218 気力を以て
2019/3/20 見直し済み
それは、これまでにないほどの憤りだった。
ミリアルからもたらされた話は、拓哉の怒り炎を燃え滾らせる。
拓哉は許せなかった。
それが何かと言わなくても、誰もが理解できるはずだ。しかし、敢えて言おう。純潔の絆の行為が、いや、その存在が許せなかった。
自分が邪魔なら、自分を狙えばいい。それなのに、なぜこんな酷いことをするのか。その考えが、その行動が、その存在が、その何もかもが許せなかった。
ミリアルが避難活動を行っているのも知っている。それもあって、人的被害は多くないだろう。ただ、自分達の街を、住処を、大切なものを、何もかもを失う住民のことを考えると、絶対に許せるものではなかった。
――トト、まだやれるよな?
『もちろんなんちゃ! 奴等は許さないんちゃ! それに、絶対に止めるんちゃ』
拓哉の怒りまでも共有しているかのように、頭の中で普段はやんちゃで食いしん坊な妖精が、憤りを露に叫び声を上げた。不思議なことに、彼女と何年も一緒に戦っているかのような気分になってくる。
それも融合の影響なのだが、拓哉がそれを知ることはない。ただ、それを知りたいとも思っていない。いまは、同じ気持ちを共有していることが重要だった。
――そうか。彼女も猛烈に怒ってるんだな。
怒りを共有していることを嬉しく思いつつ、完全崩壊した会議場近くに置いていた神撃を回収し、拓哉はすぐさま街の東に向かう。
脳裏には、戦艦が高速で逃げている光景が浮かぶ。
――くそっ! 逃げやがったか! さすがに、この距離では追いつけないし、狙い撃つのも困難だな……いや、奴等は、次の機会でもいい。今はあの魔獣の名を冠した忌まわしい都市破壊兵器をなんとかするのが先決だ。
逃げ出す敵に歯噛みしながらも、トトの力を借りて視線を深い地中に向ける。
そこでは、巨大な鉄の塊がモグラの如く地を掘り進んでいる。
――あれだな……後どれくらいで街に到達するんだ?
『あのペースだと、一時間くらいで街に到達するんちゃ。そのあと一時間くらいで中心に到達するんちゃ』
拓哉の疑問に、すぐさまトトが応えてくれる。
いつもはヤンチャな妖精だが、いまはとても頼りになる相棒だ。
――一時間か……街の下に入れば、完全にお手上げだ。さて、どうする? 神撃で地を抉っても、恐らく百メートルも掘り起こせないだろうな……
地面とは想像以上に固い。表面上からの攻撃で、地面の奥深くまで掘り返すなんて不可能だ。
「なあ、トト、あの兵器の深度が解るか?」
『ん~、多分、三百メートルくらいなんちゃ』
――三百……どうすればいい……
怒りに任せて飛び出してきたが、ベヒモスを何とかする手立てを全く思いつけないでいた。しかし、そこで拓哉の視界はあるものを映し出した。
――あの裂け目は何だ?
ベヒモスが向かっている先に大きな裂け目が見えたのだ。
『浸食で出来た峡谷なんちゃ。深さは五百メートルくらいあるんちゃ』
――峡谷か……深さは五百メートルくらいか……そうなると、ベヒモスはあそこで一旦出てくる訳か……そのタイミングで狙い撃てば……よし!
トトの補足を聞いて、即座に次の行動を決定すると、素早く黒鬼神を渓谷の上空に向けて飛ばす。
距離的に近いこともあって、直ぐに狙いのポイントに辿り着けたのだが、そこで愕然とすることになる。その峡谷は長大なものであり、巨大な蛇が這っているかのように存在していた。ただ、その谷底が上空から全く覗えない。
――これだと、峡谷の内部に降りて狙い撃つしかないが……それだと、黒鬼神も爆発に巻き込まれるぞ……シールドでなんとかなるか? いや、フ〇ンネルなら……もう使える状態に戻ってるし……それしか方法がないな。
遠隔攻撃がベストだと考えて、機体を峡谷の頂上部に着陸させ、アタックキャストを射出する。
射出した十機のアタックキャストは、まるで生命が宿っているかのように、それぞれが異なる動きをしつつも、峡谷の底へ向かって降りていく。
――ふむ。この武器は、トトと融合した方がより使い易いな……
まるでアタックキャストに自分が乗り移ったかのような視界に、思わずそんなことを考えたのだが、そこでベヒモスが接近してくるのを確認した。ところが、トトから思いもしない事態が告げられた。
『ベヒモスが進路を変えたんちゃ。下に潜ったんちゃ』
――何だと! 下に潜っただと? なぜだ? なんで直進しないんだ? もしかして、一定深度を維持するように作られているのか? これじゃ駄目だ……どうする?
それほど深く考えずとも分かることだった。
地を掘り進む無人の兵器が、障害物があったからといって地上に出る訳がない。
そんなことをすれば、再び地中に戻ることなんて不可能だろう。
自分が立てた作戦が無駄だったこと知る。それに愕然としつつも、何とかできないかと考える。
――もし、深度を維持するのなら、奴の進路上を掘っても意味がない……そうなると、瞬時に三百メートルを掘り下げる必要があるのだが……どう考えても無理だ……じゃあ、直接奴を撃つしかない。だが、奴は地の中か……あっ、奴の掘り起こした穴を進めばいいのか……
ベヒモスのサイズはPBAよりも大きく、奴が作り出した穴はかなりのサイズになっているはずだと考えたのだ。
それこそ、黒鬼神ではなく、アタックキャストで追えば良いのだ。
良案だと考えて、作戦を実行すべく、ベヒモスが潜り始めた場所を探す。
――あそこだな……よし。
その場所は、敵の戦艦があった場所だ。ベヒモスが掘り起こした穴を辿ることで、直ぐに見つけることができた。
ベヒモスが潜り始めた場所を見つけると、即座にアタックキャストを回収し、その場所に向かって機体を全力で飛ばそうとした。しかし、拓哉の思考を読んだトトが、無情な結論をだした。
『無理なんちゃ。奴の通った後は崩れて埋まってるんちゃ』
――くそっ、なら、どうする……奴は深度を維持するんだ……ん? 前方の深度は維持するが、後方はどうなんだ? 前方の深度の維持は、恐らく進行を妨げられないためだろう。それなら後方を気にする必要はない。じゃ、後方に穴を開けて後ろから撃つか。うっ……
トトに否定されて別の手を考えていると、そこでモニター表示が揺らぐ。いや、自分の眼がおかしいと気付く。
――くっ、拙い……限界が近いのか……いや、ここは気力で何とかするんだ。
騙し騙しここまできたが、目眩を起こしたことで自分の限界が近い事を知る。しかし、それを根性でねじ伏せながら意識を保つ。
――こんなところで寝んねしてる場合じゃなんだ。
自分自身に喝を入れ、穴を穿つのに最適な場所を探す。
そして、可能性のあるポイントを見つけた。
――あそこだな……でも、あそこで失敗したら、後がないぞ……
最適だと判断した場所は、街の近くに広がる平原であり、麦や穀物が植えられた穀倉地帯だった。逆に言えば、既に街の一部だといってもおかしくない場所だ。
しかし、残された場所は、そこしかないのだ。
奴を討つポイントを決めた拓哉は、直ぐに黒鬼神を空に向かって飛び立たせ、街に向かって高速で移動する。しかし、そこでも再び目眩を起こし、自分の頬を叩く羽目になる。
なんとか意識を保ち、ベヒモスが来るのを待つ。狙うポイントは穀倉地帯に入って直ぐの場所だ。
――きた! よし、いけ!
『そこなんちゃ! やるんちゃ!』
ベヒモスが予定ポイントを通過したのを確認して、トトの叫びを聞きながらアタックトリガーを引き絞る。
次の瞬間、神撃が唸りをあげてエネルギー波を放つ。その異常な攻撃力は、地面を大きく抉る。
土砂があがり、土煙が舞う中に穀物の残骸が混じっているのを見て心を痛めるが、その感情を無理矢理に押し込めて、再びアタックトリガーを引き絞る。
その攻撃で、更に穴が広がり、深さが増す。
拓哉の狙いは、ベヒモスが通った後の場所を掘り起こし、後から攻撃するというものだ。
前を掘っても、深度を変えてしまうので、これしか方法がないのだ。
その思惑は、少なからずハズレではなかった。しかし、拓哉の限界が近づく。
――よし、もう一発だ……うぐっ……駄目だ! いまは……
あと少しというところで、胸が押し潰されるような感覚を受け、思わず嘔吐しそうになる。しかし、歯を食いしばってそれに耐えると、アタックトリガーを引き絞る。
『やったんちゃ! 到達したんちゃ』
トトの言葉で目標深度に到達したことを知るが、その声は薄っすらとしか聞き取れない状態だ。
――あと一発……あと一発でいいんだ。
必死に意識を保ちながら、黒鬼神を穴の中に降下させると、ベヒモスが作り出した穴を探す。もちろん、拓哉の攻撃でそれは塞がれているのだが、それでも奴が通った後は土が柔らかくなっているはずなのだ。
「あそこか!」
我知らずとばかりに突き進むベヒモスの現在地から、その場所を探り当て、そこに向かって神撃を向ける。
本来ならアタックキャストを使いたいところだが、ベヒモスが掘り進んだ後は土で埋まっている。
――うぐっ! くそっ! こんな時に……
今にも飛びそうな意識を必死に手繰り寄せ、他人の右手かと思うほどに神経の通わない人差し指に動けと念じる。
『タクヤ! もう少しなんちゃ、あと一発なんちゃ』
トトの悲痛な叫びが頭の中で響き渡るが、それも酷く擦れて聞こえる。
それでも、クラリッサやミルルカのことを思い出し、強引に眼を見開くと、ベヒモスに向けてアタックトリガーを引き絞った。
神撃からは、拓哉の怒りが吹き出したかのようなエネルギー波が放たれ、狙い違わずベヒモスに向かっていく。その途端、拓哉の意識は、結果を見ずして途絶えてしまった。