18 憤慨
2018/12/29 見直し済み
――許せない。許せない。許せない。これまでは黙って見なかったことにしてきけど、さすがに今回は堪忍袋の緒が切れたわ。
クラリッサは恐ろしく憤慨していた。
どうやら、つい先日、暴言と嫌味を投げつけたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
――私とタクヤの一時を邪魔するなんて……いえ、サイキックを使った悪戯をするなんて由々しき事態だわ。
前半については置いておくとして、後半は確かに正当な理由だ。
当然ながら、サイキックというものは、使い方によっては銃器よりも凶悪な武器になる。
それ故に、サイキックの軽はずみな使用は、校則どころか法律で禁止されている。
もちろんそれに違反すると、厳しい処罰がくだる。それは、校内においても例外ではない。
それなのに、悪戯に使用されたということは、今後、さらにエスカレートする可能性がある。
――私なら構わない。でも、タクヤに嫌がらせなんて、絶対に許せないわ。
クラリッサは込み上げる怒りを抑え付けながら廊下を静かに歩いている。
ただ、そこで周囲の視線が何時もの噂話で盛り上がるのとは違うことに気付いた。
周囲の者達は、それこそ見てはいけないものを目にしたような表情となっている。
――どういうことかしら……
周囲の視線を気にしつつも、脚を止める気はない。
彼女にとって、現在の行動は最重要事項なのだ。
そう、彼女は校長室に居る叔父――キャリックに会うつもりだ。
そして、それは大至急で行われなければならないことであり、早急に対策を打ちたいと考えていた。
というのも、ここで後手に回り、拓哉に被害が及ぶことをなによりも恐れているのだ。
――この時間なら、まだ校長室で資料に目を通しているはずだわ。
彼女は校長であり将軍である叔父にガツンと意見するつもりだ。
なにしろ、校則の乱れは学校側に責任があるのだ。
いっそ、食堂にもアンチサイキックフィールドを張る進言でもするかと考えていたが、その理屈だと、校内の全てに設置する必要があることに気付いて諦める。
色々と考えながら目的の校長室へと辿り着くと、クラリッサは校長室の扉を威勢よく開け放つ――なんてことにはならない。
――う~ん、こういう時に静かな自動ドアというのは、雰囲気が盛り上がらないわね。
横開きの自動ドアを見やり、やや気落ちしながら中に入ると、行き成りキャリックからの叱責が飛んできた。
「クラリッサ=バルガン。挨拶もなしに校長室に入るとはどういうことだ」
――しまった。そうだったわ。頭に血が上っていて、つい叔父に会うつもりで入ってしまったわ。
「失礼しました。1N2、18NS、クラリッサです。入ります」
即座に姿勢を正すと、敬礼と共にお約束の手順を踏む。
すると、キャリックはそれまでの険しい表情を崩し、和やかに尋ねてくる。
「どうしたんだい? 凄い形相だったが」
「えっ!? そんな酷い顔をしていましたか?」
「ああ、あの顔を見せたら、タクヤが逃げ出してしまうよ?」
キャリックから揶揄されて、クラリッサは慌ててポケットからコンパクトを取り出す。
ただ、そこでキャリックがニヤケいることに気付き、すぐさま頬を膨らませた。
「叔父様!」
「悪い悪い。ちょっとした冗談だよ」
そもそも、そこは拓哉が逃げ出してしまっても問題ないと主張するべきなのだが、彼女はその一言を口にできなかった。
――これだと、まるで私がタクヤに惚れているみたいだわ。
色々と焦りながらも、必死で心を落ち着かせようとしていると、キャリックが笑い始めた。
「あはははは。実はね。ワシは嬉しいのだよ。彼が来てからというのも、お前が活き活きとしているからな」
「そ、そんなことはありません……と、思います……」
「あははは。そう、そんなクラレを見るのも久しぶりだ。いい傾向だな。それはそうと、今日はどうしたのかな? 先程の雰囲気からすると、何かあったようだが」
散々と笑ったキャリックは、机の上に肘を付いて手を組み、がっしりとした顎をその上に乗せ、クラリッサに優しげな視線を投げかけた。
その態度で、すぐさま用件を思い出したクラリッサが詰め寄る。
「そうです。今日の食堂の件です」
そう言うと、直ぐに事情を察したようだ。キャリックの表情が曇る。
その様子からすると、どうやら連絡があったのだろう。いや、彼の立場を考えれば、一番に連絡が入るはずだ。
「由々しきことだな。サイキックを使った者を見つけしだい、厳しく処分するつもりだ」
――当然よね。さすがは叔父様だわ。
キャリックの言葉に頷きながら納得する。
そんなクラリッサに向けて、彼は再び口を開いた。どうやら話に続きがあるようだ。
「それはそうと、実は困った事態が起きている」
「えっ!? それは何でしょうか」
「クラレは、あの時に起きたことを覚えているかい?」
キャリックは口調的には優しいが、表情は真剣そのものだ。
叔父の態度から、それが重要なことなのだと感じ取ったクラリッサは、即座にあの時のことを思い起こす。
――あの時、そう、あの時はタクヤが私に落ちてくる料理を跳ねのけようとしたのだけど、それが間に合わなかった。だから、私は直ぐにサイキックでその料理を停止させようとした。でも、その前に落ちてくる料理は忽然と消えていたわ。それと同時に窓ガラスの割れる音が聞こえてきた。
クラリッサがこのことを詳しく話すと、キャリックは腕を組んだまま、瞑目して椅子の背もたれに身体を預けた。
「どうなさったのですか?」
キャリックの不可解な様子が気になり、クラリッサは無意識に不安な気持ちを露わにしてしまう。
声色で彼女の不安を悟ったのか、キャリックは瞑目していた瞼をあげ、笑ってこそいないものの表情を緩めた。
「では、あれはクラレのサイキックではないのだね?」
「はい。私ではないです。もしかして、私が疑われているのですか?」
キャリックの言動から、話の内容を先読みしたクラリッサだったが、どうやらそれは先走りだったようだ。
「いや、クラレなら逆に問題なかったのだが……」
「何が問題なのですか?」
クラリッサは押し黙るキャリックに訝しげな眼差しを向ける。しかし、彼は再び瞑目すると、今度は暫く反応がなくなった。
――叔父様はいったい何を悩んでいるのかしら。もしかして、実は深刻な問題だったとか……
食堂の一件が唯の悪戯ではないのかもしれないと考え、彼女はさらに不安を募らせる。
そんな彼女の想いを知ってか知らずか、キャリックはゆっくりと瞼を開いて事情を話し始めた。
「実を言うとな。あの時、食堂で異常なサイキック値を検出したのだ。それを知って、警備隊が即座に出動したのだが、その使用者が解らないのだよ」
キャリックは説明を済ませると、大きく息を吐いた。
その態度からして、色々と頭の痛い状況となっているようだ。
――確かに、現在のサイキック測定装置では、使用者の位置を大まかに判別できても、個まで判別することはできないわ。ただ、逆にいえば、使用者をある程度は絞ることは可能なのだけど……
クラリッサが自分の知識を口にするまでもなく、キャリックにとっては当たり前の知識だ。
それを知りつつも、彼女は聞かずにはいられなかった。
「でも、大体の位置は特定できるはずですが……そこから割り出すことは可能だと思います」
それこそ釈迦に説法と言わんばかりの台詞だが、キャリックは腹を立てるでもなく、ただ首を横に振った。
「本来ならそうなのだ。だから、ボットアを倒した犯人についてはある程度は絞れている。ただ、あの異常値を放出した者が全く解らないのだ。恐らく、その力は窓ガラスを割った行為に関りがあるはずだ。なぜなら、この学校の窓ガラスは全て防弾ガラスだからな。だが、外部からの攻撃も侵入も確認されていない以上、内部の者だと判断するしかない状況だ」
クラリッサはその説明で思い出す。そう、ここは唯の学校ではない。軍の施設なのだ。
ここは完全な防衛設備が整えられた堅牢な基地であり、単に窓ガラスが割れただけでも異常な事態なのだ。
そこまで考えて、彼女はやっとキャリックの懸念を理解した。
――そう、あの状況で力を使うとしたら、彼しかいない……でも……
「クラレも気付いたようだね。そう、ホンゴウ君……以前、リカルラからに見せてもらった彼の測定結果を思い出したのだよ」
「お、叔父様は、彼に何かするつもりですか?」
焦りから思わず噛んでしまったが、そんなことなど気にならないほどに、彼女は動揺している。
もし拓哉が拘束されて、監禁されるようなことがあったらどうしようかと。
しかし、キャリックは真剣な表情を崩して、微笑みを浮かべた。
「安心しなさい。彼を監禁したりはしないよ」
その言葉で、クラリッサはホッと胸を撫で下ろした。しかし、キャリックの話はそこで終わらなった。
「ただ、このまま整備士という訳にはいかないかもしれない」
――それって……
続けて告げられた話の内容を読み解き、拓哉に起こり得る事態を考える。ただ、答えが導き出される前に、キャリックの口から結論が出てきた。
「彼にはドライバー科に入ってもらおうかと思っている」
――えっ!? タクヤがドライバー? 彼がドライバーに……もし、彼が私の願いに応えてくれるのなら、これって最高のドライバーを手に入れたことになるの?
まるで、白昼夢でも見ているように、クラリッサは脳内で彼が操縦するPBAのナビ席に座っている光景を思い浮かべる。
それは、周囲の音が消えてなくなるほどの妄想であり、完全なるマイワールドだった。
「……お……い……レ」
――はぁ~、タクヤが私のパートナーに……
「お~い、クラレ~」
――彼が動かすPBA……最高かも……
「お~い、クラレ! いい加減に戻ってこい!」
「あっ、あぅ、叔父様、どうかしましたか……」
「どうかしましたかじゃないぞ。さすがに、その顔はタクヤに見せられないぞ。さあ、涎を拭きなさい」
――うわっ、涎まで垂らしてたなんて、淑女失格だわ……
慌ててハンカチを取り出して口の周りを拭うのだが、クラリッサは今更ながらに恥ずかしくなって俯いてしまった。しかし、キャリックは構うことなく話を続けてくる。
「ただね。ワシの一存で編入させる訳にはいかないのだ」
その話は当然と言えば当然だ。校長だからといって何でも好き勝手にできる訳ではない。
ただ、先程の台詞からすると、キャリックには考えがあるのだろう。
「だからな。しばらくしたら――」
キャリックは拓哉を編入させるための手段を、出し惜しみなく彼女に説明した。
クラリッサはどこか楽しげな叔父を見やり、本当に優しい人だと感じつつも、校長として、将軍として、これで良いのかと思ってしまうのだった。