争は嫌だけど……もう大切な仲間もいるし、それに紅い死神とやらがそんなに凄いなら、是非とも対戦しないとな」
「でも、戦争なのよ? 殺し合いなのよ?」
クラリッサの放った一言で、拓哉の中で盛り上がっていた心が萎えていく。
そう、殺し合いなのだ。戦うことに違和感はない拓哉だったが、殺し合いともなれば違ってくる。
「なあ、絶対に殺さないといけないのか? そのヒュームという存在も人間に近しい生き物なんだろ? 話し合えなのか?」
「恐らくは無理でしょうね。ヒュームに人格があり、感情があると言っても、飽く迄も演算ではじき出されたものなの。だから私達の感情とは違うのよ」
クラレの説明を聞いて、拓哉は肩を落とした。
相手がヒュームであろうと、さすがに生きている存在を滅するのには抵抗がある。
――こんなことを考えている俺は、きっと甘ったれなのだろうな。
やらなければこっちが殺されるのだろう。それでも、やはり抵抗してしまうのだ。
いつまでも葛藤する拓哉の手に、クラリッサの手が重なる。
「無理しなくてもいいのよ。タクヤは私が巻き込んだだけだもの。私がなんとかしてみせるわ。だから心配しないで」
――ぬぐ~~~、これじゃ完全にヒモじゃんか……俺の男気は何処にいったんだ?
何とかしてみせるというクラリッサは、おそらく兵士となって戦場へと赴くだろう。
そんな彼女に助けてもらって、自分が安全なところでのうのうと暮らすことを考えて、拓哉は自分自身に苛立ちを感じる。
――ダメだ。ダメだダメだダメだ。そんなことは、神が許しても俺が許さない。
「分った。まだ、敵を殺す覚悟はないけど、やっぱり訓練生になるわ」
「どうして?」
「だって、クラレは戦場に行くんだろ?」
「そうね。間違いなく戦場に行くわ。それが私の望みだから」
「だったら、俺も行くぞ。クラレだけを戦場になんてやれるか」
「でも……」
「ダメだ。もう決めたんだ。俺は訓練生になってクラレの相棒になるぞ」
相棒になると聞いて、クラリッサが勢いよく立ち上がった。
彼女は驚いていた。まだ訓練生になるならないの話しかしていない。それなのに、自分の相棒になると言われて、本望だと感じたのだ。
なにしろ、彼女自身が自分のパートナーは拓哉しか居ないと考えていたからだ。
「ほ、ほん、本当に?」
これが夢ではないのかという気持ちで、クラリッサは問いかける。
すると、拓哉も立ち上がった。
「ああ。間違いなくなってやる」
「期待していいの?」
「ああ」
「う、嬉しい……ありがとう」
「うっ、おっ、ああ」
クラリッサは嬉しさのあまり、思わず拓哉に抱き着く。
――めっちゃ柔らかい……それに、いい匂いがするし、最高かも……
拓哉はといえば、突然のことに驚きつつも、彼女の柔らかい感触に包まれて浮足立つ。
ところが、これがオチだと言わんばかりに、クラリッサが笑みを見せた。
「それじゃ、来週の週末に模擬戦があるから頑張ってね」
「えっ!?」
「あっ!」
意表を突かれた拓哉が驚いたところで、クラリッサは自分が抱き着いていることに気付き、慌てて距離を取る。
突然の模擬戦を言い渡された拓哉はといえば、彼女が恥ずがっていることに気付く余裕すらなく、ただただ唖然としてしまう。
葛藤しつつも決断した拓哉。
それはこの世界の歯車となって組み込まれる。
そして、この世界の結末を変えるべく運命の歯車は、ゆっくりと動き始めた。