205 怒りと恐怖
2019/3/16 見直し済み
昨夜は、いつにも増して酷い目に遭った。
我ながら自分の行動を不思議に思ったのだが、キルカリアに促されるままに、彼女をベッドに運んでしまったのだ。
そうなると、黙ってはいないものが居る。いや、者達が居ると言い換えよう。
「タクヤ! 何を考えているのよ! 私との約束を忘れたの!?」
怒髪天と言わんばかりの様相で、怒りを露にするクラリッサ。
「あれ? もう嫁は増やさないはずだったよね?」
冷たい眼差しで嫌味を口にするカティーシャ。
「ま、まあ、キルカを見た時に諦めてましたけど……」
溜息を吐きつつ、諦めの言葉を口にするキャスリン。
「タクヤがそうしたいなら反対できんが……胸なら私の方が大きいからな」
何故か、誇示するかのようにその豊かな胸を張るミルルカ。
「胸なら……ミルルに負けてないんですが……私のことも忘れないでくださいね」
上目遣いで少し寂しそうに告げてくるガルダル。胸の大きさを強調するように、組んだ両腕で押し上げている。
「どうして男の子って浮気性なんですかニャ? うちの世界でも、女の子と交尾することしか考えてない男の子が多くて困ってたですニャ」
拓哉にというか、男という生き物に対して苦言を述べるレナレ。
ただ、「彼女の世界では、交尾というんだな」なんて場違いな感想を抱いたりする。
「英雄は色を好むんちゃ。これは仕方ないんちゃ」
レナレの頭の上で、それが当然だと口にするトト。数少ない援護射撃だ。
「確かに、強い男に女が群がるのは自然の法則だよな」
「そうですね。強いだけなのは嫌ですけど、好きな人に自分を守ってくれるくらいの強さを持っていて欲しいです」
トトの援護射撃は、拓哉をナポレオンにしてしまったのだが、少なからず賛同者を捕まえた。
ミルルカとガルダルな納得の表情で頷いている。
ただ、ガルダルを守れるほどの男となると、そう簡単には見つからないような気がする。
そんな二人に続くように、カティーシャとキャスリンまでもが、トトのことばに納得させられる。
「悲しいかな、これが自然の摂理なんだよね」
「そうですね。浮気しない人でも、魅力のない人はちょっと……」
賛同する二人だが、どちらかといえば、諦めに近いかもしれない。
この世界に重婚罪がないだけあって、やはり倫理観が日本とは違うようだ。それこそライオン的な発想なのかもしれない。
「まるでアザラシなんちゃ!」
本能的に一夫多妻制を布くライオンを想像していると、トトがアザラシの例を挙げてくる。
ライオンなら雄々しくて格好良いが、アザラシと言われると、少しばかりガックリとくる。
実際のところ、アザラシは獰猛な生き物なのだが、拓哉としては水族館でイワシをもらう姿しか思い出せない。
「おいおい、幾らなんでもアザラシはないだろ」
「あなたは、黙ってなさい!」
思わずトトの言葉にツッコミを入れたのだが、怒りのクラリッサによって一蹴される。
彼女だけは、他の四人と違う考えを持っているのだろう。いや、考え方は同じだが、キルカリアだというのが許せないのかもしれない。
結局、ゆっくりと休みたいと思っていたのに、そんな騒がしい夜を迎えてしまった拓哉は、いつまでも寝かせてもらえない事態に陥った。
ただ、拓哉としては、急に彼女に対する熱い想いが復活したのか解らず、自分の心を持て余していた。
食事を済ませたあとに向かったのは、昨日と同じ会議場だ。
メンバーはというと、拓哉、クラリッサ、ミルルカ、キルカリア、ルルカの五人だ。
昨夜に決起と襲撃者の片付けを済ませたこともあり、少しばかり緊張感がなくなっている。
「さあ、今日で会議は終りね。そうなると、少し観光もしたいわ。もちろんタクヤと一緒に」
「いいな。でも、私は何方かというとシミュレーションの相手をしてもらいたいんだが」
「私は、まったりとイチャラブがいいです……」
――いやいや、イチャラブはいいが、お前は含まれていないから……
会議場に向かう車の中で、クラリッサが物欲しそうな表情で街の景色を眺める。
しかし、ミルルカとしては、自分の戦闘能力向上にしか興味がないようだ。
ルルカに関しては、単なる側近なので対象外だ。
実際、昨夜に決起を行ったことで、ミクストルとしての会議に意味があるとは思えないのだが、予定通り行われるということで、仕方なく向かっているのだ。
ただ、ミリアルは用事があるらしく、遅れてくるとのことだった。
それもあって、少しばかり安心していた拓哉だが、早くも爆弾が投下される。
「私は子孫繁栄に努めたいわ」
「キルカは、黙っていて!」
「そうだぞ! クラリッサ、絶対に目を離すなよ」
「もう諦めた方が良いのでは? 序に私も……」
キルカリアの子作り発言に、クラリッサが眉を吊り上げる。
ミルルカも顔を顰めて同調するのだが、ルルカは便乗作戦を敢行していた。
「ルルカ伍長も黙ってなさい」
藪蛇となったルルカは首を窄める。しかし、その瞳は諦めてないと訴えていた。
ただ気になるのは、キルカリアの態度だ。
――どうも、腑に落ちないんだよな……強引なことを口にする割には実力行使に出る訳じゃないし、いったい何を考えてるんだか……
昨夜も過激な発言をした割には、周囲の激しい反対にあうと、サラリと退散した。
そんなキルカリアの行動を訝しんでいるのだが、クラリッサも同じことを考えていたようだ。
「キルカ、あなた、どういうつもりなの? 何を企んでいるの?」
「どういうつもりって? 別に何も企んでないわよ?」
顰め面を見せるクラリッサなんてどこ吹く風と言わんばかりに、キルカリアは楽しそうにしている。
その様は、どう見ても揶揄って遊んでいるとしか思えない。
「どうって、その態度よ!」
「ふふふっ。さあ、解らないわ。でも、私も質問があるわ」
肩を竦めてすっ呆けるキルカリアだが、表情を真面目なものに変え、背もたれから身体を起こした。
「な、なに!? 何かしら」
突然の変化に動揺しながらも、クラリッサは必死に平静を装うが、あまり上手くいっていない。
それが琴線に触れたのか、キルカリアの表情が再び笑みに変わる。
「これだけ妻が居て、どうして私だけを拒否するの?」
「……いえ、ルルカ伍長も拒否しています」
クラリッサは思わず押し黙る。
そもそも、キルカリアを拒絶するのは、彼女の不安からきているものだ。それを正直に話せる訳もない。
ただ、直ぐに思いついたのか、代表的な例としてルルカをチョイスした。
「ガーーーン!」
やり玉となったルルカは、さすがにショックを隠せないようだ。がどっぷりと落ち込んでいる。
そんな彼女を横目に見ながら、キルカリアは首を横に振る。
「いいえ、明らかに彼女と私では対応や態度が違うわ」
「……」
何も答えられなくなったクラリッサが押し黙る。
キルカリアの質問は、事実であり、言い逃れできない。
沈黙のクラリッサは、必死に理由を作ろうとしているのだが、そこにミルルカが割って入る。
「だいたい、強引過ぎるだろ。タクヤや周りの気持ちを考えてるか?」
――いやいや、それは、お前の台詞じゃないよな? お前も強引に攻めてきた口だろ。
拓哉としては、どの口がと言いたくなるが、空気を読んで口を噤む。
すると、クラリッサが大きな溜息を吐いた。
その表情からすると、どうやら諦めたようだ。
「正直に言うわ。本能がそう言っているのよ」
「本能ね……分かったわ」
「分かってくれたの?」
「ええ」
全く理由になっていない説明にキルカリアが頷くと、クラリッサは驚きとも喜びとも言える表情を露にする。
ところが、キルカリアは思いっきり彼女の期待を裏切る。
「でも、諦めてあげない! あはは」
「ちょ、ちょっと!」
まるでイタズラっ子のようなキルカリアに、クラリッサが憤慨する。しかし、彼女は全く気にしていないようだ。いや、楽しんでいるようにしか見えない。
ただ、このままだと、話がエスカレートしそうだと考えて、拓哉は慌てて話題を代える。
「なあ、昨夜に決起会をやったのに、会議をする意味があるのか?」
既にミクストルは内部分裂している。今更以て会議を行う意味がないように思えたのだ。
昨夜のパーティーでは、キルカリアの紹介も終わらせていたし、会議は中止になるものだと思っていた。
因みに、キルカリアの紹介の話だが、さすがに彼女の存在を知って、初耳だった者達は驚きを露にしていた。
ただ、誰一人として蔑んだ視線を向けたものはおらず、新生ミクストル……いや、『平和の象徴』に賛同した者達の精神に感動したりもした。
そんな訳で、会議に何の意味もないと感じた。
しかし、ミルルカは何かを知っているようだ。やたらと自慢げに、その豊かな胸を張る。
「どうやら、宣言をするためらしいぞ。あと上映会を開くとか言ってたな」
――宣言は解るんだが……上映会って……まさか、昨日の戦闘か?
「それに何の意味があるんだ?」
拓哉としては、ミリアル達の考えが全く理解できない。
すると、怒り冷めやらぬクラリッサが、会議の趣向を露わにする。
「昨日のパーティーに参加していた人達は、初めから賛同していた人達ね。でも、まだ事実を伝えていない人達もいて、その中には真面目に平和を願っている人も居ると言っていたわ」
「なるほど、要は取りこぼしをなくしたいのですね」
どうして自分だけが知らないという疑問が浮かぶが、それを他所に、ルルカが簡潔に纏めてしまった。
ルルカの言う通りなのだが、他の理由もあるのだろう。
そう感じたのか、ミルルカが自分の考えを織り交ぜる。
「それと、邪な考えを持っている者を抑制するためだろ。黒き鬼神の力を見せつけて、迂闊な行動を執らせないための抑止力にするつもりだろう」
――なんか、逆効果のような気もするが……
ミルルカの考えを否定するつもりはない。しかし、力を見せ付ければ見せ付けるほど、相手は躍起になるような気がするのだ。
少しばかり不安を抱く拓哉だが、飛空車は知らぬとばかりに、会議場に向かって移動する。
ところが、外を眺めていたクラリッサが、突如として警笛を鳴らした。
「車を止めて! これはどういうこと!?」
「ヤバイ! Uターンしろ!」
クラリッサの慌て振りに、驚くミルルカだったが、直ぐに窓の外を確認して声を荒げた。
二人の言葉で、異常を悟った時だった。
突然、拓哉達の乗っているリムジンが吹き飛ばされた。
――うわっ、くそっ! 何がどうなってるんだ!
慌ててシールドを展開したのだが、リムジンの側面がゴッソリと削り取られていた。
その様子からすると、拓哉のシールドは間に合っていないようだった。そして、拓哉の意識が凍り付く。
ルルカは拓哉に覆いかぶさるようにして転がっている。キルカリアは拓哉の横で転がってパンツを見せていた。しかし、クラリッサとミルルカの二人が居ない。さっきまでいたはずの席は、もぬけの殻だった。
「クラレーーーーー! ミルルーーーーー!」
二人の姿が消えたことに心を凍り付かせた拓哉は、張り裂けんばかりの鼓動を抑え込んで周囲を確認する。
すると、道路わきの植え込みにミルルカが投げ出されていた。クラリッサはガードレールにぶつかったのか、歪に曲がったガードレールの側に横渡っている。
それを目にした時、真っ黒に染まるような恐怖で意識は蝕まれる。そして、真っ赤に燃え上がるような怒りが拓哉を支配した。