208 救出作戦開始
2019/3/17 見直し済み
癇に障る声が聞こえてくる。
何といっても、ディラッセンからルキアスまで、遠路はるばるやってきて、犯罪者紛いの行為をしなければならなくなった根本原因だ。
それでも、罵声を浴びせ掛けることができないのは、この世の闇とも言えるだろう。
『上手くやってるようだね。安心したよ』
心にもない言葉を口にするアルレスト=リトアラス。
そもそも、アルレストの言う通りにしたことが原因だ。
ディラッセンでの失敗が災いして、こんな状況に陥っているというのに、涼しい声で告げてくるアルレストの声を聞いて、心落ち着かせることなどできるはずもない。
『近々、私も合流するから、それまでは持たせておいて欲しいな』
「分かりました。最善の努力をしてみます」
『うむ。それじゃ』
通話が終わった途端、携帯を床に叩きつけたくなるが、部下達の目を気にして、それをなんとか堪える。
部下の中にリトアラスと繋がる奴が居るかもしれないのだ。
「カルラーン大佐! モルビスが機体の搬出に手間が掛かるので少し時間をくれと言ってきてます。あの機体は、奴でないと操作できないからだと言ってますが――」
「分かった。なるべく急ぐように、いや、待っても二時間だと伝えろ」
「了解しました」
本当は今直ぐに持って来いと言いたいところだが、アルレストが来るきいて、それまでの時間を作る必要があると考えた。
嫌というほどに不満はあるが、悲しいかな、これが権力の違いだろう。
――くそっ! 本当に厄介な。いや、最悪な親子だ。死ねばいいのに……
心中で毒を吐きつつも、時間が必要だという理由を考える。
どう考えても、時間稼ぎであることに間違いない。
確かに、事前調査では、他の者が操ることができないと聞いていた。ただ、わざわざ搭乗する必要はない。キャリアで運べば良いのだ。
そうなると、機体を陸送か空送する必要があるのだが、それほどの時間が必要だとも思えない。
――明らかに嘘だな……それなら、奴等はどこから襲ってくる? あの機体以外の戦力が乏しいことは、既に調査済みだ。だったら、奴等はどうやってこの会場の者を助け出そうとする? まかり間違っても素直にこちらの要求を呑むはずがない。それを見越して、こちらも様々な作戦を立てているのだ。まあいい。奴等の出方次第で作戦を変更することは可能だ。ここは様子見といこうか。
「監視ビーコンを放て! 絶対に何処からかこの会場に入り込もうとするはずだ。猫の子一匹見逃すなよ!」
実際、拓哉と黒鬼神を差し出すなど、間違いなく拒絶されると考えていた。
しかし、カルラーンにとっては、それでも構わなかった。いや、望むところだった。
そう、彼の目的は、要人の皆殺しだった。
ところが、会議場に主要な人間が揃っていなかったのだ。
それもあって、相手を誘き出すことにしたのだ。
ただ、問題は拓哉の存在だった。ディラッセンでも痛い目に遭っていた。
――とにかく、奴には大人しくしてもらう他ないな。
人質を取ったのも、拓哉を介入させないためだ。
それに、襲撃に成功したという連絡も受けていた。
「間違いなく、奴は倒れたのだな」
「はい。そのように連絡を受けてます」
実は、キルカリアに気絶させられたのだが、謝った報告がなされていた。
そう、力尽きたという連絡だ。
PBAのパイロットは、キルカリアの行動を見落としてしまったのだ。
拓哉の陰に怯えるカルラーンは、通信士の返事を聞いて安堵の息を吐く。
――奴さえ居なければ、ことは簡単だ。くくくっ。
事実とは乖離しているが、実際、拓哉は昏睡状態だ。
ただ、どちらにしても、拓哉が戦闘に参加できないと考えたカルラーンは、指揮官席の背もたれに身を委ねてほくそ笑んだ。
この室内を目にして、誰がホテルの一室だと思うだろうか。
階段状になった室内には、余裕で三十人は座れそうな横長の席が何段も連なっている。
そんな長机の各席には、専用のフォログラム型のモニターが備え付けられている。
そして、それとは別に、正面には巨大なスクリーンが設置され、包囲された会場らしき光景が映し出されていた。
それだけでも異様な光景であるのに、その横長席と巨大スクリーンの間には、沢山の卵型の物体が設置されている。
キルカリアの記憶には、それがリモート操作用の操縦席だと記憶されている。
ただ、それ以外にも、両サイドの壁にもボックス型の作り物がたくさん並んでいる。
それに関してもリモート操作用の席なのだが、キルカリアにとっては、どうでも良いことだった。
――どうやら、ここはホテルではなく要塞だったというオチね。
「さあ、気合を入れていくわよ!」
「「「「「「は~い!!!」」」」」」
ミリアルの景気付けの声に反応して、メイド達が気の抜けた声を響かせてる。
それが収まるや否や、一斉に両サイドの壁に設置された操縦席に入っていく。
既にドールの存在を知らされたキルカリアに、その行動が何を意味するのかは理解できる。
ただ、彼女の疑問は尽きない。
――なんでメイドなの? 前々から思ってたけど、モルビス財閥って少しズレてない? まあいいわ。私も指定の場所に向かいましょう。
そう、今回の戦闘には、キルカリアも参加することになった。
そして、彼女の担当は南だ。対面のエッグは、北から進入するガルダルで、右隣のエッグには、東を担当するカティーシャとキャスリン。左隣が西から突入するレナレとトトのコンビだった。
打ち合わせ通り正面の卵型の操縦席に移動していると、再びミリアルの声が届く。
「それでは、お義兄様、PBAの指揮をお願いします。あと、お義父様と三将軍は各ドール隊の指揮をお願いします」
それは、会議で決めた内容だ。
有り合わせのPBA隊をルーファスが指揮し、北をダグラス、東をキャリック、南をガリアス、西をドランガが担当することになっている。
将軍たちが頷くのをチラリと確認しつつも、キルカリアは操縦席に座って、さっさと機体を立ち上げる。
――なかなか立ち上がりの早いシステムね。これは合格点というよりも、比類なき性能だと言った方が良さそうね。でも、問題はこれからよ。
システムの起動を確認して、その立ち上がりの速さに驚くが、機体の良し悪しは動かしてみないと分からない。
『こちら中央司令塔。南担側当です。コードはグリーン。宜しいですか?』
「ええ、問題ないです。よろしく」
『キルカリア様には十機のドール操縦者の指揮を執って頂きます。所定位置までの移動に関しては、各部隊にお任せしますので、時間までに指定場所に移動してください。グリーン隊の専用通信コード及び識別コードは――』
――さあ、気合いを入れてやりましょうか。クラレとミルルカのことは、私も怒っているのよ。
管制の言葉のままに設定をすませ、メンバーの確認を行ったあと、キルカリアはいつもとは打って変わって険しい表情を見せると、部隊の先頭で機体を走らせた。
それは、恐ろしくショックな出来事だった。
まさか、クラリッサとミルルカが重傷を負うなんて考えてもみなかった。
なんといっても、彼女達は群を抜いて優秀であり、そこらの兵士なんて吹いて飛ばせるほどの力を持っているのだ。
二人が昏睡している状況を目にして、ガルダルは震えが止まらなかった。それは怒りの所為なのかも知れない。
そう、彼女の心は、これまでにないほどに燃え上がっていた。地獄の業火の如き炎が燃え盛っていたのだ。いや、それは、今も燃え盛っている。
――許せないわ。絶対に許せない。私の大切な人達を傷付ける者は、残念だけどこの世から消えてもらうしかないわ。
いつもは努めて大人しくしているガルダルだが、実はとても激情家だった。
それがサイキックの暴走を招くと知って、出来る限り無関心を心掛けているのだ。いや、これまでは、そこまで想える相手が居なかっただけだ。
しかし、今回は収まりそうにない。
二人に傷を負わせた者達に報復したいと、心が訴えている。いや、叫んでいるのだ。
彼女の思考は、見た目と違って極端だ。彼女にとって、この世界には、大切な人、必要な人達、要らない者、この三つしかない。
そして、それに対する対応も多くない。特に、要らない者に対しては容赦ない。それこそ、選択肢は二つしかない。「かかわるな」と「消えてなくなれ」、その二つだけだ。
――自分の二つ名が嫌いだったけど、今回は自ら名乗りましょう。この殲滅の舞姫が報いをくれてやるわ。
「さあ、行きますよ。今日は、殲滅の舞姫に相応しい踊りを舞わせてもらいます」
『うきゃーーー! カッコイイです』
『是非とも噂の美しい舞いを見せてください』
『感動しました』
『あの~、あとでサインをもらえますか?』
『こら! 今は任務中だぞ! でも、かっこよかったです』
ガルダルがレッド隊のメンバーに出撃を告げると、次々に歓声があがった。
その声援を快く思いながらも、レッドを選んだことを考えていた。
――本来なら赤はミルルのイメージカラーなんだけど、今日は、私がそれを担うことにするの。
それは単なる気分の問題だ。ただ、ガルダルにとっては、重要なことだった。
ガルダルはミルルカのことを想い、彼女のイメージカラーを身に纏って殲滅すると決めたのだ。
「こちら、レッド隊、所定位置に到着。敵影なし、視界は良好です」
『了解です。合図があるまで待機願います』
「ラジャ!」
管制の返事を聞きつつも、アーマードールの性能に驚愕していた。
――この機体は凄いわ。小型だけど私のPBAよりも動くかもしれない。これなら敵のアームスなんて簡単に倒せそうだわ。さすがはモルビス財閥ね。これなら新機体――修羅姫に期待が持てそうね。
別に進んで戦いたい訳ではない。しかし、もしもの時には力が必要なのが、この世界の有様なのだ。その時に後れを取るのは、真っ平ごめんだと思っていた。
――ああ、そろそろ作戦が始まりそうね。それよりもレナレは何をしてたのかしら。あなたが一番遅れてるのよ! 本当に大丈夫かしら……心配になって来たわ。
レーダーでレナレがやっと所定場所に到着するであろうことを確認して、大きな溜息を吐く。
そもそも、モルビス財閥のホテルは、会場の北に位置していた。それもあって、北側担当のガルダルが一番早く到着するのは当たり前だ。しかし、東側のカティーシャやキャスリンも既に配置に付いているのだ。
キルカリアなんて、一番遠い南側のはずが、ガルダルの次に到着が早かった。
それを考えると、レナレがモタモタしているのが歯がゆくて仕方ない。
――この後、大丈夫かしら……まあ、あの子は攻撃担当だし、アタックキャストも用意してもらってるから大丈夫だと思うけど……不安だわ……
今回の作戦では、カティーシャ、キャスリン、キルカリアの隊が防御担当で、会議の参加者をシールドで守る役目となっている。そして、ガルダルとレナレの隊が攻撃担当だ。ただ、トトと一緒なのが気になる。
――まさか、融合してはっちゃけたりしないわよね? 止めよう……彼女のことを心配してると、気分が沈んでくるわ……
レナレのことを考えていると、どんどん不安が募っていくので、考えるのを止めることにした。
そんなタイミングで、司令塔からの連絡が入る。
『各隊、配置に付きました。時間合わせお願いします。五、四、三、二、一、ゼロ。作戦開始』
ドップリと募った不安で怒りの炎が沈静化しそうだったが、完全消火する前に作戦の号令が聞こえてきた。
「さあ、舞うわよ! みんな!」
『『『『『はい!!!!』』』』』
ガルダルの掛け声に合わせて、仲間から気合の入った返事が聞こえてくる。
それを心地よく思いつつも、それが今までにない新鮮な感覚で、彼女は少しばかりむず痒くなる。