226 大失敗と大失態
2019/3/23 見直し済み
大地にできあがった巨大なクレーターは、隕石の落下を思わせるほどだった。
恰もカルデラかのように中心地は深く抉れ、それを取り囲む大地は逆に盛り上がっている。
驚くことに、その盛り上がりの端から端までの距離は凡そ五キロであり、その衝撃の凄まじさを物語っていた。
その光景をミリアルが目の当たりすれば、きっと目眩を起こしたことだろう。
なにしろ、その威力は、都市破壊兵器と言わんばかりのものだったからだ。
――敵は……いない……でも、これは……
己の所業とはいえ、あまりの悲惨な光景に思わず息を呑んでしまう。
射撃直後の爆発が凄まじかったのは理解していた。
ただ、その爆発によって生み出される影響までは、考慮できていなかった。
何もかもを吹き飛ばすような爆風が収まり、地上の様子をモニターで確認できるようになったところで、拓哉は自分の行った破壊に凍り付いてしまった。
爆心地は完全に地形が変わっている。雨が降れば湖になるかもしれない。
――これじゃ、核と変わらんじゃないか……
これまでも、それなりに大出力の射撃を行ってきたが、ここまでの被害はなかった。
それもあって、全力の攻撃が、ここまでの大被害になるとは思ってもみなかった。
いつまでも地上を映し出したモニターを、まるで拘束されたかのように釘付けとなったままの拓哉だったが、そこで心臓が高鳴ると同時に、鼓動が速まる。
――キルカは!? 街のみんなは大丈夫なのか?
原型を留めていない地形から、その被害を思い描いて、地上に居るはずのキルカリアや街いる者達のことが心配になる。
「キルカ! デクリロさん! クロートさん! トニーラさん! みんな、大丈夫ですか!? キルカ! ――」
何度も地上に居るはずの仲間を呼ぶが、誰一人として全く反応がない。レーダーには味方としての信号が健在なので、キルカリアの機体や高速飛空艇が存続しているのは確定なのだが、操縦者が無事とは限らない。
――拙い……これは……もしかして……
己の所業に、身体が震えだす。
意図した訳ではないのだが、結果として誰も生き残っていなかったら、拓哉がきた意味すらなくなるのだ。いや、拓哉の存在意義すら危ぶまれる。
――くそっ! こんなことなら……俺は、なんてことをしてしまったんだ……
誰からも返事がないことに、拓哉は凍り付いたまま途方に暮れ始める。
その時だった。ヘッドシステムから雑音が聞こえてきた。
『ジーーー! ザ、ザ、ザーーー! じゅ……しょ……じき……らし……』
――これは! 高速飛行艇からの通信だ!
「大丈夫ですか! 街はどうなってますか! 聞こえますか!?」
相手に伝わるかどうか解らないが、必死に呼びかける。
すると、しだいに雑音が消えていく。
そう、拓哉の攻撃が生み出した磁気嵐。それが原因で通信に支障が出ていたのだ。
それが収まり始めたのか、パイロットの言葉を拾えるようになる。
『じゅ、しょう。きこ、えますか』
「ああ、聞こえるぞ。そっちは、どうなってる」
『あっ、良か、た。ご無事で良かった』
「俺は無事だ。それよりも街の被害を教えてくれ」
『ああ、いきなり突風が吹いたかと思うと、磁気嵐が起きて通信ができなくなって……』
応答のなかった理由を理解するが、それよりも救助に出かけた者達が気になる。
「救助に向かった者達は?」
『デクリロ=トリア曹長は帰還しています。トニーラ=ランクス伍長もこちらに向かっているとのことです。強風は吹いていましたが、特にけが人などはないようです。クロート=デバル三級軍曹は、未だシェルター内で説得中とのことです』
――よ、よかった……マジで、心臓が止まるかと思った……
生き返ったと言いたくなるほどに安堵して、ドライバーシートにドサリと身体を預ける。
「そ、それなら良かった。こちらは無事――」
――まずっ! キルカ……
パイロットからの報告を聞いてホッと息を漏らしたものの、キルカリアからの返事が届いていなことを想い出す。
「き、キルカ! 返事をしろ! キルカ!」
何度も呼びかけるのだが、彼女からの応答はない。再び心臓を凍らせ、黒鬼神を一気に降下させる。
それに連れて、機体の外気温が上昇し始めたのか、センサーが異常を知らせてくる。
――やべっ! 外気温が百度を超えてるじゃんか……
爆心地に近いのが原因か、それとも、熱気が上空に舞い上がっているのか、その理由は定かではないが、外気温が異常値を示していることに間違いない。
慌ててモニターの映像を拡大すると、そこには煮えたぎった爆心地が映し出された。
激しく焦りを募らせながら第三防衛ラインに急ぐ。
すると、そこでキルカリアからの通信――苦言が耳を叩いた。
『いった~~い! もうっ! タクヤ、何をしたの!? 機体がボロボロだわ。ああ、アタックキャストも壊れてるし……』
怒り心頭のキルカリアだったが、無事であると知って安堵の息を漏らす。
「悪いな。ちょっとやり過ぎちまったんだ」
『やり過ぎたって?』
「全力で神撃をぶちかましたんだ」
『えっ!? たったそれだけで、この有様なの? てか、敵が全滅してるじゃない。あう……これじゃ、生存者は居なさそう……ね』
「すまん。そんなつもりじゃなかったんだが、思ったよりも威力が出過ぎちまったんだ。ちょっと、これは封印する必要がありそうだ」
『そうね。人類にも、ヒュームにも、自然にも優しくなさそうだものね。というか、冷房がフルで動いてるんだけど……異様に暑いわ』
――うぐっ……まあ、そうだろうな~。外気温が凄いことになってるし……
「すまん。直ぐに迎えに行く」
拓哉自身は全く暑くもないのに、額に浮かぶ汗を感じながら、黒鬼神をフル加速させて第三防衛ラインに急いだ。
それは、酷い有様だった。
正直言って、誰がこんなことをしたんだと思わなくもない。
まあ、犯人が解っているので、文句も言えない。
当然ながら、犯人は自分自身だ。
実際、マークを頼りにキルカリアの場所を特定したのだが、信号は分かれども、彼女の機体は見当たらない状態だった。
というのも、彼女の機体は第三防衛ラインの瓦礫に埋まっていたからだ。
そう、それは物の見事にと言って良いほどに埋もれていた。
「大丈夫か? 今すぐ出してやるからな」
『早くしてね。機体が壊れ始めたの。警告表示がどんどん増えてるんだから。それに暑くて死にそうだわ。これって誰が悪いのかしら』
――ぐふっ! これは遠回しに俺を責めてるんだろうな~。
額から流れた汗が頬を伝うのを感じながら、拓哉は救助活動を始めたのだが、これがまた大変だった。
そもそも、PBAは戦闘用であり、瓦礫の撤去には向いていないのだ。
――これって、戦闘よりも大変なんだが……くそっ! あんな銃、封印してやる!
大被害の責任を銃に押し付けながら、拓哉は必死に瓦礫の撤去を始める。しかし、掘れども、掘れども、キルカリアの機体は見えてこない。
――ちょ、ちょ、マジ? どこまで埋まってるんだ? というか、キルカはどこに隠れて攻撃してたんだ?
キルカリアの機体がなかなか見つけられなくて、思わず愚痴を零しそうになるのだが、それを必死に堪えながら瓦礫を投げ飛ばす。
そもそも、原因は自分なのだ。文句を言うのは筋違いというものだろう。
――でも、この状態を考えると、PBAって想像以上に丈夫なんだな~。
キルカリアの無事を知った拓哉は、呑気なことを考えながら彼女の機体を発掘する作業を進める。しかし、そこで驚くことになった。
――あれ? これって……キルカの機体の腕? えっ!? それって拙いじゃね?
瓦礫の間に転がっていたPBAの腕を見て、一気に顔を引き攣らせる。そして、慌てて瓦礫の除去に専念する。
「あっ……」
それが機体を見つけた拓哉の第一声だった。
――これはまず~~~~い! てか、よく生きてるな……
彼女の機体は両腕がなくなり、脚も両方が潰れていた。いや、それよりも問題なのは、コックピットハッチがぺちゃんこになっているのだ。
「キルカ! 生きてるか?」
『生きてるわよ。それよりも早くして! 暑いのよ。本当に……』
彼女の愚痴を聞きながら、外気温を確かめる。
――ぬぐっ……六十度……そら、暑い罠……てか、ここで外に出すと、間違いなく死ねるよな……
異常な外気温度を確認した拓哉は、彼女の機体を抱き上げると、空に向けて黒鬼神を舞いあげた。
別に意地悪をするつもりではなく、早く涼しい環境に移してやりたいと考えたからだ。
ところが、その思い遣りが裏目になる。
『ちょ、ちょ~! タクヤ! や、やめて~~!』
その声で、急速上昇を止めると、今度はゼイゼイという荒い息を吐きながら、キルカリアが罵声を浴びせてきた。
『ちょっと、タクヤ、私を殺すつもり? 少し遠慮してくれないと、この状況だと加速圧力で死ぬわよ』
――ぬぐっ! そうだった……彼女の機体はまるっきり唯の鉄の箱……スクラップだった……
自分の失敗に気付き、この後に繰り広げられるに違いない折檻を想像する。そして、拓哉はどこかに居るかもしれない神様に祈りを捧げた。