19 兵士
2018/12/29 見直し済み
時が経つのは早いもので、拓哉がこの世界に来て、はや三週間になる。
そして、あの食堂の事件から二週間が経った。
あれから取り立ててなんの問題も起こっていないが、周囲からの視線はさらに強さを増していた。
拓哉はと言えば、それを不快に思いながらも、完全に沈黙でやり過ごしていたのだが、そんなところに新たなる闖入者が現れた。
「こんにちは。君は、タクヤ君だよね? ボクはカーティスっていうんだ。気軽にカティと呼んでね。あと、ボクは十五歳でナビ科の一回生だよ。ねえねえ、君ってバルガンさんと――」
拓哉が仕事を終わらせて自室へと戻ろうとした時に現れた闖入者は、金髪の小柄な男子であり、身長は百五十くらいしかないだろう。その瞳はキラキラとしたブルーアイで、大きくクリクリとした瞳が可愛らしい。それは、拓哉が思わず本当に男か疑ってしまうほどだ。
そのカーティスはといえば、気にすることなくスラスラと自己紹介をしている。というか、有無も言わさぬほどに質問が続く。その捲し立てようと言えば、まさに機関銃の如しだ。
「あ、ああ、本郷拓哉だ。よろしく」
拓哉は圧倒されつつも自己紹介を始めるが、完全に相手のペースとなっていた。
――なんか、よくわからんけど、面倒な奴だな……
カーティスから放たれる質問の散弾を煩わしく感じた拓哉は、挨拶を終えたところで、スタスタと自室に戻ろうとした。ところが、カーティスは食らいついた獲物は逃がさんとばかりに、並んだ状態で付いてくる。というか、その有様は、ボールにじゃれつく子犬のようだ。
「ねえ、ねえ、タクは操縦がめっちゃ上手いよね。ボク、実をいうと、時々君の操縦する初級機体を見てたんだよ。もう感動したなんてもんじゃないよ」
「そ、そうか。そう言ってもらえると嬉しいよ」
彼のノリが凄すぎて、拓哉はついつい怯んでしまう。
「ねえ、どうやったらあんなに上手く操縦できるの? それにタクって整備士でしょ? なんでドラ科に入らないの?」
弾丸の如く放たれる質問に、拓哉は全く対処できなくて頭を抱えてしまう。
そんなタイミングで、この状況を持て余している拓哉に、天からの救いが舞い降りた。
「タクヤ、なんで待っててくれないのよ」
クラリッサは追い駆けてきたかとおもうと、言うが早いか頬を膨らませた。どうやらご立腹のようだ。
「あっ、ごめん。てか、格納庫にくるって言ってたか?」
珍しく顔を見せなかったことで、拓哉もどうしたのかと気にはしていたのだが、終業時間となったので宿舎へと戻ることにしたのだ。しかし、どうやら彼女は格納庫に訪れたようだ。
「言ってないけど、待っててくれてもいいじゃない。ん? あなたは確かモルビスさんね。どうしてここにあなたが居るのかしら」
そもそもご立腹だったクラリッサは、拓哉の傍に立つカーティスに気付くと、彼がここに居ることに気付くと、さらに表情を険しくした。
彼女からすれば、自分を放置して他の者と一緒に居るのが気に入らなかったのだろう。
ただ、カーティスからすると、現在のクラリッサの態度の方が予想外だったようだ。
彼は大きな瞳を見開き、驚きを露わにしたまま疑問を口にする。
「こんなバルガンさんを見るのも初めてだね。やはり噂は本当のことなのかな?」
この少年は良い意味で言うと根が真面目なのだろう。しかし、悪い意味でいうのなら空気を読めないのかも知れない。
「わ、わた、私は何時も通りです。そ、それに、あのような噂なんて事実無根です」
焦りを全く隠せていないクラリッサが論外だと切って捨てるが、思いっきり噛み捲っている所為で、逆に信憑性に欠けている。
「くくくっ、そんなに焦らなくても、あんな噂なんて信じてないよ。どうせヤッカミなんだから」
慌てるクラリッサを眺め、カーティスはクスクスと笑いながら、噂について自分の考えを露わにした。
――質問攻めな勘弁だが、思ったより真面そうだな……
見た目と違って、しっかりとした意見を述べるカーティスを見やり、拓哉は少しばかり見直すきになった。
どうやら、それはクラリッサも同じだったようで、素直に頷いた。
「それなら良いのですが……それよりも――」
クラリッサは気を取り直すと、今度は、拓哉に視線を向けた。
「タクヤに重要な話があるのだけど……」
「なに? 重要な話って」
「……」
重要な話など、全く予想だにしていなかった拓哉は、少しばかり表情を強張らせた。
ただ、クラリッサは拓哉に答えることなく一瞬だけカーティスの方をチラリとみた。
どうやら、カーティスに聞かれても問題ないかを考えているのだろう。しかし、直ぐに考えをまとめたのか、咳払いを一つしてから口を開いた。
「おほん。えっと、タクヤは整備士から訓練生に異動になるわ」
「えっ!?」
「まあ、そうだろうね~」
拓哉は驚きで声をなくすが、隣にいるカーティスは全く動じていない。それどころか、今更? と言わんばかりに肩を竦めていた。
クラリッサとしては、驚愕で固まっている拓哉は予定通りで満足したようだが、カーティスの態度が気に入らなかったのか、すぐさま彼の考えについて問いかけた。
「どうしてそう思うのかしら」
「だって、あれだけ機体を動かせるんだよ? サイキックがあろうがなかろうが関係ないんじゃない? だって、初級機体のタクと戦って勝てる訓練生なんて、果たして居るのかな?」
カーティスの説明を聞いて、なぜかクラリッサは満足そうにする。それどころか、頷きながら自分の考えを口にする。
「ふ~ん。分かってるみたいね。確かにモルビスさんの言う通り、一回生ではまず歯が立たないでしょう。なんとか戦えるとしたら、三回生くらいかしら」
「まあ、それでもタクに敵う者がいるかどうか……」
ドヤ顔のクラリッサが鼻に着いたのか、カーティスは少しばかり顔を顰めたが、否定することはなかった。
しかし、拓哉としては、他にも疑問や不安があるのだ。
「なあ、訓練生になったら、将来は兵士か?」
そう、唯の学校ならロボットにも乗れるし、大手を振って喜ぶところだが、訓練生となれば兵士に直結している。そうなると、平和な日本からやってきた拓哉からすれば、少々どころか大いに願い下げだと思ってしまうのだ。
「……」
「いや、大丈夫さ。開発系に進むこともできるよ」
クラリッサが表情を強張らせて押し黙った。ところが、カーティスは否定しつつ笑顔を見せた。
ただ、拓哉は無理なのではないかと考えてしまう。
――ここの訓練生って、徴兵で集められたんだよな? だったら、戦場ではなく開発に進むなんて許されるのか?
その表情から拓哉の悩みを察したのか、カーティスは軽い調子で話を続ける。
「うちの会社に入ればいいんだよ。間違いなく開発系に進むことが出来るよ」
「うちの会社? どういうことだ?」
その言葉の意味が解らず、拓哉が首を傾げていると、クラリッサがその話を遮った。
「駄目よ。それに、そもそも拓哉は、徴兵された訳ではないのだから、将来についてはまだ決められていないわ」
確かに、拓哉は異世界人であり、徴兵されてここに居る訳ではない。強制的に軍隊に入れられるのは筋違いだ。
ロボットには乗りたいものの、戦場に行くのは勘弁して欲しいと考える拓哉は、どうしたものかと悩んでしまう。
その横では、意見の食い違うクラリッサとカーティスが睨み合いを始める。
――うはっ、やべ~。ここは戦略的撤退だよな……
睨み合い原因となっている拓哉はといえば、触らぬ神に祟りなしとばかりに、さっさと逃げ出すことにした。
突然の闖入者もあったが、結局は何時ものようにクロートやトニーラと夕食を摂っている。
ただ、珍しくクラリッサはいない。その所為か、周囲の噂話も普段ほどではない。
それを確認した拓哉は、これ幸いとクロートとトニーラに相談することにした。
「おう! いいぜ。なんでも聞いてくれ」
拓哉が前置きをすると、クロートは嬉しそうにした。
その隣では、トニーラもニコニコとした表情で頷いている。
二人とも、拓哉から相談されたことに喜びを感じているようだ。
なにしろ、ここ最近の拓哉は、ララカリアとクラリッサの二人に占有されていて、彼等と友誼を深める暇がないのだ。
「二人は戦争になったらどうするの?」
「ん?」
率直に尋ねてみたのだが、クロートは首を傾げている。
そんな彼を見て、拓哉は逆に不思議に思ってしまうのだが、トニーラが横から割って入った。
「一応、僕達はこの学校の整備士となっているけど、正式には整備兵なんだよね。だから戦争になったら、出兵するしかないんだよね」
トニーラは肩を竦める。笑顔を見せているものの、それは苦笑いであり、あまり嬉しそうではない。
その台詞を聞いたクロートが、首を傾げていた理由を口にした。
「タクヤは何を言ってるんだ? 戦争になったらって、今も戦争をしてるんだぞ?」
確かにクロートの意見は正論だった。この国の兵士は、今もどこかでヒュームと戦っているのだ。
ただ、拓哉はどうしても割り切れない。頭では理解できても、気持ちが付いてこないのだ。
「ねえ、なんで戦うの?」
そう、拓哉が理解できないのは、戦争それ自体だ。戦争が起これば戦うのは仕方ない。しかし、戦争だから戦うというのは違うと感じていた。
そんな拓哉の考えを完全否定するような声が横から割って入った。
「タクヤ、それは簡単よ。戦わないと生きていけないから。大切なものを守れないから。誰も喜んで戦ったりはしないわ。でもね。私達がこうやって安全な処に居られるのも、前線で敵を食い止めてくれる人が居るからなの。タクヤは兵士になることに疑念があるのかも知れないけど、兵士でなくても自分の大切なものを守るために戦うのは普通でしょ?」
切実な想いを乗せた台詞を口にしたのは、いつの間にか現れたクラリッサだった。
彼女の表情はどこか悲しげで、泣き出してしまうのを堪えるかのように唇を噛みしめていた。
――クラレ……確かに、君の言うことは理解できる……俺が甘ちゃんなだけなのか……
クラリッサの考えを聞いた途端、拓哉は自分の疑問が幼稚なものだったような気がして、とても恥ずかしく感じる。
そんな拓哉に向けて、クラリッサは話を続けた。
「この世界に来たばかりのタクヤは、知らない人ばかりだし、大切なものなんてないのかも知れない。だから悩んでしまうのだと思うわ。でも、この世界に大切なものを抱えている人達は、必死になって守りたいと思うのよ。だから戦うの。みんな喜んで戦場に出ている訳ではないのよ」
彼女は胸の内をありのまま吐露する。それは、辛辣ではあったものの、聞く者――拓哉に不快感を与えるものではなかった。
それどころか、道理ともいえる彼女の意見を聞いて、拓哉は愕然としてしまった。
――そうか、俺は単身でこの世界に居る所為で、俺以外の何かが失われる恐ろしさ何て知らないんだ。だから、戦争も他人事だし、何もかもが他人事なのか……
もしこれが地球であり、日本だったらどうだろうか。
小さい時分から面倒を見て来てくれた姉、捨てられていた自分を引き取って育ててくれた両親、いつも楽しい時を分けてくれた親友。大切な者達が誰かに襲われて、それを助ける力があるのならば――いや、例え力がなくとも戦うだろう。間違いなく大切な者を守るために戦うのだろう。兵士とはその方法でしかない。
ここにいる者達は、守るための力を手に入れるために学んでいるのだ。
戦うことの意味をやっと理解する。戦争だから戦うのではない。守りたいものがあるから戦うのだ。
――だが、俺はどうだろうか……俺には守りたいものなんてあるのか?
理解はできたものの、自分の殻に閉じこもって、自分にとっての戦いを考えておると、何を考えたのか、来たばかりのクラリッサが踵を返した。
それを目にした途端、対面に座るクロートが顔を引き攣らせて、俯いたままの拓哉の頭を叩いた。
「おいっ! タクヤ、早く追い駆けろ」
「えっ!? あれ? クラレは?」
俯いて考え事をしていた拓哉は、全く気付いていない。クラリッサの姿を探して食堂を見回している。
すると、トニーラが心配そうな表情で、状況を補足した。
「彼女なら、食堂から出て行ったよ? 早く後を追わないと」
その言葉を聞いた途端、拓哉はクラリッサの悲しいげな表情を思い出すと、すぐさま席を立って彼女の後を追うのだった。