211 真の狙い
2019/3/19 見直し済み
もたらされた情報に、目眩が起きる。
ホテルの一室で状況を見守っているミリアルは、頭痛を感じていた。
それこそ、イケてるメイド長トーラスに連絡して、すぐさまワインを持ってくるようにと命じたい気分だった。
そんな想いにさせたのは、このルキアスに本拠を置く義兄――ルーファスの言葉だ。
「駄目だ。基地で反乱が起きてる……」
――まだ掃除が終わってなかったのかしら……ディートとミラルダではとっくに大掃除を済ませて、不要なゴミは生ごみ同様にゴミ箱に叩き込んで蓋をしているのに……というか、沢山の参加者が生き埋めになっている現状で、それは最悪だわ……いえ、お粗末だわ。不始末だわ。間違いなくお仕置きの対象だわ。
将軍ともあろう者が、ミリアルの顔色を窺ってビクビクしている。まるで、彼女の夫であるミッシェルのようだと感じる。
「さて、困ったわ……」
義兄から視線を外し、申し訳なさそうにワラワラとリモート操作装置から出てくるメイド達を眺め、深々と溜息を吐く。
――それでも、さすがね。ガルダル、カティ、キャス、キルカリアは、今も参加者をシールドで守ってるわ。カティ……私は母親としてあなたを誇りに思うわ。それに比べて男連中は……いえ、今は詰っている場合ではないわね。
後手後手に回った現状をどう打破するか。溜息を吐きながらも必死に考える。
『うにゃ~~~ん! 応援求むですニャーーーー!』
指令室にレナレの悲痛な叫び声が轟く。
そう、彼女は目的地に到達できなかった所為で、敵に囲まれているのだ。
――あっちも大変そうね。いえ、それよりも、どうして到達できなかったのかしら……まあ、あれは放置していてもドールが壊れるだけだし……そうね、放って置きましょう。
「レナレ達には一機でも多く倒して散れと伝えて。ああ、そうね。倒した敵が一機増える度に、料理を一品追加すると付け加えておいて。きっと、それでやる気が倍増するでしょ」
「了解しました」
可哀想だと感じつつも、彼女達の対応はそれで問題ないと頷く。
『頑張るですニャ~!』
『ウチも頑張るっちゃ!』
どうやら、ミリアルの提案は快く受け入れられたようだ。レナレだけでなく、トトの元気な声も聞こえてきた。
――うふふ。本当に面白い子たち! あとで美味しいものを沢山食べさせてあげましょう。
レナレとトトのお陰で気分が優れたところで、現状把握からやり直すことにする。
「残った部隊の限界は?」
「二時間がタイムリミットだと言ってます」
管制担当の返事は予想の範疇だ。そして、軍の状況を把握するために、視線をルーファスに向ける。
――そんなに怯える必要がるのかしら?
視線を向けた途端にビクリとする義兄を不満に思いながらも、現状について報告して貰う。
「PBAは一機も出動できそうにないのですか?」
「うむ。指令室が占拠されている所為で、格納庫の扉すら開かない状態だ」
「占拠されているのは、指令室だけで間違いないですか?」
「ああ。それで間違いない」
「それなら、出動できるパイロットをウチの工場に移動させてください。基地からなら三十分程度で到着できるはずです」
「わ、わかった」
ルーファスが頷くのを確認したところで、手にした携帯端末が振るえ始める。
『トーラスです。遅くなって申し訳ありません。カトル=リストンの身柄を拘束しました。これから尋問に移ります』
「丁度良かったわ。尋問は後でいいわ。影虎をルキアス基地に回してもらえるかしら。指令室に害虫が湧いたみたいなの、片付けてちょうだい」
『畏まりました。それで、如何様にしましょうか』
「任せるわ。やり易いようにやって構いません」
『畏まりました』
ルキアス基地の反乱を収める段取りを済ませ、そのまま通話を終わらせようとしたのだが、そこで忘れていた事柄を思い出す。
「あっ、ちょっと待って、忘れてたわ。ルキアス工場にパイロットを送るわ。恐らく、三十分くらいで到着するはずよ。新機体を使えるように準備しておいて」
『はい。直ぐに準備させます』
――今日は本当に忙しいわ……こんなに慌ただしいのもディート襲撃のとき以来ね。皺が増えたらどうするつもりよ! まあいいわ。さて、次は……
「会議場付近の状況は?」
「敵が暴れている様子はありません。ただ、敵が減っているように思われます」
「減ってる? どこにいったのかしら? 確認できる?」
「はい。直ちに!」
オペレーターの返事に頷きつつも、市民の状況を確認する。
「周辺の避難状況は?」
すると、別のオペレーターが振り返る。
「七十パーセントといったところです」
「急がせてちょうだい。恐らく大きな被害が出るはずだから」
被害について言及したところで、再びルーファスが首を窄めた。
――まあ、被害に関しては仕方ないわ。この状況で被害を最小限に抑えながら戦えるのは、タクちゃんくらいのものだし……それに、お金で済む問題なら、私にとって大きな被害とは言えないわ。
一通りの段取りを済ませ、これからの作戦について説明するために、元帥と四将軍に視線を向けたのだが、そこで彼女は再び気分を悪くする。
――どうしてあなた達は私が視線を向けると尻込みするのよ! もうっ! あとでお仕置きしますからね!
その思考が恐れられているのだが、本人は知る由もない。
ただ、両手を腰に添えたミリアルは、不機嫌な様相を隠すことなく作戦について話し始めた。
生まれてから後悔ばかりだった。
そして、今、何度目になるかも分からない後悔に歯噛みする。
――もう最高の人間なんて口にするのはよそう……造られた人間なんて言うのは止めよう。
キルカリアは自分の存在が恥ずかしくなってきたのだ。
散々と自慢げに言っても、この有様なのだ。それこそ、どの口がと言われかねない。
――あ~~~~~! もう! これこそ、タクヤの言っていた『穴があったら入りたい』という状況そのものだわ……これなら私よりもミリアルの方が何倍も高性能だし……いえ、それはいいのよ。これからについて考えないと……
際限なく自虐的になっていく自分を戒める。そんな彼女は、ただいま瓦礫の下に埋まっている。いや、彼女の操るドールが埋まっている。
気が付いた時には、建物を構成している建材が雨のように降ってきていた。それも、木材よりも石が多いのが厄介だった。
それでも、自分達だけが逃げるのなら、どうにでも対処できたはずだ。そもそも、現地にいるのはドールだし、埋まってしまっても問題ない。しかし、会議参加者を見捨てる訳にはいかない。それ故に、シールドを全開にして守ってはみたのだが、結局の処、全く身動きでいない有様となってしまった。それでも、現状を維持するために、エッグから出る訳にはいかない。
「ガルダル、そっちはどう?」
『こちらはまだ持ちます。交代で休みましょう』
――それが賢明な判断ね。
見えるはずもない相手に頷きながら納得するが、それだけでは自分の名が廃ると考える。
――何とかして現状を打破する方法を考えないと……
「どこかに人が通れるくらいのスペースってないのかしら」
『私も探しているのですが、機体が動かせないので……見える範囲では無理そうです』
――あう……ガルダルも同じことを考えていたようね……もう溜息で息が止まりそうだわ。
『こっちも無理みたいだね』
『あたしの方も見える範囲では無理そうです』
ガルダルのみならず、カティーシャやキャスリンも抜け道を探していた。
――結局、考えることは同じなのね。そうなると、私の存在価値なんて、たかが知れているというものか……それなら、救助については、ミリアルに任せることにしましょう。
自分自身に絶望しつつ、脱出についてはミリアルに任せることにする。だからといって、何もしない訳ではない。そう、敵の作戦について考える必要がるのだ。
敵がどんな目的でこの作戦を行っているのか。初めは黒鬼神と拓哉の存在を手中に収めたいのだろうと、敵の要求を鵜呑みにしていた。いや、愚かな者達だと舐めていた。ところが、こうなると話は別だ。ここまでくると、機体や拓哉を欲している訳ではないと、簡単に理解でいる。では、狙いは何なのだろうかと考える。
――会議場の爆破と生き埋め。ルキアス基地の反乱……
名誉挽回とばかりに、キルカリアは頭をフル回転させる。そして、一つの答えを導きだすと、躊躇することなく管制に向けて声を発した。
「ホテルが危ないわよ。狙われているのはここよ!」
キルカリアが導き出した答えは、誰もが予想していないものだった。
それは、敵の狙いが初めからホテルだというものだ。ただ、ここを狙うには邪魔者が居る。それ故に、その者を足止めしてから、ここを攻めるつもりだと判断した。そうなると、拓哉達が会議場の近くで襲われたのも偶然じゃないことになる。では、どうやって情報を仕入れたのだろうかと考える。
ただ、それに関しては、既に明らかになっている。いや、拘束されている。
しかし、それと知らないキルカリアは、自分の考えが間違っていないと確信して、憤りが込み上げてくるのを感じる。
――ああ、内通者がいるのね。あ~ムカムカしてきたわ。
全ての謎が解けた時、怒りを抑えながら再び声を発していた。
「ちょっとだけ抜けさせてもらってもいいかしら」
――まあ、返事がノーでも抜けるのだけど。
『構いませんが、どうしたんですか?』
「ちょっとね。ピンチになりそうだから……」
『えっ!?』
――まあ、今もピンチの最中なのだけどね。
少しばかり考えのあるキルカリアは、驚くガルダルを放置して、卵型の操作ボックスから飛び出した。