216 最強の旦那様
2019/3/20 見直し済み
正直言って、かなり辛い状況だった。
それでも、現場に居るのが自分自身でなく、冷たい鉄の塊であるドールだと考えると、弱音を吐く訳にはいかないと思えた。
そんなガルダルは、歯を食いしばってシールドを維持してしいた。
『かなり辛くなってきたよ。みんなは大丈夫かな?』
カティーシャもかなり疲れているのだろう。初めの頃に比べると、声に活力がくなってきた。
『あ、あたしは、まだ、まだ、やれます』
弱々しい声色で、キャスリンが答えるのだが、その声色からすると、既に限界が近そうだ。
「私は問題ないわ。今のうちに休める人は休んでちょうだい。あと、メイド隊は機体を失った人と交代しながら頑張ってもらえるかな」
『了解しました』
メイド隊の班長が即座に返事をしてくるが、彼女の声にも覇気が欠落しているように感じる。
――まあ、ただ只管にシールドを張り続ける役目なんて、誰でも疲れるわよね。何と言っても退屈だもの……
人命に関わるとなれば、退屈なんて言っていられないのだが、思わず愚痴を零しそうになる。
そんな時だった。拓哉が出撃したことを知る。黒鬼神の機体コードがサブモニターに表示されたのだ。
――あっ、起きたんだ……良かった。無事でよかった……
拓哉が復帰したことを知り、思わず安堵の涙が頬を濡らす。
『やった! タクのコードが……タクが起きたみたいだ。良かった……これで何とかなるよ』
『無事で良かったです。本当に……良かった……』
ガルダルと同様に、拓哉の無事を知ったカティーシャとキャスリンが涙声で歓喜の声をあげた。
その声に気持ちを温かくしながら、即座に通信チャンネルを開く。
その途端、拓哉の声が聞こえてきた。
『今日は、さすがに容赦できないな……悪いが、後悔はあの世でやってくれ! 黒鬼神、参る!』
――かっこいい……惚れ直しそうだわ……というか、彼の怒りはクラレとミルルが怪我をした所為なのよね? ちょっと、羨ましい……私が怪我を負っても、あれだけの怒りを見せてくれるのかしら?
少しだけ胸に生まれたモヤモヤを感じていると、カティーシャやキャスリンもヤキモチを焼き始めた。
『ぬ~~、めっちゃカッコいいけど……』
『あれって、クラリッサとギルルが倒れたからなのよね?』
どうやら、彼女達もモヤモヤとしているようだ。
そんなところに、追い打ちが掛かる。
『今日の俺は喜んで鬼神となろう。さあ、裁きだ! お前達は、クラレとミルルに死んで詫びろ!』
――ぬあっ! 二人に怪我を負わせたら、死んで詫びる必要があるんだ……まあ、その気持ちは同じだけど……羨ましい……
『なんで、クラリッサとギルルなんだよ! ボクのために言って欲しいんだけど……』
『それは、仕方ないかと……』
憤りを露にするカティーシャをキャスが諫めるが、彼女達の気持ちが痛いほど伝わってくる。なぜなら、ガルダルも同じ気持ちだからだ。
『次はお前等だ! 黒き鬼神の裁きを食らうがいい』
――もうだめ……心臓がバタバタし始めたわ……私の旦那様、かっこ良過ぎよ!
今度は彼女達も声すら出ないようだ。全く反応がない。それでもシールドが維持されているということは、少なからず意識は保っているのだろう。
拓哉の恰好良さに惚れ惚れしつつも、シールドの維持に意識を向け直していると、その間に、キルカリアに労いの言葉を告げ、次々に敵を葬っていく。
――まあ、たっくんが出撃したら、どれだけの敵が居ても意味がないわ。だって、彼はこの世界に降臨した鬼神だもの。恐らくは、キルカと同じような存在……
拓哉の登場で、一気に方がつくだろうと予測したガルダルは、キルカリアとの関係性について考えていた。
その能力やキルカリアの様子を見る限り、何らかの関係があるはずだと考えていた。それは拓哉の妻であるものなら、誰もが気付いているとも感じていた。ただ、誰もそれを口にする者は居ない。それは、今の関係を壊したくないからだ。それでも、気にせずにはいられない。どうしても気になってしまうのだ。
そんなことを考えている間に、予想通りとも言えるほど簡単に戦闘が終わってしまった。ただ、破壊し過ぎたことでミリアルに怒られ、一目散に会議場に向かった。
――ふふふっ。彼らしいわ。とっても強くてカッコいいのに、おまけに可愛いなんて最高だわ。
拓哉の様子を思い浮かべて微笑んでしまうのだが、そこでミリアルの声が届く。
『あと、どれくらい維持でそう?』
そう、この状態を延々と続けることは出来ないのだ。いや、それどころか限界は迫ってきている。しかし、救出は全く進んでいない。
「恐らく、ニ時間が限界でしょう」
誰も答える者が居ない。仕方なく自分の限界を伝えた。
『そう……ありがとう』
何か思うところがあるのか、彼女は歯切れの悪い返事を残して通信を切った。それを不可解に感じていると、要領を得ないオペレーターの音声が耳に届く。
――あちゃ~。これは完全にビビってるわ。まあ、彼本来の姿を知らない者からすれば、黒き鬼神は誰もが畏怖する存在だものね。
完全に委縮しているオペレーターの対応は、ガルダルにとっては当たり前のように思えた。しかし、それは事実と異なることも知っていた。
それは、拓哉と一緒に居なければ分からないことだし、あまり女性が寄ってくるのも好ましくない。
そう考えて、敢えて口を挟まないのだが、業を煮やしたミリアルが、オペレーターに変わって説明を始めていた。
『ああ、それと、瓦礫に埋もれている状態は、持ってあと一時間よ。だけど、今度は周囲の被害を気にしてちょうだい! ホテルの敷地のようにはいかないわよ』
――確か、二時間と答えたはずだけど……
ガルダルが二時間と告げたのにも拘わらず、彼女は拓哉に一時間と伝えたのだ。
間違いなくミリアルに考えがあってのことだが、ガルダルはその意図が解らなかった。
――どういうつもりなのかしら……まあ、彼女に何か考えがあるのでしょう。私はシールドに集中していればいいわ。あとは、たっくんが何とかしてくれるのだから。
そもそも、ガルダルの中では、全てが終わっていた。なぜなら、鬼神と呼ばれる拓哉が出撃すれば、街を破壊することなく敵だけを殲滅するなんて、いとも容易いことだからだ。しかし、そこで、拓哉の力を抑制する声が上がった。いや、それだけではなく、獲物を仕留めるかのような台詞が聞こえてきた。
『もし使ったら……今日の私は鬼神になるわよ?』
――キルカ……うあ……凄い手ね……私も今度使ってみようかな……なんか、このセリフって流行りそうだわ。というか、たっくんの反応がないけど、もしかして凍り付いてる? あはは、可愛いわ。でも……どうやって倒すの?
可愛い旦那様に心温まるが、タイムストップを使わずして、どうやって戦うのかが気になる。
そんなタイミングで、オープンチャンネルの通信を拾う。
――これって、何かしら……
疑問に思いつつも、その通信を傍受すると、忌々しいカルラーンの声が聞こえてきた。
『もう一度言う。愚かな者達よ、聞こえているか! こちらは純潔の絆だ。黒き機体が現れたようだな。こちらは会場を包囲している。中に閉じ込められた者達の命が惜しくば、黒い機体と共にタクヤ=ホンゴウを差し出せ』
――なんて愚かな……どうせ、ここの人達を助ける気なんてない癖に……どの口が……許せないわ。
カルラーンの恫喝に憤りを感じていると、拓哉がミリアルに何やら相談していた。
『いえ、外からの攻撃よ。恐らく爆発物を仕掛けている可能性は低いと思うけど……』
『もし、爆発物が仕掛けられていたらどうしますか?』
拓哉の言葉を聞いた時、ガルダルは思わず声を上げようとした。しかし、悔しくも、その行動はカティーシャやキャスリンの方が早かった。
『ボクが何とかするから、気にしないで奴等を酷い目に遭わせてよ』
『あたしもこの人達を守ってみせます。だから、ギッタンギッタンにしてやってください』
――彼女達も限界が近いだろうに……私も負けていられないわ。
「たっくん! 彼等には相応の報いを与えるべきです。こちらは任せて派手に暴れていいですよ」
ガルダルは自分の想いをそのまま口にする。
すると、拓哉からの感謝の声が届いた。
『カティ、キャス、ガルダル、サンクス。急いで片付けるんで、少しだけ辛抱してくれ』
「勿論よ! ここは任せてちょうだい」
そんな台詞を返したのだが、拓哉は既に戦闘モードに移行したのだろう。「鉄槌を下してくる」という言葉だけが聞こえてきた。
親愛なる相棒の声を聞いて、ガルダルは思わず溜息をこぼした。
――もう! レナレったら……
拓哉がカルラーンを恫喝するのを聞いて、うっとりとしていたのだが、助けを求める彼女の声の所為で、その気分が台無しになる。
レナレは未だにアームス部隊と戦っているのだが、彼女が連れていたメイド隊は、既に全滅していた。それ故に、未だ交戦している彼女の力には慄くが、もう少し空気を読んで欲しいと感じてしまう。
そんな彼女が訝しげな声を発した。
『あれ? 敵が撤退したですニャ』
――えっ!? 敵が撤退? 拙いわ。それが本当なら、何か仕掛けてくるはずよ。何もなく撤退なんてあり得ないわ。
危機感を抱いた途端だった。シールドにかかる負担が大きくなる。
――まさか、本当に爆弾を仕掛けていたの? モニターに映る内容からして、かなりの爆発みたい……
『あっ、まずっ!』
『きゃっ! あっ、モニターが……』
カティーシャとキャスリンからの通信は、それで終わりだった。二人が操るドールの位置反応が消えた。
それが意味するところは簡単だ。そう、ドールが壊れてしまったのだ。
それでも、何とか会議参加者に被害は出ていないようだ。いや、大怪我ではなさそうだが、負傷している者がいる。
「残っている人はいる?」
直ぐに状況を確かめるが、彼女の声に返事をしてくる者は居なかった。
――ということは……私しか残ってないのね……困ったわ。今、出力を上げた所為で、かなりの力を消費したみたい……
シールドに掛かる負担を感じた時、ガルダルは瞬時に全力を出してしまったのだ。それ故に、温存しておいた力を使い果たしてしまった。
――どうしよう……これじゃ、あと三十分も持たないわ……いえ、もう一度爆発が起これば……
三百人はいそうな参加者をドールで囲むようにしてシールドを張っていたのだが、ガルダル以外のドールが壊れてしまった。
その理由は、瓦礫によって押し潰されたのだ。しかし、彼女がシールドを強化したお陰で、人的被害は最小限だったようだ。ただ、このままでは、全滅となるのは時間の問題だと感じる。そして、その不安が現実となる。
――あっ! モニター表示が……
ガルダルが操るドールのモニターにノイズが走る。その不鮮明な映像は、その場が崩れる様子を映し出していた。
――もうダメだわ……力が出ない……
「ごめんなさい……」
力を使い切って朦朧とし始めたガルダルは、恐怖に顔を引き攣らせる会合参加者に謝罪の言葉を漏らす。そして、自分の力の無さを痛感する。
――何が殲滅の舞姫よ。全然駄目じゃない。私って、無能だわ……
己に向けて蔑みの言葉を叩きつけていた時だった。
『大丈夫だ! よく頑張ったな』
彼女の癒し人、最愛の彼、拓哉の声が聞こえてきたのだ。
「えっ!?」
その声に驚いてモニターに視線を向けると、彼女が操るドールと会合参加者の周りに、可視できるほどの膜ができあがっていた。
――これって、シールド? 完全に視認できるし……どれほどの能力があれば、これだけのシールドを作り出せるの? いえ、そんなことよりも、やっぱり最高だわ。
「たっくん、ありがとう」
ガルダルは込み上げてくる想いで胸を熱くしながらも、溢れ出る涙を拭い、自分の夫である拓哉に感謝の声を呟いた。